第二十七話 残された希望! 女神よ、諦めるのはまだ早い!
女神テアは頭を抱えていた。先程のヒサコの推論を聞き、現在の絶望的な状況を認識させられたからだ。
「まずいなんて、レベルじゃないわ。かつての記憶を持った状態の魔王なんて、どう足掻こうと勝ち目ないじゃない! 姿を見せず、恐ろしいほど慎重に動いているのは、あちら側も色々と事前情報を握っているってことだものね」
通常、魔王は降臨する神と英雄の組よりも、少し遅れて監督官である上位存在が、世界に堕とすことになっていた。その時間差を利用し、自己のレベルアップを測ったり、あるいは魔王が降りてくる器を探し当てておいて、降臨と同時に対処に動く、というのがいつものセオリーだ。
ところが、今回の魔王は“前回”の記憶と言う名の情報を握った状態なのだと言う。能力値は普段と変わらなくても、“経験”がある以上、いつもと違う行動を取るのは必然であった。
無論、これはあくまでこれまでの情報を元に、ヒサコが予想した推論ではあるが、少なくとも魔王が降臨しているはずなのに、一向に動きも姿も見せない理由にはなっていた。
英雄も、魔王も、今回に限って言えば、どちらも“強くてニューゲーム”状態なのだ。
普段ならば、転生してきた英雄のみ、若返りなどの肉体的な恩恵に加え、スキルカードによる能力値の強化や特殊技能の習得など、こちら側だけが“強くてニューゲーム”になるはずであった。
しかし、今回は魔王側も情報という上乗せがなされており、敵方もまた“強くてニューゲーム”ということになるのだ。
「まあ、あくまで推論だし、決定的な証拠があるわけじゃないしね。でも、あたしが考えている最悪だと、そんな状態だってこと! あなたもそれは頭の中に入れておいてね」
「最悪だわ。地元の進学校に願書出したら、なぜか全国トップの学校の入試を受ける羽目になったってところか。うん、無理♪」
「例えがよく分からないけど、希望がないわけじゃないからね」
「ホント!?」
テアは急にパッと表情を明るくし、椅子から立ち上がってヒサコに詰め寄った。肩を掴み、目を輝かせて、ユサユサ体を揺さぶった。
「教えなさい! 早く教えなさい!」
「落ち着きなさい。そういうところが神様っぽくないのよ」
ヒサコはテアを落ち着かせてもう一度椅子に座らせた。
一度深く呼吸をして、互いに気を鎮めてから再度口を開いた。
「今回の魔王は情報を持っている。ゆえに、その立ち回りはあなたがこれまでより経験したどの相手よりも、慎重になるでしょうよ」
「強い上に慎重だなんて、こっちからしたら悪夢でしかないわよ」
「でも、まだ勝機はある。んでさ、尋ねてみるけど、今魔王はどこにいると思う?」
「それが分かってたら苦労しないわよ。アスプリクとマークが怪しいってのは、例の《魔王カウンター》での検査結果から導き出されるけど、こうまで状況がめちゃくちゃになった以上、確信が持てないわね。どこに潜んでいるのやら」
「はい、それが答え」
「ほへ!?」
訳が分からず、テアは目を丸くして驚いた。
「姿が見えない、潜んでいる、これが現在の魔王の状態よ。それで、どうしてそんなことをしているのかしらね?」
「あ、そっか。もしこっちを蹴散らせる状態にあるのなら、わざわざコソコソ隠れている必要なんかない。慎重な立ち回りをしていると想定した場合、こちらにある“何か”が、魔王側にとっての不安材料になっているってことか!」
「そう。慎重な魔王が隠れ潜んでいるってことは、倒されるかもしれない何かを感じ取っているってこと。魔王自身がこちらの勝機に気付いて、それに対する対策ができるまで出てこれない。楽観的に見て、という条件付きだけど、そう言う状態なんじゃないかな」
薄い可能性ではあったが、説得力のある推察でもあった。少なくとも、勝機がない状態よりかは、遥かにマシと言えよう。
「あるいは、何かを待っていて、それが来るまで身を潜めているとも取れるけどね」
「何かって、何よ?」
