24.これは世紀の大戦果ニャ
「ショゴス?」
なんだ? 聞いたことない名前だな。
冒険者組合が発行している魔獣図鑑にはそんなの載ってなかったと思うんだが?
「はい。ショゴスは現在の聖暦以前、つまりは神話の時代に古の亜神達が作り出した魔法生物だと言われています」
神話? 亜神?
なんだかスケールのデカい話だな。
「その姿は不定形で自在に質感や形を変え、様々な姿で主人である亜神達の為に働いていた、との事です。魔導人形の一種かと思っていましたが、この姿を見る限り、水精等の精霊に近いような存在の様ですね」
ほうほう。
あ、ちなみにこの世界のスライムは某“魔物の国の盟主”の様な素敵で無敵な存在ではなく、魔素を含んだ鉱石とかの『核』に水が作用して生まれる自然現象、もしくは半精霊の様な存在で、姿形を自由に変える程の力はないし、知能もほぼ皆無に等しく、地面を這うナメクジやクラゲの様な存在だ。
「ショゴスは数千年も前、亜神達が滅びると同時に絶滅したと言われており、亜神達が残した遺跡の一部で石化した死体が見つかる程度でしたが、最後の亜神と言われた賢神カリユガの残した書物に記されたショゴスの特徴と、ミウの身体の特徴の多くが一致するので恐らくは間違いありません。違うとすれば、ショゴスは主人の命令通りに動く程度の知能しかないと言われている点ぐらいですね」
なんか前世のオカルト雑誌に出てきそうな話だな……。
「知能が低いのか……。でもミウ、お前は人間だった時と変わってにゃいみたいニャ」
ショゴスの知能が低いなら、ミウがこうして普通に話しているのも変だし、そもそも魔王との戦いのときだって、俺が思いつきもしない様な奇策の数々で魔王を翻弄していたみたいだが?
「はい。その点に関しては、おそらくミウの固有才気の影響があるのだと思われます」
「ユニークアビリティ?」
ああ、そう言えば、ミウはなんか特殊なアビリティを持ってるんだったな。
「どんにゃ能力だったニャ?」
「ミウのアビリティは『完全記憶』。ミウの感じ、考えた全ての事物・事象を完全に記憶し、いつでも完全な形で思い出す事が出来る。というものです」
「ほほぉ~……」
一瞬脳裏に『インなんとかさん』というワードが浮かんだが、口には出すまい。
「で? それがどういう関係があるにゃ?」
「つまり、ミウの脳ミソは空っぽになってしまいましたが、ミウの意識や記憶はアビリティに保存されていたので大丈夫だったという事です」
……ん~? 分かったような分からんような。
つまり、ミウのアビリティには記憶のバックアップ機能みたいなものがあるって事か?
「まるでパソコンみたいだニャ」
「“ぱそこん”とはなんですか?」
「俺の前世にあった『なんでもできる計算機』ニャ。俺も詳しくないからよく分からんが、0と1,イエスとノーを何万回も掛け合わせて複雑な計算が出来るようにしているらしいニャ。しまいには『人工知能』にゃんて呼ばれるような、人間の様に自分で考える奴まで出てきたりするらしいニャ」
「なんと! 『人工知能』……ですか。それをそんな単純な計算の組み合わせで……。なるほど」
え? 今の説明でなんかわかったの?
俺もよく分かってないんだが?
