6.妹の様子が何かおかしい様だ2
俺が前世の記憶を持っている事は秘密だった筈では!?
「勇者様の事については本で読みました」
本に書いてあるの!? 秘密なのに!?
「……別に表立って伝わっていないというだけで、勇者様についての研究は行われていますので、その手の本を探せばそれぐらいの事は書いてあります」
なるほど。秘密ではなかったのか、なんとなく秘密だと思ってたわ……ん?
「ミウ、お前今俺の心を読んだか!?」
「お姉様は感情をすぐにお顔に出されるので、ある程度『推測』出来ます」
勇者に転生したら妹がエスパーだった件!
「驚かれる程ではありません。こうして一緒に生活をしているのですから、お姉様の様子を『観察』する機会は他の方より多いので」
「いや、十分すげぇだろ!」
「そうでしょうか? 別に他人の思っている事が推測出来た所で得する事もありません」
ネガティブ界のトップランナーか?
「いやいや、得するだろ! 商人やったら絶対儲かるだろ!」
「お金なんて所詮はヒトが『価値』を認識しやすくするために作った『道具』に過ぎません。そんな物を集めて何が楽しいのですか?」
……妹が何を言っているのか分からない件について。
「……人は遅かれ早かれいつかは死にます。みんなが死に絶えた世界で金や宝石がいったいどれだけの価値を持つでしょうか?」
「よく分かんねぇな。人が居ても居なくても宝石は宝石なんじゃねぇのか?」
「宝石は人が見るから『宝石』なのであって、そこに価値を見出す者が無ければただの鉱物の欠片。つまりは他の石と変わりありません」
なるほど、わからん!
こいつホントに7歳か? 俺の妹、すごくね?
「宝石は好きじゃねぇのか? じゃあさ、何か他に好きな事があるのか? 今やってるみたいな実験とか?」
「こんな物はただの暇つぶしです。……いいえ。そもそも人生なんて物は長い余生。それそのものが暇つぶしみたいなものでは?」
ほほぉ……? そう言われればそんな気もしてくる様なしてこない様な。
まぁ俺も前世じゃ仕事と飯と寝る事以外は暇つぶしって感じだったな。
「確かにそう言われればそうだな。そんじゃあ俺らの『余生』とやらはまだまだこれからだし、面白ぇ暇つぶしでも考えるか」
女に転生しちまったのはツイてなかったが、それ以外の事に関しては今の所この世界での生活には満足している。
ゲームやネットはねぇが、神が作ったというステータスや技能なんて物のおかげで筋トレや鍛錬の成果が数字として見えるせいか、この生活自体がゲームみたいになっているおかげかもしれない。
「暇つぶしを……ですか……」
「おう! どうせ15歳になったら俺も家をでなきゃなんねぇんだ。そしたら遊んでばかりもいられねぇだろうしな」
「……そうですね」
俺がそう答えると何故だかミウは先ほどまでとは違った顔で俯いた。
ん? もしかして7歳にして『働くのが嫌だ』とか考えてるのか!?
うちの妹ってば、ニート界の超新星かよ!?
「おいおい、ミウ。俺だって不安はあるが、頑張ってるんだぜ? 15歳になったら修行の旅に出なくちゃなんねぇし、いつかは魔王と戦わなきゃいけねぇ。魔王ってすっげぇ強ぇらしいじゃん? でもさ、そんな強い魔王を倒す為に世界中を旅しながら鍛えるってのはちょっと楽しそうじゃねぇか?」
「楽しい……ですか?」
「ああ。目的は何であれ、言っちまえば世界一周旅行だろ?」
「旅行……」
「知らない世界、知らない土地に自分の足で出かけて、自分の目で見て、自分の手で触れるんだ。絶対に楽しいに決まってるだろ!」
俺が必死に旅の素晴らしさについて語ったおかげか、ミウの淀んだ瞳が少しだけ明るくなったような気がする。たぶん。
よっしゃ、もう一押しだな。
「だからさ、ミウ。良ければお前も一緒に俺と遊ばねぇか?」
そう、7歳で引き籠りなんて早すぎるし勿体ねぇだろ。
人生も青春もこれからなんだし、外に出て子供らしく遊べば、きっと昔みたいに笑うミウになる。そんな気がするんだ。
「ミウが……お姉様と? ですか?」
「ああ。昔は一緒に遊んだろ? ミウは頭が良すぎるせいで色々考えすぎなんだよ。俺達まだ子供なんだし、今の内に遊べるだけ遊ぼうぜ」
……大人になったら遊びたくても遊べねぇしな。
現実逃避じゃねぇよ? ……たぶん。
「……。ミウが……ご一緒に? いいのでしょうか」
ミウはポカンとした表情のまま、青い瞳をキラキラとさせ、俺の事を見つめてきた。
「ああ、もちろんだ! だってお前は、俺の妹だろ」
「……お姉様」
どこか恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにするミウは、やはり母さんに似てとても美少女だった。
「お姉様の前世は……いえ、こことは違う世界とは、どんな場所だったのですか?」
ミウは少しおどおどしながらそんな事を訊ねてきた。
「ん? どうした、急に」
「ミウは……お姉様の事をあまり知りません。……目を背けていましたから。だから、知りたいんです」
少しばかり目の色が変わったミウは突然そんな事を訊いてきた。
そんな妹に『世知辛い世の中でした』……とは流石に言えないよな。
「ん~。俺は俺の生まれた国から出た事はないし、説明とかも下手だぞ?」
「かまいません!」
さっきまでの死んだ魚の様だった目が一転して7歳児らしいキラキラ瞳で喰いついてきたミウに少し気圧されながらも、俺は前世の日本の社会や歴史、俺の普段の生活なんかをかいつまんで話した――。
「――お姉様は男性だったのですか?」
「い、今も心は男だ!」
「……そう言えば『半分は』男性でしたね」
チ〇コの分だけね。
「では、『お兄様』とお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
「っ!」
『お兄様』という響きに、俺の中の何かが救われた気がした。
女に生まれ変わって8年。チ〇コが生えて3年。
しかし相変わらず家の中では『お嬢様』として扱われ続け、どこか何かを否定され続けていた様だった俺の心の中に一筋の光が刺した様な気がした。
「うん。それいいな。是非そうしてくれ!」
「はい! ではお兄様? ミウはお兄様の居た日本という国の宗教観にとても興味がわきました! その、やおよろずの神? とはいったいどういうものなのですか!?」
……君、ほんとに7歳?
