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第三十三話  いざ新天地へ! 立つ鳥跡を濁さず!(自己評価)

 アーソ辺境伯の城の前には、万に達しようかという大きな人だかりが出来ていた。

 がやがやとざわついていたが、その視線は一人の人物に注がれていた。


「それでは、行ってきますね」


 人々に軽く手を振ると、大地が揺れ動くほどの歓声が沸き起こった。なにしろ、目の前にいる人物こそ、今回のアーソで起こった事件解決の立役者にして、その功績を以て“聖人”に押されようとしている、シガラ公爵家の令嬢ヒサコであるからだ。


「大丈夫だとは思うが、無理はせんようにな。早く帰ってくるのだぞ」


 そう言って見送るのは、ヒサコの兄であるヒーサであった。

 立場上、ヒサコはヒーサの妻であるティースへの無礼の廉で、一時的な追放処分となっていた。エルフの里にある薬を持ち帰るのが追放を解く条件になっており、これからそこへと赴くことになっていた。

 本来であるならばとっくに国境を越えて、妖精族の多く住まうネヴァ評議国に入境しているはずなのだが、騒動に巻き込まれてしまい、それが遅れに遅れていたためだ。

 もっとも、ケイカ村での騒動の際に、現役司祭への暴行事件を引き起こしていたが、アーソでの一件で帳消しどころか、大幅な名声を得ることとなった。

 なにしろ、半殺しにした司祭リーベこそ、ケイカ村、アーソ辺境伯領、双方の事件を裏で操り、王国を損なおうとしていた“事実”が発覚したためだ。

 そのため、ヒサコこそ、それを真っ先に見抜いていたと人々から見らえ、その洞察力と行動力が人々から称賛されることとなった。


「ヒサコ、くれぐれも無理はしないように。それと早く帰ってくるのだぞ。叙任式に当人不在では、いくらなんでも格好がつかん」


「はい、心得ております、宰相閣下。私がお戻りになる前に、もう一人御子を儲けられるようにお祈り申し上げますわ」


 ヒサコのこの返しに、宰相たるジェイクは苦笑いをして、周囲も思わず笑ってしまった。

 そして、同時にそれはこのアーソの未来そのものを決することでもあるのだ。

 ヒサコが振り向いて見上げる先には城壁があり、その上には手を振る男がいた。“元”アーソ辺境伯カインである。

 今回の騒動において、裏で状況を操られていたとは言え謀反を起こしてしまったために、引責辞任という形で辺境伯の称号を王国に返上することとなった。

 現在、このアーソの地の相続人はジェイクの妻でカインの娘であるクレミアに属しているが、次期王妃が辺境区に赴くわけにもいかず、代官を派遣することがほぼ決まっていた。

 その代官職にジェイクは当初、弟のサーディクを宛がうつもりでいた。軍才に優れ、前線での働きも長く、ジルゴ帝国との国境を接する緊要地を任せるのには最適かと考えたからだ。


「ブルザー殿はお見送りしないとのことです。何かと、思うところがあるのでしょう」


 ヒサコの送迎に先立って、サーディクはこうジェイクに告げていた。

 セティ公爵ブルザーは今回の騒動における被害が、一番大きな人物の一人と言えた。自軍はアーソ辺境伯軍の奇襲攻撃と悪霊黒犬ブラックドッグとの戦闘によって、実に三割もの将兵に死傷者が出ると言う損害を被った。

