表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

190/570

第二十二話  土下座! 更に足で踏み抜けば完璧だな!

 その場はもはや収拾がつかなくなっていた。

 枢機卿のロドリゲスの虚言とも脅しとも取れる発言から始まった対立構図に、ヒーサが火を着け、ティースが爆発させた状態に陥っていた。

 ティースの命を受け、ナルとマークが会議室に乱入し、ロドリゲスに明確な殺意を以てこれを攻撃。すでにその首筋には短剣がほんの僅かな切っ先ではあるが突き刺さり、僅かだが赤い血が滴っていた。


「ティース、お前も意外と大胆だな」


「お褒めに与り、光栄ですね。ヒーサがどういうわけかアスプリクに甘々だったので少しばかりイラついておりましたが、今回のやり取りでおおよそ察しました。仮にも聖職者とあろう者が、幼き女子に手を出すなど言語道断! 神の御許へ送って差し上げましょうか?」


「おおう、怖い怖い」


 ヒーサとしてもティースのこの行動は予想外であったが、丁度良く騒ぎが大きくなったので、これに便乗してさらに大火事にしてやろうと、即席だが新たな筋書きを用意した。

 怒れる妻を手で制して抑えつつ、動きが封じられたロドリゲスを見やった。


「さて、枢機卿、申し訳ありませんが、今この場で死んでいただきましょうか。友の報復のため、妻の憤る心を鎮めるため、尊い犠牲となっていただきましょうか」


「や、やめろ! こんなことをして、どうなるか分かっているのか!?」


「戦争になるでしょうな。教団の正統派を称するあなた方と、改革派を自認するシガラの面々と、全面的な抗争に発展するでしょう。嘆かわしい事ですが、これもまた避けて通れぬ道。あなたの首を聖山に届け、以て宣戦布告といたしましょう」


「き、貴様!」


「おっと、動かないでいただきたい」


 ナルはほんの僅かだが手に力を込め、いつでもそのまま短剣を喉に突き刺せることを強調した。

 これでロドリゲスは再び動けなくなり、ナルを睨み付けた。


「従者のフリをした暗殺者か! 公爵も公爵なら、その夫人も血生臭いものよ!」


「我が主への侮辱は、死を以て償っていただきますわよ。たとえ相手が誰であろうとも、ね」


 ナルの持つ短剣は微動だにせず、獲物を捉えたままだ。ロドリゲスの従者達も部屋の中に突入してはいるが、ナルがいつでも突き刺せる体勢であるため、迂闊に動けなかった。

 そんな状況を後目に、アスプリクはヒーサに近付き、ヒソヒソと耳打ちした。


「ねえねえ、ヒーサ、カウラ伯爵家の三人組って、実はめっちゃ優秀?」


「基本的には優秀だぞ。女主人が普段ポンコツなんで気付かない奴もいるが、本気で動き出したら手が付けられんくらい優秀だ」


「その割には、ヒーサって結構あの三人組、からかってない?」


「優秀な分、ティースが“本気”で怒らない限りは安全だ。そして、私はまだ妻を本気で怒らせたことは一度もないし、何より夫婦仲は“基本的”には円満だからな」


「そりゃ結構。で、今は割とガチで怒っていると」


 そのティースの怒りの原因は、教団側の姿勢にあった。

 元々、ティースは信仰に篤いというわけではなく、どちらかと言うと、祈っている暇があったら剣を振り回し、馬で駆け回っているのがいい、という性分であった。

 しかし、特に変化が生じたのはここ最近のことであった。ヒーサやアーソからの移住者から聞かされたアーソ辺境伯領での出来事や、他地域から流入してきた神官達から教団の愚行や堕落ぶりに憤りを覚えていたのだ。

 そこへ来て、今まで知らなかったアスプリクの境遇に加え、夫もいよいよ腹を括って教団側との対決を選択したのだと、今し方の言動で認識したのだ。

 アーソの地に同行できず、またしてもヒサコに功績を立てさせてしまったことへの焦りもあって、今度は自分が前に出て、夫も含めた周囲に“カウラ伯爵家なお健在なり!”と見せつけておかねばならなかったのだ。

 それが、いい感じに歯車がかみ合い、ヒーサもそれに便乗する形で攻め立てた。

 ヒーサはゆっくりと歩み寄り、狼狽するロドリゲスの顔の目の前に自分の顔を突き出した。


「さて、枢機卿、折角ですので、あなたに選択肢を差し上げましょう」


「選択肢だと!?」


「今この場でアスプリクに対して行った数々の愚行を、教団を代表して“正式”に詫びるのであれば、すぐに刃を鞘に納めましょう。もしそれが嫌なら、“首”になってお帰りいただきます。さて、どちらがよろしいでしょうか?」


