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第三十五話  追放! 女エルフは根無し草となる!

ここから時系列が元に戻ります。


場面はヒサコが《迷いの森》を抜けたところからになります。


(∩´∀`)∩

 突き刺さる目、目、目。

 しめて百余名分の視線がアスティコスに向けられていた。

 処分しろと命ぜられたにもかかわらず、囚人ヒサコと共に姿を現し、あげくに小芝居で里のエルフみんなを騙したのだ。

 おまけに、里は怪物モンスターの襲撃を受け、絶賛炎上中。

 そして、ヒサコの口から漏れ出た、アスティコスの共犯関係をほのめかす言葉。

 鋭い視線がアスティコスに集中するのは、むしろ当然と言えた。


「本当に知らない! 私は知らないから!」


 必死の呼びかけにも、誰も信じようとしない。

 不信、敵意、焦燥、それらが複雑に絡み合う感情がアスティコスに向けられた。

 実際、彼女は本当に何も知らなかった。

 アスティコスがやりたかったのは、父親である里長プロトスの本心を探る事であり、そのために狂言誘拐と言う名の一芝居を打ったことだ。

 たが、現実は違う。

 ヒサコを処分せずに連れてきたという“事実”。

 エルフ以外通さぬ結界を人間があっさりすり抜けたという“事実”。

 会議の席やプロトスとの口論の際に、人間を擁護し、あるいは外の世界への興味を示していたという“事実”。

 そして今、里が燃えているという“事実”。

 事実は事実であるが、それらはアスティコスの中ではバラバラの事象である。

 だが、ヒサコがかけた「時間稼ぎありがとう」と言う“嘘”がそれらを連結させ、エルフの視点からはアスティコスは汚らわしい人間の共犯者、里の裏切り者と認識させるに至った。


「もう手遅れよ。一度芽生えた不信の芽は、簡単には枯れることがないもの。まして、里が燃えているという緊急時においてはなおのことね」


 アスティコスの耳元でヒサコが囁いた。

 それはまさにそうだ。もし、自分があちら側に立っていた場合、弁明する者を信じる気にはなれないだろう。

 そして、馴れ馴れしく肩を組んできて、こうした囁かれる姿までもが相手の不信を加速させる小芝居でもあるのだ。


「もういい。皆、里に戻るぞ。急ぎ里に侵入した怪物モンスターを排除せねば、犠牲者が増え、他の森へも延焼してしまう」


 プロトスはあくまでも冷静だった。

 目の前の人間と裏切り者を処分するより、急いて里に戻らねば被害が拡大する一方だということを認識していた。

 幸い、聖域に押し寄せている妖魔の群れは、未だに結界を抜けたり、あるいは迂回する素振りも見せないので、ここは捨て置いても大丈夫だという確信もあった。

 ならば、やるべきことは一つ。とにかく、急いで里に戻ることが先決であり、里と森が焼き尽くされる前に対処することが優先事項だ。


「急ぐぞ」


 もう一度促し、プロトスは“裏切り者むすめ”に一瞥もくれず、里へと駆けていき、他のエルフ達もまたそれに倣って走り去っていった。


「待って! 私は本当に何も知らないの!」


 虚しく森に響くアスティコスの声は、誰の耳にも届いていない。仮に届いていたとしても、誰もそれを信用しようとはしないだろう。

 堪らず追いかけようとするも、ヒサコが後ろからそれを抱き止めてそれを阻んだ。


「放しなさい! 私は……、私は!」


「もう手遅れだって言っているでしょう。彼らの中では、あなたは裏切り者、里の面汚し、排除すべき外敵なのよ。今すぐ処分されなかっただけ、マシと思いなさいな」


「う、うるさい!」


 アスティコスはどうにかヒサコの腕を振りほどき、キッと睨み付けて対峙した。


「あんたが……、あんたが変なことを言わなければ!」


「どうだって言うの? あたしがあなたに提案したのは、父の本性を探る事。で、結果としてプロトスは娘の命よりも、里の掟や規律、伝統や風習を優先した。良かったじゃない、あちらの本心を知れて」


「良くない! こんなの……、こんなの、私が望んだ事じゃない!」


「交わした約束はちゃんと果たした。ただ、望まぬ結果と言う“おまけ”がついてきただけ。あたしを責めたところで、もうどうにもならないわよ」


「うぅぅぅ……」


 喚き、叫び、取り乱すアスティコスであるが、それで自体が解決するでもなく、ただ虚しく聖域の中に響くだけであった。


「いい? これはあなたが望んだことよ。忘れた? あなたは里に残るか、外に出るか、どちらにしようか迷っていた。で、その判断材料として父の本性を知ろうと、私の提案に乗ってきた。で、結果は娘の命よりも、そこに転がっている種の方が大事だとのたまった。つまり、父が娘を切り捨てた以上、あなたは旅立つ決意をした。しなくてはならない、と言った方が適当かしら?」


「そ、それはどうだけど、だからってこんな!」


「気にしなさんな。これで後腐れが無くなって、良かったんじゃない? もう、互いに顔を合わせる必要もなくなったんだしさ」


 まさに、ヒサコの言う通りであった。もうアスティコスと里の面々の間には修復不可能な亀裂が存在し、仮に弁明のために里に向かったとしても、良くて門前払い、悪くすればその場で処分ということになるだろう。

