第十二話 技術転移! 新型銃を頂戴仕る!
シガラ公爵家に所属する軍隊の演習が行われていた。新型の銃である燧発銃の試験や、野戦方陣の実践など、新戦術の試験に余念がない状態であった。
それを指揮する次期公爵であるセインは、満足半分不満半分と言ったところであった。
まず、銃器の不足だ。優先して予算を付けたのだが、それでも最新式ということもあって、考えている数を揃えるには至っていなかった。
そのため、銃列の密集隊形が不十分で、野戦方陣を編成するのにはまだ穴があるとセインは感じていた。
「よぉ~し、一時休憩とする! 各隊、順次食事を摂って休んでくれ! 昼からは、行進からの野戦方陣の布陣を流してやるぞ!」
セインがそう号令すると、各隊の隊長はそれに従い、休憩に入っていった。
まだまだ問題点があるぞと悩んでいると、セインの視界に見知った顔がやって来るのが見えた。弟のヒーサとその専属侍女テアであった。
「兄上ぇ!」
ヒーサは手を振りながら馬を寄せてきて、セインのすぐ側で馬の足を止めた。
「おお、ヒーサ。演習に参加する気になったか?」
「まさか。生憎と、私は医者でありますよ。怪我人を治すことはあっても、怪我人や、まして死体を生産するのはご法度であります」
「真面目な奴め。まあいい、折角だし、見学でもしていけ」
取りあえず、その言葉を聞いて、ヒーサは胸を撫でおろした。
というのも、すでに遠巻きながらヒサコで演習風景を見学しており、その際に注目した燧発銃を是非にも手に入れようと思い、ここへ足を運んだのだ。
演習に無理やり参加させられる面倒臭さを考えたとしても、絶対に手にしたい一品であり、わざわざヒーサの姿に戻ってまでやって来たのだ。
逸る気持ちを抑えつつ、銃を手にする機会を伺った。
「そういえば、兄上、なにやら新式の銃にご執心だと聞いておりますが、あれがそうなのですか?」
ヒーサは銃兵達が持つ燧発銃を指さした。無論、聞くまでもないことではあるのだが、あくまでヒーサとしては初めて見ました感を出しておきたかったのだ。
「おお、そうだとも。以前までの火縄銃と違って、燧石で着火する方式になっている」
「ほう、火縄なしで火が着くのですか! それは何かと面倒な手間が省けてよいですな!」
「まあ、そうなのだが、こっちもこっちで問題がないわけではない」
馬上でそのまま話していた二人であったが、まずセインが馬から下り、ヒーサ、テアもそれに続いて、馬を下りた。
そして、セインは銃兵から燧発銃を受け取り、それをヒーサに見せた。
「仕掛け自体は火縄銃と大差ない。しいて言えば、石と縄のどちらを取り付けるのかといったところだな。で、問題なのがこれだ」
そう言うと、セインは引き金を引いた。取り付けられていた燧石が振り下ろされ、当たり金と擦れ合い、火花をまとった。そして、当たり金と擦れる衝撃で火蓋が開き、火皿に命中した。もし、火皿に火薬が仕込まれていれば、それに火が着き、そのまま発射となっていたであろう。
「この擦れが問題でな。何度か使うと、石と当たり金の摩擦にズレが生じ、火花が出なくなるのだ。だから、頻繁に石の取り付け角を調整しなくてはならん。火縄銃と違って、直接火を押し当てるわけではないから、その点の信頼性に劣る」
「なるほど。火花が出ない場合もあると」
当然と言えば当然か、とヒーサは思った。固定している以上、擦れて小さくなれば火花が出にくくなるのは道理であり、その辺りの整備が重要かと認識した。
「撃ってみてもよろしいですか?」
「おお、構わんぞ」
セインは銃をヒーサに手渡し、ヒーサは近くの銃兵から玉と火薬を受け取った。
巣口から火薬と玉を入れ、槊杖でそれらを押し込んだ。撃鉄を起こし、火皿に火薬を入れた。
「ほう、なかなかに上手いな。銃を撃ったことがあるのか?」
「本で覚えただけで、実際に撃ったことはございません」
「それでその手際なら大したものだ。あ、当たり金は蓋しろよ。擦れると同時に開くから、それで火皿の火薬に火花が落ちるようになる」
「ああ、こうですか」
若干、“前の世界”で撃った火縄銃とやり方が違っていたので戸惑ったが、どうにか装填でき、そして、撃鉄を完全に上げた。
的に銃を向け、引き金を引いた。撃鉄が振り下ろされ、燧石が当たり金に当たって火花が散り、擦れて火花をまとったまま火皿へと落ちた。火皿の火薬が燃焼し、それが装填した銃内部の火薬に乗り移って爆発。轟音と共に煙と玉が飛び出し、的のギリギリ外側に命中した。
普段、姿を見せない若様の射撃に、いつの間にか観衆が集まっており、的に見事命中させたので、ヤンヤヤンヤと拍手と歓声が上がった。
