第十六話 開幕! 主演・松永久秀のヒーローショー! (1)
その時、シガラ公爵軍の部隊は安堵と緊張が程よいバランスを取っている状態にあった。
現在、本営の天幕の中において、目の前にあるアーソの城についての、開城交渉がなされていた。もしこれが上手く折り合いが付ければ、面倒な城攻めの苦労をしなくて済むのだ。
そもそも、現在のシガラ公爵軍は移動を迅速に行うため、騎馬と軽装の銃兵ばかりで編成されていた。火力と速度には優れているが、城攻めとなるとそれ相応の攻城兵器が必要となるが、生憎そんな便利な物は備えていなかった。
そうなると、銃器でチマチマ削るか、梯子で強引に城壁を超えるか、あるいは兵糧攻めかということになる。目の前の強固な城に対して、時間をかけずに落とすとなると、どれも不適格だ。
しかし、交渉によって決着がつくのであれば、それに越したことはない。
それゆえに、交渉に当たっている君主の力量に期待するよりなかった。
ヒーサへの絶対的な信頼感が安堵を生み、それでも決裂するかもしれないと緊張を生み、それがまさに半々といった具合であった。
さすがに、領主の息子が直々に来ているので、騙し討ちはないと思っていたが、それでも城方には警戒しており、早く交渉が成功裏に終わってくれと願うばかりであった。
だが、その祈りは神には通用しなかった。
というより、神が吹っ飛ばされてきたからだ。
「きゃぁぁぁ!」
悲鳴と共に吹き飛ばされる侍女、衝撃でビリビリに破れた天幕、そして、現れた黒衣の司祭とそれが跨る悪霊黒犬、何もかもが突然であった。
警備に当たっていた兵士も、何が起こったのか分からなかった。
だが、危険な状況になった事だけは、誰の目にも明らかだった。
「おのれ、リーベ! 我らを謀ったな!?」
天幕が吹き飛ぶ轟音よりわずかに遅れ、瓦礫や砂煙が舞う中を、主君の声が響く。兵士達は武器を構え、それをはっきりと目撃した。
焦るヒーサとアスプリク、吹き飛ばされて倒れているテア、黒衣に身を包んだ司祭のリーベ、さらに巨大な黒毛の犬。
そして、リーベの手には、先程城からやって来た城主カインの息子ヤノシュの首があった。
天幕の中で何が起こったのかは、外にいた兵士達には分からないが、二つ確かなことがあった。
一つは交渉に訪れていたヤノシュが殺害されたこと。
もう一つは、主君が危機的状況に陥っているということだ。
「いかん! お助けしろ!」
隊長格の一人がそう叫ぶと、兵士達は一斉に駆け出した。兵の多くは銃兵であったが、ヒーサが近すぎたためやむなく帯びていた剣を抜いて斬り込んでいた。
だが、機先を制したのはリーベの方であった。乗っていた黒犬が大口を開け、迫ってくる兵士の一団に《黒の衝撃》を叩き込んだのだ。
兵士達の眼前に着弾し、何人も衝撃で吹っ飛ばされてしまった。
だが、それのお返しとばかりに、アスプリクが放った《火炎球》がリーベに命中、したかに見えたが寸前で黒犬が素早くかわし、炎に巻かれることなく難を逃れた。
「チッ、勘の良い奴! リーベ、よくも僕やヒーサを騙してくれたな!」
アスプリクは怒りの表情をあらわにし、睨み付けながらリーベを指さした。
ヒーサもすでに戦闘態勢を整えており、剣を鞘から抜いて、アスプリクの横に立っていた。
「それはこちらの台詞だ、火の大神官! まさか周到に準備した我が計画を見破り、あげく正体まで暴いてしまうとは! その辺りはさすがだと誉めてやろう!」
リーベも黒犬に跨り、見下す視線を二人に向けた。
そして、大きな袖の中に入れていたヤノシュの首を掲げ、周囲を威圧した。
それを見た兵士達は当然絶句した。開城交渉を行いにやって来た城主の息子が、すでに黒衣の司祭によって殺されていたことを目の当たりにしたからだ。
当然、開城交渉は決裂。それ以前に、主君の命すら、黒衣の司祭に脅かされているという状態に、誰も彼もが焦りを覚えた。
次はどう動く、逆にどう動くべきか、迷いが生じた。
だが、彼らの主君は普段の温和な性格からは想像もつかないほどの豪胆さを持っており、周囲を手で制しながら三歩前に進み出た。
「リーベよ、お前が“五星教”の司祭として日々を過ごし、その裏で“六星派”として動いていたことは、アスプリクが見破った! だが、なぜこのようなバカなことをするのだ!?」
「知れたことよ! この地を魔王様復活の祭壇とするためだ!」
「な、なんだってぇ!?」
ヒーサも、アスプリクも、周囲の兵士も、リーベの言葉に驚きの声を上げた。
なお、気絶したフリをして倒れているテアは、今繰り広げられていることが茶番劇であること知っているので、耳から入る声だけで爆笑寸前であった。
(台詞があまりにくさい! 白々しい!)
