第六話 到着! 緊要地『アーソ辺境伯領』!
《五星教》の総本山《星聖山》において、アスプリクの偽の報告で騒がれいたほぼ同時刻。ケイカ村を出立して旅を続けていたヒサコとテアは、のんびり進む馬車に揺られること数日。次なる目的地、アーソ辺境伯領に到着した。
アーソ辺境伯領は妖精族の住まうネヴァ評議国、亜人や獣人族の住まうジルゴ帝国の交差点に位置しており、特に重要な『緊要地』に指定されていた。
他にもカンバー王国の中でも特に重要な地点は、こうした『緊要地』に指定されており、そこの領主には『辺境伯号』という特殊な称号と、それに付随する数々の特権が与えられていた。
特権の内容としては、主に三つ上げられる。
一つは“上納金免除”だ。
各地の貴族は土地に関する権利を有し、そこの開発等は自由に行うことができるが、収入に応じて王家や教団側に上納金を納める決まりになっていた。
なお、貴族もホイホイ金を渡したくないため、あの手この手で収入を誤魔化し、上納金を安く収めようとして、時折巡回しにくる中央の検地官とのやり取りは、ある種の風物詩と化していた。
それがないので、辺境伯は気が楽とも言える。
とはいえ、緊要地の維持運営が最大の義務であるため、そのための費用を考えると、どちらが得なのだろうかと思われていた。
次は“独立司法権”だ。
通常、刑罰等には現地貴族の直轄の司法機関が処理するのだが、死刑や反乱等の重大案件は公爵級ないし王都司法部の審査案件となり、勝手にはできないことになっていた。
しかし、辺境伯の領域内で起こったことはその限りではなく、辺境伯には重大案件を領域内に限って行う権限が与えられていた。『緊要地』での重大案件の処理に中央の許可を待っていたら時間がかかりすぎて、危うくなる場面も想定されるため、こうした権限が付与されているのだ。
そして、最後の一つが“戦争の自由”だ。
例えば、アーソ辺境伯領を見てみると、三国の国境が交差する地点であり、いつ情勢の変化が起こるか分からないのだ。他からの指示を待って動いてからでは遅い場面もあり、辺境伯には軍を招集するのみならず、越境して先制攻撃を加えることすら認められていた。
つまり、“戦争の自由”とは“予防戦争の肯定”とも言い換えることができた。
現に、ジルゴ帝国とは長年にわたって国境付近で小競り合いを繰り返しており、それほどの規模ではないが、攻めて攻められてを繰り広げていた。
そんな特殊な地域に、二人はやって来たのだ。
「ちょっと時間合わせのためにのんびりしすぎたけど、ようやく到着したわね」
幌から顔を出し、ヒサコはようやく訪れた辺境伯領の風景を楽しんだ。事前情報では農地は大したことがないが、領内にある山からは鉄鉱石が産出され、鋳物や鍛造など金属製品が特産品になっていると聞いていた。
実際、あちらこちらに工房を思しき建物が立ち並び、盛大に煙突から煙を吹かせ、ハンマーで金属が鍛え上げられる音がそこかしこから聞こえていた。
なにしろ、実質国家の最前線であり、武器や防具などの製造や修理ができるのは大きかった。
「ああ、でも残念だわ。もうすぐ、これらが消えてなくなってしまうんだもの」
「有り得んわ~。マジで有り得んわ~。いい顔しながら外道な台詞を吐けるなんて、有り得んわ~」
テアは手綱を握りながら、すぐ横でニヤつくヒサコを見ながらため息を吐いた。
「まあ今頃、王都や聖山じゃ、この平和でのどかな辺境伯領が、《六星派》と結んで謀反を企んでます、ってことで大賑わいでしょうからね」
「外道過ぎる。何の罪もない住民を巻き込んで、土地を掠め取ろうなんて」
「あら、立派な罪があるじゃない。異端派の連中をかくまっているんだから」
アスプリクから情報により、このアーソ辺境伯領には《六星派》が流入しており、領主であるカインが上手く偽装しているとのことを聞かされていた。
もし、ばれたら異端審問の名の下に、討伐軍が派遣されるのは必至であった。
そして、アスプリク名義で通報したのであった。
「これから手を組もうって相手に対して、通報してから交渉って、クズムーブすぎるわよ!」
テアが呆れ返るのも無理はなかった。なにしろ、漆器作成や茶栽培など、新事業の立ち上げに人手が欲しいからと、《六星派》を公爵領に流入させようと画策していた。にもかかわらず、その《六星派》への攻撃を誘発していた。