「こんな感じでしょうか?」
「おお、やるではないか。初めてでそれだけできれば十分過ぎる」
セインはヒーサの肩を叩き、その見事な腕前を称賛した。
そして、ヒーサは考え付いた。今、手に持っている銃を頂戴するいい方法が思い浮かんだのだ。
「兄上、御褒美と言ってはなんですが、この銃をいただけませんか?」
「おいおい、勘弁してくれ。かなり高額なんだぞ、そいつは」
「承知しております。なので、タダでもらい受けようとは思いません。これから、画期的な改造をこの銃に施します。それは飛躍的に銃の精度を高めることになります。それをお教えしますので、それと交換ということでいかがでしょうか?」
「ほう、面白いことを言う。よし、その画期的な方法とやらを見せてもらおうか。それによっては、銃はくれてやろう」
セインは銃の初心者である弟がどう手を加えるのか興味を持ち、あっさりと承諾した。
ヒーサは銃を手に持って自分の馬に駆け寄ると、薬袋の中から練った丸薬を取り出し、それを銃に二つ押し当てた。
押し付けられた二つの丸薬は三角錐の形を成し、銃身の手前と、銃口の先端部に張り付いた。
「急ごしらえなのでいささか不格好ではありますが、これで完成にございます」
「たったそれだけか!?」
なぜ、ヒーサがそのような出っ張りを取り付けたのか意味が分からず、セインはもとより周囲にいた銃兵も首を傾げたり、あるいは顔を見合わせてざわついた。
「使ってみれば分かりますよ」
ヒーサは近くにいた銃兵を手招きで呼び寄せ、出っ張りを取り付けた銃を手渡した。そして、その銃で的に狙いを定めるように促した。
銃兵は促されるままにその銃を使い、そして、的に狙いを定めた。
「あ、そういうことか!」
銃兵は狙いを定めた瞬間に声を上げた。なぜヒーサが出っ張りをつけたのか、実際に使ってみると、その意味をすんなり理解したのだ。
「閣下! この出っ張りを照準にして狙いを定めると、とてもやりやすいです!」
「なんだと!?」
セインは慌てて駆け寄り、件の銃を受け取った。そして、実際にその銃で狙いを定めてみると、恐ろしいほど早く的に狙いが定まったのだ。
「こ、これは・・・!」
「銃と言う道具は、筒の中で火薬を爆発させ、それの爆発力で玉が飛んでいきます。ですので、玉は筒の向いた方向に飛んでいきます。しかし、構えると、どうしても目線と銃口の向きにズレが生じて、それが命中精度に影響を及ぼします。しかし、その出っ張りに目線を合わせますと、すんなり的に狙いを定めることができるのです」
ヒーサの説明を聞き、セインは驚愕した。目線と二つの出っ張りが重なると、確かに真っすぐ構えることができたからだ。
セインから銃兵がその銃を使って狙いを定めると、なかった時より格段に狙いを定めやすくなっていた。たかが二つの出っ張りと侮ることなかれ。ほんの少しだけ手を加えただけで、世界は劇的な変化をしてしまったのだ。
ちなみに、これはヒーサこと松永久秀の考案ではない。この出っ張りは“目当”というもので日ノ本の火縄銃には標準装備されていたのだ。
先程、銃を撃った際に、それが備わっていないことに気付いたのだ。どうにもやりにくいと思い、これは付けた方がいいなと考え、先程の提案を持ち出したのだ。
そして、ダメ押しの一撃を加えるべく、ヒーサは動いた。銃兵の手から手を移る先程の銃をもう一度受け取り、再び玉と火薬を装填した。
そして、それをテアに手渡した。本気で撃て、と耳元で小さく囁き、的を指さした。
やれやれと思いながらも、テアは銃を構えた。
「大気の精霊よ、その姿を我に示せ」
テアは誰にも聞こえない程度の小さな声で呟き、そして、撃った。爆発音とともに玉が銃口から飛び出し、そして、的のど真ん中に命中した。
まさか連れの侍女が一撃でど真ん中を撃ち抜くとは思ってもみなかったことであり、驚きのあまり周囲が押し黙ってしまった。
ちなみに、これには理由がある。テアは女神としての力を失っているが、情報系の術式に関してはある程度だが使うことができた。それを応用し、周囲の湿度から大気の流れまですべて情報化し、どう撃てばどう玉が飛ぶのかを事前に演算してみせたのだ。
女神が本気で銃を使えばどうなるのか、ヒーサはなんとなく理解しており、それをやってみせろと命じたのだ。
テアとしては術など使いたくもなかったが、ヒーサが銃を欲しているので、計画上必要なのだと判断し、“共犯者”として片棒を担ぐことにしたのだ。
人に向けて撃つわけでもないし、精霊の状態を確認して情報を読み取るだけであったので、まあギリギリセーフかなと判断し、事に及んだのだ。
