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17.玄関出たら2日で

 大型の魔獣を仕留め、意気揚々、と行きたいところではあったが、反省点の多かった戦闘内容に俺は反省しながらも、俺達を乗せた馬車はそのまま街道を東へと向かう。


「ミウ。最初の目的地ってどこだ?」

「このまま東のカウリアクへ向かい、そこから南のヘレニゼイン王国のアテナイを目指します。そこで最初の【試練】を乗り越えれば聖剣を強化する事が出来るそうですよ」


 【試練】か。

 たしか世界各地に10か所ほどある遺跡を巡って、そこで試練を受け、見事受かればパワーアップができるらしい。

 しかし当然かなり危険な代物ではあるらしく、失敗すれば死んじまう様な事もあるらしい。

 神から聞いた話では、その内容は『秘密だよ。言っちゃったら面白くないじゃないか』とか言ってたので、ろくな内容ではない可能性もあるな。


「公国からは少し遠いですが、アテナイの【試練】が過去の勇者様の記録では最も成功率が高いので、最初に目指すならそこがいいと思います」

「ミウが言うなら俺に文句はねぇよ」


 ちょっと変わった妹だが、その頭の良さは前世と今生で出会った全ての人達を合わせた中でも間違いなくトップだ。そんなミウが言うのなら、それが一番いいんだろう。


 俺がそう納得して、もうすっかり慣れてきた馬車の揺れに身を任せ、窓の外をぼんやりと眺めていたその時だった。

 馬車の外から御者のフットマンの慌てる声が聞こえたかと思うと、馬車が急に停車した。


「なんだ、どうした?」


 俺が馬車前方にある覗き窓を開けると、そこからフットマンが顔をのぞかせた。


「お嬢様! あれを、あれを見てください!」

「んぁ?」


 その小さな窓から見える景色は限られた物だったが、しかしそれでも俺の視界には200メートル程も先に居る“それ”の姿が見えた。


「うぇ!?」


 驚いた俺はミウが不思議がるのも無視して馬車を飛び出し、広い視界でそれを確認した。


「なんじゃありゃ……」


 そこに居たのは街道の脇で眠っているらしい、巨大な黒い生き物だった。


「……狼?」

「その様ですね。大きさ以外は」


 顔を前足に埋め、寝そべっているその姿はどう見てもイヌ科の何かだ。

 しかしその身体は、遠く離れたこの位置からでも十分に確認できる程にデカく、街道の道を塞いでしまいそうな程だ。


「……なぁミウ。この世界の狼ってあんなにデカくなるの?」

「いえ、流石にそんな狼は小説の中にしか出てきませんねぇ」


 えっと……じゃあやっぱりあれは、


「魔獣なのか?」

「分かりません。ですが、あの方なら知っているかもしれませんねぇ」

「あの方ぁ?」


 ミウがそう言って指さしたのは巨大な狼の方角だ。

 不思議に思って俺が良く目を凝らすと、眠る巨大な狼の腹の辺りに埋もれる様にして横たわる白いケモノの姿があった。


「んん!? 猫!?」

「いいえ。骨格からして、恐らくは獣魔種の人の様です」

「獣魔種?」


 えっと、確か二足歩行の獣の様な姿をした人種だっけ?

 この世界には人の身体の一部に獣の部位、例えばケモ耳や尻尾とかを持った獣人(セリアンスロープ)種と、人型の獣とでもいう様な見た目の獣魔(ビースト)種という2種類のケモがいる。

 そいでもって、あのデカい狼の傍に居るのはどうやら後者の方であるらしい。


「えっと……近づいても大丈夫なのか? あれ」

「どちらにしてもこの道を進まないと数日は遠回りをする羽目になっちゃいます」


 う……。数日ってのは痛いな。

 触らぬ神に何とやらとはいうが、相手は寝てるみたいだし、こっそりと通れば問題は無いか?


