8.おい運営、何とかしろよ!
子供の頃は1年ってのはずいぶんと長いな、なんて思っていた様な気がするが、転生した今となっては子供ではあるのだが、前世の25年分の記憶がある所為か、あっという間に年が過ぎていった気がする。
そんなこんなで気がつけば俺は13歳になっていた。
そして今現在、俺は勇者として最大の危機に直面していた。
そう、エマージェンシーだ。
「っくしょう! 何故だ!? なんでなんだ!!!」
俺は悔しさのあまり地面に突っ伏し、床を殴りつけた。
「お兄様……。気を落さないでください。ミウは、ミウはいつだってお兄様の味方ですから」
ぐっ! 妹の優しさが目に染みるぜ!
ミウは5年前の誕生日以来、まるでそれまでの陰気な性格が嘘の様に明るくなった。
いつも目を隠す程に伸ばしていた前髪を切り、表情もずいぶんと明るくなっていた。
それに何より、とても俺に懐いてくれている。
それこそもう12歳にもなるというのに、未だに一緒に風呂に入っているし、夜中には俺のベッドに潜り込んできて一緒に寝ているぐらいに俺に懐いてくれている。
母さんに似てとても美人でスタイルも良く、父さんに似てスラっと背は高く、そして何より頭も良くて何をやらせても超一流というハイスペックな美少女だ。
そんな妹から懐かれて嬉しくない兄はいない。
だが、だがしかし、だ!
今は、今ばかりは俺はそんな優しくて可愛い妹の言葉を素直に喜べないでいた。
「お兄様。大丈夫ですよ。まだ13歳じゃないですか……。まだ、きっと、これから背も伸びますよ……」
「そんな慰めはいいよ!」
俺はミウの優しい言葉に噛みついていた。
クソ! 俺は最低の兄だ!
だが、どうしても、どうしても悔しいんだ。だって、
「もう13歳だぞ!? なのに、なのに俺の身長は約137センチ(4フーツェ6ツォレ)しか無いんだぞ!」
――そう、あれは今朝の事だ。
俺がいつも通り自室のベッドで目を覚ますと隣ではミウがいつもどおりの可愛らしい寝息を立てていた。
俺は起きるといつも肌けてしまっている寝間着を横になったまま直す。きっと自分では気づかないが寝相は良くないんだろう。
ミウに迷惑を掛けていないか心配だ。
しかし、俺は13歳。ミウは12歳になったと言うのに、ミウは未だに毎晩俺のベッドに入って来る。妹というのはこういうものなのだろうか?
しかし、普通の姉妹では起こらない問題もある。それは、俺の股間に張ったテントだった。
こんな体になってしまったが、どうやら俺の男性はとっくに覚醒めているらしい。
だが、自分自身が女性の体を持っていることで、前世に比べ、俺の性欲は随分と薄い気がする。
たぶん前世の俺だったら、たとえ妹とは言えこんな可愛い女の子が毎日隣で眠り、しかも起きると決まって俺を抱きまくらにする様に抱きついていたなら、ムラムラしていつまでたっても収まる気配もなかったことだろう。
しかしそれでも母さんが母さんなので、ミウの胸は同年代と比べても遥かに大きい。俺の顔半面を暖かく包み込む大きな存在感。一度でも意識してしまえば、いくら自分にも同じ物が付いているとはいえ、俺の野生が雄叫びを上げてしまう。
そうならない為にも俺はそっとミウを起こさない様に身体を離――。
「ん~…お兄様ぁ…」
しかし、ミウは何故かより強く俺の身体を拘束しやがった。
俺の顔が妹のお胸様に飲み込まれ…あふ…良い匂……。
「んむっ!?」
ヤバイ! 空気が1ミリも入ってこない! これはマジで死ぬやつだ!
「んむぅー!」
俺は全力でミウの肉球から顔を出そうともがく。
日頃の筋トレと勇者の力のお陰で俺の腕力は前世のアームレスラーすらも凌駕するレベルに達している筈だが、ミウは長い手足で俺を逃すまいと全身で抱きしめてくる。
くそっ幾らパワーがあっても寝技状態でこの体格差は絶望的だ。
俺は仕方なくミウの足元の方向へ身体を滑らせ、なんとか脱出に成功する。
「ぷひぃっ! ふぅ…」
俺も寝間着の裾が胸の上辺りまでめくれ上がるほどに寝相が悪い用だが、ミウも大概だ。
ん? 舌打ちのような音が? 気のせいか?
しかし、俺は勇者の筈なのに、普通の少女である筈のミウを相手にここまで苦労するのは問題だな。
……と、そこでふと疑問に行き当たった。
何でだ?
なんで俺は妹相手にここまでの苦戦を強いられるんだ?
