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20.獣の王

「ぐぁぁぁ!?」


 ずぶり。そんな感触がして、俺の体内に入りきる筈も無い異物がめり込んでくる。

 だが入り込んできたのはそれだけじゃない。

 まるで心臓から血液の流れに乗る様にして、魔王の手から俺の全身に魔力が侵入してくる。

 魔王の魔力に触れた血管、そしてその周囲の細胞が焼ける様に熱を帯び始め、まるで俺の血液が沸騰したかのような錯覚を覚える。


「ん…だよ……これ……」

「だいじょ~ぶだって、辛いのは最初だけだかんね。すぐに慣れてくるよ~。ほら、身体を楽にしなよ~。じゃないと辛いままだよ~?」


 ニヤニヤと尖った牙を見せて笑う魔王はそんな事を言いながら空いた手で俺の頭を撫でてきやがった。

 クソ! バカにしやがって!

 俺は未だに感覚の戻らない身体に気合いを入れてみるが、手足はピクリとも反応しない。

 次の瞬間、一際心臓が大きく飛び跳ね、俺の胸がゾウに踏み潰されたんじゃないかって程に締め付けられた。


「んがぁ!……あがあ!?」


 それと同時に俺の身体に異変が起き始めた。

 ミシミシと音を立て、失われていた筈の俺の腕からメリメリと肉が盛り上がると、腕がずるりと生えてきた。


「な? え!?」


 困惑する俺を他所に異変は続く、今度は足がひざ下から大きく膨れ上がると、骨がミシミシと音を立て、激しい痛みと共に見る見る骨格から足の形が変わり、靴を突き破って鋭い鉤爪の生えた足先が姿を現した。

 同時に頭の中でも同じように骨の軋むような音が鳴り、俺は激しい眩暈に襲われる。


「う、うぐ……うえぇぇぇえぇ!」


 耐え切れなくなった俺は胃の中身をその場にぶちまけ様とするが、空っぽの胃袋からは何も出ない。異様な気持ち悪さの中、平衡感覚の定まらない身体をどうにか支えようと藻掻くが、骨が悲鳴を上げる手足では体を支える事も出来ず、全身に広がっていく強烈な痛みにもがき苦しむハメになった。

 痛ぇ、苦しい……何か手は……誰か……。


「ミウ! 目を覚ませ! 俺を……、俺を助けてくれぇ!」


 痛みで混乱する俺の頭が、いつの間にかそんな情けないセリフを吐かせていた。

 しかし、その言葉が奇跡を起こしたのかもしれない。


<熟練度が規定値に達しました。才気(アビリティ)英雄色に好まれる(トワノモテキ)のレベルが上昇しました>


 俺の脳内に無機質な音声が鳴り響く。


「……ぃさ……ま。……っ! お兄様!?」


 すると俺の頭上でハッとした様なミウの声が聞こえた。

 次の瞬間、俺の体はミウに抱えられるまま、魔王とは反対方向へと引っ張られていた。

 魔王の腕が抜けると同時に俺の体を侵食していた魔力の流入も止まり、全身を焼いていた熱と痛みが治まっていく。


「のわっ!? ちょっとぉ!?」

「お兄様! 申し訳ありませんお兄様!」


 驚いて声を上げた魔王を無視して、正気を取り戻したらしいミウが未だに痛みで感覚の麻痺している俺の体を抱きしめ、真っ赤な瞳を潤ませていた。


「何があってもお兄様を守り抜くと誓ったはずのミウが、ミウ自身がお兄様を裏切って、お兄様をこのような姿に……このような……」

「いや、いいよ。ミウ。おかげで助かっ――」


 透き通る目からは涙が出ないのか、ただただ悲痛な声だけが漏れていたが、何故か俺の顔を見つめた辺りで“きょとん”とした表情になったまま、言葉が止まっていた。


「…………」


 ミウの顔を見上げたが、目を見開いたまま微動だにしなくなっている。


「……え、何?」


 まさか、そんな一目見ただけで固まっちゃうようなヤバい感じの事が俺の身に起きてるの!?