薄々感じてはいたが、ミウってなんていうか、大人びてるっていうか、子供っぽくないって言うか、なんか変わってるなぁ。
っていうか、日本人の宗教観なんて、日本人だった筈の俺でもよく分からんぞ!?
質問されてはじめて思ったが、外国人の視点に立つと日本人って謎だな。
結局俺の説明は要領を得ない物になってしまったが、それでもミウは食い入るように俺の説明を聞いてくれた。
「……うぅ、すまんな。説明が下手で」
「いいえ! とても勉強になりました!」
……あれ? これ、本当にミウか?
相変わらず言葉遣いや話す内容などは大人の筈の俺よりも余程大人びているが、気がつけばミウの表情はいつもの世界に絶望した哲学者の様なものから、年相応の可愛らしい子供のものに変わっていた。
「ミウ。お前、いつも今みたいな顔してれば絶対に可愛いのに」
「み、ミウが可愛い……ですか?」
「うん。俺はその方が好きだな」
「お、お兄様が……好き。| 《い、いえ。この場合の好き》 ……」
何故だかミウは顔を俯かせて小声で何かを呟き始めた。
「どうした? なんか言いたい事があれば言っていいぞ。ミウは俺の妹なんだからな」
「ハッ!? そうでした! ミウはお兄様の妹なのでした……」
え? そうだけど、何?
「お兄様……。ミウが先程した質問をもう一度してもよろしいでしょうか?」
「え? 神様の事とかあれ以上は答えられんぞ?」
「そうではありません。……その、お兄様は、ミウの事を……気味が悪いとは思われないのですか?」
「ん? どうしてだ? さっきも言ったけど、お前は俺の妹だろ」
もしかしてこの質問はミウがいつも一人で居る事と何か関係があるのだろうか?
だとしたら思った事をそのまま口に出しちまったが、もう少し考えるべきだったか?
「……ミウは御覧の通り、普通の……、可愛い妹ではありません」
もしかしてミウは外見にコンプレックスとかがあるのだろうか?
十分すぎる程に美少女だと思うけど、まぁ本人からしたらいろいろあるのか?
そういえば母さんはそれこそ絵に描いた様な奇麗なブロンドの髪だけど、ミウは父さん譲りの赤毛だ。
欧米とかの映画で赤髪の子が揶揄われてるシーンを見たことがあるな。
「もしかして赤毛だとか、そういうのを気にしてるのか? だったら俺なんてピンクだぞ?」
そう、別にコスプレとか、パンクな感じを目指している訳でもないのに、俺の髪は生まれつき見事なピンク色だった。
「ミウの方がまだ自然な色で可愛いと思うんだが?」
「ふふ……。お兄様は可愛らしいですね」
「え、俺、兄なんだが?」
実の妹、それも7歳児に『かわいい』と言われた件。
俺、なんか変な事言った?
「ミウが馬鹿でした。お兄様はやっぱりお兄様でした。皆様が言う様に、本当に聖女様みたいに純真で、可憐な、ミウのお兄様なのですね」
「あの、人の話聞いてる? 俺、兄なんだけど? 可愛いって言うより、格好いいって言われたいんだけど?」
「お兄様は格好いいですよ。それはもう、ミウのヒーローになっちゃうぐらい」
「お! いいね。ヒーローって言われると悪い気はしねぇな!」
まぁ、実際に俺、勇者だしね。
と、その時、ようやく打ち解けた会話が出来た俺たちの隣で、ミウが最初に仕掛けていた謎の薬? がコポコポと音を立てて沸騰し始めた。
「なぁ、ところでミウ。ずっと聞きたかったんだが、その薬(?)って、いったい何?」
「これですか? これは神経伝達を阻害する作用のある物質で、希釈量を調整すれば局部麻酔とかになりますし、原液だったら熊も仕留められる強力な麻痺薬になります。先日読んだ錬金術の本に載っていたので、試しに作ってみました」
……俺の妹って、結構変わっているのかもしれない。
訳あって妹ちゃんは変態です。