やっていることと言っていることがあべこべなのだ。
「誉め言葉として受け取っておくわ。いい? 料理の前には出汁を取るでしょ? それと同じ。せいぜい味を出してもらわないとね。残りはちゃんと公爵家で養ってあげるから」
「マジでこいつ、全部根こそぎ持っていく気だわ。利用するだけ利用して、取るもの取ったらポイってか!?」
「利用価値のないのを手元に置いておくほど、こちらの懐が深いわけじゃないからね」
さも当然と言わんばかりの相方の態度に、テアはますます気持ちが沈んでいくのであった。慣れては来ているとはいえ、やはり相方の戦国的作法は、外道以外の何ものでもないと再認識させられるだけだ。
「で、この町村が焼かれるまでまだ時間があると思うけど、それまでに何をしておくの?」
テアの心配はそこであった。
異端派の溜り場だと通報した以上、そう遠くないうちに軍勢がやってくるのは明白である。ゆえに、必要な物を手早く手にして、戦火に巻き込まれる前に離れなければならなかった。
「ま、強いて言えば選別かな?」
「選別?」
「誰を生かすか、殺すか、その判断をつけるのよ」
「聞いて損したわ」
どこまでもぶれないのは相変わらずであったが、ここまで徹底されると恐ろしさすら感じてしまうものだ。なお、こんな外道であっても、お探しの魔王でないのはテアも納得いかなかった。
「はぁ~、どう考えてもこの外道が魔王なのに、法具の判定じゃ違うって出てるのが納得いかないわ」
「なら、もう一回調べてみる?」
「一度の降臨で、三回しか使えないって言ってるでしょ! 仮にもう一回使えるとしても、調べ終わってる奴に、もう一回使うなんて馬鹿な真似出来るわけないわ」
使用回数三回という制限のある法具《魔王カウンター》。それを装備して対象をしっかり観察すれば、対象の魔王としての適性を調べることができる。
それを用いて調べたのが、ヒーサ、アスプリク、マークの三人であった。
結果はヒーサが“五”、アスプリクが“八十八”、マークが“八十七”となった。
アスプリクやマークは魔王としての覚醒が大いにあるが、目の前の相方は魔王にあらず。これが調べた結果なのだ。
「まあ、そりゃそうね。時期的にはそろそろ出てきてもおかしくないのに、一向にそれらしい兆候がないのもね~。まあ、魔王って言ったら、罪なき人々を殺して村々を焼き払ったり、甘言を用いて悪の道に落とし込んだり、果ては世界征服とか、そんな感じかしら?」
「全部やってる奴が目の前にいるんですけど!?」
いったい、目の前の梟雄を戦国日本から転生させてからというもの、何人の犠牲者が出たか分からないほどに被害は拡大していた。
グレていた少女を言葉巧みに誘導して謀反の種火として使ったり、国盗りと言うの名の征服事業をこっそり始めてみたり、父兄の毒殺から始まって、義父に専属の侍女など、死に追いやった相手は数知れず。やりたい放題とはまさにこのことであった。
それでいて、罪はきっちり回避して、容疑にすら上っていない。手にしたスキルを駆使して、見事にすり抜けてきたのだ。
「んで、こののどかな村々も火の海に沈めるですって!?」
「それをやるのは、これからやって来る異端派への討伐軍であって、あたしじゃないわよ~♪」
「通報したくせに・・・。汚れ仕事は他人任せで、利益だけはきっちり徴収すると」
「降りかかる厄介事は最小に、受け取る報酬はもっと多く。当然じゃないかしら?」
効率を考えればその通りなのだが、倫理観で言えばとことん腐れ外道であった。
「でもさ、その討伐軍とやらが来た時、こっちも巻き込まれないの?」
「巻き込まれるわよ。だから、それまでにこっちも“選別”を済ませておかないといけないし、自分達の安全も確保しておかないとダメね。まあ、そこは“お兄様”が上手くやるわよ」
「自分で操作してるじゃない!」
スキル《投影》を用いて分身体を作り出し、《手懐ける者》で操作性も向上させて、遠隔操作の真っ最中であった。
ヒサコの姿で遠出ができるのは、スキルの複合使用の成せる技であった。
なお現在、ヒーサは軍の招集を終え、かなりの強行軍で辺境伯領を目指していた。
数は二千。騎兵五百に、軽歩兵千五百だ。しかも、騎兵の半分は銃を装備した竜騎兵であり、歩兵も千名近く燧発銃を備えた銃兵であった。
