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第十一話  御令嬢は銃がお好き!? 結構、ますます好きになりますよ!

 再び情報収集のため、ヒーサはテアを伴い、往診と銘打って出かけることとなった。


「今日の目的は公爵家が抱える軍の視察だ。今朝の朝食の際に、兄上が演習がどうこう言っていたからな。それを見学させてもらう」


 馬をゆっくりと歩かせるヒーサであったが、随伴するテアからの返答はない。代わりに、鋭い視線で睨みつけてくるだけであった。


「お前なあ、まだ昨夜のこと、気にしているのか?」


「当然です!」


 テアが激怒するのも無理はなかった。

 専属の下男、侍女には、仕える主人の近くに部屋をあてがわれ、すぐにでも駆け付けられるようになっていた。そんな事情もあって、テアの寝室はヒーサの寝室のすぐ横の小部屋があてがわれていた。元は衣装収納用の小部屋であったのだが、寝室に改装されていた。

 そして、昨夜から侍女のリリンがテアと同じくヒーサの専属侍女となり、ヒーサの側近くに侍ることとなった。また、夜伽の相手を務めることも彼女の職務の一つとなっていた。

 その結果どうなったのかというと、夜中までテアの寝室にヒーサとリリンが“致している”声が壁を貫いて飛び込んでくる事態となったのだ。

 安眠妨害も甚だしく、健康上よろしくない。おまけに朝すれ違ったリリンの満ち足りて、それでいてドヤッっている顔を見たときには、さすがにイラッときた。

 しかも、ヒーサに至っては無反応であったため、詫びの一言もないんかいと怒っている最中なのだ。


「まったく、朝やって、夜に再びって、どんだけお盛んなのよ!?」


「朝のはあくまで“動作確認”で、夜こそ本番の伽だぞ」


「あ~、はいはい。分かりました分かりました。都合のいい言葉よね、“動作確認”」


 前の世界とは勝手が違う点もあるので、念入りに確認することはよいことなのだが、ああいうやり方の動作確認は必要か? というのがテアの正直な感想であった。


「まあ、若返って随分と体力が戻ったというのは分かった。どころか、前の世界の時より、身体能力も若返り分以上に向上しているような気がする」


「狭間の世界で手に入れたスキルカードだけど、あれには肉体強化が付与されているパターンもあるからね。あなたが手にしたやつだと、《本草学を極めし者》は健康値が上昇するわ。つまり、病気やケガになりにくく、なっても回復が早くなる。《性転換》も転換の際に体に負荷がかかっても耐えれるよう、体力値に補正が入る。《大徳の威》は魅力値に大幅な補正が入るけど、これは肉体的には体感できないから、わかりにくいかも」


「なるほど、それで昨夜は十回戦まで難なくこなせたというわけか」


「十回戦!?」


 聞いてはいけない言葉が耳に入った気がして、テアは目を丸くして驚いた。


「あと、《本草学を極めし者》を活用して、薬品庫にあった有り合わせの薬草で精力剤を調合したぞ。それを今夜、試してみようと思う」


「え・・・、今夜も寝不足確定なの?」


「見学、参加は歓迎するぞ」


「どこの誰でもいいから、今すぐこのバカに裁きの雷を落としてくれないかな~」


 テアは見知った同僚の神々に本気で頼みたい気分になって来た。


「まあ、ほら、あれだ。“英雄色を好む”と言うだろう?」


「はいはい、英雄(外道)の活躍期待してますよ。さっさと魔王見つけましょうね」


 そう、目的はあくまでこの世界のどこかに潜む魔王の探索である。そのための手段として、財と人手を欲し、公爵家の簒奪を狙って行動している最中なのだ。

 だが、目の前の好色爺のやり方を見ていると、本当にやる気があるのか、なんだか不安になってくるテアであった。


「まったく・・・、一日五分でいいから、真面目に生きて欲しいわ」


「ワシは常に大真面目なのだが?」


「あれで大真面目!? 夜の夜中まで現地妻とパンパンやって、大真面目を主張するの!?」


「次は演習場で銃をパンパンするぞ」


「うっさい、黙れ」


 テアは心底、目の前の男を魔王探索の相方に選んでしまったことを後悔した。能力値は高いのだが、全然言うことを聞かないうえに、好き放題やっては世界に悪影響を出している。このままいったらどうなるのか、テアは心配でならなかった。


(てか、こいつこそ、魔王なんじゃないのかな? 灯台下暗し、魔王を探す英雄の中に魔王を仕込む、性格の捻じれた監督官ならやるかもね)


 だが、確証を持てない以上、目の前の男をどうこうすることはできない。あくまで、テアは女神テアニンの地上における仮の姿であり、戦闘用にはできていないのだ。あくまで、監視、探索用の術しか使えないのだ。


