26.ナイスキャット
もうストックがあまりない。のにウマ娘が忙しい……。
俺達が牢屋に入れられ、数日が経ったある日の事だった。
「あなたが本当に勇者様だったとは、大変申し訳ありませんでした!」
そう言って頭を下げてきたのは、俺をこの牢屋に入れた時に、猫じゃらしやら干し肉やらで散々俺をネコ扱いしてきた女性兵士だった。
「いや、まぁ濡れ衣が晴れたのにゃらそれでいいにゃ」
多少言いたい事もあったが、数日をこの身体で過ごす内に、この魔獣の身体が人間の頃とはずいぶんと違うという事にも気づき、こんな体で人間だと信じてもらうのも難しい事もは理解していた。
そんな事よりも、どうして俺達の濡れ衣が晴れたかという話だったな。
それは1時間ほど前に遡る。
その日の朝も俺とミウは牢屋で出された味気ない飯を食べる気が起きず、アイテム収納に保存していた保存食を取り出して朝食を摂っていた。
ちなみに、ミウは普通の食事も取れるには取れるらしいが、人間の頃と違って殆ど栄養にはならないらしく、魔素の回復用に買い溜めしていた魔法薬を主食としている。
俺の方は普通に人間の食事で大丈夫なようだ。まぁ、多少味の感じ方が違っている気もするけどな。
まぁ、そんなこんなで食事をしていると、牢屋の前に人がやって来た。
「あぁ!! お前らまた勝手に美味そうな物を食ってやがるな!? 今度はいったいどこに隠してやがった!?」
そう言って大声を出したのは、俺達に食事などを持ってくる看守のおっさんだった。
まぁ、看守のおっさんからしたら、初日から勝手に手枷を外していたり、服を着替えていたり、用意したのとは別の飯を食っていたりと、多少自由すぎる俺達を責めたい気持ちも分からなくもない。
しかし、俺達からすれば、ミウの変身能力を使えばいつでもこの牢屋から脱走できるのに、こうして大人しく捕まっていてやってるんだから、多少の自由は大目に見て欲しい物だ。
「いや、おっちゃん。昨日も言ったけど、やっぱりこんにゃカッチカチのパンじゃおいしくねぇにゃ」
「それでも他の囚人はそれを食べてるんだ! お前たちはいつもいつもそんな――」
「まぁまぁ、そう怒らないでくださいな」
おっちゃんが激怒していると、ミウがニコニコとおっちゃんに近づいて、鉄格子越しに何やらおっちゃんの手を握っていた。
「……ふん。仕方がない。今回は大目に見てやる」
一瞬自分の手に握られた何かを確認したおっちゃんは、急に態度を軟化させた。
おい、ミウ。お前今何を渡した?
「ところで看守様、本日はどういったご用件でしょうか?」
何か汚いやり取りが目の前で繰り広げられた気もするが、ミウは何事も無かったかのようにそう訊ねた。
「おお、そうだった。おいお前ら。今から面会室に移動するぞ」
「んにゃ? 面会? 誰か来たのにゃ?」
もしかしてボルデンハイン家の関係者がやっと助けに来てくれたのか?
