序文 信貴山炎上! 戦国の梟雄、炎に消えゆ!
序文から3話までは転生前パート。
4話以降が異世界での活動開始となっております。
長い話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします!
それはまるで松明のごとく、城が赤々と燃え上がっていた。
城兵達の悲鳴があちこちから響き渡り、焼け落ちる音と共に山々にこだまする。
己の最後を嘆きながら、死を恐れてただただ右往左往し、炎に消えるか、あるいは林立する槍衾に突き立てられて、命を散らしていった。
「やれやれ、死に際くらい、格好を付けられぬのか、無粋な者達よのう」
燃え盛る城の最上階、天守閣にて一人の老人が今まさに炎に包まれようとしていたが、雑兵達と違い、動じる気配もない。
老人の名は松永久秀。大和国、信貴山城の城主にて、今まさに自分の手掛けた城と共に最期の時を迎えようとしていた。
謀略の限りを尽くし、その悪名を知らぬ者がいないほどの下剋上の申し子にして、戦国の梟雄であった。
主君たる三好家を簒奪して実権を握り、意のままにならぬ室町幕府の将軍すら殺め、東大寺の大仏すら焼き払うなど、その悪名は天下に轟いていた。
それを危険視した織田信長は久秀を討伐するも、すんなりと降伏してその傘下に入った。
信長は惜しんだのだ。久秀の才覚と、手の内にある天下の名器を、だ
今、武家の間では、“茶の湯”が流行していた。そのため、誰も彼もが茶道具を買い求め、“名物”と呼ばれる有名な茶器を追い求めた。
茶人でもある久秀もその例に漏れず、数多の名器を保持し、それを信長が狙っているのだ。
久秀が信長に降伏した際、その名物の一つ『九十九髪茄子茶入』を条件に出したのもそれが理由だ。
「だが、あれは失敗であったな~。あれであの信長を調子付かせた。今少し粘って焦らして、嫌がらせをしておけばよかったのう」
炎に巻かれ、今や逃げ場を失いながらも、久秀は余裕の態度を崩さない。
それどころか、頭や肩に艾を乗せて灸治をしている有様だ。
「ククク……、いざ切腹と相成った時、老い衰えて短刀が握れぬのは、なんとも様にならぬゆえな」
すでにこの世は見切っており、どう散るかを考えている段階だ。
死はすでに内にあり、あとはどう格好をつけて散るべきか、ただそれだけを考えていた。
お灸に興じるのも、その一笑のために他ならない。
「だがな、信長よ、何もかもお前の思い通りになるとは思うなよ。思い上がった魔王め、悔しがると良いわ」
今、城を攻めている織田勢は言った。「所蔵の平蜘蛛茶釜を差し出せば、謀反の件は許す」と。
自身が所蔵する名物の中でも、特に気に入っているのが信長が求めた『古天明平蜘蛛茶釜』だ。地を這う蜘蛛のごとき姿をした茶釜であり、そのドッペリとした異形に惹かれ、溺愛していた。
茶釜一つ差し出せば、謀反の件は流す。これが信長の答えだ。
だが、久秀はこれを断った。
信長の思惑が透けて見えたため、思い通りになるのを命がけで拒んだのだ。
なにより己自身の矜持が許さなかった。
「信長という男は“茶の湯”を政治の道具に使っている。茶はそのような窮屈なものに使う物ではなく、もてなしの心を以て創意工夫を楽しむものだ。だが、あの男にはそれが分からない。いや、分かっていながら利用しているのだ」
それが久秀には我慢ならなかった。
だからこそ、自分の持つ茶器を欲したと、久秀は見ていた。
例え謀反を起こそうとも、茶器一つ差し出せば許される。名器一つで命が救われる。結果、茶器は値が上がり、それを追い求めて人々がまた相争うことになる。
「羨望は嫉妬の裏返しだ。欲しいからこそ邪なるを働き、妬むからこそ奪いたくもなる。ワシもそうだ。似ているからこそ、お前の考えなど透けて見える」
ゆえに久秀の導き出した結論。それはこの茶釜だけは、平蜘蛛だけは渡してはならない、ということだ。
「これは茶人としての……、数奇者としての魂だ。この地を這う蜘蛛のごとき茶釜こそ、この黒鉄の歪んだ姿こそ、まさにワシ自身の姿だ。なんで、ワシ自身を差し出せようか。矜持や魂まで差し出して、生き延びることに何の意味があろうか!」
だからこそ、久秀は決めたのだ。あの男には何も渡してはやらぬ、と。
最後に一つを茶を飲もうと、近くの水指を覗けども、すでに中身の水は無し。なんとも締まらぬ最後となってしまった。
「ああ、こりゃいかん。すっかり無くなっておるわ。あ~、つまらんつまらん! これにて仕舞いの我が人生なり。好き放題やって来たのだ。今更悔いても仕方なし! それもまた人生よ」
そして、平蜘蛛の中に火薬を詰めていき、蓋を閉める。火縄を差し込み、さらに自分の体に括り付けた。
準備は整い、回って来た火の方へゆっくりと歩み始めた。
「死して赴く三途の川よ、待っておれ。どうせ行く先は地獄。鬼達が待っていようぞ」
そして、久秀は火の中に飛び込んだ。大事に平蜘蛛を抱えながら。
(信長よ、涅槃にて、地獄にて、先に行って待っておるぞ。平蜘蛛のことはせいぜい悔しがるとよいわ。ああ、それと、前に渡した九十九髪の茶入れ、ワシの形見と思って大事にしておれ。いずれ、地獄で取り返してやるわ!)
火薬に火が付き、そして、天守は爆発した。平蜘蛛もまた、主と共に炎の中へと消えていった。
~ 第一話に続く ~
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