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25.2万円までなら出せるな

 魔王のアビリティ(ちから)によって魔獣の姿に変えられた俺達は、救援に来たはずの兵士たちに魔族と勘違いされ捕まり、牢屋に入れられたまま一晩を過ごした。


「くぁ……んにゃ~……」


 心地よい感覚の中、惰眠をもう少し貪りたい感情を何とか押し殺して俺は目を開けた。

 なんだかとてもよく寝た気がする。

 身長が伸びると睡眠の質も良くなるのかもしれない。

 なんせ俺は今や165センチもあるんだからな。

 前世でも160センチの壁を越えられずにいた俺が今や、165センチだ!

 俺は昨日判明した不幸中の幸い、いや、むしろ嬉しい誤算に少しだけ胸を躍らせて体を起こした。

 前世でいうウレタンフォームの様に心地よい柔らかさのベッドが少し口惜しい気持ちに… ――ん?

 あれ? おかしいな。

 昨晩は牢屋に据え付けられたベッドはカチンコチンで、これでは流石に眠れないとミウに愚痴ったほど寝心地が悪かった筈だが?


「んニャ?」


 不審に思った俺が体を起こして、今しがたまで眠っていたベッドを見てみると、そこにはピンク色のはんぺんの様なベッドマットが敷かれていた。


「……ふむ。柔らかいにゃ。それにとても肌触りも良いにゃ」


 沈み込むほど柔らかくありながら、しっかりと体を支える不思議な触感。

 スベスベとしたいつまでも触りたくなるような肌触り。

 厚さはたったの5センチ程だが、そのマット1枚だけで木の板がむき出しの酷い寝心地のベッドが、まるで超高級ベッドに早変わりしていた。

 ……2万円までなら出せるな。いや、分割なら5万ぐらいまで……。


「んふぁ~……。おふぁよぉごじゃいます。おにいしゃま……」


 俺がそんな事を思いながら、謎の材質で出来たベッドマットに感心していると、隣のベッドでミウがいつも通りの寝ぼけ眼で起き上がった。


「おうミウ、おはよ……っニャ!?」


 しかしその姿を見て驚きのあまり俺は飛び上がった。


「あれ? どうなさいました?」

「み、ミウお前、にゃんで裸にゃんだよ!」


 そう、ベッドから起き上がったミウは何も身に着けておらず、染み一つない健康的な肌色がむき出しになっていたのだ。

 慌てた俺はミウから目を逸らすが、直撃弾を受けてしまったご子息はむくむくとアップを始めてしまった。

 っていうか、お前、姿が見当たらないと思っていたら、まさか魔獣化の影響で『内蔵式』になってやがったのか。心配させやがって……。

 そう言えば猫とかって普段は“玉”だけ外に出てるけど、棒は収納されてるもんな……。

 俺の場合は元々“玉”が内蔵式だから、勃たない限りはまんま女と変わんないって訳か。

 ぐぬぬ……。これは少し厄介だぞ……。まぁ、息子が無事だった事は喜ばしい事だが。

 俺が自身の身体に発生していた深刻な問題に悩んでいると、未だにどこか寝ぼけた様な声でミウがこんな事を言ってきた。


「はて、ミウは昨日からずっと裸で居た様な気もしますが……」

「何言ってんだよ、昨日は普通に……ん?」


 あれ!? そう言えば昨日もショゴスになってからはずっと全裸だった気も……。

 ん~? でも昨日はそんなエロい感じではなかったぞ? なんだ? いったい何が違うんだ?

 俺は疑問を解消すべく、頭の中で昨日のミウの姿と、今しがた見てしまったミウの姿を並べてみた。


「にゃ!? そうにゃ! ミウ、お前肌が!?」


 何かおかしいと思ったら、昨日と違い、ミウの肌の色が、魔獣化する以前の人間の時と変わらない肌色になっているのだ。

 よく見ると目玉も白目がちゃんと白くなっており、青かった瞳の色だけがかつてのミウと異なる赤い色に変化していた。


「ふぇ? ああ、これはミウの体表の組織の光の反射具合を弄って、肌色に見せているだけです」


 光の反射具合? ん? そう言えば聞いた事があるな。

 そもそも人間の目で色が見えるのは、その色の光だけが反射しているからだとか何とか。

 つまり、ミウは体の表面の光の反射をどうにか変化させて肌色を作り出したって事か?

