0.無悪平等
プロローグに当たる部分です。
神様の独り語りです。
『話をしよう。
あれは今から36万……いや、14年前だったかな、まぁいいや。
ボクにとっては喜劇だけれど、彼にとってはたぶん人生の1コマなのだろうね。
無悪 平等。
一見すると少年漫画の主人公の様な名前を持つ彼だけれど、実家の農業を手伝う傍ら地元で警察官を務める父と、地元の小学校で教鞭をとる母の間に生まれた平凡な少年だった。
得意科目の体育以外はこれといって目立った活躍も無く、唯一の特技は小学生の時父に無理やり空手道場に入れられて、地方の大会ではそれなりの成績を残したという程度。
強いて言えば母親譲りの童顔のおかげか女生徒からは可愛がられていたが、「タイラ君? ああ、可愛いよね」「うんうん。弟にしたいよね」等と言われる有り様。
そんな絵に描いた様な人畜無害な少年は中学1年の夏、突如グレた。グレてみた。
原因は様々あるのだろう。
例えば、中学進学後も変わらずに定着してしまった『正義マン』というあだ名だとか、憧れの先輩から言われた「お前って名前の割りにパッとしねぇよな」という一言だとか、それほど出世している訳でもない父が事ある毎に「男はビッグに成れよ」といってドヤ顔してくるのがウザいとか、まぁ色々ね。
しかし当時はSNSなど無く、田舎の学生である彼らが活動する場は町に1軒しかないカラオケボックスが精々といったところ。
授業をサボっても特に遊ぶ場も無い彼らは部室棟の使われていない空き部屋を占拠し、仲間内で持ち寄ったテレビとゲームキューブでスマブラをして時間を潰す毎日を送っていた様だね。
他校の不良グループとの喧嘩では持ち前の運動神経の良さと小学生時代の空手の基礎もあり、それなりの活躍を見せて仲間内や同年代の他校生からは『第一中学の怪物』等と呼ばれた彼ではあったが、田舎故に年々減少する少子化の波を受けて他校生と衝突する頻度はお察しのレベルで在り、世間的にはそれほど悪名がとどろく事も無かった事は彼にとって幸か不幸か……。
そんな彼に転機が訪れたのは周りの生徒が受験勉強を意識し始めた中学2年も終わり掛けの頃だった。
当時の彼の身長は147センチ。全校集会では最前列が定位置となり、いつしか呼び名も『怪物』から『リトルモンスター』に2階級特進を果たしていた彼には小さな頃から想いを寄せる相手が居た。
彼とは対照的に165センチと女性にしては高めの身長と清楚なルックス、包容力のある胸とスレンダーな体躯をお持ちの近所で評判のお姉さんこと2歳年上の幼馴染、『かよ姉』だ。
地元の高校に通う彼女は昔から実の弟の様に彼を可愛がり、事ある毎に世話を焼き、彼がグレてしまってからも彼のリトルな悩みを親身になって聞いてくれる優しい少女だった。
中学3年への進級を前に、彼はそんな憧れのお姉さんに長年秘め続けた想いをぶつける事にした訳だ。
場所は近所の空き地、沈む夕日に静かな片田舎の風景。シチュエーションは問題なし、そして発せられる「俺はかよ姉の事が好きだ」というシンプルな告白。
うんうん。青春してるねぇ。実に可愛らしい。
しかしてかよ姉の返答や如何に。
「うん。私もタイラ君の事は本当の弟だと思ってるよ。これからもずっとお姉ちゃんに頼ってね」
……お判りいただけただろうか?