まぁいいか。
「とりあえずは問題ないって事ニャ?」
「はい! これほどレアな魔獣の実験た……いえ。珍しい魔獣の身体が手に入っただけでなく、それをどれだけ好き勝手に弄り回しても問題がないなんて、これはもう幸運という他有りません!」
「そ、そうか……。ミウが幸せそうで何よりニャ……」
どうやらうちの妹は少々MADだったようだ。
……後で俺の体は弄り回さない様にクギを刺しておかないとな。
「ま、まぁそれは置いといて。そう考えるとアレだニャ。ミウはアビリティのおかげで助かったし、俺は完全に魔獣化する前に抜け出せたから良かったけど、もしも普通に魔獣化にゃんて喰らってたらそれこそ一発で魔王のペットに成り下がってたって事だニャ」
「はい。想像を絶する恐ろしい能力ですね」
……よく生き延びたな、俺ら。
まぁミウの方の状況は今の情報で大体わかった。
「しかしそんにゃ事を聞いちまうと、俺自身の影響も心配ににゃって来るニャ」
すでに『にゃん』とも取り返しのつかない事になっている気もするが。
「それについてはミウも同感です。ですのでお兄様、一刻も早く脱いでください!」
「だが断るニャ!」
この妹、一瞬の隙を突いてまたも兄を脱がせに来ただと!?
「むぅ……、どうしてですか? いつもお風呂に入る時はお互いに裸じゃないですか」
「時と場所を弁える事は大事にゃ! ここは一応他人の目もあるにゃ。ミウは俺を露出狂にするつもりニャ?」
「………」
「『それは少し面白そうですね……』みたいな顔をするニャ!」
っていうか、15歳にもなって兄妹が一緒に風呂に入っている事もおかしいと思うんだが?
「うふふ。冗談ですよ。しかし、お兄様の身体はミウの知識を総動員しても謎だらけです」
「む? ミウでも心当たりがにゃい『魔獣』ニャ?」
動く百科事典、ミウペディアといっても過言ではないレベルで物知りなミウが知らないとは……。
「はい。爬虫類と哺乳類、鳥類と様々な獣の特徴が入り混じった尻尾とお御足、素晴らしく可愛らしいお手々、ぴくぴくと愛らしく動く猫さんの様な大きなお耳、ネコやアナグマの様に柔らかですべすべとした毛皮に、ヤギさんの様な角、そして牛さんの様なお胸。これだけ多くの特徴が入り混じった魔獣をミウは知りません」
ニャ!? 俺の耳ってそんな感じになってたの!? そして角まで生えてるの!?
って、ん!?
「おい、ミウ。胸は何も変わってにゃいと思うんだが?」
見た所、胸の辺りは牛柄の体毛なんて生えてきてないが?
「いえいえ。肌のハリと柔らかさが増している気がします」
「……」
これはボケてるのか? それとも本気で言っているのか?
あまりにもミウが真面目な顔で言うものだから、ツッコミのタイミングを逃してしまった俺はあえてスルーを選択する事にした。
「でもまぁ、何の魔獣か分からんって言われても、俺はそもそも自分の姿が見えんからにゃぁ……」
「でしたらこちらをお使いください」
そう言ってミウは自分の髪の毛の一束をニュルりと伸ばすと、それを大きな一枚の板上に変化させて俺の目の前に立てかけて来た。
「おお、こんな事まで……」
宝石のように滑らかなミウの身体が平らな板状に変化した事で、ちょうどガラスの板の様になって、俺の体が反射して見えている。
つっても、当然それは向こうが透けて見えるので、鏡ほど良く見えないが、この場ではそこまでの贅沢は言うまい。
さて、俺の姿は一体どうなってるんだ……?
「……よかったにゃぁ」
どうやらまだ顔は人間のままであるらしい。
しかし良く見ると、目が猫やトカゲみたいに縦に割れた瞳孔になっているし、口を開ければ、そこには肉食の哺乳類の様なギザギザした歯と、長く伸びた犬歯が生えていた。
「……でもまぁ、これぐらいにゃらパッと見では分かんにゃいよニャ?」
これで一応最大の懸念は解消された。
しかし、そんな俺の頭には、ミウから聞いていた通り、俺の顔の大きさに比べて随分と大きな獣の耳が生えていた。
耳の外側は髪と同じピンク色の毛、内側はもっさりした白い毛が耳の穴を守るように生えていて、意識を耳に向けるとある程度自分の意志で動かせる様だ……。
「ね! 愛らしいお耳ですよね!」
「……ノーコメントにゃ」
確かに愛らしい顔立ちの女の子に大きなケモミミが付いていればそれは可愛いだろう。
それが自分の体じゃなければな! 俺もう40近いんだぞ!? 恥ずかしさで死ねる!
