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第九話  饒舌の詐欺師! これでメイドの心はワシのもの!

 往診と銘打った情報収集も終わり、ヒーサとテアはシガラ公爵家の邸宅に戻った。さすがにあちこち動き回った上に、外法者アウトローの勧誘もあって時間はあっという間に過ぎ去っており、邸宅に戻ったころには日が沈みかけていた。


「ヒーサお坊ちゃま、お帰りなさいませ。思っていたより遅かったので、心配しておりました」


 屋敷の門番にそう話しかけられ、怪しまれてはいないなと確信を持った。やはり、医者という状態は何かと都合がいいと改めて感じた。


「ああ、すまんな。往診が一件だけで時間が余ったから、少し山手の方まで足を運んで、薬草を摘んでいたのだ。思ったより熱中しすぎて、意外と遅くなってしまった」


「左様でございましたか。まさに道草を食う、ですな」


「ハッハッ、まさにな」


 この門番に限らず、気さくなヒーサは皆に好かれており、和やかにやり取りするのが当たり前であった。もっとも、それが偽りの仮面であり、ヒーサの中身が戦国の梟雄であることは、この世界に彼を連れ込んだ、女神テアニンしか知らなかった。

 なお、そのテアニンは侍女メイドテアとして、ヒーサに帯同しており、これも演技がばれないようにと門番には笑顔を振り撒いていた。

 門をくぐり、二人はまず離れにある診療所へと足を運んだ。医療器具などが入った道具袋を下すためだ。

 日が沈みかけ、夜の闇が忍び寄る中、二人は道具袋を抱えて診療所に入ると、そこには侍女メイドのリリンが立っていた。

 二人の姿を確認すると、慌てて頭を下げてきた。


「お、お帰りなさいませ、ヒーサ様」


 下げる頭や肩が小刻みに震えていた。恐怖に支配されたまま動けず、朝から診療所でずっと待っているようであった。


(これはいかんな。少々効き過ぎたか。ほぐしてやらんと、すぐにつぶれてしまうぞ)


 そう考えたヒーサは道具袋を手近な机の上に置き、それからリリンの前に立った。下げていた頭をゆっくり上げたが、ヒーサの顔を直視できないようで、視線はどこか別の方を向いていた。


「リリン、わざわざ待っていてくれたのかい?」


「えっと、その・・・、本日はお休みをいただけたので、私の好きなようにしまし・・・た」


 視線を合わさず、気恥ずかしそうにそう言うリリンに対し、ヒーサは優しく頭を撫でた。最初の一触れの際はビクリと体が軽くはねたが、すぐに落ち着いたようで顔を赤らめながらその行為を受け入れた。


「そうか、それなら遅くなってすまなかったね」


 そうしてヒーサはリリンの腰に手をまわし、優しく抱きしめた。頭もまた撫でてやると、リリンは恐る恐るヒーサに抱き着いてきた。怖がりつつ徐々にギュッと力を入れ、そして顔をヒーサの体に埋めてきた。


「どうしたんだい? 寂しかったのか?」


「失礼な質問なのかもしれませんが、今朝のヒーサ様、今のヒーサ様、どっちが本当のヒーサ様なのでしょうか?」


「ん~、難しい質問だな。私は私で、それ以上でもそれ以下でもないからね。これは“神”であろうと、犯しえぬ領域だ。だから、どちらも私なのだよ」


 そう、松永久秀という男は、どこまで行こうと松永久秀でしかないのだ。異世界に飛ばされ、ヒーサ、あるいはヒサコと名前と姿を変えようとも、本質は変わらない。どこまでも自分本位で、他に流されない自然体。

 欲望の赴くまま、自分のやりたいようにやり、なるようになるだけなのだ。


「だから、リリン、このまま私の下へいたいのであれば、どちらの私も認めてほしい。受け止めてほしい。どちらも私であることには変わらないのだからな」


「・・・はい、私はヒーサ様のところにいたいです」


 はいとは答えたものの、これにはまだ迷いがあった。普段のヒーサは優しくて気さくな貴公子だが、今朝のヒーサは明らかに別人かと思うほどに冷ややかで、自分を家畜や道具のように見下していた。

 できることであれば、いつもの優しい貴公子のままでいて欲しいが、床の上ではああも荒々しく、それでいて冷ややかなのは勘弁してほしいところであった。

 でも、抗えない。優しい貴公子に恋をして、荒々しい悪魔に支配されているからだ。方向性は全くの真逆であるが、どちらにしても心を奪われ、あるいは支配されており、逃げることなど考えれないのだ。