その疑問の答えを探った俺は、原因が俺とミウの身長差にある事に気がついたのだ。
――そして話は冒頭へと戻る訳だ。
そう、俺の身長は9歳頃からミリ単位でしか伸びていない。
一方のミウは1つ下だというのに現在の身長は約175センチ。
一つ違いの兄妹で身長差40センチって何!? しかも妹の方が高いんだけど!
何でだよ! 確かに母さんも背は低いよ? それこそこの国では母さんより小さい大人は見た事がないってレベルで。
でも、俺はそんな母さんよりもさらに15センチも低いんだぞ!?
どういう事だよ!? しかも俺の記憶が確かなら女児の成長のピークって12歳とかじゃなかったか? 俺もう13歳だけど!?
「……お兄様。とても言いにくいのですが。その原因の一つはお兄様が行っている過度なトレーニングではないかと思われます」
「なっ!?」
そう言えば聞いた事がある。
成長しきってない内にあまり体を鍛えすぎると背が伸びなくなるって……。
そう言えば転生してからも前世と同じ感覚で、いや、それ以上に筋トレをしてたな……。
「のぉぉぉぉ!!?」
俺は自身の腹筋が薄っすらと浮き出てしまった腹を見ながら後悔の叫びをあげた。
しかしそんな俺にミウは更なる絶望を突き付ける。
「しかし、それにしても小さすぎると思われますので、最も大きな原因は、お兄様は“先祖返り”の可能性が高いのではないかと」
落胆する俺の横に膝をつき、優しく背中をさすりながらミウがそんな事を言ってきた。
「へ? なんだ、先祖返りって?」
先祖返り? えっと、確かご先祖様の持ってた身体的特徴が、何世代も離れた子孫に出てきたりとかって奴だっけ?
ん? それと俺の身長がどう関係するんだ?
「これはお母様から聞いた話ですが。お母様の家系、ハツァウェイ侯爵家には6代前に小人種の王族の方が嫁がれた事があったそうなのです。それでハツァウェイの家系は代々女性には小柄な方が多く、お母様もそうなのだと伺いました」
「なっ!?」
小人!?
「小人の方たちの平均身長は男女ともに約125センチ程度らしいので、そう考えるとお兄様は小人の方の中では大きい方なのかと」
ああ~、なるほどね~。
そうか、俺は小人だったのか。だったら納得…… ……しねぇよ!!
おい! 神、神ぃー!!
『もう、なんだいタイラー? 月1ペースでポンポンと『緊急回線』を使うのは流石にやめてくれないかな? 一応これは『ご神託』とか呼ばれて、限られた人にしか出来ない有難い物だって言う認識なんだけど』
うっせぇ! お前だって週1ペースで勝手に俺を揶揄いに来てるじゃねぇか!
そんな事よりどういう事だ!?
『なんの事だい?』
俺が小人だって話なんだが!?
『え、今更自分の器の小ささに絶望でもしたのかい?』
器は小さかねぇよ!
ってちげぇよ! そうじゃなくて、俺の身長が伸びないって話!
『あ~、なるほどね~。まぁ、前世でも身長に悩んでた君からしたら『緊急回線』も使いたくなる話かぁ』
ぜ、前世ではそこまでチビじゃなかった!
『少なくとも標準偏差的に言えばそれなりだとは思うけどね。まぁ、確かにこっちはあっちに比べて人種間の体形に差が大きいからねぇ』
そうだよ! いくらなんでもおかしいだろ!
9歳で成長が止まる人間が何処に居るんだよ!
『そこに居るだろ。それに、身長は止まったけど、他の部分は母親に似てなかなかご立派に育ってるじゃないか』
んなっ!? それも俺が気にしてる事!
男だってのに胸が大きくなっても嬉しかねぇよ!
『キミもいい加減自分の性別に向き合うべきさ。まぁいいや。その話は置いておこうか。アレだよね? キミが先祖返りじゃないかって話だったよね?』
おう、それだよそれ!
『じゃ、まずはステータス画面の『人種』の所を選択してもらえるかい?』
ん? こうか?
俺が念じると、俺の数少ない転生特典の1つ、『メニュー画面』が立ち上がって、神に言われるまま、ステータス画面の『人種』の項目に意識を向けた。
するとそこから新しいウィンドウが立ち上がってきた。
==遺伝比率==
人間種:43%
小人種:40%
夢魔種:17%
========
……おい。
『なんだい?』
半分以上人間じゃねぇじゃん!!
『どうやらその様だね』
っていうか、『夢魔種』ってなんだ? 初耳なんだけど?
『サキュバスって言えば分かるかい?』
ホヮ!?
『キミのお母さんのイルマも10%近く夢魔種が混じってるんだし、あのお胸も納得だよね』
母さん10分の1サキュバスなの!?