だが、演じている二人も、何も知らない周囲の兵士も、全員が“必死”なのだ。必死さに込められた意味こそ違うが、倒れているテアと、操られているリーベ以外は皆、真剣そのものなのだ。
「そうか! ケイカ村から続く一連の騒動は、すべてお前の仕業であったか!」
「ククク・・・、さすがは切れ者と噂の公爵殿。理解が早いようですな!」
「思えば、騒動の発起点となった地鎮祭の失敗も、その後のいざこざも、全部お前が関わっていたり、首を突っ込んでいたりした! よくよく考えれば、お前が一番怪しかったんだ!」
ヒーサはさらに一歩詰め寄り、剣の切っ先をリーベに向けて威圧した。
そこへ、さらにアスプリクも横に並んだ。
「お前が僕にあてた手紙、あれはやっぱりお前が出した本物だったな!?」
「いかにもその通り。なにしろ、カインが隠れ里を形成して、術士を隠遁していたという情報は前々から握っていて、それをどの時期に公表すれば効果的か、その機会をずっと待っていたのだからな。情報は本物だからこそ、アーソの連中も討伐軍の登場には弁明できずに本気の謀反となるし、やって来たお前からの質問も『手紙は出してない』と言えば、出所不明の情報として慎重に動かざるを得なくなり、集合してからの初動が遅れる。結果、アーソの連中が迎撃するための準備時間を用意できた」
妙に懇切丁寧な説明口調に、兵士達は困惑したが、それよりも告げられた裏事情の数々に驚愕し、誰もが動けなくなっていた。
なお、テアの感覚で言えば、時代劇などで追い詰められた悪党が「バレちゃあしょうがねえ!」と悪態つきながら、ベラベラ悪事を説いているようにしか聞こえていなかった。
(で、喋り終わったところでお約束っぽいのBGMが流れて、殺陣が始まるっと。完全に時代劇調のヒーローショーね、こりゃ)
なお、ヒーサが一人で脚本、演出、主演男優をこなしており、ブレーキ役もいないため、完全に好き放題に話しを組み立てていた。
「ちくしょう! 派手に両者を噛み合わせるつもりか!?」
「そう。魔王様復活には、大量の負のエネルギーを必要とする! アーソの連中が異端者として皆殺しとなり、討伐軍もまた大打撃を受ける。さぞや、アーソの地が血と怨嗟で満たされ、復活の祭壇として最適な状態となるだろう。ククッ、魔王に与する異端派の討伐が、魔王復活の一助となるとは、なんとも間抜けな話よな!」
リーベはこれでもかと言うほどに大笑いをして、二人を嘲った。なにしろ、今リーベが発した話が本当だった場合、王国全体がまんまとペテンにかけられ、魔王を復活させる手助けをしたことになるからだ。
兵士達に緊張が走り、恐れず黒衣の司祭と対峙する主君の指示を待った。
だが、ヒーサはまたしても動こうとする兵士達を制し、会話を続けた。
「アスプリクを介して、異端討伐という名目を作る。アーソで騒乱を超すことで宰相閣下を始め王族を呼び寄せ、ヒサコを餌に私を、お前自身の身の上からブルザー殿まで呼び出す。お互い派手に噛み合わせた後、一挙に両方始末する策か!?」
「そうだ。王族が全滅し、お前と兄上も消えてしまえば、王国は収拾の使いない大混乱となるだろう。魔王様が降臨するには、まさに打って付けではないか!」
「野望のために、兄まで殺そうと言うのか! どこまでも卑劣な奴め! この背徳者め!」
なお、リーベのことをとことんなじるヒーサであったが、野望のために兄セインを殺しているのは自分の方であることを、すっかり記憶の隅に追いやっていた。
(演技とは言え、どうなってんのよ、こいつの頭の中は! 自分のことを相手に転写させすぎぃ!)
