第十三話 大手柄! 勲功第一はステンレス鍋!
山林を貫く街道を行く一団があった。シガラ公爵領の隣にあるカウラ伯爵領からの来訪者で、その中心にいたのはカウラ伯爵ボースンだ。
ボースンには子供が一男一女おり、そのうち娘の方がシガラ公爵家に嫁ぐことになっていた。
この婚儀については前々から交流の深かった両者の間で取り決められており、お互いこれでさらに仲が深まることになると期待してのことであった。
嫁ぎ先は公爵の次男坊ヒーサであり、今は医者として活動していた。医大を卒業したばかりで、まだ医者としての実績は乏しいものの、大学を最年少で卒業し、医師免状を取得したほどの男だ。
評判は上々であり、家柄の件も相まって、娘を嫁がせるのには申し分ない男だとボースンは考えていた。
ボースン自身、ヒーサとは何度か顔を合わせたこともあったが、それは医大に入る前であり、ここ最近は何年も会ってはいなかった。
さて、どんな成長ぶりを見せてくれるのかと期待しながら、両家の領地の境界線である山を越え、シガラ公爵領に入った。
そして、もうすぐ山林を抜けて、平野部に入ろうかというところで一人の娘に出会った。
娘は街道の脇で鍋に火をかけており、なにやら食事の準備をしているようであった。それだけならボースンの注意を引くこともなかったのだが、問題なのはその鍋であった。
見たこともない素材でできているようで、妙にピカピカと輝いているのだ。
ボースンはその娘の側まで来ると馬の足を止め、興味深そうに鍋を馬上から覗き込んだ。
「娘よ、何をいたしておるのだ?」
声をかけられたので、娘がそちらに視線を向けると、騎馬が十数騎並んでおり、しかもその先頭には明らかに貴族と思われる格好をした男の姿があった。慌てて跪き、頭を垂れて拝礼した。
「高貴なるお方、お初にお目にかかります。私は付近の村に住んでいる者でございまして、山菜採りに参った次第でございます」
ボースンが周囲を見渡すと、籠二つに山盛りになっていた山菜や“キノコ”を確認することができた。
「なるほどな。では、その鍋で煮込んでいる物は何か?」
「キノコが採れ過ぎましたので、せっかくですから食べようかと鍋で煮込んでおりました」
実際、鍋の湯の中にはキノコが泳いでおり、湯気がブワッと立ち込めていた。それなりにおいしそうには見えるのだが、やはり輝く鍋が気になるので、ボースンは馬から下り、鍋をさらに間近で観察した。
「娘よ、その鍋はなんだ? 見たこともない素材でできておるようだが?」
「この鍋は今は亡き祖父がどこかで手に入れた品だと聞いております。『女神からの賜り物だ』と言っていたのを覚えております」
「女神からの鍋・・・か」
説明を聞き、俄然興味がわいてきた。ボースンは食い入るように鍋を見つめ、その輝きに見惚れてしまった。
「よろしければ、お一ついかがでしょうか? 丁度、火が通ったところでございます」
娘は長くて細い棒を二本使い、器用に鍋の中のキノコを摘まみ上げた。横に置いていた木製の深皿に入れ、それをボースンに差し出した。
が、それはさすがに躊躇った。訳の分からないキノコを食するのはさすがに無謀と思ったからだ。
ならばと、娘はキノコを摘まみ上げ、それを口に運んでムシャムシャと食べてしまった。
「大丈夫ですよ。毒は抜けておりますから」
「え、毒入りのキノコを食べたのか!?」
ボースンは目を丸くして驚いた。娘の言葉を信じるのであれば、目の前で毒キノコを食したことになるからだ。
「ああ、このキノコは湯がけば毒が消えるのです。焼きでは食べれませんが、念入りに茹でこぼせば、美味なるキノコなのでございますよ」
そう言いつつ、もう一つ鍋から取り出して、娘は再びキノコを頬張った。あまりにも美味しそうに食べるものであるから、ボースンはその姿に見惚れてしまい、娘の差し出すキノコを食べてしまった。
供回りの者が止めようとしたが、時すでに遅く、ボースンはキノコに食らいついていた。
