3.ないっ!?
まるで夢から覚めた様だった。
目の前には見慣れた俺の部屋の光景がある。
先ほどまで“神”としていた現実味の無いやり取り。
『異世界転生』。
本当にそんなラノベみたいな事が実現するのだろうか?
いや、待て。あいつの話が本当なら、俺はもう異世界に転生しているって事になる。
……あれ?
そんな事を考えながら5歳になったばかりの軽い体を起こした時、俺は強烈な違和感に気がついた。
見慣れたベッドに、見慣れた広い部屋。
お父様の買ってくれた机に、お母様が選んでくださった可愛いぬいぐるみたち。
……ん!?
いやいや、待て。待てよ俺!
おかしいだろ!?
俺の住んでいたアパートは八畳一間のワンルームだったよな!?
そもそも、『お母様が選んでくださったぬいぐるみ』って何!?
俺の母ちゃんは25歳の息子にそんな物プレゼントすんの!? それちょっとしたサイコだよ!?
っていうか、そもそも『5歳になったばかり』ってどういう事!?
俺の25年どこ行った!?
頭の中がごちゃごちゃしている。
どうやら25年の前世と、いつの間にか経過していたらしい転生してからの5年間が仕事用パソコンのデスクトップ並みにカオスな事になっている様だ。
「にゅ? そぉいえば……」
俺の記憶ではつい先ほど。しかし、『俺』としては5年以上前。つまりは生まれ変わる直前に神から聞かされた話を思い出した。
『分からない事があったら『メニュー画面』を開いて、ステータスを確認したり、『ヘルプ』を開いて確認しておくれよ』
『“ヘルプ”って何!? 異世界転生じゃなくて、やっぱりゲームなの!?』
『いやいや。ちゃんと現実の世界での物理的な「生まれ変わり」だよ? ただ、キミからしたら先輩にあたる過去の勇者クンが「システムが分かりにくい」ってクレームを出してきた事があってね? 前世ではシステムエンジニアだった彼の提案を元に【勇者の加護】を色々と改善したのさ。……まぁその結果、そのSE勇者クンとボクの趣味が暴走して、本当にゲームみたいになっちゃってね』
『『SE勇者』って……』
『ま、まぁ、その後の勇者クンたちからは概ね好評だし、問題ないよね?』
プログラマーが重宝される時代だという話は聞いていたが、まさか勇者にまでなるとは……。
まぁ、その話は置いておこう。
えっと……、どうやって開くんだ?
なんかイメージでもすればいいのか?
俺がそんな事を考えていると、突如目の前にウィンドウの様な物がポップアップしてきた。
「うぇゃっ!?」
見ればそれこそが『メニュー画面』とやらであるらしい。
しかし、そのメニュー画面の文字が何かおかしい。日本語でもないし、アルファベットですらない。
ちくしょう! なんだよこれ? 不良品か!? 一瞬そう思ってウィンドウを閉じかけた俺だったが。
「ん? ありぇ? 読める……。読めるぞ!?」
不思議な事に、俺はその『メニュー画面』とやらの文字が読める事に気がついた。
首を傾げつつも、俺はメニュー画面の『ヘルプ』の項目とやらに意識を向けてみる。
すると、メニュー画面の上に謎のポップアップが飛び出してきて、こんな事が書かれていた。
『メニュー画面を使ってみよう!
― 勇者に必要な情報をいつでもお手軽に収集できる便利なツールです。
[次へ] [チュートリアルをスキップする] 』
スマホのアプリかっ!!
そう言えばSE勇者が作成に協力したとか言ってたもんな……。
えぇい! 面倒なのはスキップだ!
俺がそう念じると、ポップアップが消えて、普通にヘルプ画面が表示されていた。
『 「覚醒」
転生した勇者は3~5歳頃に前世の記憶に覚醒します。
覚醒したばかりの勇者は前世の記憶と転生後の記憶が混ざり混乱する事がありますが、時間が経てば落ち着いてくるので、心配しなくても大丈夫です。 』
うおっ!?
思っただけで欲しい情報が表示されてる!?
“SE勇者”有能すぎだろ!
うちの会社のシステムも作り直してくんねぇかな……。
って、もう俺転生したんだから会社関係ねぇじゃん。
しかしまぁ、そう思ってよくよく記憶を思い返せば、『俺』がこの世界でお父様とお母様の娘に生まれ、育てられた記憶が蘇ってくる。
ふむふむ。俺の記憶の無かった5年間の『俺』はずいぶんとお利口さんだったらしいな。
しかも、この家もしかしてかなりの金持ち!?
妹と一緒に家庭教師から文字や算数を教わった記憶まであるぞ。
オレはわざわざ苦労してこの世界の言葉や文字を覚えなくてもいいって訳だ。
これはこれは。ずいぶんな親切設計だな。
「そぉゆうことなりゃ、善は急げらなっ!」
俺はワクワクと弾む気持ちを抑えつつ、『メニュー画面』とやらに向き合った。
ふむ。まずは『ステータス』を確認しておくべきだろう。
俺が心の中でそう念じてみると、やはり思った通り、自動的に『メニュー画面』から『ステータス』の項目がポップアップしてきた。
=ステータス=
名前: タイラー・ボルデンハイン
種族: 人族
人種: 人間種
年齢: 5歳
職業: なし
技能: 共通語Lv.1、礼儀作法Lv.1
耐性: 物理耐性Lv.2、魔法耐性Lv.2
才気: 覚醒Lv.1、愚者Lv.1、英雄色に好まれるLv.1、勇者の証Lv.1、人間の加護Lv.3、小人の加護Lv.3、夢魔の加護Lv.1
称号: 勇者、転生者、愛され上手
状態: 普通
Level :1
生命力 :1721/1721
魔素量 :3544/3546
力 :62 魔力 :104
攻撃力 :27 魔攻力 :32
防御力 :53 魔防力 :68
器用さ :16 精神力 :92
体力 :89 知性 :38
敏捷 :12 魅力 :176
幸運 :253
=========
ふむふむ……。
……うん。基準が分からんから判断が出来ん!
