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14.これは大変ですお父様

 まぁ色々あったが、とりあえずは無事に出征式を乗り切った俺はこれで晴れて名実共に【勇者】になったわけだ。

 あとは旅支度を整えて、いざ修行の旅に出発! となるはずだったのだが……。




「ダメに決まっているだろう?」

「どうしてですか、お父様?」


 難しそうな本が壁を覆いつくす本棚に並べられた、紙とインクと葉巻の煙の臭いがする一室で、これまで喧嘩をしている姿を見た事も無い2人が静かな言い争いをしていた。



 話は10分ほど前にさかのぼる。

 以前から俺の旅に同行すると言っていたミウが俺と共に旅支度をしていると、我が家の執事のフランクルがやって来て、いつも通り穏やかな表情でこんな事を言ってきた。


「お嬢様方、何をしておいでですかな?」

「何って、旅の準備だけど?」


 明日旅立つことはみんなに伝えてたはずだけどな?

 俺が首を傾げていると、隣でミウが静かに立ち上がった。


「申し訳ありません。ミウは少しお父様とお話がありますので、お兄様はこのまま作業を続けていてください」

「え?」


 なんだなんだ?

 会話が全然成り立ってないぞ?

 だというのに、何故か執事のフランクルも白い口髭を撫でながら静かに頷いてミウと共に部屋を出て行った。

 訳が分からん。

 とりあえず俺もついて行ってみるか?

 そう思って2人を追って父さんの書斎にたどり着いた結果、ミウと父さんが口論している現場に出くわした、という流れである。

 どうやらミウは父さんに俺についていく事を伝えていなかったらしいな。


「ミウ、お前はこのボルデンハイン家の一人娘だぞ? 分かっているだろう?」


 仕事机に座り、書類の山に目を通しながら鷹の様な鋭い眼光をミウに向ける父さん。

 母さんが度を超えた童顔で、俺もミウも顔は母さんに似たため想像もつかないが、父さんはまるでインテリヤクザの様な人相の悪さと目つきの鋭さを持っている。

 前世で隣にこんな人が座っていれば、静かに席を隣にずらしてしまいそうな風貌と雰囲気を持っているが、これでも母さんや俺たちの誕生日には欠かさずプレゼントを用意するし、使用人たち全員の誕生日まで把握して欠かさずお祝いの言葉をかけるなど、意外にも優しい一面がある。

 だが普段から物静かな上に目つきの悪さも相まって、知らない人からは間違いなくカタギには見られないだろう風貌をしている。

 そんな強面父さんにミウは臆するどころか笑顔を崩す事無く言う。


「はい。ですのでお父様、早く次の子をこさえてください。お母様はまだまだピチピチですし簡単でしょう? ミウの希望としては弟が欲しいですね」

「……お前は自分が何を言っているかわかっているのか?」


 ……お前は何を言ってるんだ?

 ミウの相変わらず意味不明な回答に父さんは一瞬眉をしかめると、眼光を先ほどまでの3倍程強めたおっかない顔でミウを睨みつけた。

 父さんもミウも俺の家族とは思えないほど頭がいいので、会話がポンポンと“飛ぶ”。おかげで俺は置いてけぼりだ。


「なぁ、フランクル。2人は何を言ってるんだ?」


 俺は足りない頭を補うために傍に控えていたフランクルにそっと耳打ちした。


「勇者の旅は非常な危険が付きまとうものでございます。それ故にミウ様を心配し、ミウ様の旅を反対した旦那様に対し、ミウ様は『自分の事は死んだものと思い、早く新たな世継ぎを作れ』とおっしゃっております」


 ミウ……マジか。


「いや、それは父さんが正しいんじゃ?」

「左様にございます。しかしながら、それ程までにミウ様の意志は固く、そしてその意志の根底にはタイラー様、貴方様がいらっしゃるのでございます」


 うお……。俺が思ってた以上に重い話だった。

 しかもどうやら俺が原因らしい。

 ……だとしたら、俺はどうすればいいんだ?