だが、それは杞憂であった。あまりの美味しさにボースンの顔が緩み、満面の笑みを浮かべたからだ。
「これは旨い! 今まで食べたどのキノコよりも美味であるぞ!」
「そうでしょそうでしょ。毒があるからって食べなかったんでしょうけど、処理方法さえ知っていれば、食べれる毒キノコもあるんですよ。そういうのに限って、味がいいんです」
「なるほど。おい、お前達も食べてみよ。これは御相伴に与らねば勿体ないぞ」
主人より勧められては、随伴の者達も食べざるを得ず、少しばかり腰が引けながらも娘が言うには毒キノコであるそれを食べた。
そして、皆の顔が緩んでいた。掛け値なしに、美味なるキノコであったからだ。
「おお、これはまた美味なキノコ」
「体もなんともない。本当に毒キノコなのか?」
などと口々に奇妙な雰囲気に呑まれ、一つまた一つと口に運んでいき、気が付くと鍋でたくさん煮込んでいたキノコが消えてしまった。
「娘よ、馳走になった。このようなキノコがあろうとは、知らなんだぞ」
「気に入っていただけたのでしたら幸いです。よろしかったら、一籠どうぞ」
娘は籠に山積みされたキノコを差し出した。ボースンはどうしようかと思ったが、おいしいキノコをお土産にと考え、受け取ることにした。
「ただし、気を付けてください。しっかりと煮沸しないと、毒気が残ってしまいますから、湯の中でしっかりと泳がせてくださいね」
「おお、そうか。気を付けよう」
ボースンは受け取ったキノコを部下に手渡し、感謝の意を込めて娘と握手をした。娘も笑顔で応じ、ボースンもまた笑顔で返した。
「ところで、あなた様はカウラ伯爵様でいらっしゃいますか?」
「いかにもその通り」
「まあ、では、伯爵様のお嬢様がヒーサ様にお輿入れをされるという話は、本当なのですね?」
「そうだ。それの最終確認にやって来たわけだ」
「まあ、そうでしたか! いや、大変おめでたいことですわ!」
娘は大はしゃぎして、その喜びを体中で表した。あまりの大袈裟すぎる喜びように、ボースンもお供も驚くほどであった。
「娘よ、領民の目線から見て、ヒーサ殿はどう思われるか?」
「文句のつけようがないくらいの“人格者”ですわ。身分の隔たりなく誰にでも優しく接し、医者として人々のために走り回っております。それでいて武芸にも通じ、偽ることなく真心をもって問題に立ち向かい、誰からも慕われております。それで顔立ちも端正とくれば、もうこれ以上の方は探しても見つかりませんわ。ああ、もしお声掛けくだされば、すぐにでも側女として参じますのに」
「お、おお、そうか」
さすがにそれは困るなとボースンは思った。目の前の娘はかなりの美形であり、そんな娘が側にいては、婿殿が目移りしてしまうのではと考えたからだ。
「お嬢様も美人でいらっしゃいますか?」
「うむ、まあ、親の私からの贔屓目を引いたとしても、間違いなく美人だな。ただまあ、御転婆と言うか、十七にもなっていまだに馬を駆って遠駆けだの狩猟だのに出掛けておる。この前も仕留めたイノシシを持ち帰った時には、皆で頭を抱えたものよ。こやつを嫁に出してもよいのかどうかとな」
「まあ! 元気のよいお嬢様ですこと!」
「元気のよいという次元を飛び越えておるがな」
他にも色々と頭痛の種があるのか、ボースンは深い溜息を吐いた。
「でも、大丈夫だと思いますわよ。ヒーサ様でしたら、どんなじゃじゃ馬だろうと、乗りこなしてしまいますわよ。おっと、これは失言を」
「よいよい。まあ、婿殿の人徳に期待するとしよう。いや、馳走になったな、娘よ」
「いえいえ、こちらこそ呼び止めてしまって申し訳ありませんでした」
娘は深々と頭を下げると、ボースンは再び馬に跨った。その姿を見上げる形で、娘は再び微笑んだ。
「伯爵様、お嬢様の輿入れをお待ち申し上げております。私などが申すのも僭越ではございますが、領民一同、皆歓迎することでございましょう。シガラ公爵、カウラ伯爵、両家の更なる繁栄と深き縁があらんことを、この鍋の女神が祝福なさいますわ」