「いかがでしょうか? 女手でも、軽く的に当てれるようになりましたよ」
どうだと言わんばかりにヒーサはテアの肩をポンポン叩き、的を指さした。
そして、大地が震えんばかりの歓声と拍手が響き渡った。
「いやぁ、参った参った! これは確かに画期的な方法だ」
セインは降参とばかりに両手を軽く上げて、首を何度も振った。実際、こうまで完璧な結果を示されては、文句のつけようもなかったのだ。
もっとも、“目当”による照準の迅速化は確かに効果はあるが、だからといっていきなり初めての銃でど真ん中に打ち込むような芸当は、女神にしかできないことだ。だが、目の前の侍女が女神であることを知っているのは、ヒーサだけであり、他の人々の目からは新技術の効果としか映らなかった。
「では、兄上、お約束通り、銃をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そういう約束だからな。お前のもたらした新技術は間違いなく役に立つ。銃一つでは安いくらいの価値がある。持っていくがよい」
「では、有難く頂戴いたします」
ヒーサは改めて兄に礼を述べ、戦利品を馬に括り付けた。
そして、テア共々馬に跨り、興奮冷めやらぬ銃兵らの居並ぶ中を颯爽と駆け抜けていった。
「見事なものですな。初めて使った銃を使いこなし、それどころか改良までしてしまうとは。恐ろしいほどの逸材です」
馬廻りの一人がセインにそう話しかけると、セインはその通りだと力強く頷いた。
「まったくもってその通りだ。医師などではなく、軍師にでもなってくれればよかったのだがな」
「今からそうなさいますか?」
「いやあ、あれは亡き母のために医者になり、そして、今も人々を病から救うためにあちこち動き回っている。その心意気に水を差すのは無粋であろう」
セインは走り去っていく弟の背中を頼もし気に眺め、見えなくなるまでじっと見つめた。
よもや、自分を殺す計画のために銃を貰い受けたとも知らずに。
***
まんまと、銃をせしめたヒーサはニヤニヤ笑いながら銃を眺めた。おそらく、兄の信頼のみならず、兵士の間でも評判になっているだろう。いずれ家督を継いであの軍を率いることになる際には、今日の出来事が大きく影響を与えることだろう。
そういう強かな一面を見せつつも、今は銃が手に入ったことを素直に喜んだ。
「テア、見事な銃撃だったぞ。さすが女神様だな」
「あのくらいならなんとかね。でも、これっきりにしてほしいわ。私はあくまで観察者で、転生者を見守るのが仕事なんだから」
「分かっている。これからの動きでお前にやってもらうことは、せいぜい荷物運びくらいで、手を汚す真似は絶対にないと断言しよう」
信用ならない男ではあるが、神の定めた規則違反は破滅を意味するので、さすがに無茶なことを押し付けたりはしないだろうととも考えた。
「それで、これからの大まかな流れはどうなの?」
「父と兄を“毒殺”する。で、その罪をカウラ伯爵に押し付ける」
しれっと述べたが、父と兄を殺し、義父を貶めると言い切ったのだ。まともな神経をしていたら、まず口に出すこともない台詞を顔色一つ変えずに言い放つあたり、やはり頭の中身がぶっ飛んでいるとテアは思わざるを得なかった。
「なんか、ヤバそうな言葉が聞こえてきたけど、気のせいとかじゃないわよね?」
「戦国ゆえ、致し方ない」
「またそれ・・・。ったく、物騒この上ないわね、戦国」
テアは戦慄しつつもそれに付き合わされることが確定しており、暗い気分でため息が自然と漏れてきた。もう少し穏便な方法はないものかと考えつつも、さっぱり浮かんでこなかったので、目の前の外道に従うよりなかった。
なにしろ、“魔王探索”のやり方に関しては一任しており、あらゆる手段を使うことを認めているため、どうしようもないのだ。
「戦国では何もかもが合法なのだ。安芸国の毛利元就も戦国的作法に則り、吉川、小早川を平和的に併合したではないか」
「あれ? そんな穏当な話だっけ、それ」
テアは首を捻り、考え抜いたが、どうも感覚やら認識にズレがあると思わざるを得なかった。
「それに、婚姻とは他家を乗っ取ったり、隙を窺う好機でもあるのだぞ。ここは一つ、備前国の宇喜多直家を参考にして、気張っていこうではないか」
「なんかさっきから物騒な名前ばかり飛び交ってるんですけどぉ~? 大丈夫?」
もう嫌な予感しかしなくなったテアは、どうか穏当に終わってくれることに期待するよりなかった。
~ 第十三話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