「巫女様がはるばるこちらにいらしてくださった。お前たちの主張する事が本当かを確かめに来るそうだ。ふん。せいぜい上手くやって見せる事だな。もっとも、巫女様には嘘は通じないがな」
ほほぉ。
どうやら俺が本当に勇者かを確かめに来てくれたようだ。
ちなみに、この世界の『巫女』っていうのは、前世で言うキリスト教の司教とかのポジションに当たるらしく、各地方にある教会を管理している結構偉い人だ。
もちろん『巫女』というだけあって、その地位には女性しか就く事は出来ないらしい。
そんな訳で、俺とミウは別室に移動して巫女様に会う事になった。
「貴女がご自分を『勇者』だと仰っている方ですか?」
そう言ってきたのは予想外な事に、10代半ばといった見た目の若い少女だった。
物静かな印象のその少女は優しそうな印象の目をこちらに向けながら、俺の言葉を待っていた。
「ああ、そうにゃ。俺とミウは魔王に襲われて、魔王の『全ての魔物の母』というアビリティの所為でこんにゃ姿に変えられちまったにゃ」
「…………」
俺がそう話すと、何故か巫女様は俺の顔をじっと見つめ、何か言いたげな顔のまま固まっていた。
「あの、巫女さん? 俺の顔ににゃんかついてるかにゃ?」
「あっ、いえ。すみません。『魔族らしき風貌の2人』と窺っていたもので、もっと怖そうな方かと思っていたら、こんなに可愛……、コホン。見目麗しい方達だったものでつい見入ってしまっておりました」
見目麗しいとか始めて言われたな。なんかその直前によく言われる言葉を言いかけてた気もするが。
「そう言われると照れるにゃ。でも、見ての通り、俺の体は魔獣に変えられちまったにゃ。魔王の話じゃ、魔王の能力は『人間を魔獣に変える』力らしいにゃ」
「魔獣ですか……。確かにあなた方からは魔族の様な、しかしそれともまた少し異なる様な、変わった魔力を感じます。しかし、貴女は見た所獣人種の混血に見えますし、そちらの女性は人間にしか見えませんが」
巫女様の言う通り、俺の姿は魔獣化を途中で逃れたおかげで顔や体は人のままだし、手足や耳、尻尾だけなら普通に獣人だと言っても通じる。
しかし、魔獣化の際に魔王の魔力を受けた影響か、俺とミウの魔力は人間の時とはその性質が明らかに変化していた。
この世界では魔力は誰もが感じる事が出来る普通の感覚で、目で物を見るのと変わらない程ハッキリと区別が出来る。
だから俺達は魔族と間違えられたのだ。
「巫女様、お目汚しを承知で失礼いたしますね」
ミウが突然そんな事を言って、服や肌の色の変化を解いて、元の人型の赤いスライムの様な姿に戻っていた。
「まぁ!? そのお姿は……」
「これが魔獣となったミウの姿です。先ほどまでの姿は魔獣に変えられる以前の姿に擬態していただけなのです」
「……なるほど。理解いたしました。魔獣。確かにその様ですね」
ミウの姿を見た巫女様が神妙な顔で頷くのを確認すると、ミウは一瞬にして元の姿に戻っていた。
「貴女方の言い分は分かりました。それに、お聞きしている勇者様の外見的な特徴と貴女のお姿もよく似ています」
ハハ。ある意味ではこの上なく目立つ俺の外見がここに来て役に立ったらしい。
もっとも、その外見の所為で魔王に勇者だってバレたんだけどな。
「では、一応確認のため、聖剣を見せて頂けますか?」
「わかったにゃ」
確かに、勇者かどうかを確かめる上ではこれ以上ない証拠だよな。
俺はアイテム欄から『折れた聖剣』を選択して、取り出した。
「これはっ!?」
瞬く間に俺の掌に出現した巨大な剣の残骸を見て、巫女様は驚いた様だった。
「魔王との戦いで折られちまったにゃ」
「まさか、聖剣が折れるなんて……。魔王はそれほどの力を?」
「ああ、強いとは聞いていたが、そんにゃレベルじゃ無かったにゃ。あいつに取っちゃほとんど遊んでいるレベルで、俺はミウと二人掛かりでも手も足も出ず、こんな姿にされちまったにゃ」
「そうですか……。ですが、こうして勇者様が生きておられた事は何よりの暁光です。勇者タイラー様」
ん? 勇者? ってことははもしかして?