「では、リリン、お前を私の専属侍女メイドとしよう。テアだけでは、手が回らぬことが多くなりそうでな」


 ヒーサの言葉にリリンは感激した。だが、同時に気付いた。今この場には、ヒーサのみならず、テアもいることにようやくにして気付いたのだ。

 はしたない姿をヒーサ以外に見せてしまったと、慌てて離れて身だしなみを整え始めた。


「も、申し訳ありません! 人前でなんと恥知らずなことを・・・!」


「ああ、うん。気にせんでいい。テアも気にしてない」


 実際、テアも気にしてはいなかった。というより、思考が別次元に飛んでおり、気にすることができなかったといった方が正しかった。


(あっれぇ~? おっかしいなぁ~。私、英雄(外道)を連れて“魔王探索”をやってるはずなのに、なんでドロドロした恋愛劇見せられてんのよ。え、路線変更? 世界単位での路線変更なの? 魔王ぶっ飛ばすファンタジー劇場から、グッチャグチャの昼ドラ系恋愛劇場になっちゃうの?)


 などと、テアは自問自答を繰り返し、二人のことなど特には気にしていなかったのだ。


「それでだ、リリン。テアとお前を二人揃って専属とする。今日、往診に出かけてみて分かったのだが、やはり一人では外回りをするのが大変だと思ってな。それでテアを連れて行ったのだが、その件はやはり正解だった。薬草を採取するのに、色々大変だったのでな」


 採取したの毒キノコじゃん、というツッコミはなしにした。しかし、外法者アウトローとの商談をまとめてくるなどとは、誰も考えないだろうなとテアは密かに思った。


「で、リリンには屋敷内での内向きな仕事を任せたいのだ。専属がテア一人だと、そちらの方が疎かになりかねないからな」


「なるほど・・・」


「それと、リリン、夜伽もお前に任せようと思う。今朝は少しばかり羽目を外し過ぎたので、お前には酷な真似をしてしまったと反省している。今度は優しくする。だから、また私と同衾して、伽に応じてはもらえぬだろうか?」


 まさかの言葉に、リリンは感激した。嬉しさのあまり飛び跳ねたくもなったが、いくらなんでもはしたないのでどうにか堪えた。

 しかし、今はテアの視線がある。どう答えていいのか、リリンは思い浮かばなかった。


「テアのことが気がかりかい?」


 見透かしたようにヒーサが尋ねると、リリンは無言で頷いた。そして、どうすればいいのかを見出せず、その視線はヒーサとテアの間を泳いでいた。


「テアもその点は了承しているよ。だから、こうしてお前に頼んでいるのだ。もっとも、じきに結婚する身の上ではあるから、長く続けることはできないがな。あくまでそれでもいいのであれば、という話だ」


「い、いえ。私などでよろしければ、いつでもお声掛けください! そう申し出たのは私ですから。今朝は、その・・・、わ、私も初めてでしたから気が動転していただけです!」


「そうかい。では、今宵は共に床入りするとしよう。構わないね?」


「は、はい! 喜んでお相手を務めさせていただきます」


 リリンは感激のあまり声を大きくして叫び、そして大仰なくらいに頭を勢い良く下げた。


(ああ、やっぱりヒーサ様は素敵な方だわ。侍女の一人や二人、すり潰しても文句の言われない立場なのに、こんな気遣いまでしてくれるなんて。今朝のあの冷たさも、きっと話に聞いていた“けんじゃたいむ”とかいうやつの亜種なのね、きっと)


 などとリリンの脳内において決着がつき、ヒーサのイメージが上書きされていった。実際、先程のヒーサに対する恐怖は薄れ、今は完全に“女”の顔になっていた。


(あ~、これは完全に騙されちゃったわね。まあ、イケメン貴公子にああまで言われたら、コロッと騙されちゃいますよね、実際のところ。これで今朝の一件はうやむやになりつつ、哀れな少女は爺の生贄になりましたとさ。見なさいよ、あの顔、完全に入れ込んじゃってる顔だわ。中身が七十の爺さんだって知ったら、どう思うのかしらね)