 はっきり言えば、ヒーサの用意した選択肢に対して、ロドリゲスの選択の余地はなかった。なにしろ、目の前にいるヒーサにしろ、ナルにしろ、その目からは殺意しかなかったからだ。

 怒っているのではない。純粋な殺意のみ。ただ淡々と人を殺せる、その意志だけだ。

 暗殺者であるナルならば、それも分かる。だが、ただの貴族の若造であるはずのヒーサが、なぜこうも暗く沈み込むほどの殺気をまとえるのか、ロドリゲスには分からなかった。


「あ、いいですね~。折角ですから、地に頭をこすり付けて、心から詫びてもらいましょうか~。ハイ、土・下・座! ハイ、土・下・座!」


 横からヌッとティースが合いの手を入れた。


「お前、ほんと容赦ないな~」


「このくらい普通では?」


「お前の普通とやらが、世間一般の常識からかけ離れていることを認識したよ」


「常識外れは、ヒーサ、あなたもでは?」


「ヒサコよりかは大人しいはずだ」


「あれは例外中の例外としておきたいです」


 どうにも物騒な夫婦の会話であったが、その間もナルの短剣は突き刺さったままであり、僅かずつだが血が垂れるままになっていた。

 首筋にチクチクと走る痛みと、屈辱的な扱いへの憤りが、ロドリゲスを益々激高させたが、自身の命が天秤に載せられており、解決策が一つしかないので、もはや迷っている時間はなかった。


「わ、分かった! 詫びる! だから、剣を納めてくれ!」


 とうとうロドリゲスが折れた。

 枢機卿のメンツよりも、教団の権威よりも、自分の命を優先させたのだ。

 仮にも枢機卿、それも次期法王の筆頭候補からの詫びである。それは軽いものではなく、アスプリクの溜飲を下げるのに十分なものであった。

 ナルは一度ティースに視線を向け、主人の意思確認を行った。ティースは了承したと頷いて応じ、ナルも剣を引いた。

 その瞬間であった。ロドリゲスが安堵の息を吐く間もなく、マークが強烈な足払いをお見舞いしたのだ。術式で足を岩のように強化しており、骨が折れたと思うほどの痛撃がロドリゲスに襲い掛かった。

 たまらず前のめりに倒れ、その倒れた先には、アスプリクが立っていた。


「アスプリク様、どうぞ」


 まるで料理でも運んできたような口調でマークが述べ、アスプリクもまたそれを受け取った。

 受け取ると言っても、“足”ではあったが。

 前のめりに倒れたロドリゲスの後頭部に、アスプリクの小さな足が乗っかり、これを踏みつけた。


「いやぁ、いい眺めだ。よもやこんな光景が拝めようとは、半年前には考えもしなかったよ」


 アスプリクは愉快に笑い、グリグリと足でロドリゲスの後頭部を踏みにじった。

 そして、視線をヒーサに向けた。半年ほど前、アスプリクはヒーサと初めて出会った。それから、自分の人生は大きく変わった。その証が、こうして枢機卿を踏みつけると言う、本来なら有り得ない光景を目の当たりにできた。

 喜ばしい事であり、いよいよ自由を得られると考えると、雄叫びを上げたい気分であった。

 しかし、そんな熱気と怨嗟が渦巻く空間にあって、たった一人、熱に浮かされぬ者がいた。


「そこまでにしていただきたい! これ以上は本当にいけません!」


 暴挙、あるいは快挙とも言える状況にあって、ライタンが割って入ってきた。

 ライタンはアスプリクを押しのけ、その足をロドリゲスの頭から下ろさせた。

 同時にまだマークの蹴りから立ち直れず、苦痛に顔を歪めるロドリゲスを抱え起こした。


「従者! すぐに枢機卿をお連れせよ!」


 これが試合終了の合図となった。

 ロドリゲスの従者達は慌てて主人に駆け寄り、その体をライタンから渡された。

 そして、大慌てでロドリゲスを抱え、会議室を出ていった。


「ナル、マーク、枢機卿をお見送りしてあげて。なにか伝言でもあれば聞き取っておくように」


「「ハッ!」」


 女主人の命を受け、二人は急ぎ足で出ていったロドリゲスの一団の後を追った。

 会議室の扉は再び締まり、中に残ったのはヒーサ、ティース、アスプリク、ライタンの四名となった。

 そして、騒動の余韻に浸る間もなく、アスプリクが腹を抱えて大笑いした。

 ついにしてやったり! と。



          ~ 第二十三話に続く ~

気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。


感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