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第十五話  兄と弟のズキュゥゥゥン! だが、その口づけは死で満たされている!

 殺意と敵意の入り交じる視線が、一人の男に集中していた。男の名はボースン。カウラ伯爵の当主であり、現在はシガラ公爵の屋敷にて歓待を受けていた。

 と言うのも、彼の娘ティースとシガラ公爵の次男坊ヒーサが間もなく結婚することになっており、その詰めの話をしに公爵領に訪問していたのだ。

 だが、それもご破算になりそうな状況であった。

 なにしろ、ボースンが持ち込んだ土産の中に“毒キノコ”が混じっており、それを食べたシガラ公爵当主マイスとその嫡男セインが倒れてしまったからだ。

 そして、それを見破ったのは、遅れてやって来たヒーサであった。ヒーサは医者であり、薬草の類いに詳しく、同時に毒物に対しても精通していた。

 そのため、宴の席に出された食材をズラリと並べてみたところ、問題のキノコの存在に気付いたのだ。


「美物に毒キノコを混ぜるとは、どういう心積もりか!?」


 凄まじい剣幕で迫るヒーサに、ボースンは恐れおののきながら後退あとずさりし、壁に押し付けられる格好となった。

 普段は穏和なヒーサとは思えぬほどの迫力に、公爵家に仕える者達は驚いた。それほどまでにその怒りが激しいことが伝わってきており、自分達もまたそれに釣られて、バカな真似をした来客に憤りを募らせた。

 ただ一人だけ、冷静な者を除いて。


「ヒーサ様、原因の詮索は後でございます! まずはお二人に治療を!」


 悲鳴にも近い声を発して助けを求めてきたのは、執事のエグスであった。

 この言葉にヒーサは冷静さを取り戻し、倒れている二人の方へと駆け寄った。

 なお、ヒーサの圧より解放されたボースンは尻もちをつき、茫然自失のままその場にへたり込んだ。


「リリン、薬を!」


「は、はい! どうぞ!」


 ヒーサは侍女が手渡してきた薬瓶を握り、張られていたラベルを確認し、蓋を開けた。杯を二つ用意し、それぞれに薬を入れた。水で倍ほどに薄め、その一つをリリンに手渡した。


「それを父上に飲ませろ。私は兄上の方をやる」


「はい!」


 リリンはエグスに抱えられているマイスの口に杯を持って行って、中身を流し込んだ。ヒーサもまた、ポードに支えられているセインの口を開けて、薬を流し込んだ。


「頼む。間に合ってくれ!」


 必死になって祈るヒーサであったが、現実は優しくはなかった。かすかに持ち上がっていたマイスの手が力なく床に落ちていき、そのままピクリとも動かなくなった。


「ヒーサ様、旦那様が!」


「分かっている! 兄上、早く薬を!」


 セインの方は咳き込んで上手く呑み込めないようで、何度流し込もうとしても吐き出してしまった。

 やむを得ないと判断したヒーサは、薬を自らの口に含み、意を決して兄に口移しでそれを飲ませた。鼻を摘まみ、自分の口に含んでいる物を兄の口に移し、どうにかしてそれを飲ませることに成功した。

 セインが薬を飲んだのを確認すると、すぐさま立ち上がって、動かなくなったマイスの方へと駆け寄った。横に寝かせ、耳を心臓に押し当てると、すでになんの鼓動も感じられなかった。


「くそ! 心臓が止まっている! 父上、間に合わなかったのか……!」


 無駄と思いつつも、どうにか心臓が動いてくれるように胸部に何度か打撃を与えてみるが、当然ながらピクリともマイスは動かなかった。ヒーサの慟哭が部屋中に響き渡ったが、さらなる悲劇が襲い掛かった。

 薬を飲ませたはずのセインもまた何度かの痙攣ののち、力を失って首も腕もだらりと垂れてしまった。


「セイン様、しっかりしてください!」


 抱きかかえるポードの声にもセインの反応はなし。ヒーサはふらふらと立ち上がって動かなくなった兄に歩み寄り、そして、胸部に耳を当てた。やはり、鼓動は一切感じられない。


「ダメだったか・・・。間に合わなかった!」


 ヒーサはゆっくりと立ち上がったかと思うと、卓にドンッと悔しそうに両腕を振り下ろした。怒りと悔しさが入り混じり、全身が震えていた。

 何度も何度も拳を叩き付け、その衝撃で卓上にあった食材や料理の数々は吹っ飛んでいった。


「私は母上を救うことができなかった。そして、今度は父上も兄上も救うことができなかった。誰も救えなかった。私は・・・、私は・・・、いったい何のために医者になったんだ!」


