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第九話  展開! 天険の要害を封鎖せよ!(前編)

 シガラ公爵ヒーサ率いる部隊は順調な行軍を続け、いよいよ目標のアーソ辺境伯の居城に迫りつつある位置まで前進していた。

 その間、幾度となくアーソ辺境伯軍より攻撃を受けたが、そのすべてを退けていた。

 特に、一晩敵地での夜営を余儀なくされる場面においては、夜襲を予想してこれに備え、見事に迎撃してみせた。

 敵も無理な攻め方はせず、双方に十名ずつ程度の損害で城まで近付くことができた。


(上出来だな。これで内通を疑う者はおるまいて)


 何食わぬ顔で進むヒーサであったが、アーソ軍と呼吸を合わせ、繋がりを疑われぬように上手く擬態していた。なにしろ、互いに本気で殺し合って、その時が来るまで隠し通せ、という提案をヒサコの状態で伝えていたからだ。

 ちらりと見る人質であり、同時に監視役でもある司祭リーベはこの点を疑っていなかった。地雷の罠に加えて、夜襲まで仕掛け、互いに犠牲者まで出したと言うのに、それでも内通しているなどと考えれる者などいなかったのだ。


「さて、サーム、サームはいるか!?」


「ハッ! こちらに!」


 ヒーサの呼びかけに応じ、一人の武官が馬を寄せてきた。

 サームはシガラ公爵軍の副将であり、公爵軍の内部においてはヒーサに次ぐ立場であった。

 『シガラ公爵毒殺事件』に際して、ヒーサが公爵位とともに抱える軍も継承した際には色々と不安に感じる部分もあったが、今ではその類稀なる才覚に惚れ込んでおり、公爵家の家臣団の中でも特に忠義に篤い人物となっていた。

 そして、今回の急な出陣の際も尽力し、手早く部隊編成を済ませれたのも、サームの尽力あればこその芸当であった。


「昨夜、いくつか話していたように、そろそろ部隊を分けるぞ。別動隊の指揮はお前に任せる。いざと言う時は頼むぞ」


「了解しました!」


 そう言うと、サームは一度部隊の行進を止めると同時に、五百名ほどの人員を割いて別部隊の編成に取り掛かった。


「公爵、あの部隊はなんですかな?」


 尋ねてきたのはリーベであった。リーベはあくまでお目付け役であり、作戦指揮に口出しするべき立場になかったが、それでも訪ねてくるのは己の立ち位置を把握できていない愚かしさの表れであった。

 応えてやる義理も義務もないのだが、そんなリーベに対してもヒーサはあえて丁寧に応対した。


「あれは別動隊ですよ」


「別動隊?」


「敵の伏兵への警戒です。もし、私が籠城側の立場の場合、強固な城で敵を惹き付けつつ、頃合いを見て城外に伏せていた部隊で横槍を入れます。その横槍に横槍を入れる部隊が、今サームに任せる部隊と言うわけです」


 この説明も嘘であった。

 実際のところ、“損害多数”との嘘報告をジェイクに送っていたため、見た目の数だけでも合わせておく必要があったからだ。もし、出発したままの兵数と変わらぬ数で他の部隊と合流した際に、その件で詰問されるのを防ぐためだ。


(もっとも、ジェイクより先にブルザーが到着した場合は不要に終わるだろうがな)


 ヒーサは伝令によってもたらされた情報によって、ジェイクが予定にはない前進を開始して事を知っていた。もちろん、こうなることも予測はしていたので焦ることもなかったのだが、次なる一手は『まず自分が城前に到着し、それからブルザーが到着する』ことによって発動できるのだ。

 そのため、ブルザー到着前にジェイクに来られると、色々と言い訳しなくてはならなくなる。それを回避するうえで、兵数をあえて減らさねばならなかった。


(なにしろ、もうブルザーの前にも、ジェイクの前にも、敵兵はいないのだからな)


