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21.王様の命令は絶対だかんね~

「うっし。これでお仕事はおっしま~い。無事にゆーしゃもゲットできたし。『そろそろ帰ろっか』」


 ()()()が俺たちにそう言ってニッカリと笑う。

 そうだ、帰らないと。

 なんとなくそんな風に思っていた。

 しかし、俺の身体は()()()の『命令』で動かないままだ。

 それに無理な体勢で固まっていたせいで、手も足も疲れてきた。


「ん? ああ、そっか。ごめ~ん、忘れてたよ~。『ゆーしゃ、動いていいよ』~」


 ()()()からそう言われ、俺は自分の身体を自由に……。

 そう思った瞬間、魔獣に変化したばかりの慣れない足がふらつき、俺はそのままバランスを崩して顔面から地面に倒れこんだ。


「痛っでぇ!」


 しかも運悪く、俺が倒れこんだ場所には折れた聖剣が転がっていて、その巨大な柄の部分が俺の額にクリーンヒットしやがった。

 痛って~! ちくしょう!

 何でこんな所に聖剣が? って、そうか。さっき俺が()()()の魔法をガードした時に吹っ飛んで……。

 ん? あれ? なんで俺が()()()と戦ってたんだ?

 前世のお袋相手ならいざ知らず、この世界での()()()は非の打ちどころの無い程の美人で、優しいし、胸も……。

 ん? 待て、魔王(母さん)の胸はぺったんこだぞ?


「ん~? どったのさ~、ゆーしゃ?」


 見ればそこにはプニプニの代わりにモフモフと抱き心地の良さそうな毛並みを持った純白の猫が立っていた。

 ……あれ? 俺の母さんはいつから猫になったんだ!?

 いや、待て。

 いつから俺はあの魔王()を母さんだと思ってたんだ!?

 そうだ。俺は勇者で、あいつは魔王だよな!?

 俺の中で膨れ上がった違和感は急激に俺の意識を覚醒させ、ここまでに起こった出来事をフィードバックさせていった。

 ……そうだ。俺達は魔獣に変えられ、それで『獣の王』(あいつの能力)で操られていたんだ。

 俺はそれを思い出し、再び魔王に視線を向けると、魔王は未だに気づいてない様子でこちらを見ていた。

 そうか。……だったら。

 俺はなるべく表情を押し殺し、未だに意識が戻っていない体を装って、聖剣の柄を拾い上げると、魔王についていくミウの後に続いて歩きだした。


「おお~。そう言えば勇者が聖剣を忘れちゃダメだもんね~」


 魔王はそんな事を言いながら再びニッカリと笑い、俺達に背を向けると歩き出した。

 今か? いや、もう少し後か?

 でも、魔王の向かう先には巨大な狼の姿が見える。ただでさえ鬼強ぇのに見るからに強そうな狼まで参戦されてはやっかいだ。

 ならチャンスは今しかない。

 俺は決意すると、歩を焦る事無く、自然な足音のまま聖剣を魔王に向けて投げつけた。

 折れてはいるがそれでも十分巨大な刀身は殺傷力に問題はないはずだ。

 魔王の腹のど真ん中、あわよくば細い魔王の身体なら真っ二つに出来るかもしれねぇ。


「っ!?」


 だが、魔王の奴は飛んでくる剣の風切り音なのか気配なのか、直前でそれに感づいてとっさに身軽な身体で宙返りをして聖剣を躱しやがった。


「チッ!」

「うっひゃぁ! あんた、なんて事すんのさ! そんなでっかい剣が当たってたら大怪我じゃすまないじゃんか」


 紙一重で回避に成功したらしい魔王は、表情こそ緩いままだが、まったくの無傷とはいかなかったらしい。

 魔王の脇腹からは真っ白な毛皮に滲む様に赤い染みが広がっていた。


「こっちはテメェを殺す気で投げたんだから当たり前だろ!」

「うぇっ!? あんた、もしかしてあたしの支配が効いてないの?」

「支配? 何の事だ? そんなもんが勇者の俺に効く訳ねぇだろ!」


 嘘だ。ホントは途中まで効いてた。


「うぇ~? 今までの勇者には簡単に効いてたのに~。……もしかして、魔獣化が中途半端だったからかな~?」


 魔王はそんな事をぶつくさ言うと、大きなため息を一つ吐いた。


「はぁ~。せっかく今日のお仕事はもーおしまいって思ってたんだけどな~。まぁ、しゃ~ないか」


 そんな事を言った途端、抑えられていたバカげた量の魔力が再び魔王から発せられる。

 来る。

 俺がそう思った瞬間には、もう魔王の身体は弾丸よりも速い速度で俺の目前まで迫っていた。

 クソ! 相変わらずデタラメな速度だ。

 しかしその時、俺の身に不思議な事が起こった。

 目前に迫る魔王の速度がまるでスローモーションの様にゆっくりと見えたのだ。

 いや、魔王だけじゃない。周囲の木々、魔王の脚に蹴られて舞い上がる粉じんも、その全てがゆっくりと流れていく。

 これはもしかして、格闘技の達人とかが極限まで神経を集中した時に起こるって言うアレか!?