 テアはリリンに対して同情的になりつつも、そのことでは一切の忠告もしなかった。言うだけ無駄であるし、なにより自分はあの貴公子とは“共犯”関係にあるのだ。

 優先すべきは仕事であり、その仕事は“魔王探索”なのだから。まずは探索のために、財と人手を得る必要があり、そのための家督簒奪なのだ。

 やってること、言っていることは滅茶苦茶だが、道筋としてはちゃんと終点が見えているのだ。道徳的な点で言えば、完全にアウトなのではあるが。


「では、専属の申し出を父上に話してくる。リリンはテアと一緒に片付けでもしといてくれ。今宵のことはそれがすんでからだ」


「かしこまりました。それと、ヒーサ様、一つお尋ねしたいことが」


「なんだ?」


「ヒーサ様のお部屋にお伺いする際には、どのような服装でお伺いすればよろしいでしょうか?」


 意外であり、笑える質問であり、ヒーサは即答ができなかった。これではまるで恋仲の男女ではないかと、半ば呆れる思いが胸中に積もっていった。

 あくまで、主人ルーラー人形スレイブに過ぎないというのに、そのことに気付いていない人形が思いの外、献身的であったのだ。


「その服のままでいいよ。どうせ、すぐに脱がせるからな」


 ヒーサとしては特に揺り動かされる質問でもなかったので、突き放すように答え、さっさと診療所を出て行った。

 残ったテアはため息を吐きつつ、リリンに視線を戻すと、リリンと目が合った。その瞳には明らかに見下している雰囲気があった。一応、先輩侍女への敬意と持ち前の可愛らしさでごまかしてはいるが、優越感がにじみ出ており、寵を受ける女としての意識が体から漏れ出ていた。


(まあ、私としてはあのスケベ爺に伽を迫られなくていいからむしろ歓迎なんだけど)


 テアはリリンの心中に気付かないふりをして、片付け作業を開始した。

 薬や道具、あるいは採取した薬草(毒キノコ)を片付けていき、背中越しにリリンの含み笑いをずっと聞かされることとなった。


「ねえ、リリン、あなた、本当に良かったの?」


「なにがですか?」


「夜伽の件よ。ヒーサ様はじきに結婚して、そういう関係はなくなっちゃうのよ。まあ、ヒーサ様は“お優しい人格者”だから手元にはずっと置いてもらえるでしょうけど・・・、ねえ?」


「私は一向に構いませんよ。仕えるべき主人に必要とされる喜びに勝るものはありませんわ。いっそ、テア先輩も差し出してみてはいかがですか? 今朝みたいに」


 襲われただけです、とは言えなかった。ヒーサがまとっている《大徳の威》のスキルは人物の人望の良し悪しが重要で、悪名を轟かせるとスキルが消し飛んでしまう危険性がある。ヒーサにとってマイナスになるような言動は厳に慎まねばならず、場合によっては隠匿に手を貸す必要すらあった。

 大徳の医者、これに勝る状態はないに等しく、失うにはあまりに惜しい立場なのだ。どこに潜むか分からない魔王を探す以上、どこにでも顔を出せる立場というのは得難いものであった。

 それを消しかねない状況には手を貸す。それゆえの、“共犯者”なのだ。


「記憶を司る意識の聖霊よ、風は右から左へと吹き抜ける。そして、風は我が下へ」


 ぼそりと呟くように、テアは術を発動させた。現在、テアは女神としての力の大半を失っている。乗り移っている人形がそうした術式を阻害して、使用不能にしているからだ。

 だが、“魔王探索”という仕事の関係上、情報系の術式であるならばいくつか使えることになっており、今のも対象の意識を読み取るためのものであった。

 何かがフッとリリンの右の耳から頭の中を貫き、そして、左の耳から抜けていった。そして、見えざる帯となってテアの手元へとやって来た。

 そこには、リリンの心中の情報がぎっしりと書き込まれており、彼女の頭の中がどういう状況なのか把握することができた。


(うっわ、これはひどい。おそらくは、診療所に戻ってきたときは、恋慕と恐怖が半々くらいだと感じたけど、今は恋慕と“色欲”で九割占められてるわね。一割の恐怖がいい味出してて、逆らえないようになっている。あんにゃろうめ、あの短時間で、こうまで心を舌先だけで変えてしまうとは、やべーわ、あの戦国の梟雄)


 改めて、ヒーサこと松永久秀の危ない部分を見せつけられ、テアは戦慄せざるを得なかった。

 ちなみに、リリンのテアに対する感情は、先輩に対する敬意が四割、“選ばれなかった女”への哀れみと優越感が六割といったところであった。


(しかし、この子をどうするつもりなのかしらね。家督簒奪でごたごたしそうな時に、女囲い込むためだけに引き入れるとは思えないし、やっぱ考えが見えてこないわね)


 などと考えつつ、夜は更けていくのであった。

 こうしてお互いが相手を憐れみ合う専属侍女二名はいそいそと片付けに精を出すのであった。



           ~ 第十話に続く ~

 

 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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― 新着の感想 ―
[良い点] リリン、完全に沼に入りましたね。 こうなったらもう逃げられない。 後、テアの突っ込みも面白いです。 家督簒奪に向けて着々と準備も進んでますね。 面白かったので、ポイント評価させて頂きました…
[一言] ヒーサ、怖いですね!
[一言] 久秀ことヒーサに完全に掌握されてしまったリリンちゃん、御愁傷様です( ̄▽ ̄;) 転生しても戦国武将ならではの外道さが滲み出てて、他とは一線を画してると思います! チビチビとしか読めなくて申し…
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