「さて、そろそろ着替えるとするか」


「あ、このままの姿で行くんじゃないんだ。一応、女物の着替えはあるけどさ」


「ヒーサのまま演習の見学なんぞしていたら、ほぼ確実に兄上が無理やり参加させようとするからな」


 今日の演習はヒーサの兄セインが総指揮を執ることになっていた。日頃から口うるさいくらいにヒーサに向かって『体を鍛えろ』と言っているので、もし演習場に姿を現そうものなら、確実に巻き込もうとするだろうと考えたのだ。それではゆっくり見物することもできない。

 ならば、ヒーサではなくヒサコの姿で演習を見学した方が、平和的に終われそうだと考え、女物の着替えも用意しておいたのだ。

 二人は物陰に隠れ、ササッと姿を変えてしまった。

 ヒーサはヒサコへ変わった。金髪碧眼は変わりないが、髪の長さや背丈は変化し、体つきも女のそれに変わった。

 一方のテアも、トウという別の姿に変わった。先日、急遽拵えた姿であり、髪は長い緑髪から短めの赤髪になり、胸は巨乳から絶壁へと変化した。


「よし、こんなものかしら」


「ええ、問題ないわ」


 互いの姿を確認したのち、二人は再び馬に跨り、演習が行われている場所に向かった。



               ***



 演習が行われていたのは、周囲に何もない草原で行われていた。

 いくつもの部隊が行進をしたり、あるいは旗振りに合わせて方向転換、あるいは陣形の再編など、様々な訓練がなされていた。

 ヒサコとトウの二人は演習が行われている場所の少し離れた場所にある、小高い丘の上に来ていた。そこからならば全部隊を一望でき、見学するのには最適であった。

 そのためか、他にも百人以上もの見物客が来ており、ちょっとしたお祭り気分であった。


「お、やってるやってる。どれどれ」


 ヒサコは馬に吊るしていた道具袋の中から望遠鏡を取り出した。片眼を閉じ、筒を開いた目に当て、二重のレンズの向こう側の世界を覗き込んだ。


「おお、これはいいわね。遠くの景色を眺めることができるわ!」


 実はヒサコこと松永久秀は、望遠鏡を使うのが初めてであった。一応、この世界における知識は狭間の世界にいる頃に吸収していたのだが、実際に使ってみるとなるとやはり初体験ということもあって、興奮するものであった。


「これが量産されたら、斥候の在り方も変わってくるわね。こんなに離れてるのに、ある程度だけど顔の判別もできるわ」


 ヒサコが覗く望遠鏡の先には兄セインがおり、馬上からあれこれ指示を飛ばしている姿すら確認できた。裸眼で見た場合は豆粒程度の大きさであるのに、望遠鏡を使えばしっかりと見えるのだ。


「で、見学した感想は?」


 嬉しそうに望遠鏡を使うヒサコにトウが尋ねてきた。トウは特に軍事には興味がない。目的はあくまで魔王であり、魔王を討伐するのは英雄、勇者の仕事なのだ。数で押しつぶすのは人間相手の戦であり、魔王との闘いとは相容れないからだ。


「練度は上々。指揮官の指示の出し方もいい。さすがと言ったところかしら」


 そして、ヒサコは口にこそ出さないが、あれらを手にできると考えると、なかなかに興奮を覚えるものであった。

 そのとき、煙が立ち上がった。そして、数秒遅れで爆発音が響き渡った。隊列を組んでいた銃列が一斉に火を噴き、的に向かって玉を撃ち込んでいたのだ。


「あれは・・・」


 ヒサコはすぐに気付いた。目の前にある銃が、元の世界の銃とは違うことに。

 望遠鏡を目から放し、少し離れた場所に立っていた兵士の方へと歩み寄っていった。丘の上に見物客が来ることは予想されていることで、妙な人物が紛れ込んでいないかと一応の歩哨が割り当てられていたのだ。もっとも、見物客は完全にピクニック気分で、敷物を広げて、酒や弁当を楽しんでいる有様だ。響く銃撃音も余興の一つ程度にしか考えていなかった。


「ねえねえ、兵士さん兵士さん」


 ヒサコが声をかけると、歩哨にあたっていた兵士が振り向いた。そして、目を奪われ、思わず生唾を飲んだ。なにしろ、ヒサコはこんなこともあろうかと、少し色っぽい姿の服装で現れたからだ。胸元が開けてほっそりとした体つきの割にはなかなかのものをお持ちで、顔立ちも非常に均整が取れており、つまるところいい感じの美人というわけだ。

 そんな色っぽい女性に話しかけられては、いてもたってもいられなかった。兵士としても退屈な歩哨任務の穴埋めにと、女性の対応を受けることとした。

 何より、手に望遠鏡を握っていたことが、兵士には気になった。かなり高価な品なので、それを持ち歩いているということは、目の前の女性は貴族か富豪の令嬢だなと判断したのだ。

 どこぞの密偵ということも考えたが、それにしてはあまりに堂々とし過ぎている。穿ち過ぎだと、その考えはご立派な乳房によって頭の中から押し出されていった。


「なにかな、お嬢さん?」


「あの銃、おかしくないですか? 火縄が見えないのに、火を噴いています」


「ああ、そういうことか。あれは火縄のいらない最新式だからな」


 その言葉にヒサコは目を丸くして驚いた。


(火縄のいらない銃!? そんなのがあるの!?)