しかぁしっ! 分かる事もある。
ここで注目すべきは『才気』の項目だ!
何を隠そう、これこそが俺の転生における最重要項目であり、最大の転生特典なのだ。
まぁ、神が本当に約束を守ってれば、だけどな。
俺はステータスの中から『才気』の項目に意識を向けてみる。するとやはりそこがピックアップされ、詳細の画面が立ち上がった。
ふむふむ、なになに?
==才気==
覚醒Lv.1:[固有][上位]現在HPまたはMPの1/2を消費し全能力を2倍にする。
愚者Lv.1:[固有][超位]運命に抗う者。
英雄色に好まれるLv.1:[固有][超位]可愛い女の子にモテる。
勇者の証Lv.1:[特殊]全能力の成長率に大補正を得る。
人間の加護Lv.3:[人種]DEXとINTに大補正を得る。
小人の加護Lv.3:[人種]LUKに特大補正を得る。MAGに小補正を得る。
夢魔の加護Lv.1:[人種]CHAに大補正を得る。MAGに極小補正を得る。
よっしゃぁ! ちゃんとゲット出来てるぜ! ヒャッハー!
え? 何が、って?
『可愛い女の子にモテる能力』に決まってるだろ!
あとついでの2つも言った通りの内容だ。
神の奴、ちゃんと注文通りに才気とやらを付けてくれたらしいな!
あと、[人種]アビリティとやらもついてるみたいだが……。まぁ、その辺も含めてアビリティとやらを試してみるか。
そう思った俺がベッドから飛び降り部屋の出口へと向かったその時、部屋にノックの音が響き渡りドアの向こうから女性の声がした。
「お嬢様。起きていらっしゃいますか?」
む? この声は……、確か俺の侍女のリゼだな。
たぶん歳は14,5歳だと思うが、とても美人だし優秀だし、お転婆な『俺』にも優しく尽くしてくれるお気に入りのメイドだ。
もっとも、正確には俺のじゃなくて、5歳の「タイラー」のだが、まぁ、今日からは俺が「タイラー」なんだし、「タイラー」が俺な訳で、つまりは俺のメイドだな!
ぐふふふ。「俺のメイド」とか、素晴らしい響きだな。
「お嬢様、入りますよ?」
俺が記憶を思い返しながらほくそ笑んでいると、洗練された所作でドアを開いたリゼが室内へと入ってきた。
「あら? 起きていらっしゃるじゃないですか。どうなさいました?」
「ん? えっとぉ……り、リゼはきょおもかわいいねって」
今更だが、5歳の「俺」、活舌悪いな。まぁ5歳なんだしこんなもんか?
そして25歳の俺はもう少し気の利いた誤魔化しは出来なかったのか?
「もう、どなたの真似ですか? でも、私よりもお嬢様の方がずっと可愛らしいですよ」
「かわいい」とか、よせやい。5歳児とはいえ俺は男だぞ?
クスクスと上品に笑みを浮かべたリゼは、そんな事を言いながら俺の傍までくると、俺の眼前に白魚の様な手を差し伸べた。
ん? この手は……?
あ、そうか。『俺』は毎日リゼに着替えさせて貰ってるんだったな。
うぐ……今は5歳の身体とはいえ、年頃の女の子に裸を見られるというのは……。
「リゼ、おれ、自分で着替えれるぞ!」
「『おれ』……? お嬢様が聡明でいらっしゃる事は理解しておりますが、いけませんよ。お嬢様は侍女に世話をさせるのが当たり前ですし、それがお作法です」
「むぅ……」
お作法めんど!
……まぁしかし、そういう事なら仕方がない。
俺は諦めて小さくため息を吐くと、リゼの半分程しか無い小さな手をリゼに預け、一緒に部屋の隅にある大きな鏡の前まで移動した。
おお、記憶の中じゃ特に意識してなかった様だが、足元には動物の毛皮が敷かれていて、足元がふわふわだ! 25歳の一般庶民の俺からすると何とも贅沢だな。
俺がそんな事を考えている間に、俺の身体はいつの間にか寝間着を脱がされて、最後に残ったかぼちゃパンツも今まさにリゼによって脱がされるところだった。
「ぅ……」
やはり若い娘に見られるのは恥ずかしいな。それに今の俺は5歳だぞ? 小さなゾウさんがリゼに見られてしまうと思うと……。
恥ずかしさのあまり、耳の辺りがカッと熱を持った気がした。
しかし次の瞬間、俺は鏡の中の自分の姿を見てそんなちっぽけな羞恥心など吹き飛んでしまった。
「うぇっ!?」
「お嬢様? 如何なさいました?」
「無いっ!!」
「……? 何が無いのですか? 私、何か見落としていましたでしょうか?」
リゼが不思議がって今しがた脱がしたばかりの俺の寝間着を確認し始める。
だが違う、そうじゃない。
「にゃい! おれのチ〇コがにゃいぃぃぃ!!」