「……お兄様……なんと、……なんと愛らしいのでしょうか!!」

「……え?」

「お兄様!!」

「ちょわっ!?」


 ポカンとした表情でうわごとの様なセリフを漏らしたミウは、俺の疑問に答えないまま、何故か先ほどよりも強く俺の体を抱きしめていた。


「ちょっとぉ! 姉妹仲が良いのは良い事だけどさ、まだあたしの用が済んでないんだけど~?」


 そんな俺たちの背後から、魔王のどこか不機嫌そうな声が聞こえて来た。


「あ~あ。途中で逃げちゃったから中途半端になっちゃったじゃんか~! っていうかミウっち、あたしの支配を解いちゃったの!? も~! どういうことなのさ~!」


 魔王がプンスコしている中、ようやく手足の痺れが抜けてきた俺は、ミウにゆっくりと地面に下ろされ、自分の足で地面に立った。


「うぉっと!?」


 しかし、なんだか足の感覚がおかしい。

 踵を着けようとすると重心が後ろに反れて転びそうになり、俺は尻尾でバランスをとって、つま先立ちの姿勢で立ち上がった。


「って、ん!? 尻尾!?」


 ある筈の無い感覚に驚いた俺は慌てて自分の背後に首を向けると、そこには尾てい骨の辺りから生えるずいぶんと長い2本の尻尾が目に入った。

 イタチとかリスを思わせるその尻尾は俺の意志で動かせてる様だ。


「なんじゃこりゃ!?」


 慌てて全身を見下ろせば、下半身全体がピンクと白の毛皮に覆われた獣の物に変わっていた。

 腰骨の辺りから爪先までを長い体毛が覆い、足先は逆間接の獣の物に変化している。

 そして、揉げた腕の代わりに生えたのは肉球鉤爪付きの獣の手だった。


「お、おい、魔王てめぇ、俺の体に何しやがった!?」

「それがあたしのアビリティ(ちから)だよ。『全ての獣の母(エキドナ)』って言って、人を魔獣に生まれ変わらせることが出来ちゃうんだよね~。まぁ、どんな魔獣に成るかはやってみないと分かんないけどね~」


 魔獣……だと?


「じゃ、じゃあ俺とミウは……」

「ニシシシシ。おめでとー。あんた達はめでたく魔獣に生まれ変わったってこと~。今日が新しいお誕生日だよ~」


 人を魔獣に変える?

 じゃあまさか、ミウが途中で助けてくれなけりゃ、俺は今頃全身が獣の姿に変わってたって事か!?

 なんだよそれ、そんな能力があっていいのかよ?


「まぁまぁ、気にしなくても、もうあんた達は人間じゃないし、そもそもそんな姿じゃ元の様には生きられないよ。そんなわけで、もうあんたらはあたしのペットに成るしかないってこと~」


 くっ!


「ふざけんじゃねぇ! さっさと元に戻しやがれ!」

「え~? やだよめんどくさい。この力使うの、けっこー疲れるんだからね?」


 人のこと勝手に魔獣にしといて、何が面倒臭いだ!?


「だったら力ずくでやってやらぁ!」

「ニシシシシ。ゆーしゃ、それ無理だよ~? だってあんたはもうあたしのモノなんだからね」


 魔王がニタリと笑うが、俺は構わずに殴りかかった。


「『ゆーしゃ、止まって』」

「え?」


 魔王が静かにそう言った、ただそれだけで、俺の体は不自然な姿勢のままピタリと止まり、自分の意思で動かせなくなった。


「な、なんだよ、これ?」

「ニシシシシ。これがあたしのふたつ目のアビリティ(ちから)、『獣の王(カルノノナ)』だよ~。あたしより弱い獣を完全に支配する力なんだ~」


 支配?

 なるほど、だからさっきミウは……。


「ほんとはこんな力なんて使わずにあんたと仲良くしたいんだけどね~。まぁ、それは帰ってからじ~っくり躾てあげるよ~」

「んだとこのやろう! ふざけんなよ!」

「ふざけてなんかないよ。あたしはいつだって本気だかんね~。さぁ、『ゆーしゃ。ミウっち。あんた達はこれからあたしのペットって事で、しっかりあたしの言う事訊いてね~』」


 その瞬間、俺の意志は急激に弱まり、()()()に言われた通りにしなくてはいけないと思った。


「はい。お母様」

「おう……。母さん」


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