 よく分からんが、今はそんな悠長な事を言ってる場合じゃねぇ。

 俺は襲い来る魔王の『(殺人)パンチ』を避けるべく、とっさに地面を蹴って横っ飛びに身体をのけ反らせる。

 だが、周囲の景色と同じく、俺の身体はゆっくりとしか動いてくれない。クソ。ザ・ワー〇ドみたいには行かねぇのかよ!

 何とかギリギリで間に合いはしたが、本当に紙一重だった。

 そしてその瞬間、世界の景色が加速度を増し、スローモーションの世界から、再び元の時間の流れに戻っていった。


「んぉっとっと!? うぇ、何? あんた、今のを避けられるの!?」


 避けられるとは思ってなかったのか、自慢の肉球が空を切った魔王は大きな目を真ん丸にしてこちらを振り返っていた。


「あ、当たり前だろ!」


 当たり前じゃねぇよ。さっきのはどっちかって言うと奇跡の類いだぜ。


「ニッシシシ。魔獣化して能力値が上がった影響かな~? まぁいいや。ほんじゃあ、こんなのはどーかな~? 『ミウっち。ゆーしゃを捕まえちゃって』」

「はい。お母様」

「んなっ!?」


 あんの猫! 事もあろうにミウを使いやがった!?

 信じられない魔王の言葉に憤りつつも、俺はとっさにミウから距離をとろうと――。


「おっと、『ゆーしゃはそこで止まってね~』」


 ――地面を蹴ろうとした瞬間、またしても俺の身体が意に反して動かなくなった。

 そして次の瞬間にはミウがゼリー状の身体を触手の様に伸ばして、俺の両手両足を縛ってきた。


「なっ!? ミウ、お前そんなことも出来るのかよ!? クソっ!」

「ニシシシシ。どーやら全く効かないって訳じゃなさそーね~」


 ミウの体はスライム状なのに、巻き付いた触手は見た目とは裏腹に鉄のように固くなっていて、俺の両腕をがっちりと拘束している。


「クソ! おい、ミウ! 目を覚ませ! こんな奴に操られてんじゃねぇよ!」


 俺は必死にミウに呼びかけるが、ミウの目に未だ光は無く、ただ虚ろな表情をしたままこちらの声にピクリとも反応しない。


「無駄だよ~。さっきはなんでか目が覚めちゃったみたいだけど、王様の命令は絶対だかんね~。言っとくけど、解呪の魔法とか使ったって無駄だよ? どうしても解きたいなら、あたしより強くなるか、あたしの(アビリティ)と同等以上の力でも使わなきゃね~」


 ぐぬぬ……ちくしょう!

 悔しいが、あいつは確かに俺よりもずっと強い。

 だが何か、何かある筈だ!


「ニシシシシ。んじゃあ、今度はちゃんと最後まで魔獣化しちゃおうね~」


 魔王はそう言って魔力を込めた左腕を俺の胸に向けて伸ばした。

 クソっ! ここまでか!?

 俺が諦めかけた、その時だった。


「んにゃあぁぁぁあああ!!」


 突然視界の隅で青白い光が瞬くと、魔王は猫の様な鳴き声を上げて吹き飛んでいった。


「え?」

「お兄様! ご無事ですか!?」


 困惑する俺を他所に、魔導砲を手にしたミウが駆け寄ってくる。

 気がつけば俺の体に掛かっていた『獣の王』の拘束も解けたらしく、俺の体も動く様になっていた。


「ミウ? こりゃあ一体?」

「うふふ。よく分かりませんが、どうやらお兄様に呼ばれて目を覚ましたあの時から、ミウには魔王様の支配は効かないみたいです」

「え!? マジで!?」

「はい。この通りです」


 ミウはそう言ってスライムの様な身体をグニグニと変形させて見せてきた。

 それはもしかして『自由に動きますよ』と言いたいのか? 普通はそんな動き出来んけど。


「じゃあさっきまでのは操られたフリをしてたって事か?」

「はい。魔王様との実力差は明白、でしたら隙を突くしかないですから」


 すげぇな。俺まで完全に騙されてたぜ。


「魔王様を騙すのですから、勇者様も騙せるぐらいでないと」


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