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第三話  火種! 会議は踊り、罵声が舞う!(後編)

 会議の席は一触即発の空気を漂わせ、手元に武器でもあれば、斬り合っていたかもしれないほどに熱くなっていた。

 発端は出席者の一人、司祭のリーベがシガラ公爵ヒーサの暴言への憤激であったが、その暴言の内容が受け取る人間によって大きく判断が変わる内容であった。

 すなわち、教団の専権事項である“術士の管理運営”の関することであるからだ。

 リーベは当然教団側の人間であるため、専権事項に手を突っ込まれることに反発していたが、ヒーサはその専権事項こそ問題の根幹と考えており、その歪んだ特権意識を是正するために、あえてこの問題をこの場で提起したのだ。


「専権事項と言うが、それが今回の事件の要因の一つにもなっているのだ。所詮、どれほどの切れ味を持つ名剣と言えど、使い手が無能では本来の力を発揮できん。幹部連中の頭の中に勤労意欲という言葉が芽生え、最前線でご活躍するようになってから喋ってくれと山の老人に伝えておくのだな。なにしろ、それをやっているのは王女殿下くらいだからな」


「ハッハッハッ、無茶は言ってやるなよ、ヒーサ。あのご老人達は見栄えとか自尊心しか持ち合わせていないんだ。教団結成当初の理念を持ち出そうとしても、今はそれを受け入れられる器ない」


「器なら、新しいのを送っておいたのだがな」


「ああ、そうだったね。あの漆器とかいうのは、本当に奇麗だったよ。新しい器に挿げ替える、という皮肉に気付いてくれればいいんだけど」


 更なる暴言が今度はアスプリクから飛び出した。

 アスプリクは火の大神官であり、教団の最高幹部の一人でもある。その口から代替わりを促す発言が出るのは異例中の異例であり、再び場がざわめき始めた。


「大神官様、正気でございますか!? このような異端な発想に同調するなど!」


「口を慎めよ、リーベ司祭。僕はこの件では、本気でやるつもりだからね。今まで誰も同調してくれそうなのがいなくて我慢してきたけど、こうして理解ある協力者が現れたんだ」


 リーベの怒りをさらに煽るかのように、アスプリクはヒーサの肩に手を置いた。さらに、側に控えていたヒサコもその手の上に自身の手を重ね、シガラ公爵家と火の大神官ががっちりと結びついていることを全員に強調した。


「ああ、それと追加で申し述べておくと、シガラ公爵領の教区責任者のライタン上級司祭もこちら側だからね。彼なら引き取った術士の面倒も見てくれるだろう」


「あいつが!?」


「そう言えば、司祭は彼とは昔からの顔見知りだそうだね。今回の一件でも随分と呆れていたし、手伝う気満々で連名の上申書まで作ってくれたよ」


「んな!?」


 ここでさらに暴露がなされ、シガラの教区が丸ごと教団に反発する可能性を示唆した。

 公爵家の財力、ライタンの指導力、そして火の大神官の実力と王家とのお墨付き、独自路線の準備は整っているんだぞと、アスプリクはその点を強調した。

 なお、ライタンは教団の改革には乗り気であったが、教団そのものからの独立などは考えておらず、署名があるのをいい事に強引に巻き込んだと言えよう。

 少なくとも、周囲にはライタンも独立志向の持ち主、と誤認して逃げられないように持っていった。

 あまりに想定外な発言の連続に、リーベは口を動かすだけで明確な反論ができなかった。


「止められよ! 今は戦の前だ。政治的な話は後で致しましょう」


 押されている弟への助け舟として、ブルザーが割って入った。

 だが、それをヒーサは待ち構えており、ニヤリと笑った。


「ブルザー殿、大いに関係のあることですよ。なにしろ、宰相閣下の承認の下で、“先に着いた方に優先権を与える”と互いに約束したのですからな。今更、言質は引っ込みが付きませんぞ。あなたも賛同なさったのですから!」