あと、視界には全然入ってこない位置なので全然気づかなかったが、ミウの言う通り前頭部の辺りから。斜め後ろに向かってヤギの様な形の薄紅色の2本の角も生えていた。
ヤギだからまだよかったが、牛だったらいよいよ神の奴に付けられた名誉ド○フが冗談じゃ済まなくなってるところだ。
そうなると体の方も気になってくる。
手足はまぁ鏡で見なくても分かるが、俺は胸部の障害物の所為で胴体の大部分が見えないという厄介な身体を抱えているからな。
「にゃ?」
ふむ。下半身や背中は全体的に毛皮に覆われ、すっかりケモナーが喜びそうなふかふかモフモフ状態になっている。
しかしどうやら下腹部から腹、そして胸にかけては白い産毛程度しか無く、元の人肌のままであるらしい。
何とも中途半端に魔獣化したものだ。
だがそれこそさっきの話みたいに、脳ミソまで魔獣化してたら大変な事になってたわけだしな。
そんな事を考えながら、全身を俯瞰していた俺はちょっとした違和感に気がついた。
「んニャ?」
全身をもう一度見まわした後、ふと自分の身体を見下ろした時に俺はその正体に気がついた。
「ニャっ!? お、おいミウ、ちょっとこっちに来るニャ」
「はい? どうなさいました?」
俺の予想が正しければ、魔獣化で痛手どころか、むしろ大戦果を得ている可能性すらある。
そして、それを確かめるべく、俺は不思議そうに隣まで歩いてきたミウにさらに1歩近づき、頭の上に生えた角の先端に手の平を当て、そのままミウの身体へと手をスライドさせた。
その結果、俺の手は、ちょうどミウの顎の下ぐらいの高さにあった。
ミウの身長が180センチだという事を考えると、160センチちょいぐらいの所に届いているという事だ。
「よぉっしゃぁぁぁぁぁぁ! やったニャ、やった! 俺はやったニャ! ついにやってやったニャ!」
俺はその場で飛び上がり、喜びを謳歌した。
「あ、あのう、お兄様? 何がどうされたのですか?」
「ミウ! ついに俺はやったニャ! 俺の、俺の身長が母さんを超える時が来たニャ! これは世紀の大戦果ニャ! もう魔王に勝ったも同然ニャ!」
そう、これは俺史上最も価値のある戦果だ。
140センチ……いや、正直に言えば138センチしかなかった俺の身長が今や160、いや165センチはあると見て間違いないだろう!
165センチつったら、それはもう誰からもチビとは言われない標準的な身長だよな!
世紀の大成長に沸く俺の横で、何故かミウが仏の様な慈愛に満ちた微笑みを浮かべているが、どうしたんだ?
「お兄様、ちょっとだけ失礼しますね」
「んニャ?」
ミウがそんな事を言って、俺の角ではなく頭を手で押さえ、そこからミウの手の一部が融け落ちるように下まで延びた。
「ぅにゃっ!?」
驚く俺をよそに、融けた一端が俺の足元まで伸びると、そのまま横へスッと曲がり、俺の脚の関節、人間だったときで言う踵の部分に触れるとそこで動きを止めた。
ミウはそうして出来上がった俺の頭から踵までの長さを示したものさしを自分の身体と比べ、その高さが自分の胸の下辺りにある事を確認した後、いつも通りににっこりと微笑んだ。
「うふふ。“相変わらず”お兄様が可愛らしくて、ミウも幸せです」
ケモノの継ぎ目が気になるタイプ。