 ……そんな事が出来るのか?

 俺が悩んでいる間に、背後ではミウがのっそりとベッドから立ち上がる気配を感じた。


「ふぁ~ぁ……。お兄様、ちょっと失礼しますね」


 そんなミウの声が聞こえたかと思うと、突然俺の下で何かがもぞもぞと動きだし、俺は慌ててその場を飛びのいた。


「うにゃっ? ……ニャ?」


 見れば、先ほどまで俺が座っていたピンク色のベッドマットが、ミウがニョロンと伸ばした触手に吸いこまれていた。


「うにゃ!?」


 そしてベッドマットを吸い込み終わったミウの肌の表面が一瞬波打ったかと思うと、一瞬にして服を着た状態に早変わりしていた。


「にゃニゃニャっ!?」


 驚愕の上に驚愕を重ねた俺の口からは思わず猫の様な鳴き声が漏れてしまった。


「ちょ、おま、ミウ!? にゃに!? 今の何ニャ!?」


 目の前で起きた驚愕の事態の数々に俺は慌ててミウに訊ねた。


「ふぇ? ああ、これですか?」


 慌てる俺に対して、ミウは普段通りのおっとりとした口調で、自分が着ている服を摘まんで示す。


「これはミウの一部を変化させて作った服です。どうやらミウの身体は全体的な体積が変わらない範囲であれば、かなり自由に形を変化させる事が出来るようですね」

「ニャ!? じゃあその服、ミウの身体の一部って事ニャ!?」

「はい。ミウの髪の毛はかなりの細さですが形を保っていました。ですので他の部分も細くできるのかと実験してみたら、細い上に実用的な強度があったので、それを応用した繊維を織って服を作ってみました。服の体積の分、身体の内部が空洞になっていますが、ショゴスの食事は純粋に魔力だけの様なので、人間の様な内蔵は要りませんから」


 ないぞ……え!?


「ちなみに先程お兄様が眠っていらっしゃったマットはミウの組織を細かく発砲させて膨らませる事で造り出しました。発砲具合を調整して、理想の寝心地を実現する為に頑張りました!」


 そう言って、ふんす、と鼻息を吐きながら両腕の拳を握るミウの姿は兄の目線で見ても可愛いが、やっている事が現実離れし過ぎている。


「ちなみに、もう少し実験を重ねてみないと確かな事は言えませんが、先ほどのマットの様に、一度形を固定したミウの組織の一部は切り離してもある程度の期間はその形状を保っていられるようです。切り離した状態では流石にそれ以上変化させる事は出来ませんが、ミウが直接触れれば、再びミウの意志で変化させる事も出来るようです。ふふふ。これはまだまだ調べ甲斐があります。しばらくは楽しくなりそうですね」


 そう言ってミウは滅多に見せない心からの満面の笑みを浮かべていた。

 きっとミウ的には本当に楽しくて仕方がないのだろう。

 ま、まぁミウが楽しいのならそれでいいか。


「あ、それと、実験のついでに、お兄様の分も作ってみました」

「にゃ?」


 そう言ってミウは懐から服を取り出してきた。


「ミウの組織を極限まで細く引き伸ばし、糸の内部に理想的な比率で空気を含ませて実現した、ウールより柔らかく、絹よりも滑らかで、麻よりも頑丈なスーパー繊維! その名も『ミウシルク』から作った特別性です!」


 ミウはニョインと伸ばした触手でその服を俺に渡すと、胸を張ってドヤ顔をして見せた。

 ミウのドヤ顔はある意味レアだが、そのネーミングは何とかならなかったのか?