「…………! 若造、最初からそれを!?」


「ええ、一方的な約では効力がありませんでしたが、宰相閣下もあなたも承認なさったのです。それに、あなたが裏で繋がっているビージェ公爵との件も計算に入れての話ですので、その辺りもお忘れなく」


 今度はブルザーの方が言葉に詰まった。ビージェ公爵家との“密約”は伏せていたはずなのに、しっかりと目の前の若き公爵家当主にはバレていたからだ。

 だが、実際のところ、バレてはいなかった。あくまでヒーサが諸々の動きから“そうではないか”という推察の域を出ていなかった。

 要するに、“カマかけ”なのだ。

 もし、ブルザーが笑いながら否定の言葉を述べていれば、いくらでもごまかしようもあったのだが、言葉に詰まった点をヒーサは肯定と受け取った。


「平和的な解決を望んでおりましたが、そちらがその気でしたら、こちらも容赦なく突っ走れると言うわけです。まあ、あくまで城に先着すればの話ですが」


「若造が……。戦の駆け引きで私に勝てるとでも!?」


「いいえ、ブルザー殿には勝てないでしょうが、今回の相手はあなたではなく、辺境伯ですからな。ああ、妨害をしようなどとは考えない方がいいですよ。なにしろ、宰相閣下が見ておられますから、ここで下手に妨害されますと、後々面倒ですよ」


 そして、ヒーサはジェイクの方に視線を向けた。

 裁定を下すようにとの催促であったが、ジェイクは公平を装いつつ、ヒーサに肩入れできる機会を得たため、喜んでそれに応じた。


「両名とも、議論に熱を入れるのは良いが、あくまで重要なのは目の前の騒動を早期に鎮めることだ。当初の予定通り、二方向からの戦線の押し上げと、先に城へ到着した者への攻撃優先権を付与する点は変わりない。“どのような手段”で城を落とすかは、優先者に一任する。よいな?」


「「ハッ!」」


 こうまで釘を刺されては、ブルザーも認めざるを得なくなり、ヒーサと声を同じくしてジェイクの発言を受け入れなくてはならなかった。

 武力を背景に優位性を確保して色々と押し切ろうとしたブルザーに対し、先んじてジェイクに揺さぶりをかけておいたヒーサの方に軍配が上がったと言えよう。

 ジェイクの弱味である妹アスプリクへの後ろめたさ、これを利用することを考えたヒーサの事前準備が功を奏した格好だ。

 十七の若者とは思えぬ準備の良さに誰もが驚いたが、それを前々から知っていたアスプリクとしてはさすがとしか思わず、笑顔をヒーサに向けていた。


「さて、では当初の予定通り、ヒサコよ、お前は明日からブルザー殿の元に身を置くこととなるが、失礼のないようにな」


「まあ、お兄様、私がいつ失礼な態度を取ったと言うのですか?」


「ブルザー殿の弟を半殺しにしたではないか。あれはさすがにやりすぎだ」


「ああ、そうでございますわね。随分の昔の些事でございましたので、もうすっかり忘れておりましたわ! フフフッ、では、ブルザー閣下、明日よりよろしくお願いいたします」


 これでもかと挑発した上で、礼儀正しく兄妹はブルザーに頭を下げた。相手から冷静さを奪いつつ、兄妹の息の合った連携を見せることで、仲の良さを強調しているのだ。

 この点では、ジェイクは目の前の兄妹を羨ましく思った。なにしろ、自身とアスプリクの関係はボロボロであり、修復するには多大な労力と時間を要すると考えていたからだ。

 それゆえに、目の前のヒーサとヒサコが眩しくて仕方がなく、ふと見つめたアスプリクもまた、ヒーサに笑顔を向けているのが妬ましくもあった。

 決して自分には向けられることのない年相応の可憐な笑顔だ。どうしてもっと寄り添ってやれなかったのかと、今更ながらに後悔していた。

 同時に、ジェイクはヒーサの絶対的な自信の表れには、何か裏があるとも考えていた。


(おそらくは、カインと裏で繋がっているのだろう。そうでなければ、ヒサコが解放される時期があまりに不自然だ。部外者を追い出したいのなら、ブラハムと共に解放したであろうし、情報を外に漏らしたくないのなら、拘束したままであろう。だが、ヒサコはここに居る。もう伝えるべき情報はヒーサの手に渡ったと考えるのが自然か)