財に物を言わせて揃えた、速度と火力重視の編成であった。
「まあ、大筒がないから城攻めには不向きだけど、城攻めはする予定ないし、大丈夫でしょう」
「攻城兵器を帯同させると、行軍速度落ちちゃうもんね」
「できれば、セティ公爵軍が到着する前に先んじて辺境伯領に入りたいけど、少し際どいかな。まあ、アスプリクには時間稼ぎを頼んでいるから、最悪でも同時侵入には持ち込めるわよ」
アスプリクは現在、シガラ公爵軍に先行する形でケイカ村を目指していた。三十名にも満たない小部隊であるが、全員騎乗しているし、速度の面ではどの部隊よりも優れていた。なにより、先行して出発しているため、ケイカ村への一番乗りは確実であった。
「で、アスプリクには時間稼ぎの手順や、皆を騙す小芝居の台本を渡してるから、上手く引っ掻き回してくれるでしょうよ」
「どこまで用意周到なんだか」
「なにしろ、これからやるのは小手先の策謀や暗殺なんかじゃなく、小さな国が滅びゆく本物の戦なのよ。碌な準備もせずに戦端を開くなんて、愚か者のやることだわ」
過激な発言にもかかわらず、テアの見る相方の顔は実に楽しそうであった。旅装束で地味な装いだが、貴族令嬢ですと言っても、誰も信じたりはしないだろうと思えるほどに歪んだ笑みを浮かべていた。
「さて、見えてきたわよ。あれが辺境伯の城館ね」
遠方に見えてきた城が二人の視界に飛び込んできた。山の上にそびえ立つ城の姿は圧巻そのものであり、小競り合いの絶えない緊要地の城に相応しい堅牢さを二人に見せつけてきた。
そして、城に近付くにつれてその力強い佇まいに圧倒された。
「ああ、これは無理だわ。まともにやったら、絶対に攻め落とせない城だわ」
ヒサコは城やその周辺の地形を読み解き、感心しながら呟いた。
「見て、城の背後を。川になってる。で、城の背後で川が二股に別れ、それが左右を挟み、その間にある峻嶮な山の上に乗っかる形で城が建てられているわ」
ヒサコは要所を指さしながら、テアにも分かりやすく説明しだした。
ヒサコの中身である松永久秀は、戦国日本の数ある武将の中でも特に城造りに定評のある者であり、自身が手掛けた城は数知れず。後々まで影響を与える技術をいくつも生み出した。
それが手放しで絶賛しているのだ。
「川が邪魔をして裏手にも左右にも、部隊を展開することができない。で、正面から攻撃するしかないけど、川が邪魔して展開幅が狭い。おまけに坂道だから、攻城兵器も取り付きにくいわね。ダメ押しとばかりに、正門は跳ね橋付きときましたか。建てるのに苦労したでしょうけど、それに見合うだけの堅牢さを持っているわ。武器弾薬、その他物資が十分貯蔵されているなら、落ちることはないでしょうよ」
力攻めではまず落ちないと、戦国屈指の築城の名手が太鼓判を押した。
(この城が落ちるとすれば、兵糧攻めか、あるいは内部への離間の計。城攻めはするつもりはないから、策を考えておかないとね)
なにしろ、これから客人として招かれるのだ。時間的にはそれほどのんびりもしていられないが、城内や周辺地形を見て回るくらいはできるはずだ。
堅牢な城と言えど、弱点さえ見つけてしまえば、容易に落ちてしまうものなのだ。城の造り、あるいは立てこもる人、相手の弱味を見つけ出し、把握することが肝要なのだ。
しかも、それを内側から見れるのだ。
(見つけてみせるわ。弱点を)
時間をかけてはいられないが、生かす殺すの“選別”と弱点の“看破”、これを短時間の内に成さねばならない。
「ああ、それと、一つだけ事前に言っておくことがあるわ」
ヒサコは思い出したかのように、視線をテアに向けた。
「事前にこれからやる事の内容には伝えたと思うけど、どんな文脈であっても、あたしが“アスプリク”と口にしたら、作戦決行だから、何があっても慌てふためかずに冷静に動いてね」
「心の準備はしておくけど、今更ながら、本気でここを、この領地を潰すの?」
「ほぼ確実にね。一応、完全な制御下に置けるなら、そのままってこともありえるけど、まあ無理でしょうね。だからすり潰して、美味しく食べるのよ」
ヒサコは堅牢なる城を見ながら、決意を新たにするのであった。
~ 第七話に続く ~
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