「って、ぅお!? にゃんじゃこりゃ!? めちゃくちゃスルスルするにゃ!?」

「ふふふ。お兄様、その服を思いっきり引っ張ってみてください」

「ぅえ!? でもミウ、この服、めちゃくちゃ生地が薄いけど、大丈夫にゃ?」

「問題ありません。お兄様の全力でどうぞ」

「そこまで自信満々で言うにゃら……」


 少し不安に思いつつも、俺はその服を思いっきり引っ張ってみた。すると……。


「にゃわ!? めちゃくちゃ伸びた!?」


 俺が力を込めて服を引っ張ると、その生地は破れるどころか、ある程度力を込めると化学繊維のストッキングの様にめちゃくちゃ伸びた。

 当然の様に力を抜けば元のサイズまで縮み、その表面には破れもほつれも見当たらない。

 普通の力で引っ張ると綿や絹の普通の服の様な触感なのに、それが限界を超えてどこまでも伸びるような不思議な感覚だった。


「それだけではありませんよ、お兄様。お兄様のお爪を思いっきり突き刺してみてください」

「ニャ!? そ、それは流石に無理だろ!?」

「いいえ。きっと大丈夫です。さぁ、一思いに!」

「わ、わかったニャ」


 俺は左手で服を持ち上げると、右手に生えた鉤爪を思いっきり生地に突き立てる。


「うニャ!?」


 しかし、爪が引っ掛かっても生地は破れることなく、するりと滑って無事だった。


「これがミウシルクの実力です!」

「こ、これはすごいにゃ! ミウは天才にゃ!」


 ネーミングはやっぱアレな気がするけどな……。


「という訳で、お兄様、いつまでもそんな破れた服を着ているのも良くありませんので、その服に着替えてください。ブラにはちゃんと『重さ軽減』の魔導回路も編み込んでありますので」

「うにゃ。わかったニャ」


 完全に謎の技術ではあるが、ミウ繊維の有能さを知った俺は意気揚々とボロボロになった服を脱ぎ捨て、ミウの用意してくれた服に着替えた。

 実は魔王との戦闘の所為で、ブラが壊れ、久々に胸が重くて困っていたのだ。


「うにゃ!? にゃんじゃこれ、着てるのに、何も着てないみたいにスベスベにゃ……」


 しかも生地自体にある程度の伸縮性がある所為で、下着なんかはピッタリと肌に吸い付き、本当に何も着ていない様な不思議な錯覚に襲われる。

 しかし、その薄さの割りにしっかりと大きな胸が暴れるのを抑えてくれている様だ。

 そしてその上から袖を通した服は、まるで空気を羽織っている様に軽く、手や足を動かしてみても、まったく動きが邪魔されないし、薄いのにしっかりと牢屋の冷たい風を遮っている。

 ホットパンツには、今や俺の体の一部となってしまった大きな尻尾を通す穴まで開いていたりと、至れり尽くせりだ。


「とてもよくお似合いです、お兄様」

「これは……、もう普通の服には戻れにゃくにゃっちまいそうにゃ……」


 この着心地はついついそのまま部屋着にしてしまいたい程だ。


「しかし不思議ニャ。こんなに薄くてスベスベなのに、このホットパンツとか、見た目や質感はまるで普通の綿みたいニャ」

「目に見えない微細な部分で表面だけは綿の毛羽立ちを再現して、裏側はミウシルク本来のツルリとした極細繊維をそのまま使用しています」


 ……つまり謎の技術だな。


「ま、まぁ原理はよく分からんが、この服、気に入ったにゃ」

「それは良かったです。徹夜で作った甲斐がありました。これからもお兄様の為に究極の着心地を追求していきます!」

「おお! それは楽しみニャ!」


 普段お寝坊なミウが徹夜までして俺の為に……、そう考えるととても大切にしたくなるな。ちょっと変わった所のある妹だが、こう言う純粋に俺のために頑張ってくれる姿は可愛いかもしれない。


「ところでお兄様、ちょっといろいろと試してみたい事もあるので、一度ミウの荷物を『アイテム収納』から出して貰えますか?」

「うにゃ? ……ハッ!?」


 ミウにそう言われ、俺はハッとした。

 そう言えば俺達の荷物は俺が勇者の能力である『アイテム収納』で保管しているのだった。


「あれ!? じゃあ、別にミウに服を作ってもらわなくても、着替えとか普通に出せたんじゃ!?」

「はい。ミウもどうしてお兄様がいつまでたっても服を着替えないのか不思議に思っていました」


 いや、気づいてたなら言えよ!


恐怖の妹ショゴスの、これは始まりに過ぎない。

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