 さらに深刻なのは、実弟リーベが今回の騒動の黒幕として断罪され、セティ公爵家の名声が地に落ちたことだ。

 “武”の公爵がその拠り所を傷物にされ、さらに身内から謀反人を出すという失態。とてものこのこ見送りなどに顔を出せるわけがなかった。

 また、謀反人とは言え、弟を殺したのはヒーサ・ヒサコ兄妹であり、それもまた複雑な感情をブルザーに抱かせていた。

 サーディクもそれに連座する形で、今は目立たぬよう行動せざるを得なかった。サーディクの妻はセティ公爵家の出であり、これもまた周囲の目が気になる立場となった。

 実際、サーディクはブルザーの代理的な立場として見送りには来たものの、周囲にブルザーの立場を最大限擁護した後は、隅の方に控えて大人しくしている有様だ。

 謀反人の身内、という点が大きくのしかかり、サーディクへのアーソ赴任は立ち消えとなった。

 代わりに白羽の矢が立ったのは、ジェイクの兄アイクであったが、こちらは芸術以外の事には興味がない男で、緊要地の代官など務まらないと誰しもが考えていた。

 そこでヒサコにお鉢が回って来たのだ。アイクとの婚約を進めているところであり、それが叶えば、王家の一員としてこの地を任せるという話が、現在の状況であった。

 相続人の代理の代理、というかなりあやふやな立場ではあるものの、ヒサコはその才覚を周囲に認められており、ジェイクもまたそれを鑑みて、この地を任せることにしたのだ。


「宰相閣下、この地の未来はあなた様に委ねられ、そして、その御子が継がれていくのです。未来を紡ぐ大事なお役目、どうか疎かになさいませぬよう」


「留意しよう」


 ヒサコがアーソの地を預かるのは、あくまで一時的な事。最終的な継承は、ジェイクとクレミアとの間に生まれるであろう子供であり、それをさっさと作れとヒサコは促しているのだ。

 同時に、ジェイクはそれ以外にもやらねばならない仕事が山積みであることを理解しており、気が重くなるのであった。

 アーソの統治はヒサコ不在時にはすでに手を打ってあるが、秘密裏に謀反の引き金になった術者の隠れ里をシガラ公爵領に移したり、あるいは口やかましく言ってくるであろう《五星教ファイブスターズ》の幹部連中との折衝に、骨を折らねばならないのだ。

 この点では、ヒーサも全面的に協力してくれることにはなっており、その点だけでもジェイクにとっては救いであった。

 そして、ジェイクにとって“個人的に”重要なのは、ヒサコと妹アスプリク、この両名を“聖人”に認定するために、教団側と早期に交渉を成立させることだ。


「気を付けてね、ヒサコ。お土産はなにか美味しそうな物をよろしく」


「ええ、任せておいてね」


 二人が別れを惜しむように抱き合う姿は、ジェイクにより一層の決意を促すのであった。

 この二人の聖人認定は最重要課題と言ってもよかった。二人揃って“庶子”であり、これは実社会においてかなり立場を弱める足かせになっていた。

 第一王子との婚約を考えると、ヒサコの庶子と言う立ち位置は邪魔にしかならず、間違いなく反対の声が上がることは明白であった。

 その反対を消すための、“聖女ヒサコ”という看板が必要であり、今後の国内安定化とアーソの地の統治には必須と言える案件であった。

 また、アスプリクも実力で大神官と言う地位を得ていたが、結局のところ体のいい使い走りであり、戦場や悪霊のいる霊地に赴いては、十三歳という若さを無視して使い潰されようとしていた。

 もし、“聖女アスプリク”と称えられるようになれば、今ほど無茶ぶりな運用をされることはなくなるであろうし、妹との関係修復にも役立つとジェイクは考えていた。

 しかし、そんな兄の気持ちを知ってか知らずか、抱き合う二人は不埒な考えを抱いていた。


「アスプリク、しばらくは会えなくなるけど、元気にしているのよ。今回の件は色々と骨を折ってもらったけど、これでまた自由と勝利に一歩近づけたわね」


「えへへ~。そうだね。何もかも全部ぶっ壊して、僕は自由になるんだ」


「その後の乗っ取った王国の舵取りは任せてね。あなたにとってもいい国を作るから」


「約束だよ~。“共犯者おともだち”だもんね」


「ええ、その通り。姿形はコロコロ変わっても、約束はしっかりと守るわ」


 そう、現在、スキル《性転換》によって姿を変え、《投影》によって分身体を作り出し、どちらも存在していることを見せ付けていた。

 そして、今はヒサコが本体であり、見送るヒーサが分身体となっていた。

 なにしろ、これから越境して妖精族との交渉などの様々なやり取りを行う必要があるため、分身体では臨機応変に対処しずらい場面も考えられるため、本体で出向くことにしているのだ。

