2.神は常にキミのフレンドリストに居たり居なかったりするのさ
俺は頭を押さえて蹲った体を起こし、突然の聞きなれない少女の声に顔を向けた。
「え? なんだ? 何が起こった!? っていうか、お前誰だよ!?」
そこに居たのは先ほどまでやっていたゲームのフレンド、“神”の姿をした白髪の少女だった。
日本人離れした濃いめの顔と白い肌、何より、ガラス玉の様な大きな青い目がまるで人形の様な雰囲気を作り出している。
なんだろう、この人形の様な端正な顔に浮かべた、見ているだけでストレスホルモンがクツクツと湧いてくるイラっとする笑みは。
もちろんゲームの中のキャラがそんな顔をする筈はないが、いつも見ている様な気さえする。
「ケケケ。何だいタイラー君? まさか友達の顔を忘れちゃったって言うのかい?」
あ、間違いない。
「お前……、もしかしなくても『神』か?」
「そうそう。ボクが君を救う神様さ」
うゎ、マジか……。
「……この世界に何があっても、お前にだけは救われねぇよ。っていうか、ここはどこだよ? っていうか何が起こった?」
先ほどまで襲っていた眩暈の様な気持ち悪さも薄れ、俺は身体を起こすと周囲を見回した。
いったい何がどうなっているのか、目の前の幼女の姿はハッキリと見えるのに、周囲は一面真っ白で何も見えない。
「ここは今ボクが簡易的に作り出した亜空間さ。探検は自由だけど、御覧の通り何もないよ?」
「はぁ? 作った? 亜空間? お前、何を言って……」
突如電波な事を言い出した少女に俺が疑問をぶつけている、その時だった。
神だという少女は突如ふわりと浮かび上がると、着ていた衣装がゲームのキャラの衣装から、まるでキリスト教の壁画とかで偉い人が着ている様な物に変わり、その小柄な身体の向こうから薄っすらと後光の様な物が差し始めた。
しかも、周囲の景色もそれに合わせて変化し、気が付けばファンタジー物に出てきそうな王様の部屋みたいな場所に変わっていた。
いつの間にか神の奴は、その壮大な部屋に置かれたやたらと背もたれの長い豪華な椅子に腰かけ、小さな頭には不釣り合いな王冠をこれ見よがしにかぶってやがった。
「お前……、いったい……」
「ケケケ。まったく鈍いなぁキミは。さっきから言ってるだろ? ボクは神様さ」
はぁ? “神”が神様?
「紛らわしいわ!」
っていうか、百歩譲って、それが本当だとして、こんなに性格の破綻した奴が神様やってるとか、この世界終わってるだろ。
「ちょっとちょっと。誰の性格が破綻してるって? こんなに可愛い神様を捕まえて、ずいぶんな言い方じゃないか」
「うぇ!?」
え? 今俺、声に出てた? あまりにあまりな事態に耐え切れずに声に出しちゃってた?
「いやいや、わざわざ声に出さなくても、ボクは迷える子羊たちの嘆きの声を聞き逃す程マヌケな神様じゃないからね」
「うげっ!?」
何? まさかこいつ、考えてる事が分かるのか!?
「まぁね。キミの声変りをスルーしてしまった様な童貞ボイスはちゃんと聞こえているさ」
「童貞ちゃうわ!」
「ん? ああ、そうかそうか。大学の悪友たちと旅行に行った時に夜のお風呂屋さんで……か。これがホントの卒業旅行って訳だね! あひゃひゃひゃひゃ」
「ふぇあっ!?」
白髪幼女の突然の暴露に俺の心臓が飛び跳ねた。
「どれどれ……? へぇ、キミの初体験のお相手はこの子か……。これはまたずいぶんと包容力()のありそうな……」
「あぎゃぁぁぁぁぁああ!?!? ちょ、お、おまぁぁぁ!?」
うううう、ウソだろ!?
なんで!? ど、何処から漏れたんだ!?
「ケケケ。言ったろ? ボクは神様だよ? キミの薄っぺらな記憶ぐらい1秒も経たずお見通しさ」
「ひぎぃ!? じゃ、じゃあまさかお前、ほ、本当に!?」
「おいおい。何だい? まだ信じてなかったのかい?」
突然ネトゲのフレンドに「ボク実は神様なんだ」と言われてすんなり信じる奴も居ねぇだろ。
「ケケケ。神は常にキミの隣に居たり居なかったりするのさ」
「……ハァ。で? その神様がなんで俺をこんな所に連れてきたんだ?」
「なんだい? キミはさっきまでしていた話の内容をもう忘れちゃったのかい?」
「はぁ? 話?」
なんだ? なんかしてたっけ?