そういうと、先程までキノコを湯がいていた鍋をポンと叩いた。旨いキノコと出会えた上に土産までもらい、さらには女神の祝福と祝辞まで貰えたので、ボースンは上機嫌に笑った。
「うむ、感謝するぞ、娘よ。そして、鍋の女神とやらにもよろしくな」
ボースンは馬に鞭を入れ、街道を走り去っていった。
伯爵御一行が見えなくなるのを待っていたかのように、森の奥から女性一人と数名の男達が姿を現した。
「ヒサコ様、あれでよかったのですか?」
現れた女性が娘にそう尋ねた。娘の正体はヒサコ、戦国の梟雄・松永久秀が転生した姿だ。シガラ公爵の次男坊ヒーサと同一人物であり、《性転換》のスキルによって、ヒーサとヒサコを交互に入れ替わり、家督簒奪の計画を進めている真っ最中であった。
つまり、先程のボースンとの会話も、実際は婿と義父の一足早い対話ということであったのだ。
そして、話しかけてきた女性は女神テアニン。この世界に久秀を呼び込んだ張本人であり、この世界に潜む魔王を探すために行動を共にしていた。
ヒーサにはテア、ヒサコにはトウと、それぞれ違う姿で侍り、その行動を監視、あるいは巻き込まれていた。
今は伯爵御一行が通り過ぎるまで、森に潜んで待機ということになっていたので、少し離れた位置から様子を窺っていたのだ。
そして、その周りにいる数名の男達は外法者。この森に密かに住み着き、時折街道を行く人々を襲っては糧を得ているようなならず者であった。
今はヒサコより提示された好条件により、雇われていることになっていた。
「上等上等。フフッ、毒キノコだって教えてあげたのに、笑顔で持っていくなんて、とんだ間抜けがいたもんだわ。戦国の作法がなってないわ」
ヒサコは毒キノコを抱えて立ち去ったボースンに向かって舌を出し、すでに姿が見えなくなあった義父になる予定の男をバカにした。
「なあ、お嬢、本当にこいつは毒キノコなのか? お嬢も一緒になって食べてたのに、全然体に影響が出てないぞ」
外法者の一人がそう尋ね、籠の中にまだ残っているそのキノコを一つ掴み上げた。
「食べてみる? 紅天狗茸ほどじゃないけど、それもなかなかの美味よ」
「フライ・アガリック……、おお、それなら知ってるぞ。赤い傘に斑点が入っている奴だ」
たまに森の中で見かける自己主張の強いキノコのことを思い浮かべた。あからさまに怪しい色なので、採って食べることはないが。
「紅天狗茸は“死ぬほど旨い”キノコなのよ。文字通りね。凄まじいうまみ成分が含まれていて、食べたら病みつきになるわよ。もっとも、毒抜きが下手くそだと、幻覚と腹痛でのたうち回ることになるから、素人が手を出す物ではないわね」
ちなみに、ヒサコのこれらの知識は手に入れたスキル《本草学を極めし者》の効果である。山菜薬草に関する膨大な知識を我が物とし、薬の抽出や調合までできるようになる優れたスキルだ。
そして、ヒサコの籠の中にあるキノコを掴み上げた。
「何度も言うけど、これも毒キノコだからね。ただ、こいつはお寝坊さんで、普段は毒成分が眠っているのよ。ただし、ある条件を満たしたとき、その毒が目を覚ます。隠れ潜んだその毒の牙に、のたうつことになるでしょうね」
しかし、のたうつのは伯爵にあらず。これを土産として受け取った公爵側の人達だ。あとはキノコを食してもらい、父と兄に条件を満たすようにしてもらえばいいのだ。
「さて、計画の第一段階はこれで終了。あなた達もよくやってくれたわ」
「まさか、崖崩れの事故を中止して、キノコ漁りをすることになるとはね」
「崖崩れも数日後には実行してもらうわ」
そう言うと、ヒサコは懐から小袋を取り出し、それを外法者に手渡した。中身は金貨銀貨がわんさと入っており、それを見るなり外法者達の目の色が変わった。
「それは今日までのお駄賃よ。仕事が全部完遂したら、さらに追加で報酬は渡すから」