 だが、これはアスティコスが思っていた旅立ちの風景ではない。

 優しく見送られるなどということは考えていなかったが、敵意を向けられつつ里を後にすることなど考えることすらなかった。

 それもこれも、目の前の人の皮を被った悪魔のせいだと、アスティコスは憤った。


「あんたなんか! あんたなんかぁ!」


 怒り任せではあるが、アスティコスはヒサコに対して術式を撃つ為に魔力を活性化させた。

 だが、空気の変化を敏感に感じ取ったヒサコの方が、僅かだが早かった。

 アスティコスの小柄な体に飛びつき、そのままの勢いで抱え上げると、後ろに生えていた木に強く打ち付けた。

 体当たりと幹に打ち付けられた衝撃で集中を乱され、さらに首根っこを掴まれた。アスティコスは必至でそれを引き剥がそうとするが、やはり腕力勝負では相手にならなった。


「ぐ、が、はあ」


「前にも言ったでしょ? 戦は間合いの読み合いが重要だって。こんな距離の詰まった状態なら、魔術より、体術の方が早いし、有効よ。もう少し学びなさいな」


 ヒサコは笑顔を向けるが、首を絞める動作はそのままだ。絞め殺さないギリギリまで力を加え、必死でもがく様を観察した。


「何をそんなに怯えるの? 何に焦っているの? これからあなたは里を出ていく。姉と同じように、人間の世界へ旅立つの。そこには、姉の忘れ形見である姪が待っている。それだけじゃない。別に地獄が待っているわけでもないんだしさ」


「が、ぐが、がは」


「ああ、文字通りの意味で、里帰りできないのが寂しいの? まあ、もう戻れる場所なんてない根無し草になったんだしさ。過去よりも、これからのことに思いを馳せるべきでしょうね」


 ヒサコに他意はない。邪念もない。ただ、アスティコスに助言をしているだけであった。

 過ぎたことより、先の事を考えるべきだと。

 だが、アスティコスはその物言いに納得などしなかった。自分が選んだ道ならいざ知らず、半ば強制的に選ばされた道など、到底容認することができなかったのだ。


「覚えておきなさいな。この世は所詮、弱肉強食よ。強い奴が弱い奴を搾取し、あるいは率い、世界を動かしていくのよ。財が、武が、知が、優れた者がその力量に応じて好き勝手にする。それが世界の真理、世間の常識、世情の流れ、そういうものなの。このエルフの里のような、時の止まった場所から抜け出して、人間の世界のような忙しない場所で過ごすのだから、それは弁えておきなさい」


 そこでヒサコはパッと手を放した。

 ようやく首が解放されたので、アスティコスは必至で呼吸を整えながら、締め上げられていた首を自分の手で撫でた。


「な、何が弁えろよ。こっちがあれこれ考え巡らせてるのに、勝手に決めて!」


「判断が遅いからよ。巧遅は拙速に如かず、ね。細部を煮詰める必要はないから、迅速に決断することが大事なのよ。グズグズしてると、“未練”なんていう足枷がどこからともなく生えてくるものよ」


「だからって、あんな嘘を言う事もないでしょう!? 完全に私が悪者じゃない!」


「実際悪者だからね。里のエルフの視点で言えば。私はそれを分かりやすく表面化してあげただけ」


 あくまでもヒサコは悪びれる風もない。未練が出る前に、決断せざるを得ない状況に追い込んであげただけだと言わんばかりだ。

 決断を渋り、父との口論を続け、時間を浪費してしまったのは事実だ。その間に別口から怪物モンスターが攻め込み、里に被害が出たのだ。

 里のエルフの視点で言えば、明らかな利敵行為であり、責められても仕方のない事であった。


「決断できるよう、一押ししてあげただけよ。さあ、心置きなく外の世界に飛び出せるわね」


「ねえ、あなた、立つ鳥跡を濁さずって言葉、知ってる?」


「知らない。後始末くらい、残った奴に任せればいいし」


「うん、いい性格しているわ、ほんと」


 とは言え、いくらなんでも濁し過ぎだとアスティコスは思った。

 里には怪物モンスターがなだれ込み、おそらくは死者もでていることだろう。なにしろ、相手は小鬼ゴブリン犬頭人コボルトなどといった低級の妖魔ではなく、獄犬ガルム飛竜ワイバーンといった厄介な相手であるからだ。


「助太刀しようなんて、考えない事ね。下手すると、どさくさに紛れて始末されかねないわよ」


「ほんと、ろくでもない事をしてくれたわね!」


「あたしに言わせれば、あの程度の流言で引っかかる方がどうかしているわよ。結局のところ、里の結束なんて、言葉一つで引っぺがされる程度の脆い結束だったってだけよ」


 ヒサコは完全に里の連中を見下し、嘲っているが、まさにその通りとしか言い返せないアスティコスにとっては、沈黙を以て応じるよりなかった。

 あまりの情けなさに項垂れ、悔しさが全身を駆け巡り、握り拳がプルプルと震えていた。

 ヒサコの指摘通り、もしエルフがアスティコスの弁明を聞く耳を持ち合わせていれば、亀裂を修復する機会を得られたかもしれない。

 だが、あの場の全員がヒサコのついた嘘を信じ込み、アスティコスを裏切り者と認識してしまった。

 あれほど里のために働き、まとめ役として職務に当たっていたというのに、たった一言で何もかもが失われてしまった。

 残った物は身一つ。これをどう使うのかは、もはや選択の余地もなかった。

 アスティコスのこれからは、すでに決したと言ってもいい。

 ヒサコと共にシガラ公爵領に赴き、姪のアスプリクに会う事。ただそれだけであった。



            ~ 第三十六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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