 俄然、興味を覚え、目を輝かせた。


「兵士さん、それってどんな銃なの!?」


「お嬢さんが言っているのは、火縄銃(マッチロックガン)だね。で、最近導入されたのが燧発銃(フリントロックガン)だよ」


「燧発・・・、つまり、燧石(ひうちいし)で着火するのね!」


「そうそう。お嬢さん、理解が早いね」


 兵士は女だてらに戦道具に目が利くことに感心したが、ヒサコは思考の世界に入っており、それに気づいていなかった。


(日ノ本の燧石では火薬を爆ぜるほどの火花を出せなかったけど、ここのやつならいけるのね。火縄を持ち歩かなくていいのはかなりの利点。火種を用意する必要もないし、火で居場所を知られることもない。すごいわね、これは。うん、絶対手に入れる必要がある。構造を知りたいし、後で兄上に頼み込んでみましょうか)


 ヒサコはどうにかして手に入れたいという思いが強くなり、目の前の演習風景から目が離せなくなった。

 そんなときだ。散っていた部隊が一斉に集まりだし、なにやら陣形を整え始めた。四角形に部隊を並べ、槍衾を形成し、さらに銃列まで加わっていた。


「あれは・・・」


「ああ、あれの練習のために、今日の演習があるようなものだからね。あれは野戦方陣テルシオといって、槍兵と銃兵が並んで方陣を組む防御体型なんだ。移動できないという欠点があるけど、騎兵の突撃を抑え込む強力な防御型の布陣さ」


 説明を受け、すぐにヒサコはその重厚な布陣に目を奪われた。


(うはぁ~、こりゃ凄い。槍兵が二十、いえ、三十列くらいにならんで大規模な方陣を組み、しかも銃列まで加えて、なんと言うか・・・、そう、槍と銃を用いた野戦築城みたいなものだわ! 馬で突っ込んだら、たちまち餌食になるわ。・・・ああ、そういうことか。火縄がないから密集した銃列を形成できるのね。燧発銃フリントロックガンの運用を考えると、そういう帰結になる。よく研究されてる)


 戦国のやり方とは明らかに違う道具や戦術に感心し、ヒサコはますますのめり込んだ。


「兵士さん、新しいやり方や道具を仕入れるように言ったのは、セイン閣下なの?」


「そうだよ。閣下は本当に研究熱心なうえに、柔軟なお方でな。去年も初めて燧発銃フリントロックガンを見るなり、『他の予算を潰してもいいから、こいつを優先で数を揃えろ』と命じておられた。野戦方陣テルシオも随分と研究なさっている。本当に凄いお方だよ」


 それにはヒサコも同感であった。目端が利く上に、思考も柔軟で過去にとらわれないやり方を次々と導入する。素晴らしいの一言だと、ヒサコは素直に感じた。

 だが、それは同時に悩ましいことでもあった。なにしろ、家督簒奪と言う計画の性質上、その兄には絶対に死んでもらう必要があるからだ。


(正面から戦えば、勝負にすらならない戦力差。ゆえに“暗殺”しなくてはならない。刺客か、毒殺か、あるいは爆殺・・・。いずれにせよ、最初の一撃で確実に仕留めなければ、こちらの破滅を意味する)


 展開される野戦方陣テルシオを見ながら、ヒサコは悶々と思考に耽った。あまりに集中している姿に、兵士は怪訝な顔をして、ヒサコの顔を覗き込んだ。


「ええっと、お嬢さん、どうかしたのかい?」


「うぇ、あ、コホン。つい格好よくって、見とれてしまいましたわ。私も一つ、あの新物の銃が欲しくなりましたわ」


「これはこれは。銃に興味があるお嬢さんとは珍しい。でも、止めた方がいいよ。銃は顔の近くで火薬が爆ぜるから、しょっちゅう火傷を負うんだ。顔の火傷は銃兵にとっての誉れだけど、きれいな顔のお嬢さんには似つかわしくない」


「あらあら、そういえばそうですわね。フフッ、私としたことが、よく考えずに欲してはいけませんね」


 などと言ってごまかしたが、あの火縄のいらない新式の銃は絶対に必須であると感じた。


(火縄がいらないから、待ち伏せでの射撃には最適。なにしろ、火そのものや火縄の匂いで位置がバレずにすむ。絶対手に入れてみせるわよ)


 そのまま兵士と軽く談笑しつつ、ヒサコはその場を立ち去って行った。

 演習の見学は大いなる収穫をもたらした。火縄のいらない銃、戦国の日ノ本にはなかった新たなる道具だ。これを利用しない手はない。

 ヒサコの頭の中に描かれる暗殺計画の中に、“燧発銃フリントロックガン”というあらたな項目が加わった瞬間であった。



          ~ 第十二話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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[良い点] 戦国の世を生きたと言える性格をした主人公の言動ややり方は楽しいですね! 自分は歴史に疎いので深い感想は挙げられませんが、武士らしさが滲み出る良い作風だと思います! [一言] Twitter…
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