 そう考えると、ジェイクとしてはやはりヒーサに期待を寄せておいて正解だったと安心できた。

 あとはヒーサの部隊が先んじて城に到着し、一本の矢で門を開けてもらえるよう動いてもらうだけだ。


(むしろ、本番はその後だ。ヒーサは教団が持つ最大の特権“術士の管理運営”に手を突っ込むと宣言した。つまり、教団側に徹底的な改革を望むか、もしくは決別を意味するほどに重い宣言だ。だが、これは私としても避けては通れない道だ。私自身、教団幹部に啖呵を切った以上、ヒーサの考えに同調せざるを得ない。アスプリクもそれを望んでいるし、妹を解放するのにはそれが最良か)


 政治的にも、家庭の問題としても、教団への干渉は不可避であり、むしろヒーサと言う強力な同調者を得たと考えるべきだと、ジェイクは自分に言い聞かせた。

 終わった後こそ、宰相たる自分が調停に乗り出し、被害を抑えつつ改革に乗り出していかねばと、ジェイクは決意を新たにした。


「……リーベ、明日からお前の身柄は明日よりヒーサ殿の下へ差し出す。言動には注意せよ」


「はい。兄上も人質の甘言にはご注意ください」


 ブルザー・リーベの兄弟も気に入らないとは思いつつ、言質を取られた以上は約定に従って人質を差し出さねばならず、不承不承ながら決定に従わねばならないという雰囲気を出していた。

 それに対して、ヒーサは追撃を加えた。


「ブルザー殿、妹を一時お預けいたしますが、美人だからと言って手を出さないでくださいよ。なにしろ、ヒサコはアイク殿下に差し上げる、貴重な献上品なのですから」


「お、お兄様!」


 いきなりの発言に、ヒサコは顔を赤らめてヒーサに詰め寄り、動揺した素振りを見せた。

 もちろん、“一人芝居”であったが、効果は絶大であった。周囲の誰もが薄々は感じていたのだが、明確にアイクとヒサコを結びつけると、公爵家当主から宣言されたのだ。


「ん? 私はずっとお前自身がその気なのだと思っていたが、違うのか?」


「え、あ、その……、うん、その気がないって言ったら嘘になるとは思いますけど」


「ならば、問題なかろう。アイク殿下もお前のことは気に入ってもらえているようだし、私としても反対する理由はない。こちらとしても、“漆器”の件も含めて新事業に精が出ると言うものだ。二人が組めば、芸術文化の流行りを生み出し、芸事の発信者として名声を欲しいままにできよう」


 あくまで興味があるのは文化芸術の事のみ。ヒーサはそれを強調することで、政治的な野心を見せないように留意した。

 だが、ヒーサの脳裏には、ある言葉が飛び交っていた。


 “御茶湯御政道おんちゃのゆごせいどう


 かつて織田信長が始めた“名物狩り”と、それより生じた茶の湯の政治利用。茶道具を名物となし、箔を付け、政治に結び付けて、自身の勢力拡大に利用したやり方だ。

 その先駆けともいうべきなのが、他ならぬ“松永久秀”という男であった。

 久秀は対立していた信長との和解の証として、自身の所有する茶道具の内、天下に名高き大名物『九十九髪茄子茶入つくもかみなすちゃいれ』を差し出した。

 これで久秀は許されたのだが、信長はそれに目を付け、名物の威力を利用し、それを勢力拡大に利用したのだ。

 名物で命すら助け、それゆえに皆が名物を求め、信長自身が日ノ本の一の蒐集家として権威と結びつける。実に上手いやり方であったと、今にして思い浮かべていた。


信長うつけの手法を真似するのは癪ではあるが、文化芸術の持つ力は侮れぬ。それはかつて目の当たりにした私自身の目利きがそう告げている。漆器の他に、まだ広めたい物はあるし、なにより喫茶の普及だ。流行りの最先端をシガラ公爵家とアイク殿下で作り出し、人心を掴んでいく。勢力拡大に武力財力の他に、文化力も加え、いずれ躍進するのだ)