 何も救えなかった事への怒りはどこへ向かうべきなのか。無論、それは決まっている。そう“最初から”決まっているのだ。

 ヒーサはへたり込むボースンを睨みつけた。


「衛兵ぇ! 出会え、出会えぇい!」


 ヒーサの呼び声に応じて武装した兵士が幾人も部屋の中に突入し、ヒーサの周りを取り囲んだ。


「あの愚か者達を召し捕れ! 公爵家当主とその跡取りを殺めた罪人だ!」


 ヒーサの発した命令はすぐに効果を発揮した。衛兵達は剣を抜いてボースン以下、カウラ伯爵家の面々を捕えようと動き出したのだ。

 それだけではない。普段はこんな荒事とは無縁の侍女や召使までが怒りと共に取り囲む輪に加わっており、いかに亡くなった二人が慕われていたのかを物語っていた。

 一方のカウラ伯爵御一行は、事態の急展開ぶりに付いていけず、へたれる主君の体を取り囲み、それを支え起こすだけで手一杯であった。

 そして、囲みが完成すると、ヒーサは前に進み出て、再びボースンを睨みつけた。


「伯爵……、お覚悟はよろしいかな?」


「ま、待ってくれ、ヒーサ殿! これは誤解だ!」


「誤解だと!? では、“あれ”は何だと言われるのか!?」


 ヒーサの指さす先には、動かぬ亡骸となったマイスとセインが横になっていた。


「父上や兄上が死んだのは何かの誤解か!? 夢や幻だとでも言いたいのか!?」


「そ、それは……」


 そう、もう何を言おうが無駄なのだ。“美物に毒キノコを潜ませていたこと”と“公爵家当主とその跡取りが死んだ”という事実は動かしようがないからだ。

 それでも、どうにかして切り抜けねばならず、多少落ち着いてきたボースンは必至で言い逃れる材料を求めた。


「まずは聞いてくれ、ヒーサ殿。あのキノコが毒入りであることは知っていたが、特に害はないはずなのだ。これを差し出した村娘も、私も、随伴している者も食べた。だが、毒などの症状が一切出ていない。本当に毒が回っているのなら、こうしてピンピンしているなどおかしいではないか」


「いいえ、おかしくはありません。このキノコの特性を知っていればね」


 ヒーサは握っていたキノコをグイッっと差し出し、ボースンに見せつけた。


「いいですか。このキノコは『一夜茸ひとよたけ』と呼ばれるキノコです。毒キノコではありますが、普段はその毒が隠れており、一定の条件を満たさない限りは食べても問題ありません。そして、その条件とは“飲酒”なのです」


「なんだと!?」


 完全に初耳な情報にボースンは目を丸くして驚いたが、それすら鼻で笑われる三文芝居と思われ、ヒーサの視線はますます冷ややかになっていった。


「一夜茸は酒と共に食すると、途端に暴れだす。その効果は酒精に対する耐性を失う毒。どんな酒豪もたちまち下戸になる、そういう毒であるからだ」


「そ、そんな……」


 もし、ヒーサの言葉が正しければ、二人が倒れたのも納得できるというものであった。なにしろ、自分は一口の酒でも体が耐えきれず、意識が朦朧としてくるからだ。

 もし、同じ体質に変わってしまったのなら、ああなるのも無理はないとボースンは冷や汗をかいた。


「ああ、そういえば、伯爵、あなたは重度の下戸でしたね。その件は父上も知っている。つまり、宴の席では酒精を取り込まぬよう、水でも飲んでいましょうな。そして、このキノコを食べさせた後、適当な場面で酒を勧め、それを飲ませる。そうすれば、事情を知らぬ者の目からは、酒毒にて二人が倒れたように映りましょうな。キノコを食べても平然としていれば、まず安全と思いましょう」


 しかし、ヒーサの説明は肝心な部分が抜けている。なぜなら、ボースンが安全だと勘違いしたのは、ヒサコが毒見をして安全であることを見せたことから始まるからだ。誤解をさせるために偽情報あるいは隠匿された情報を流すのは、戦国では常套手段なのである。


「……そうか。分かりましたよ、伯爵。そういう筋書きですか、そうですか」


「な、なにを……」


「まず、父上と兄上を亡きものにし、そうすれば家督は私に転がり込んでくる。そして、その伴侶として、自分の娘を当てる。二人の間に子でも生まれてから、私を始末すれば、幼い孫の後見役として公爵家を差配し、めでたく乗っ取り完了。こういう筋書きですな!?」


 完全なでっち上げである。しかし、裏の事情を知らぬ者からすれば、そう考えた方が一連の流れが把握しやすく、ぴったりと状況に当てはまるのだ。

 無論、そうなるようにヒーサはヒサコと言う裏の顔を用いて仕向けたのであるか、当然と言えば当然なのである。


「な、なんという大それた事を……!」


 ヒーサの言葉を聞き、エグスはいよいよもって怒りを爆発させ、またその怒りは周囲の者達にも広がっていき、一斉に飛び掛からんほどの重々しい空気へと変わっていった。

 それでも彼らが辛うじて思いとどまっているのは、ヒーサの存在であった。なにしろ、マイスとセインが亡くなった以上、公爵家当主は他でもない、ヒーサになることを無意識的に感じ取っていたからだ。