伏せたままのテアとしては、笑っていいのか、怒るべきなのか、判断に迷うところであった。
「唯一の誤算は、お前の妹だがな! ヒサコめ、恐ろしく勘の鋭い奴め! 明らかに、それとなく勘付いて、私を殺しに来るとは! まあ、結局のところ、確たる証拠がなかったので、殺しきれなかったのが運の尽きよ! すでに放った手下共の手で、躯をどこぞの森の中に晒していることだろうよ!」
「き、貴様ぁ!」
ヒーサの絶叫を合図として、持っていた剣の刃に炎が宿った。アスプリクがヒーサの件に魔力を付与し、物理攻撃の通用しない黒犬相手に攻撃が通る様に術を込めたのだ
「許さないぞ! 僕や僕の友達、兄上達まで謀るなんて!」
アスプリクの手の中にも、すでに揺らめく炎が握られていた。
「来い! 二人まとめて、魔王様への贄となってもらうぞ!」
先手をと取ったのはリーベであった。
黒犬が大口を開けて《黒の衝撃》を放って来た。
しかし、アスプリクは冷静であった。飛んできた黒い砲弾を、自身の手の内にあった赤き炎の砲弾を放ち、これを相殺した。
黒と赤の魔力がぶつかり合い、周囲に飛び散ったが、それをくぐるかのようにヒーサがリーベに斬り込み、その燃え盛る炎を刃で斬り付けた。
だが、黒犬は素早く後方跳躍でこの斬撃をかわし、鼻先にすら当たらずに赤い軌跡を残して空を斬った。
「炎を紡ぐ赤き壁よ、邪悪なる者を通すな!」
アスプリクが指で前方をなぞると、リーベを半包囲する形で炎が噴き出し、壁を形成した。
「逃げ道は塞いだ! 倒れろ!」
アスプリクは素早く握り拳を作り、縄を引っ張るかのように腕を自分の方へと引き寄せた。すると、炎の壁が倒れ始め、まるで炎の波となってリーベと黒犬に覆いかぶさって来た。
だが、前方も塞がれた。逃げようと素振りをみせたところ、ヒーサが素早く真正面から切り込み、前方への脱出を防いだ。
「甘いわぁ!」
リーベの絶叫と同時に黒犬は真上へと跳躍、押し包もうとしてきた炎をかわした。
「それを待っていた! 魔力よ、収束せよ!」
アスプリクは両手を広げたかと思うと、それを勢いよく自分の前でパンと叩いた。
すると、リーベが上空に逃げたこともあって、ヒーサに向かってきた炎の波が収束していき、ヒーサの持つ剣へと吸い込まれていった。
それどころか、先程の飛び散った魔力をも収束し、《黒の衝撃》の魔力すらヒーサの剣に吸わせた。
「闇の力も吸収させただと!?」
ちなみに、驚いたのは実際のところ、ヒーサの方であって、演技をさせているリーベの方でうっかり喋ってしまったのだ。
(異なる系統の術式を合成するのは、相当な腕前がいると聞いていたが、アスプリク、お前はそれを自力でできてしまうのか!)