 なにより、居残るヒーサはこれから数々の交渉を行うことになっているが、すでに種は仕込んだ後なので、大きく逸脱する予定もなく、戦闘はまず発生しないであろうから、分身体を国元に単独で残していても安全と判断した。


「ま、名残惜しいけど、そろそろ出発するわ」


「うん。早く帰って来てね!」


 もう一度ヒサコはアスプリクを抱き締め、皆が見守る中、荷馬車へと乗り込んだ。

 そして、御者台に座していたテアが馬に鞭を入れると、ゆっくりと前へと進みだした。

 ヒサコは荷台の後ろから乗り出す様に手を振り、これまた手を振りながら見送る人々の姿が見えなくなるまで振り続けた。



                ***



 ガタゴトと揺れながら進む馬車の中、見送る人々の姿が見えなくなると、ヒサコは早速演技を止めた。ゴロリとそのまま床に寝転がり、大きなあくびをした。


「人がいなくなった途端、だらけ過ぎよ。公爵家の御令嬢にして聖女、初見の人なら、絶対信じてくれないわよ、その姿じゃ」


 ちらりと馬車の中身を見るなり、テアがぼやいた。

 一応、立場としては、令嬢のお側付きということになっているが、とてもではないがあのだらけ切った姿では、こちらも演技をする気になれなかった。

 無論、そんなぼやきを無視して、ヒサコはさらにもう一発、あくびをした。


「あぁ~、楽しみだな、ネヴァ評議国。色々見て回りたいし、何より“茶の木”よ! ようやくお茶が手に入るってもんよ」


「手に入るかどうかは、相手の出方次第でしょ。アスプリクの話じゃ、エルフの里にあるそうだけど、墓標に使っているってことなんだし、すんなり手に入るとは思えないわ」


「なら、奪うだけよ~♪」


「ああ、いきなりの墓荒らし宣言・・・!」


 テアとしては泣きたい気分であった。何の因果で、よその国にまでわざわざ出向き、挙げ句に墓荒らしまで敢行するのか、理解の及ぶところではなかった。

 無論、茶が飲みたいという我欲の発露である可能性が高いが、魔王を倒すための必殺兵器だとも述べており、判断に苦しむ状況であった。

 茶が必殺兵器など無茶苦茶であったが、目の前の“共犯者”はふざけているように見えて、仕事はきっちりこなしている抜け目のなさも持ち合わせていた。

 現に、先日の黒衣の司祭カシン=コジの来訪の際には、“ピロートーク”と銘打ったバカバカしい会話を繰り広げたかと思ったら、隙を突いて相手を捕縛。そのまま焼き殺してしまったという騙し討ちをやってのけたのだ。