 今まで散々邪魔してきたアーソ辺境伯軍も、すでに撤収していた。昨夜の夜襲以降、敵兵と一人も遭遇していないことからも、ヒーサはそれに疑いを持っていなかった。

 事前に、『シガラ公爵軍が最初に到着できるように妨害し、それが確定した段階で引き上げる』ように指示を出していた。

 確認は取れていないが、ジェイクを足止めしている中央大道の防衛線も、ブルザーを攻撃している湖畔の部隊も、おそらくは引き揚げているであろうと予想していた。

 そして、辺境伯軍は城内に籠城する部隊と、密かに付近に伏せる部隊とに分かれる手はずとなっていた。ヒサコの提案した“嘘”の作戦によって、シガラ公爵軍、城兵と城外の伏兵、この三方向からの攻撃によりブルザー率いるセティ公爵軍を殲滅する、これを実行に移すフリを見せねばならなかった。

 部隊編成を見ながらそんな思考をして進めていると、斥候として放っていた騎馬が戻って来た。


「城の前に敵兵も友軍の姿も確認できません! 我らが一番乗りのようです!」


「実に結構!」


 喜ばしい報告に、ヒーサは喜びの声を上げ、周囲の兵士達も勝った勝ったと鬨の声を上げ始めた。幾度となく攻撃を受け、その度にどうにか切り抜けてきたため、その喜びはひとしおであった。

 そして、今までの意趣返しとしてヒーサはリーベの方を振り向き、ニヤリと笑った。


「いや~、戦は時の運とは申せ、我がシガラ公爵軍は幸運に恵まれたようですな! ブルザー殿に先んじて到着できたのはまさに幸運! いや、めでたい、実にめでたい!」


 露骨すぎるほどに嫌味ったらしくリーベに述べ、周囲に兵士も主君に追随してか嘲る笑い声が漏れ出ていた。司祭と言えど、罵倒するに能う客人であるため、兵士達もリーベへの態度は冷たかった。

 なにしろ、主君の妹を処刑しろと伝え聞いていたため、命令一つあれば逆に始末してやろうかとも不埒な考えを抱く者も多かった。

 そんな居心地の悪さや実家の敗北を目の当たりにしたリーベは、分かりやすいほどに不機嫌になり、舌打ちしながらヒーサから離れていった。

 そして、入れ替わるようにアスプリクが馬を寄せてきた。


「まずはおめでとう、とでも言っておいた方がいいのかな?」


「ああ、ありがとう、アスプリク。これで計画の第三段階はほぼ終了だ」


 第一段階は“偽情報”で王国の主要人物を幾人か釣り上げて、アーソの地に集結させること。

 第二段階はアーソ辺境伯カインと繋ぎを付け、裏で繋がっておくこと。

 第三段階は誰よりも先んじて城に到達し、以後の準備を整えておくこと。

 条件としては、順調に策を巡らせて準備が整ったと言える。


「まあ、宰相閣下が予想よりも早く前に出てこられたのが、少し計算が狂った程度だが・・・。それについては修正案も用意しておいたし、心配しなくてもいい」


「そうなのか。ならよかった」


 アスプリクの不安はそこであった。てっきり兄ジェイクはずっと後方で待機してくれるものかと考えていたら、いきなり前に出てきたのである。防衛線への牽制攻撃だろうが、前に出た分、予定より早く城前で合流することになりかねない。

 そうなると、嘘やごまかしを混ぜた事後報告を渡すのではなく、ジェイク自身も“茶番劇”の観戦者になってしまうので、より真に迫った演技を強いられることとなる。

 だが、“お友達”は何の問題もないと笑顔を向けてくれた。アスプリクは安心して、役者として踊ればいいと考えた。


「お~い、テア」


「はい、何でしょうか?」


「紙と、筆と、鍋をよろしく」


 テアはヒサコに同行している期間が長かったため危うく忘れるところであったが、本来の職務はヒーサの秘書官である。もちろん、女神と言う存在を隠すための仮の姿であるが、演技は演技としてきっちりやっておかねばならなかった。