突然俺の不名誉な過去を暴露されただけの様な気もするんだが?
「ほらほら、別のゲームをしようって話」
ん? ああ、そう言えばそんな話をしてたらここに連れてこられたんだっけ?
「それで、どうかな? やってみる気はあるかい?」
「いや、今はそれどころじゃないだろ?」
まさか、神の奴を楽しませるために、俺に命懸けのデスゲームをやれってんじゃないだろうな?
「へぇ、そんなリクエストをされちゃったら、こちらもデスゲームを用意するのも吝かではないけど……」
「すんませんっした! そんなものは望んでません!」
「ケケケ。ボクもハムスターより臆病なキミがそんな事を出来るとはこれっぽっちも思ってないさ」
幼女にハムスター以下だと言われた件。
「おっと失礼。もう少し大きかったね。158センチだったっけ?」
「ひゃ、160センチだ!」
「あぁ、じゃあ、まぁ、そう言う事にしておくよ」
「そう言う事ってなんだ! 俺の身長はちゃんと160センチあります!」
「そうだね。ボクもキミの意見に100%同意するよ」
ぐぬ……。こいつ、ぜってぇいつか泣かす。
「ケケケ。まぁ、期待してるよ。ところでタイラー君? ボクの提案するゲームの内容だったね?」
「そうだよ。さっさと言いやがれ」
「その為にはまず、ボクの自己紹介を改めよう。ボクはキミのいる世界とは別の世界で神様をしている存在さ。残念ながら、あちらの世界にはボク以外に神様は居ないから、ボクには「神」以外の呼称はないよ。呼びにくかったら、好きに呼んでもらって構わない。タイラー……いや、無悪 平等君」
今更驚きはしないが、ネトゲのフレにリアルネームを呼ばれるのはなんだか変な感じだな。
「はあ、もう今更だし、今まで通り『神』でいいよな? あと、俺の事も今まで通りでいい。っていうか、なんだ? 別の世界?」
「そうそう。所謂“異世界”ってやつさ。それも、剣と魔法のファンタジーな世界だよ?」
ドクン、と、神の言葉に俺の胸が少しだけ高鳴った。
「何!? それはもしかして『異世界転生』って奴か!?」
「そーそ。最近じゃあ飽和状態になっちゃって、すっかり有り難みも薄れちゃったアレさ」
言い方。
「そして、キミにはボクの世界で『勇者』をやってもらいたいんだ」
「はぁ!? 『勇者』!? 何? ド〇クエ?」
「いやいや。ボクの世界では3000年近く受け継がれている伝統ある職業さ。みんなの期待を一身に背負って、悪の大魔王をやっつける的な感じのね。ある意味異世界一有名な職業だよ」
「つまりお前の敵を代わりにやっつけてくれってか?」
「いやいや、勘違いしてもらっちゃあ困るけど、別に魔王はボクの敵じゃあないよ?」
魔王が敵じゃないって、え? やっぱこいつ邪神?
「おいおい、キミの勇気は素直に褒めてあげるけれど、君のDドライブに貯めてある画像フォルダがキミの会社の皆に“誤送信”されたくなければ言葉には気を付けた方がいいよ?」
「……すっませーんしたっ!」
具体的かつ最悪の嫌がらせだよ! しかも俺、口に出してないのに!
「天罰と呼んでもらいたいね。さて、話を戻すけど。ボクの世界の魔王は単に【魔族】って呼ばれる人達の中で一番強い王様で在って、別に神と対を成す存在、とかではないよ?」
ほうほう。『魔族』が居るのか。
「そぉそ。それこそボクを『邪神』と呼んで目の敵にしてくれちゃってる子達の総称さ。逆にボクを崇めてくれてる子達は【人族】って呼ばれてるけど、ボクにとっては人族も魔族もボクが生み出した子供たちには違いないって話。早い話が反抗期さ」
そんなまとめ方でいいのかよ?
「誤解と呼ぶ程の差異はないね。子供が大人に敵わないのと同じ様に、魔族の子達がどれだけ頑張ったって、ボクを倒す事は……まぁたぶんできないよ」
「微妙に自身なさげだな」
「ボクも不死身ではないからね。ただ、人族の子達はボクほど楽観的には思ってないみたいで、魔王をとても恐れてる。だから、『勇者』を望んだって訳さ」
つまり、神にとっては魔王も子供みたいなもんだから傷つけたくはない。でも、神を崇める人族にとっては魔王は脅威。
だから『魔王に対抗できる存在』として勇者が要るって事か?