「フヘヘ、こりゃすげえ。で、次は何をすればいいんだ?」
欲望にぎらついた眼をヒサコに向けてきた。実際にこうして報酬を渡され、次の仕事をくれるというのであれば、従っておいて損はない。しかも、外法の解除とくればなおさらである。
欲に忠実な奴は操りやすくていいな、と考えつつも、顔には出さずにヒサコは話を続けた。
「今から数日後に、もう一回カウラ伯爵領から伯爵家の人間がやって来るわ。今度はそれを崖崩れに見せかけて殺しなさい。目印はさっき見ていた紋章だから間違えないでね」
「なんで来るって分かるんだい?」
「伯爵が捕らわれの身となるからよ。解放のために、伯爵の息子が来るでしょうよ。跡取りが死んで、伯爵自身は虜囚となる。フフッ、これでカウラ伯爵領は好き放題にできるわよ」
「おっかねえぇなぁ。お嬢も見かけによらず、とんでもねえ悪党だな」
「悪党だなんてとんでもない。私は戦国の作法に従ったまでよ」
奪い奪われが戦国の日常であり、土地の切り取りこそ武士の生業だ。そんな世界で戦い続けた者としては、この程度の策謀など手慣れたものであった。
「さて、今回の第一功労者、どうしようかな~」
ヒサコの視線の先には、先程キノコを湯がいていた鍋があった。ピカピカに輝くステンレス製の鍋だ。
この鍋は転生前に立ち寄った時空の狭間において、女神より受け取った物だ。元々は名器『古天明平蜘蛛茶釜』を持っていたのだが、価値を知らなったテアニンによって不燃物ゴミとして捨てられてしまい、その代替品として与えられた物だ。
もちろん、こんな鍋などでは平蜘蛛には到底及ばず、捨てようかとも考えたが、折角転生した際についでに飛んできてしまったこの鍋に、なんとなしに愛着がわいてそのままにしていたのだ。
実際、この世界においては、ステンレスの鍋など、場違いな道具もいいところである。
そして、“通りすがりの伯爵の注意を惹く”という見事な手柄を立てた。
仮に、そこいらの領民が鍋で煮炊きをしていたとしても、気にもかけずに伯爵御一行は通り過ぎたであろう。だが、女神の加護を受けしピカピカのステンレス鍋は伯爵の目に留まった。
これこそ計画成就の第一歩。先陣の一番槍と言ってもよい武功だ。
「よし、鍋よ、あなたに銘をくれてあげるわ。今よりあなたは『死骸毒水鍋』としましょう」
「物騒過ぎるわよ! 鍋に着けていい名前じゃない!」
禍々しい名前に、さすがにトウから横槍が入った。
「だいたい、ただのステンレスの鍋になに気分出してるのよ!?」
「名器と言う物も、最初から名器として世に出たわけではないのよ。どのような経緯を経て誰の手に渡り、そして現在に至ったのか、その歴史や由来を背負っているわ。平蜘蛛も、古の時代に下野国天明にて鋳造されし地平を這う蜘蛛の姿をした釜、なのだからね」
「理屈は分かった。でも、もう少し緩い名前にしなさい。いくらなんでも、“毒”の文字が入っている鍋は使いたくはないわ」
「では、『不捨礼子』と名付けましょう」
かくして、物騒極まる名前を回避し、ステンレス鍋は『不捨礼子』と名付けられることとなった。
ヒサコは鍋を撫で回し、愛玩動物でも愛でるかのように顔もにやけ始めた。
「くわぁ~、物に欲情しますか、この人は。てか、その鍋、捨てようとしていたくせに」
「一度使えば、愛着もわくものよ。まして、手柄を立てた功労者であればなおのことね。さて、このままでは鍋に後れを取ることになるが、それでいいんですかねぇ?」
「心底どうでもいい。鍋に張り合うとか、バカバカしいにもほどがあるわ」
「女神様はノリが悪いわねぇ~」
こうして、簒奪計画の一幕目はステンレス鍋の獅子奮迅の活躍により達成された。だが、これからまだやるべきことは多い。ヒサコは次なる行動に移るべく、伯爵御一行を追いかけていくのであった。
~ 第十四話に続く ~
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