 兜代わりに被っていた鍋をヒーサに渡し、更に馬に下げていた道具袋から、紙や筆、そしてインクを取り出し、次々とヒーサに渡していった。

 それらを受け取ったヒーサは鍋をひっくり返して机代わりとし、紙の上に筆を走らせた。


「馬に乗りながら、器用な真似をするわね」


「うむ、聖なる鍋を用いて書くと、なんだかこう字が上手くなった気がする」


「ある意味罰当たりでは?」


「鍋神様は優しいから、問題あるまいて」


 なにしろ、御本尊より直接手渡されたのだ。遠慮の必要など、何もなかった。


「で、何を書いているの?」


「手紙だ。矢文で撃ち込むやつな」


「ああ、そう言えば、そんなこと言っていたわね」


 軍議の席でヒーサは、先に到着したらば手紙で開城を迫ると言っており、そのことをテアは思い出した。ヒーサの姿で現れるのは初めてであるが、ヒサコの姿ではすでに敵方と面識があり、裏で繋がっているのだ。

 手紙の内容次第では、状況が一気に動くとも言えた。

 テアは周囲をキョロキョロと観察し、リーベが話を聞いていないのを確認してから、もう一度ヒーサに視線を戻した。


「それで、城方にはなんて伝えるの?」


「こちらの状況説明と、現状待機の指示だ」


「あら、ごく普通ね。会談の席でも設けるのかと思ってたのに」


「それは“次”の矢文だ。ブルザーがある程度近付いてもらわないと、次の策が使えないからな」


 ちなみに、その策の内容はテアも聞いていたが、成功するかどうかは半信半疑であった。成功すればとんでもない効果を発揮するのは理解できていたが、本当に成功するのかどうか、非常に疑わしかった。

 そうこう言葉を交わしていると、開けた場所に出て、目の前に城が見えてきた。ヒサコの姿で何度か眺めた外観であったが、まさに天険の要害に城を添えたと称すべき、難攻不落の要塞と言えた。

 城の背には川が流れ、城の背後で二つに分岐していた。そのため、裏や左右からは川や崖が邪魔して登れず、正面の展開幅も狭い。おまけに峻嶮な山をそのまま城を築いた造りをしているため、坂道が攻城兵器の接近を邪魔していた。

 普通に攻めたらまず落ちない。それが城造りの名手“松永久秀”の率直な感想であった。


「よし、このまま前進! 城の前で横陣を敷くぞ!」


 城はすでに城門が閉じ、吊り橋も揚げられていたため、隙のない城砦を見せ付けていた。

 城壁上に守備の兵士がちらちら見えるが、見える分には数は大したことがない。事前の打ち合わせ通り、伏兵の方に力を注いでいるようであった。


(よしよし。これで準備はほぼ整った! さて、“初顔合わせ”といこうか)


 ヒーサは自陣の隊列が整ったと見るや、一騎だけで城門の前へと馬を走らせた。矢弾が飛んで来ることを考えれば大胆であり、同時に堂々たる雄姿に畏怖を覚えることだろう。

 それもこれも、これが大仰な芝居とだと気付いていなければ。


「城に籠る各位に物申す! 私はシガラ公爵の当主ヒーサである! すでに城はこうして封鎖され、別の道を使って、次々と王国軍が迫ってきている! 大人しく開城すれば、悪いようにはせぬ!」


 ヒーサは大声で城に向かって叫んだ。若々しさと凛々しさを上手く混ぜ合わせた、非常に気品ある恫喝であった。

 甲冑を着込み、マントをなびかせ、金色の髪も風に舞い、目の前には強固な城塞。これから攻めかからんとする気迫も相まって、中々に映える姿だ。

 だが、城側も負けてはいなかった。城壁上に現れたのは、黒髪の貴公子であった。領主の息子であるヤノシュだ。


「ようこそおいでくださいました、ヒーサ殿! アーソ辺境伯カインの息子で、ヤノシュと申します! 矢弾の馳走はいかがでありましたでしょうや!?」


 皮肉交じりの返礼に、ヒーサは思わず吹き出しそうになった。だが、笑うわけにもいかない。演技は見る者を楽しませてこその演技なのだ。騙し切らねば意味がない。そう考えると、顔は自然と真顔になるものだ。