「さて、魔王の考えていることなんて、こっちにゃ分からないわよ。まあ、何かを恐れてジッとしている可能性が高いとは思うけど、潜んでいるうちはまだ大丈夫ってことよ」
「それまではまだ、こちらにも時間的な猶予はあるってことね」
「そう。で、こちらも“準備”が整ったわけだし、さっさと里を出るとしましょうか」
そう言うと、ヒサコは席から立ち上がり、大きく背伸びしたり、腕を軽く振り回したりと、何やら準備運動を始めた。
「さて、こっからはこの世界に来てから、一番の大立ち回りになるかもしれないから、あなたもちゃんと付いて来てね」
「え? マジ? あの“ヒーローショー”以上の事をやるの!?」
テアはアーソでの一件でのことを思い出し、ブルリと背筋を震わせた。
はっきり言えば、あれはまさに外道の極みであった。味方のフリをして領主の息子を誘い込んで暗殺、その罪を別人に擦り付け、その黒幕に仕立てた男と死闘を繰り広げる演技まで見せ付けた後、きっちりこれを抹殺してすべての証拠を隠滅した。
あれもかなりの演技と大立ち回りを必要としたが、今回もまたそれをやろうと言い出したのだ。
いったいどんな準備をしていたのか、テアとしては気になるところであった。
なにしろ、聖域で捕縛され、牢屋に入れられてからというもの、ヒサコがやって来たのは食べて、寝て、喋っての繰り返しであった。
もちろん、それにも意味があったことは認識していた。
配膳をやってくれていたアスティコスに色々と吹き込んでエルフの里に情報を拡散させ、長のプロトスが危機感を覚えるほどに動揺を与えていたのだ。
そう言う意味では、いつも通りの三枚舌が炸裂したと言えよう。
また、テアも先程知ったのだが、森の中の移動中に実は小鬼を誘導しており、エルフの聖域を襲わせるように仕向けていたのだと言う。
これも結局は軽く蹴散らされるだけであり、プロトスの不興を買った程度の意味しかない。
だが、それもこれも、これから起こる事の“仕込み”でしかないのだと、ヒサコは言い切ったのだ。
「ねえ、ヒサコ、茶の木は絶対に持って帰るのよね?」
「正確には、その種だけどね。前に聖域で見た時には丁度実がなっていて、あれから時間も経過してるし、そろそろ種が出来上がっている頃だと思うのよ」
「まあ、木を引っこ抜いて持って帰るより、種として持って帰った方が楽だもんね」
なお、やろうとしていることは墓荒らしと同義である。エルフ族は死んだ同胞を聖域に埋め、そこに茶の木を植える習性があるのだと聞かされていた。
つまり、聖域の茶の木はエルフにとっての“墓標”であり、それを持ち去るのは墓荒らしに他ならないのだ。
ヒサコとテアが聖域に踏み込み、エルフの怒りを買って捕縛されたのも、相手にとって墓荒らしであったからだ。
「一応ね、こっちも何度も機会は与えたのよ? 岩塩だって持ち込んで、それと交換しましょうって。まあ、木を引っこ抜くのはさすがに気が引けるでしょうけど、落ちてる種を拾う事すら拒否したんだから、こっちも容赦してやるつもりはないわよ」
「容赦も何もないと思うんだけどな~。生えた茶の木は、同胞の生まれ変わり、って考えだと思うのよね。輪廻転生、森の木々と共に生き、土に帰り、また生えてくる。あちらの感覚なら、その循環の輪を乱す行為だと捉えられてもおかしくはないわ」
「でしょうね。でも、それは“あっち”の都合であって、“こっち”の都合ではないのよ。交渉の機会は与えた。そして、拒否された。ならば、答えは一つ」
ヒサコは準備運動を止め、ポンとテアの肩に手を置き、ニヤリと笑った。
「殺してでも、奪い取る。切り取り御免、それが戦国の作法ってもんよ」
ああ、またかと、テアはつくづく目の前の英雄を“共犯者”に選んでしまったことを悔いた。
転生させた相棒は、とにかく好き放題だ。最初に「自分の流儀でやらせてもらう」と約束したとはいえ、今まで連れて歩いた他の英雄とは、一線を画する存在と言ってもいい。
我欲の塊のような存在で、決してブレることなく、自分の興味や欲望を満たそうとする。そのためならば、他人がどうなろうと知った事ではなく、親しげに話していた者ですら、表情を崩すことなく始末してしまえる。