「なんと言うかさ、こう。立つ鳥後を濁しまくり、って言う感じ?」


「許容範囲よ。ちょっと食事して、お腹が膨れたら席を立って去っていった、くらいな」


「ちょっと……? 貪っているようにしか見えないけど!?」


「それは、あなたの見る目が悪いだけよ。健康には程々の食事、節制を心掛けないとね」


「強欲なあなたから、節制なんて言葉が口から飛び出したことに驚きだわ」


「いや~、そんなに褒めないでよ。あたし、内気で照れ屋で引っ込み思案なんだから」


 嘘もここまで来ると清々しさすら感じるなと、テアは慣れきってしまった自分を悔いた。

 何より悔いたのは、目の前の存在をパートナーに選んでしまったことであった。


「それよりもさ、今更なんだけど、国から離れて大丈夫かな? カシンとか言う黒衣の司祭が堂々と現れたってことは、いよいよ魔王が活動を開始する気配もありそうだけど」


「魔王は復活している。でも、力はまだ弱いと思う」


「その根拠は?」


「あなたが一切関知できていないということ」


 この発言はテアも一理あった。

 魔王は基本的に潜んでいる。時期が来たら、監督官である上位存在が魔王の魂を世界に下ろし、誰かに取りつかせる。

 そして、《魔王カウンター》によって魔王に選ばれる器を先んじて探すのがセオリーである。

 また、降りたばかりの魔王も本来の実力を発揮するための経験を積まねばならず、降臨直後であればそこまで強くはないのだ。

 もし、力が充実している状態の魔王であれば、鍛え上げた英雄四人が束になっても勝ち目は薄く、積極的に仕掛けてくる可能性は高い。

 魔王の魔力を未だに感じないのは、その点からも不自然であり、降りてきてない、もしくは力が弱いかのいずれかであろうと推察できた。


「でもそれだと、カシンの言葉が引っかかるのよね。私達以外の三組を倒したみたいに言っているし。ブラフかな?」


「情報戦であるならば、そうした偽情報を掴ませるのは常套手段。でも、この期に及んで連絡がないと言うのもまた事実。あたしも、もう三組がこの世界にいないような気がするのよね」


「何かしらの理由で逃げた、ってこと? まあ、世界規模で異変が生じてしまった場合に、緊急脱出用の転移術式は使えるようにはなっているけど、あくまで上位存在が避難しろって指示があるはずよ」


「許可なく使った場合は?」


「もちろん、試験放棄と見なされて、問答無用で失格よ」


 だからこそ、テアはバグっているかもしれないこの世界からの脱出をしないでいた。狂っているように見えて、実は引っかけでした、などという性格の悪い試験管だった場合も考えられたからだ。

 指示がない以上は続行。これがテアの結論であり、例外だらけのこの世界の状況も、不審に思いつつもまた受け入れていた。


「まあ、どのみち、戦闘要員がいない状態で魔王と戦おうなんて考えるのは、バカか天才しかいないんだしさ。気を抜いて、茶でも飲みに行きましょうよ」


「気楽に言うけどさ。結果が出なかった組は、見習い神は追試、呼び出した魂は今度こそあの世行きよ。それでもいいの?」


「別に構わないわよ。人生の延長戦を、さらに醜く生き永らえるのは美しくないからね。それはそれでよし、ってところかしら。ほら、立つ鳥跡を濁さずってね」


「おい、こら」


 濁しまくってこの物言いである。

 テアは再びため息を吐き、前方を眺めると、小さな川が見えてきた。橋もかかっており、その向こう側には広大な森と、巨大な山が徐々にだが近付いてきていた。


「あれがそうかしらね。カンバー王国とネヴァ評議国の国境の川は」


 テアの言葉を聞き、横になっていたヒサコは起き上がると、幌から顔を出してそれを確認した。


「ふむ。ここまでくれば、さすがに大丈夫か。黒犬つくもん、こっちに来て」


 ヒサコが指示を飛ばしてしばらくすると、一匹の仔犬が馬車の中に飛び込んできた。全身黒毛の可愛らしい仔犬で、ヒサコはそれを抱きかかえた。


「はい、お久しぶり、黒犬つくもん。しばらく相手できなかったけど、元気してた?」


「アンッ!」


 威勢よく吠え、尻尾をブンブン振り回す姿は実に愛らしい。

 なお、この姿は擬態であり、本来の姿は軍馬よりもさらに巨大な黒い犬であった。その牙や巨体ですでに千を超す被害が出ており、アーソの地では目の敵にされてきた。

 ヒサコの従僕ペットとはいえ、さすがに人目に出すわけにはいかなかったため、しばらくは森の中で待機してもらっていたのだ。


「さて、これから乗り出す新天地、一人と、一柱と、一匹の旅路。どうなるかしらね」


「どうせろくなことにならない」


「アンッ! アンッ!」


 ヒサコと黒犬つくもんは期待に胸膨らませながら、テアはどうか穏便に終わりますようにと願いながら、いよいよ国境の橋を通過した。

 それぞれの思惑を胸に、新天地へと踏み込んでいった。

 魔王復活の不穏な影を残しつつも、今は茶の事だけ考えていたい。そして、あらゆる手段を用いてでも手に入れる。

 そう、ヒサコは固く決意するのであった。

 ただただ“茶が飲みたい”、それだけを求めて。



      ~ 第六部・完  第七部に続く ~

これで第六部は完結です。


次の第七部も話の骨子は出来上がってますので、近日中に開始いたします。


今後とも、よろしくお願いいたします!


(∩´∀`)∩



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ヾ(*´∀`*)ノ

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