「大変美味しくいただきました。特に、歓迎の花火は痛み入りましたぞ!」


 ヒーサが花火と皮肉ったのは、最初に食らった地雷を用いた罠のことだ。アスプリクの火の術式によって焼き払われ、盛大に爆発してしまったが、威力自体は抜群であり、ヒーサも素直に感心していた。

 食らっていたら、まず無事では済まない罠であったが、それをあえて花火と矮小化することによって、おそまつな罠だと笑い飛ばした。


「それはようございました! では、まだまだございますので、追加の饗宴と参りましょうか」


 ヤノシュの合図と同時に城壁上に銃兵が幾人も現われ、その内の一挺が爆音と共に火を噴いた。火薬の爆ぜる音が響き、火と共に硝煙が生じ、それから僅かに遅れてヒーサの乗る馬の足元に銃弾が突き刺さった。

 馬はそれに驚きのけぞりそうになったが、ヒーサは暴れる馬を上手くいなし、落ち着かせた。


「ヤノシュ殿、それがそちらの返答と言うことでありましょうか?」


「いかにもその通り! 二年前の恥辱を晴らすべく、我らは立ち上がってのです! 何人もこの聖戦を止める者はおりません!」


「我欲に溺れし者が聖戦とは、片腹痛し! 神の名を借り、不届き千万な所業を繰り返すとは、いずれ天よりの咎を受けましょうぞ!」


 皮肉合戦の続きであった。これはヤノシュに向けたものではなく、教団に対しての皮肉であったが、後ろで督戦しているリーベには通じていないようで、ヤノシュに向けられて放たれた言葉であると認識しているようであった。


(だから、バカだと言うのだ。教団の有様を何から何まで肯定し、歪んだ現状すら認め、追随する様こそ滑稽なのだぞ)


 天の咎を受けるのは貴様らだ、と言ってもそれを理解できる頭まで持ち合わせないのは、さすがに苦笑いするよりなかった。


「もう一度、頭を冷やして考えられよ! 城が落ちてからでは、泣き言も敗者の弁として嘲られるでしょう! 穏便に済ませる事こそ、私と、宰相殿の望みだ!」


 そう言うと、ヒーサは用意していた矢文を手にし、同時に弓を構えて、それを城内に向けて放った。山なりに飛んだ矢は城壁を飛び越え、城内へと吸い込まれていった。

 ちゃんと城内に矢が入ったことを確認してから、ヒーサは馬首を返した。


「穏便に済ませるための条件を書き連ねておいた! 今一度、父君と相談されるとよい!」


 無論、降伏の二文字はない。なにしろ、あちらは二年前の屈辱を、今ここで晴らす気で満々であったからだ。しかも、シガラ公爵軍はすでに手を結んでおり、あとはセティ公爵軍さえ殲滅すれば、残るはジェイクの部隊だけとなる。

 城に籠る者達には、罠に嵌めて蹴散らし、蹂躙し、圧倒的戦果と虜とする“四人の王族”を交渉材料に、王国とは有利な条件で手打ちにするつもりでいた。

 屈辱を晴らせ、地位も安泰。なにより、憎いことこの上ない教団に、強烈な一撃を加えれるのだ。士気は否応にもなく高まっていた。


(だが、その思惑は存分に利用させてもらうぞ)


 自らの陣に戻るヒーサの顔はニヤついていた。何も知らず、罠に嵌めたつもりで、更にその上に覆いかぶさる罠の存在に気付かず、呑気なものだと嘲った。

 だが、その真意を知られてはならない。あくまで粛々と策を積み上げ、気付いた時には引き返せないところに落とし込まれる。これこそ、策謀の妙技であり、なによりも痛快な瞬間でもあった。

 その記念すべき瞬間はもう間もなくやって来る。そう考えると、ヒーサの胸中は興奮のあまりに震え上がり、それを抑え込むので必死であった。

 喜ぶのはまだ早い。すべてが終わってからだと、ヒーサは自分に言い聞かせるのであった。



             ~ 第十話に続く ~ 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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