「それを俺にやれと? どう考えても面倒臭そ――」
「キミが契約してくれた暁には、人族の中では最強クラスの強さと、今なら3つだけ君の願いを叶えられる特殊能力もお付けしちゃうよ! まさにチート! まさに俺TUEEE!!」
「なん……だと!?」
今思えば悪徳商法の様なやり取りだった。
しかし、俺は自分の身に起きた空想小説の中の様な事象の所為できっとテンションがおかしな事になっていたのだろう。
「例えばほら、『可愛い女の子からモテモテになる能力』なんてものも実現できちゃうよ? 異世界美少女はいいよ? キミの世界よりも美人ちゃんは多いし、それにケモ耳ちゃんやエルフちゃんなんてのも居たりするよぉ~?」
「はい! やります!」
気がつけば俺は話の詳細も聞かずに即答していた。
……いや、タイミングもあったんだ。
両親を亡くした一人っ子の俺は、まあ言えば天涯孤独の身の上になっちまった訳だし。
彼女も居ないし、仕事で役職を持ってたわけでもないしさ?
そんな人生と、空想小説の様な「異世界勇者」。
お前だったらどっちを選ぶ?
「その言葉は本当かい? 戦いの定めを受け入れてまで、叶えたい望みがあるなら、 ボクが力になってあげられるよ?」
「その言い回しはなんだか絶望的な結末になりそうだからやめろ」
「あひゃひゃ。とりあえず、契約はしてくれるって事でいいんだね?」
「おう! で? その転生特典とやらの話を進めようぜ!」
「せっかちだねぇキミも。まぁいいや。キミの願いを元に、転生後に君が獲得する事になる才気を3つ決められるよ。キミの願いは何かな?」
「異世界で可愛くて強い女の子たちとキャッキャウフフのハーレムを作って冒険したい!」
「 」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、気にしないで。他には何かあるかい?」
「じゃあ、あとはアレだな。勇者っぽく、『運命に抗う力』とか『体力とか魔力を犠牲に超パワーアップ』みたいなのが欲しい!」
「……あ、はい。じゃ、じゃあとりあえずそんな感じでやってみるよ」
神の奴が何か喉まで出かかった言葉を飲み込んだかのような口ぶりが気にはなったが、勇者って言えばそんな感じだろ?
そんな事を考えている時、ふと俺の脳裏に“あの日”の親父とお袋の姿が思い浮かんだ。
≪なんて運の悪い話だ……≫
“だから”って訳じゃねぇが。
「それと……。転生するなら、運が悪いのは嫌だ」
「“運”? なんだい? キミは占いの類いを信じる質なのかい?」
「いや、そうじゃねぇが。戦うなら、死にたくはねぇだろ?」
いや、そうじゃねぇな。
ただまぁ、なんとなくそんな言葉が出ちまっただけだ。
「ふぅん。まぁいいよ。今回はオマケしておいてあげよう。よし、とりあえず必要な手続きはこんなとこかな」
「なんか事務的だな」
「システム上の都合で仕方ないのさ」
「お役所チックな回答!?」
「さて、取り合えずこれが『ワクワク異世界転生のしおり』だよ。一通り目を通して分からない事があったら何でも質問してね」
説明が雑!
「はぁ、全くキミは文句が多いなぁ。仕方ないから最低限知っておくべき知識については教えてあげるよ」
ずいぶんと理不尽なセリフを垂れつつも、気づけば周囲の景色が喫茶店のテーブルの様に変わり、神が色々と説明を始めた。
しかし、実際にその世界に行ってみねぇと正直ピンとこねぇな。
「以上だけど、何か質問はあるかな?」
「今のところは分かんねぇ。でも、さっきの話じゃ向こうに行ってからも質問できるんだよな?」
「そうだね。一応神託の窓口はいつでも開いているよ」
……投資信託とか保険の窓口みたいに言うなよ。
「まぁいいや。とりあえずはOKだ」
「よし、じゃあこれで契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した。さあ、解き放ってごらん。その新しい力を……レリーズ!」
「何か混ざってるぞ!?」
神のごちゃまぜ呪文にツッコミを入れるも、その瞬間俺の意識は急速に暗転していった。