そして、それに慣らされてしまっている自分がいることに、テアもまた戦慄を覚えていた。
神が人を導くことはあっても、人が神を変質させるなど、あってはならないのだ。
(人の視点で長く居過ぎた。本来、神は天上から世界を眺める者。しかし、今の私は地上から同じ視線で、世界を眺めている。これは本当にさっさと終わらさないと、後で色々と不具合が出かねないわ)
神としての実力は高くとも、あるいは魂や精神についてはまだ脆い部分があったかもしれない。少なくとも、この世界での出来事で、テアはそう痛感していた。
そう言う意味では、よくできた“試験”だとも言える。自分を見つめ直すいい機会になったし、吹っ切れる切っ掛けにもなった。
そして、女神は決断した。
テアはヒサコの腕を掴み、その顔を見つめた。
「今更だけど、もう手段を選んでいる状態でもなくなった。あなたの仮定が正しかった場合、この世界はSランク相当の難易度に変化してしまったと言う事。それは条件達成がほぼほぼ不可能になったと言う事でもあるわ。でも、私は諦めないし、あなたも諦めていない。ならば答えは一つ」
もう迷っている段階ではなかった。上位存在からの通達がない以上は試験は続行であり、このバグった世界すら乗り越えてみせよと言う意思表示なのかもしれない。
ならば、超えてみせよう。目の前の外道の英雄と共に。
「ヒサコ、いえ、“松永久秀”、あらゆる手段を使いなさい。思いつく限りのことをやりなさい。そして、どこかに潜んでいる魔王を打ち倒すわよ」
「初めからそのつもりよ」
ヒサコの返事は素っ気ないものであった。会食の約束をして、それを了承したような、その程度の反応であった。
世界を揺るがす存在を倒そうなどという、気負いが一切ない。実に自然体だ。
だが、事ここに至っては、これ以上に頼もしい存在もない。目の前の英雄の最大の強みは、類稀なる知略もさることながら、他人なら躊躇う手段を迷いなく繰り出せる点に求めてもよかった。
多分、これから酷い事をするのだろう。出会っておよそ体感時間で半年、今までもそうだったように、これからもそうすることだろう。
それがたまたま、罪のないエルフの里を焼き払う程度のことなのだ。
魔王を倒す、最大目的の前では、その程度のことなど“些事”に過ぎないのだ。
この外道にとっては、茶を飲んでゆっくりしたいという以上の願望はなく、それを邪魔する者は誰であろうと排除する。
本当にただそれだけなのだ。
「んじゃま、早速やっちゃいましょうか。そう、“魔王”の初陣を、ね」
ヒサコは実に悪い顔をしていた。笑顔と言うには悍ましく、楽しむと言うには血生臭い。
それに、テアも気になるところであった。
何を指して“魔王”などと言い放っているのかと。
もちろん、本物の魔王などではなく、何かの比喩なのであろうが、テアにはそれが分からなかった。
だが、ヒサコがこう言っている以上、間違いなくエルフの里は焼き払われることだろう。あの澄まし顔の里長も、何度も会話を続けたあの女エルフも、その他多くの里の住人も、全員殺し尽くすことだろう。
ただ、“茶の木”を手にするという、自己の欲求を満たすためだけに。
テアはそれを止めるつもりはなかった。もう、目の前の英雄以外に、この世界の全容を暴き出せる人物などいないからだ。
(友軍なし! 援護なし! 敵は強大! でも、やり遂げないといけない。もうなりふり構ってらんない。こいつに全部を賭けるしかないんだ)
テアは決意が鈍らぬよう、再度自分に言い聞かせた。
その姿に満足したのか、ヒサコは笑顔で応じ、その肩を何度か叩いた。
「さあ、始めましょうか。神を騙る純エルフ、その尖った耳と鼻をへし折るために。なにより、茶の木を手にするために」
かくして、地獄が始まった。ヒサコが用意した最悪の惨劇が今、開幕したのである。
~ 第二十八話に続く ~
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