 ゆえに、“現当主”の号令を待っている状態なのだ。

 だが、ヒーサは冷静であった。怒りはあらわにすれど、激発して短絡的な行動はしなかった。


「さて、伯爵、状況をご理解していただいたのなら、あなたがどんな馬鹿げた真似をしたのか、お分かりいただけましょう。ああ、こんなことを言う必要もありませんてしたな。なにしろ、全部裏で仕組まれていたのですから」


「誤解だ! ヒーサ殿、本当に誤解なのだ! 私は何も企んではいない!」


「後でなら、何とでも言えますな。まあ、私が思いの外、薬や毒物に通じていたことで露見してしまいましたが」


 すでに完全な犯人扱いである。状況がそれを裏付けており、覆す材料はボースンの手にはなかった。無論、そうなるように、そう周囲が思うように状況を作り上げたのであるが、もうここまでくると、ヒーサのやりたい放題だ。

 だが、ヒーサはどこまでも冷静かつ慎重であった。


「私の指示一つで、あなたもあなたのお連れの方々も好きに出来る。だが、私は医者だ。人を救うことはあっても、殺生は好まない。ゆえに、話し合いで今回の一件を解決したい」


 そう言うと、ヒーサはボースンが連れてきた部下の中で、一番位の高そうな者に目星をつけ、それを指さした。ボースンの体を支えている男だ。


「おい、お前、名は何という?」


「……カイだ。今回の警護主任を任されている」


「そうか。では、カイとやら、お前は直ちに伯爵領に戻り、今ここで起こった出来事を伝えてこい。そして、こう告げよ。『伯爵の身柄は預からせていただく。解放してほしくば、決定権を持つ人間をさっさと派遣しろ』とな」


 怒りに身を任せず、あくまで冷静な判断を下す。ヒーサの態度は周囲の者達に、そう受け止められた。あるいは、自分たちの新たな主君として、すでに決めたと言ってもいいかもしれない。


「よし、皆に命じる! カウラ伯爵御一行を捕縛せよ! 供の者は牢屋に入れ、伯爵はどこかの一室に閉じ込めよ。ただし、このカイとかいう奴は解放してやれ。・・・かかれ!」


 ヒーサの言葉に、堰を切った濁流のごとく、一斉に動き出した。公爵家側の人間が一斉に伯爵家の面々に掴みかかり、捕縛していった。状況が状況だけに、伯爵家側も抵抗などできずに引っ立てられていった。

 伝令役を押し付けられたカイだけは解放され、馬と共に屋敷の外へと放り出された。カイは慌てて馬に乗り、大急ぎで伯爵領へと馬を走らせた。

 また、マイスとセインの遺体は、涙を流す家臣らの手によって運び出され、ひとまずは屋敷内で温度の一番低いワインの貯蔵庫へと移された。夜が明ければ、すぐにでも棺を用意せねばならず、皆がなぜこうなったのかと途方に暮れながらも、それぞれの役目を果たしていった。

 そんな喧騒の中、密かに笑う人物が“二人”いた。

 一人は当然、今回の騒動を仕組んだヒーサであり、今一人は思いがけず状況が自分の欲する方向に動いたリリンであった。


(父と兄が死に、その罪を他人に押し付けることに成功した。これで公爵の地位を自由にできる)


(これで伯爵家との縁組はご破算。“結婚するまで”という約の下、ヒーサ様に抱かれているのですから、その関係をまだしばらく続けられる。フフッ、これでヒーサ様は私のもの)


 その笑みに含まれた意味は喧噪の中に埋もれて、誰も気付かなかった。

 しかし、テアだけはヒーサの笑みを理解してしまった。


(松永久秀という男を選び、この世界に送り込んだのは私。でも、それは間違いだった。戦国の作法と概念が、この世界に浸透してきている。情勢も、人心も汚染され、戦国期の日本に近付いているのかもしれない。ああ、なんてことだ。もしかして、私は魔王探索のための英傑を呼び込んだつもりで、魔王そのものを召喚してしまったのかもしれない)


 ヒーサの不気味な笑みを見ながら、女神はそう考えざるを得なかった。

 だが、女神は手を出すことができない。奇跡の行使は禁じられており、多少の指示は出せても、基本は呼び込んだ転生者プレイヤー任せであるからだ。

 やり方は任せる、そう約した以上、情勢を見守ることしか女神にはできなかった。

 だが、この騒動はこれで終わりではない。次なる一手はすでにヒーサの手を離れ、雇い入れた外法者アウトローの手に渡っているからだ。

 混迷を深める情勢は、まだ先が見えない。ただ一人、これを仕組んだヒーサだけが“自分にとっての”明るい未来が見えていた。



           ~ 第十六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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