かよ姉の浮かべる表情は実に清楚で、慈愛に満ちている。しかし、その眼に映るのは『愛しの彼』ではなく『可愛い弟』でしか無かったのだ。
無論、いくらアホな彼といえど、この返答の意味を勘違いしたりはしなかった。
彼は真っ白になる思考の中でも辛うじて「う、うん。ありがとな、かよ姉」という言葉を絞り出したが、その後の記憶は曖昧なまま、気がついたら自室で布団をかぶって涙を流していた様だ。
いやぁ、青春だねぇw。
そんなこんなで恋に破れた彼は一念発起し、自身の全てを改める事にした。
不良仲間達とは距離を置き、親や教師が「お、おい、平等? 別に勉強しても背は伸びないんだぞ?」と心配する程に勉強に打ち込み、中学でなければ留年も危ぶまれていた成績は僅か1年で学年上位に食い込む奇跡の回復を見せたのだった。
頭の構造が少し人よりも単純に出来ている彼は、その単純さ故に「これ」と決めた事にわき目も振らずに突っ走れる質だったようである。
身長も伸び盛りを迎え、157センチと彼的には大きな躍進を、世間的には可愛らしい成長を見せたと言っていいだろうね。
尚、当時の彼の目標は次の様な物であったらしいね。
「勉強して都会の大学に行って、かよ姉よりも美人の彼女をゲットして都会の会社で成功してやる」
実に前向きでよろしい。
かくして私立高校が4校しかない田舎に於いてはトップクラスの進学校に入学した彼だったが、残念ながら彼の快進撃はここまでだった様だ。
もともとそれほど頭が良い方ではなかった彼にとって、ガチガチの進学校での授業は如何せんハードルが高すぎた。
持ち前の努力と根性で何とか中の上には付けていた彼だったが、一流大学への登竜門である『特進クラス』へは一度も手が届くことなく3年の在学期間を終え、最終的には地方の国立大学への進む事となった。
大学進学後はそれなりの成績を修めながらも体力系のバイトで汗を流し、心身を鍛えていた彼ではあったが、相変わらず同学年の女子達からは「面白可愛い」「ペットにしたい」等と言う評価を受ける有様だった。
無論それは彼の容姿だけが問題であったわけではない。
「合コンはナンパな奴がやる事」と友人の誘いを断り、せっかくの庇護欲をそそる小柄な身体を筋トレによりガチガチに鍛え、彼基準での「男らしさ」を求めて時代を一回りほど間違えたファッションで固めていれば、ある程度はお察しである。
彼を知らない新入生の女子だって、流石に新歓コンパの二次会で虎舞竜のロードを一章から順に熱唱されては四章辺りで近寄らなくもなるのである。
しかし、友人として接する分には申し分ない性格と器量を持った彼には男女を問わず友人は多かった。
そんなこんなで彼女は出来なかったが、それなりに楽しい大学生活を過ごした様である。
何事にも一生懸命である彼はそんな熱意のままに就活をこなし、当時就職氷河期とまで言われた不況の中でも上り調子と言われていた大企業に就職を果たす。
しかし、それは彼の人生における凋落の始まりだった。
徹底した「実力主義」を掲げる社風に意気込んでいた彼だったが、いざ就職してみるとそんな表向きの幻想は半年と経たずに打ち砕かれる。
他企業から転職してきた畑違いの上司達が生き残りをかけて、見せかけの売り上げとメンツを確保する為だけに部下をこき使う現場。
M&Aを繰り返した成長の末にすっかり技術力を失い、子会社頼りの技術部門。
仕事の一切に責任を取らないどころか、方針の1つも示さずに、問題事の全てを部下に押し付けて顧問面している役員、部長たち。
どれもこれもが彼の理想を打ち砕くには十分な破壊力があった。
斯くして彼は唯一の取り柄であった『やる気』をすっかり喪失し、家に帰ると最低限のカロリーだけを摂取し、あとは就寝時間まで延々とネトゲを続けるだけという自堕落な日々を過ごす様になったのである。
以上が無悪平等という、どこにでも居そうで意外と珍しいタイプの青年の半生という訳さ。
山も谷も程々で、毒にも薬にもならないけれど、しかしそれでも一生懸命ではあった彼に、ボクは託す事にしてみたんだ。
長い長い歴史を持つボクの世界で、一つの歴史を作るであろう『勇者』という大役をね。
もっとも、彼がどんな歴史を紡ぐのか、紡ぐ間も無く潰れてしまうのか、それはこれから先のお話を読んでみないと分からない。
フフ。物好きだねぇ、キミも。
いいよ、じゃあもう少し彼のお話を読み進めてみるとしようか』
タイラーの転生前は2015年頃、平等君は1990年生まれぐらいの設定です。
神様パートは書いてて楽しいので長くなり過ぎないように注意しないと。