アスプリクが本気で戦っているのを見たのは、ヒーサにとって初めてであった。色々と情報を収集し、国内屈指の術士だとの評を得ていたが、やはり実際に見てみると違った感想を抱くものであった。
ただ、それなりに体には負担がかかったようで、息が荒く、呼吸は乱れていた。
(そう、こいつも魔王候補だったよな。弱々しい姿を何度も目撃してきたからうっかり情に流されかけたかもしれんが、やはり油断はできんな)
だが、そんなことを考えつつも、ヒーサは攻撃の手を緩めなかった。
元々燃え盛っていた剣に、闇の魔力も絡みつき、赤と黒の炎が剣に絡みついた。
「滅びよ、黒衣の司祭! 地獄の炎に抱かれながら、反省しろ! 《獄炎葬撃》!」
上空にいるリーベに向かって剣を突き出すと、赤と黒の炎が渦を巻きながら飛び出した。
飛び上がった二色の炎は勢いよくリーベに向かって飛んでいったが、ここで黒犬は思い切った手に出た。口から放つ《黒の衝撃》を放つと同時に至近で破裂させたのだ。
至近で爆発したため、衝撃をモロにくらったが、その勢いで自身の体を吹き飛ばし、湧き上がる二色の炎をかわしたのだ。
直撃したと思ったものの、見事な対応でかわされ、そして、少し距離を空けた場所にリーベと黒犬は着地した。
「ふぅ~、今のは危なかったですな。いやはや、さすが国一番の術士だ。冷や汗をかきましたぞ」
リーベも汗をかいているが、口調は余裕そのものだ。なにしろ、リーベの喋る台詞はヒーサが全部こなしており、いかにも余裕ですと言う雰囲気を崩さないようにしているのだ。
「ハンッ! こっちは遊びやコネで、大神官の地位についてはいないんだよ! 僕は実力を以て、この地位にあるんだ! お前のように、魔王に縋るしかない愚物なんかと一緒にしないで欲しいね!」
「言いますねぇ~。しかし、あなたが強いのは分かっていましたし、思ったよりも早く正体がバレてしまいましたので、少し趣向を変えますか!」
言い終わると同時に、リーベは黒犬を走らせ、二人を無視して、城の方に駆けだした。
「あ、逃げるな! 待て!」
アスプリクは慌てて《火炎球》を生み出し、勢いよく逃げ出し、背中を晒したリーベに向かって投げつけたが、黒犬の足は速く、まんまと逃げられてしまった。
「くそっ! あいつ、先にカイン殿を殺すつもりだ!」
ヒーサは急いで近くに待機させていた馬に跨り、逃げるリーベを追った。
アスプリクも同様に、自身の愛馬に飛び乗り、追跡に走った。
ここで兵士達も我に返った。思わず凄まじい戦いぶりに見とれていたが、よくよく考えてみれば、自軍の総指揮官と教団の最高幹部が、化け物相手に戦っていたのである。しかも、引いた相手をそのまま追撃するなど、危険極まりなく、すぐに共回りのために追いかけようとした。
だが、それは止められた。
「お前達は怪我人の手当てをしつつ、陣容を整えよ! いつでも動けるように待機しておけ!」
ヒーサは馬で駆けながら、後ろを振り向きつつ命じた。
これで次に明確な指示がない以上、自分の部隊は動くことはなく、その安全が確定した。
(よし、十名以下の損害で、しかも死者はなし。上出来だ)
上手くいったと、ヒーサは自分の立ち回りを自賛した。
実際、今回の戦闘はかなり高難易度のものであった。
自分を動かしながら、同時にリーベを喋らせつつ、アスプリクの動きにも注意を払っておかねばならなかった。
実のところ、黒犬とアスプリクには、好きに動けと指示しており、どう行動するかは事前に知らなかったのだ。
自分を動かしつつ、りーべの操作も同時に行っているため、さらに黒犬の指示まで飛ばしていると、明らかに思考の容量不足であった。
つまり、先程の動きは事前の指示や台本などではなく、黒犬が自分で勝手に考え、アスプリクと戦う上での最適解をひねり出していた。
一方のアスプリクも本気で戦っていた。実際の戦闘であれば、リーベに集中攻撃すれば片が付くのだが、リーベにはこの後の広告塔の役目が残っているのでそれはできない。そのため、狙いを黒犬に絞って戦ったのだ。
結果はヒーサと言う相棒がいたため、終始アスプリクが押し気味であったが、やはり王侯級悪霊黒犬は一筋縄ではいかないな、というのがアスプリクの感想であった。
(とはいえ、アスプリクの本気の実戦を見れたのは良かった。今後の参考にさせてもらうぞ)
ヒーサは今回の相棒を横目に見ながら、先を行くリーベの背を追いかけた。
かくして、ヒーローショーの第一幕は終わった。
だが、息つく間もなく、第二幕へと、舞台は移っていくのであった。
~ 第十七話に続く ~
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