『いやいや、この世界では『夢魔』だよ。キミの前世の格ゲーや薄い本じゃほぼほぼ最強のエッチなお姉さんみたいになってるけど、この世界ではほぼ全員が美男美女という事と、世にも珍しい割にあまり役に立たない『夢魔法』なんて物が使える事を除けば、魔力も身体能力も低めの、魔人系人種の中でも下級に属する健全な人達さ』
いや、そもそも何でそんなもんが混じってるんだって話なんだが!?
夢魔つっても、『魔』なんだし、魔族なんじゃ?
『いや~、この世界の人族の貴族には割と夢魔の血が入ってる人も多いみたいだよ? 何故かはキミのご想像にお任せするけどね』
……異世界の闇を見た件。
『しかしまぁ、キミの家系図を見る限り、ミウちゃんが言う様に小人種の女性は6代も前に1人居ただけなんだし、普通ならこんな比率で遺伝する筈ないよねぇ』
だよな!?
これどう考えてもバグだろ! おい運営、何とかしろよ!
『いや、ソシャゲじゃないし、運営でもないからね。これも生物学的な『偶然』の産物だし、どうしようもないよ。っていうか、どうにかするとしたら君の才気を1つ消すしか無いけど?』
はぁっ!?
何それどういう意味?
『キミのアビリティ、『愚者』は確率的に低い事象を起こりやすくする能力。それもLUK値とは違って、良いも悪いも関係なくね。いやぁ~もしもキミのLUK値が人並みに低かったらキミは今頃5回ぐらい『事故死』しちゃってるだろうね』
……え? 俺死んでるの?
『運命に抗うって事はそういう事さ。創作物では運命を悪い方向にばかり捉えがちだけど、今日も生きていられる、ただそれだけでも運命に守られているというわけなのさ』
いや、そんな教訓的な話に纏められても俺は納得できないんだが?
『それに『愚者』の影響が出ているのは身長に限った話じゃないみたいだよ? キミがこの国の人口比率からしたらほんの数%に満たない筈の貴族の家に生まれたのも、そのオモシロ可愛いピンクの髪も、中二心くすぐるオッドアイも、小人種ではありえないサイズの胸も、『愚者』の影響とみて間違いないだろうね。遺伝的に確率の低い組み合わせが選択された結果がその外見になったという事さ。まぁ、キミの場合はLUK値が異常なほど高いから、その中でもいい組み合わせが多く選ばれたって感じかな?』
いい組み合わせ? この外見が?
まず何より性別からしてミスってるんだが?
『ケケケ。確かにそんな中で性別の50%を外しちゃう辺りがキミらしいと言えばらしいよね。まぁ、そういう訳で君の身長も『君が運命に抗った成果』というわけさ。一方でミウちゃんの身長はお父さんの方の血を受け継いだみたいだね。君のお父さんの家系は身長高いからね。あ~あ、そんな面倒なアビリティが無ければ、君も今頃ミウちゃんの様になっていた筈なのにねぇ。じゃ、まったね~』
え、あ、ちょっ!
神!? 神ぃ!?
「……ぃさま。お兄様!」
「……ハッ!?」
気がつくと膝立ちになったミウが俺の肩を揺さぶっていた。
「良かった。突然瞳を金色に輝かせたまま虚空を見つめていらっしゃったので、てっきり女神様のご神託でも受けていらっしゃったのかと……」
「え、何? 俺、神と話してる時ってそんな感じになってるの!?」
「まぁ! ではやはり女神様からご神託を!?」
「え、いや……。まぁ、否定は出来ねぇけど、たぶんミウが思ってるようなアレではないっていうか……」
え、ご神託って……え?
でも確かにあいつが神な訳で……ん?
「ところで、女神様は何と?」
えっと、確か――
『あ~あ、そんな面倒なアビリティが無ければ、君も今頃ミウちゃんの様になっていた筈なのにねぇ』
――とか言ってたような……。
見上げればそこにはモデルの様なスラリと長い手足をした長身の美少女がいた。
……本当なら俺もこんな身長に?
「だぁぁぁぁ! 羨ましい羨ましい、う~ら~や~ま~しぃ~~~~!!」
「なななんですか、お兄様? とても可愛らしいですが、突然お腹をポフポフされても困ります」
じぐじょぉぉぉぉ!!!
「俺の身長が伸びないのは俺の持ってるアビリティの所為だって言われた……」
「あら……。では仕方がないという事なのですね」
「まぁそう言う事になるんだろうが……、何かミウ、微妙に嬉しそうにしてねぇ?」
「いいえ、まさか。お兄様の不幸はミウの不幸です! 確かにお兄様は小さいままの方が可愛らしいし、ミウ好みでもありますし、ホッと胸を撫で下ろしていますが」
「人の不幸で胸を撫で下ろすな!」
ちっくしょう!
みんな俺をバカにしやがって!
見てろ! 今に魔王をやっつけて俺が正真正銘のビッグな男だって事を見せつけてやるからな!
フィートインチ方式です。