「仕方ねぇ。俺とミウで様子を見てくるから、あんたはもう少し下がって様子を見ててくれ。もしも俺たちが合図したら、前の町に戻って冒険者組合で援軍を呼んできてくれ」

「は、はい! お気をつけて!」


 俺は非戦闘員のフットマンを下がらせると、ミウといっしょに歩いてその狼たちの元に近づいた。

 狼は余程よく寝ているのか、すぐ傍まで来ても目を開ける様子はない。しかしデカいな。

 尻尾を入れた全長は15メートル以上はありそうだし、立ち上がれば四足歩行の状態でも高さが5メートルを超えそうだ

 それに、猫型の人間の方も、遠くからでは普通の猫ぐらいに見えていたが、近くで見ると俺より少し大きいぐらいの背丈はある様だ。

 その身体は一見すると猫そのものだが、人間でいう髪の毛にあたる部分の毛が長く伸び、身体つきも普通の猫と違って、ちょうど人間の子供の様な体型をしている。

 しかし、足なんかは逆間接になっていて猫そのもので、手足にはちゃんと肉球も完備している様だ。

 全身の体毛は真珠の様な独特の風合いのある白色で、日の光を跳ね返す程に艶やかで、ひざ下まで届きそうな長さのモフモフ猫っ毛の髪は高級なラグのように広がっている。

 身に付けているものといえば三つ編みになっているもみあげ部分の先端についたピンク色の宝石の輪っかのような髪留めぐらいのもので、その他には服は着ていない様だ。


「まあまあ、これは珍しいですね。【猫妖精(ケットシー)】でしょうか?」

「ケットシー?」


 そう言えば前に本で読んだ事があるな。

 姿は獣魔種にそっくりだが、どちらかと言えば妖精や精霊に近い人種らしい。

 目の前のケットシーはサイズからすれば大人のケットシーで、『玉』は無いし女性であるらしいが……。全裸って問題ないのか?

 まぁ全身が毛皮で覆われているし、俺はケモナーでもないから特に何という訳でもないけどな。


「ん~。ミウ、これどう思う?」

「とても可愛らしいかと」

「いや、そうじゃねぇよ!」


 見た目的には確かに可愛いけど、そこじゃない。

 こいつらから感じる魔力は明らかに俺達人族の物とは違うものだ。

 この世界の人間は前世の人間の五感に加えて、魔力を感じる器官があるらしい。

 この世界に転生した俺も例外ではなく、自分と他人の魔力をそれぞれ外見の違いと同じ様に区別が付けられるし、人族と魔族の魔力ってのもハッキリと区別できる。

 なんでも魔族と人族の魔力が違うのはそれぞれの土地に宿る魔力の種類が違うから、その土地で育った食べ物を食べ続ける事で魔力が変質するとか、そんな風な話を聞いた記憶がある。

 あと、魔族でも長い間人族の土地で暮らしたり、教会とかで巫女さんから洗礼を受け、魔族の魔力を浄化する事で人族の様な魔力に変質したりもするらしいけど、まぁその辺は良く知らん。

 とりあえず言える事は、こいつらは間違いなく魔族だという事だ。


「放っておいても大丈夫か? って聞いてんの」

「そうですねぇ……、気持ち良さそうに眠ってらっしゃいますし、そっとしておいてあげましょうか」

「……そうだな。よし、よく分からんが、今の内にさっさとスルーだな」


 ミウの一言で、そう言われてみればそうだなぁと俺も思った。

 こいつらが何かは分からんが、面倒な事になる前にスルーしちまうのが一番だろう。

 という訳で俺たちは一度馬車の場所まで引き返そうとした、その時だった。


「むにゃむにゃ…。おっ! 人だ! ちょっとちょっと、そこの人達。ちょっと待ってぇ」


 歩き出そうとした所で、猫が目を覚まし、俺は流暢な人族の言葉(共通語)で呼び止められた。

 くそっ! できれば無視したかったのに。


「いやぁ~。よかったよかったぁ。あたしらちょっと道に迷っちゃってさ。人が通るのを待ってたんだよね~」


 そう言って猫はさも当たり前のように二本足で立つと、ゆるい感じの口調で気軽に話しかけてきた。

 左右で青と緑のオッドアイになっている大きく綺麗な瞳も半分瞼に隠れ、とても眠そうな表情をしている。

 そしてその態度や口調はずいぶんとフレンドリーだ。


「そ、そうなのか? どこに行く気だったんだ?」


 俺は出来る限り相手を刺激しないように無難な感じで尋ねる。


「えっとねぇ~。別にどこってわけじゃないんだけどさぁ。勇者を探してるんだよねぇ」


 目的俺かよ! これはいよいよもって面倒そうな感じがする。

 俺がミウの方に目を向けると、ミウもそう考えたのか、コクリと頷いた。

 たぶんアレだろう。はじまりの街を抜けて最初の魔王からの刺客的なやつだろう。猫はともかく、狼の方はかなり強そうである。

 その狼も猫とともに目を覚ましてしまったのか今はその見上げるような巨体を起こして猫の後ろにお座りの姿勢で控えていた。


「へ、へぇ…。勇者っていったら教会とかに居るんじゃねぇのか?」


 俺はさも知らないぞという感じを演出してやり過ごす。

 そう、今だけは俺とミウはしがないただの旅人だ。


「ん~そっかぁ。でもほら、あたしらこの見た目じゃん? 人間の街の教会って行きづらいんだよねぇ」


 とてもゆるっとした感じで流暢に話す猫。

 むしろ語尾に「にゃ」が付かないことに違和感すら覚えるのはきっと俺の前世の記憶…、というか俺がやっていた狩りをするゲームの所為なんだろう。

 そう思うと少し興味も湧いてくる。

 そうだ、試してみよう。


「ところで、『斜め七十七度の並びで、鳴くなく嘶くナナハン七台、難なく並べて長眺め』って言ってみて貰えるか? うまく言えたらいい物をやるぞ?」

「ん? いいよ。えっとななめななじゅうにゃにゃ…んぐ。これ、結構難しいねぇ。にゃにゃめ…。うぅ…。ななめななじゅうななどのならびで、なくなくナントカ、なんなくにゃらべてにゃにゃにゃにゃめ。よし!」