「貴女様は間違いなく勇者タイラー様です。そして妹のミウ様。この度はよくぞご無事でお戻りになられました。きっと女神様はお二人の勇敢さをご祝福される事でしょう」
「無事……とは言えにゃいけどにゃ」
それに、あの神ならきっと……。
『ブッフッ! アッヒャヒャヒャヒャヒャ。 ちょっとちょっと、タイラー? もぉ~酷いよ。どうしてそんなに面白そうなことになってるのにボクを呼んでくれなかったのさ?』
……やっぱり出てきやがったな!?
ちくしょう! その反応が目に見えてたから呼ばなかったんだよ!
『アヒャヒャヒャヒャ。なんだいタイラー? ボクには「にゃーにゃー」言ってくれないのかい?』
あったりまえだろ! あれも好きで言ってんじゃねぇんだよ!
『いやぁ~。これはまたこっぴどくやられたみたいだねぇ。しかもただでさえロリで爆乳で生えてる脳筋なんて属性過多だったのに、ケモノ属性と語尾にニャーまでついちゃうなんて、キミはどこまで欲張りなんだい? そんなキミを称えて『欲張りボディ』の称号をプレゼントしよう』
おいこら勝手にAV女優の売り文句みたいな称号を付けてんじゃねぇよ! 好きでなってんじゃねぇんだよ!
それより、神! なんだよこれは!? 聞いてねぇぞ、相手を魔獣にしちまう能力なんて。
『そりゃあ聞かれてないからねぇ。それに、キミとリリーちゃんの戦いについてはボクはあくまで中立の立場さ。キミだけにリリーちゃんの情報を提供したりはしないよ』
あんなん反則だろ!
人を魔獣に変えて、魔獣化した人間を操るなんてチートコンボにも程があるわ!
『その代わり彼女の力は接近しなきゃ使えない上に隙も大きすぎるっていう制約があるじゃないか。事実キミは完全な魔獣になる前に抜け出せたわけだしね』
……確かにそうだが。
『それに、彼女にとってはエキドナはお遊びみたいなもので、キミが真に恐れるべきはもう1つの力の方だよ』
ん? なんだ? あいつまだ力を隠し持ってるのか!?
『おっと、これ以上言っちゃったらアンフェアだね。でもタイラー。これだけは言わせてくれるかな?』
なんだ?
『リリーちゃんが魔王に成って以来、リリーちゃんと戦って無事に帰って来たのはキミが初めてだよ。それに関しては素直に賞賛を送るよ。ナイスキャット!』
『ナイスファイト』みたいに言ってんじゃねぇよ!
つうか、お前が賞賛とかなんか裏があるんじゃないかと心配になるな。
『いやいや、素直に偉業だと思うよ? 事実これまでの勇者の内少なくとも21人は殺されて、4人はリリーちゃんに完全に魔獣に変えられて連れて行かれちゃってるしね』
マジか……。その後どうなったんだ?
『勇者が戦う意思を完全に失くしてしまったら『次の勇者』が選ばれる決まりになっている。と言えば分かるかな?』
つまり、心まで魔獣になったって事か……。
『いや、魔獣の中には知能の高い種類もいるから、魔獣化しても意識を保っていた子も居たよ。ただ、リリーちゃんのペットとして暮らす内、心から服従してしまったみたいだね。キミの先代のシンシアちゃんなんて今もとても幸せそうに暮らしているよ』
……おい先代。
『まぁリリーちゃんは身内には優しい子だからねぇ。ちょっと目的の為なら手段を選ばなかったり、女の子が好きだったり、猫なのにタチだったりはするけど』
……ぅゎ。
逃げ延びた事に心の底からホッとしたわ……。
『まぁ、兎にも角にもキミの事情は分かったよ。後は“こちら”で話し合うから、キミはその色々と危険な妹ちゃんが悪さをしない様におうちに連れて帰って休んでてよ。何か決まったら連絡するね~』
おう。そうするわ……って、ん?
ミウが危険? どういう事だ?
俺が神の一言に首を傾げている間に、俺の頭の中から神の声は消えていた。
その後、俺達は無事に釈放され、そのまま一度ボルデンハイン家に帰る事になった。