 今のヒーサはその考えの下に動いていた。数寄者としての天下人、実際に漆器の披露の際に、その威力を実感しており、このまま進めても問題ないと感じていた。

 ただ、邪魔な輩が多いので、それの排除も徐々に進めていかねばならなかった。


(一番の邪魔はもちろん《五星教ファイブスターズ》の石頭共だ。あの生臭坊主共め、いずれ神の名の下に我欲に溺れしことを炎の中で後悔させてやるぞ)


 すでに教団の排斥はヒーサの中では決しており、少なくとも今のような国政を動かせるほどの影響力はきれいさっぱり消すつもりでいた。

 そして、もう一つの問題はなんといっても、“魔王”の存在だ。折角、面白おかしく異世界での道楽を満喫しようにも、これの出現によってすべてが水の泡になる可能性があるのだ。


(そもそも、女神との契約もあるし、これの件は進めていかねばならんが、一番の理想は魔王との戦争を継続しつつ、生活を楽しむ余裕を得ること。というか、魔王を退治してしまっては、その後の生活がどうなるか分からんしな)


 この世界に飛ばされてからと言うもの、不満に感じたことなどなかった。強いて言えば、茶が飲めないことではあるが、存在自体は確認されており、いずれは茶が飲めると思っていた。

 もし、茶自体が存在しない世界に飛ばされでもしたらば、それこそ茶の湯を楽しむことができなくなるため、この世界の残留を考えていた。

 もちろん、次の世界が存在し、茶を楽しめる環境が保証されるのであれば、即座に魔王を滅ぼすこともやぶさかではなかったが。


(とはいえ、女神の話では、まだ魔王の存在が確認されておらんようだし、このまま当初の予定通り、ネヴァ評議国で茶の木の種を採取する。そして、国盗りのために、今回の騒動を利用して、不和の種をばら撒いておく。国を奪い、芸術を愛で、茶を満喫し、美しい女を抱く。うむ、素晴らしいではないか)


 描く未来図に想いを馳せながら、ヒーサは思わずニヤリと笑った。

 ヒサコとのやり取りの最中、軽く横目にジェイクを見てみると、反応は悪くなさそうだと判断できた。あちらにもそれ相応の思惑はあるだろうが、アイクとヒサコが引っ付き、王家とシガラ公爵家の関係が強固になることを認める雰囲気があった。

 アイクとアスプリクを篭絡しておいた効果が、徐々にだが出始めていることにヒーサは満足しつつ、今は目の前のことに集中しようと気持ちを切り替えた。


(さあ、始めようか。家督簒奪以来の大仕掛けだ。国盗りに焦がれる戦国武将の作法を、思う存分見せ付けてやろう。戦国の梟雄に異世界の魔術という便利な手段を与えたことを、女神も、この世界の住人も、皆まとめて驚かせてみせよう。ククク……)


 ヒーサは笑顔を作らないようにするのに必死であった。これから起こる出来事のことを考えると、笑いが込み上げて仕方がないのだ。

 誰も彼もが騙され、気が付いた時には後に引けないほどに追い込まれ、その先に地獄が待っていようとも歩みを止めることのできない絶望を、自分自身で演出してみせる。

 策士にとって、これ以上の大舞台は存在しない。知略の限りを尽くすのみ。ヒーサはまだざわめく周囲の空気に呑まれることなく、ただただ理想の未来に向かって前へと進むだけであった。



             ~ 第四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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