 それは俺が想像していたものではなかったが、思っていた以上に可愛かったので、俺の満足感を満たすには十分だった。

 見ればミウも満足したらしく、こちらを向いて親指を立てていた。

 一方で猫の方も彼女基準では合格点だったらしく、ガッツポーズを取っていた。


「ほら、言えたよ。見たか!」


 猫はご満悦で腰に手を当てて胸を張っていた。

 俺はその姿に癒され、お礼として我が家のシェフが保存食として持たせてくれた干し肉を1枚贈呈した。


「あむ…むぐ!? すっご! これすんごくうんまいよ!」


 短い5本の指で器用にジャーキーを持って、ネコ科特有の長い牙でジャーキーを噛みちぎっては幸せそうに咀嚼する猫はとても満足げだった。

 見れば仲良さそうに半分に千切った残りを後ろにいた巨大な狼にも食べさせたりしている。


「んじゃあ、そういうことで」


 ふむ。『面倒事』には違いないが、バレなければ大丈夫だろう。

 俺は素知らぬフリをして猫と狼に軽く会釈をして街道を歩き始めた。その時だった。


「あ、そだ、ところで勇者」

「ん? なんだ?」


 あっ……。

 しまったと思った時には遅かった。ちっくしょう! まさかこんな分かりやすい引掛けに引っかかってしまうとは!


「ニシシシシ。なんだぁ~。勇者も詰めが甘いよねぇ」

「あ、いや。今のはちがくて……」


 軽い猫の笑みに、俺はなんとか言い繕おうとするが。


「え? 違うの? 『子供みたいにちっこくて、お化けみたいなおっきいおっぱいしたピンク髪の女の子』、なんてそうそう居ないと思うんだけどなぁ~?」


 …………。


「……。はい。俺です」


 探偵に追い詰められた火サスの犯人ってこんな気持ちなのかな……。


「で、でも確かに胸はでけぇけど、別にお化けみてぇじゃねぇよ!」

「え~? あたしからしたら十分お化けだと思うけどなぁ~?」


 そう言って猫は膨らみの皆無な平らな胸を肉球でぺたぺたしていた。


「……。いや、それはお前のが小さすぎるだけだろ」

「あ~、言ったな~! この胸で12人育ててきたんだぞ~!」


 ウェ!? 12人も子供いんのかよ、こいつ!?


「まぁいいよ。どっちみち怪しい奴はみんなやっつけちゃえばいいだけなんだし」


 こいつやっぱり勇者を殺す気だ。


「穏やかじゃないですねぇ。ミウ達が何かしましたか?」

「別に~? ただあたしは仕事柄勇者をやっつけなくちゃいけないだけだよ」


 仕事柄? って事は、こいつ魔王の手下とかか!?


「なるほどな。そういう事なら仕方ねぇな。俺が勇者、タイラーだ」

「ラッキ~。大当たりだねぇ。いやぁ~。しっかし聞いてはいたけどさぁ、あんたってば随分ちっこいんだね。あたしよりちっこい勇者は初めて見たよ~」


 そう言って猫は自分の頭と俺の背丈を掌を使って比較しやがった。


「むきぃ! 人が気にしてることを! お前だってチビのくせにぃ!」

「ニシシシ。まぁまぁ。いいじゃん。おっぱいはあんたの圧勝だよ。ところでゆーしゃ。あんたその顔と胸で『ちんこ付いてる』ってホントーなの?」

「おう、俺は男だ」

「ほへぇ~。でもさでもさ、あんた、ま〇こだって付いてんでしょ?」

「……ついてても男だ! 心は間違いなく男だ!」

「ニシシシシ。まぁどっちでもいいよ。どぉせ倒すだけなんだしさ」

「あぁん? お前に俺が倒せるのか? そもそもてめぇ、何者だよ?」


 俺は言いながら猫に対して警戒を強めた。


「あたし? あたしは魔王だよ。リリーって言うんだ。よろしくねぇ」

「まお……」


 え?



作中一番のお気に入りキャラ、リリーちゃんです。

モフモフです。

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