 なんとなく。そう、なんとなく俺はこの世界での生活、そして勇者の使命ってのをゲームの様に気楽なものだと考えていた。

 しかし、こうしていつも穏やかな2人が真剣に言い争っているのを目の当たりにして初めて、俺はこの旅が生死を掛けた危険な物である事に気づかされた。

 マヌケな話だよな。

 昨日、いや、ついさっきまではミウが旅についてくる事について何も考えずに『おう、一緒に行こうぜ』なんて気楽に言ってたのによ。

 正しいのは間違いなく父さんだろう。

 修行の旅は何年もかかるのが普通らしいし、この世界の貴族の女の子の『婚期』を考えれば帰って来た頃にはミウはいわゆる『行き遅れ』状態になりかねない。

 それに俺としては絶対にありえないと思いたいが、この旅の途中に魔王の軍勢から狙われる事も多いらしく、俺の身に万が一が無いとも言い切れない。

 息子と娘、たった2人の我が子を亡くす事を良しとする親がいるはずはない。

 しかしミウは一度言い出したら絶対に折れない。

 この14年、ミウと一緒に暮らしてきてその頑固さと、そして俺を大切に思ってくれている気持ちは知っている。

 いったい何時からミウはこれ程真剣に俺と一緒に行くと決めていたんだ?


『だからさ、ミウ。良ければお前も一緒に俺と遊ばねぇか?』


 そのとき不意に思い出した、何年も前の俺自身の言葉を。

 まだミウが引きこもりをしていた頃、俺は軽い気持ちでミウにそう言った。

 だが、今思い返してみれば、俺が言ったそんな一言から、ミウは目の色を変えていた。

 それまでは世界の全てに退屈したような表情を浮かべていたミウが、今の様に明るく積極的な性格に変わっていった。

 俺にとっては子供が子供に言った何気ない一言。

 しかし、ミウにとってはそれが切っ掛けだったのかもしれない。

 ……だとしたら、俺は、きっとその言葉に責任を持つべきなんだろう。


「なあ、父さん。俺からも頼む! ミウを一緒に――」

「お前は黙っていろ」


 俺が言葉を言い終える前に父さんは視線だけで人を殺せそうな顔でそんな事を言ってきた。

 こっわ。

 取り付く島もねぇのかよ。

 しかしそんな俺と父さんのやり取りを見てか、ミウに動きがあった。


「お父様。ミウはお兄様のお力になる為に、戦闘の補助をする為の鍛錬も積んできました。お兄様が無事に帰ってくる為にも、ミウの同行を認めてください」

「そんな物はうちの商会の腕利きの冒険者を2,3付ければ済む話だ。子供のお前の出る幕ではない」


 む? そういえばミウの奴、いつの間にか回復魔法とか、補助魔法が使える様になっていたが、隠れて鍛錬をしていたのか?

 ミウの言葉を俺はどこか嬉しく思っていると、ミウは父さんにこんな事を言いだした。


「流石はお父様です。確かにそれなら安心ですね。ですがお父様? お父様がそう仰るかもしれないと思い、ミウの方で商会所属の冒険者の方達から候補者を見繕っていたのですが……リゼ、アレを」


 え? リゼ? この部屋には居ないぞ?

 俺がそう思って首を傾げていたその時だった。


「はい、ミウ様」


 いきなり入り口のドアが開いてリゼが入ってきた。


「うぇっ!?」


 ウソだろ!? おっかしいな? こう見えても俺は魔力感知についてはそれなりに自信があるんだが、リゼの魔力なんてどこからも感じなかったぞ?


「私の才気(アビリティ)は『魔力遮断』です。私は私の魔力の一切を外に漏らさない様にする事が出来るのですよ」


 首を傾げていた俺の背後にスッと近寄ったリゼがそんな事を耳打ちしてきた。

 相変わらず言葉にも出していない筈だが、俺の知りたい事がサッと出てくるな。

 ……もしかしてこの部屋の中にいる人間でエスパーじゃないのは俺だけなのか?

 俺がやや不貞腐れた気持ちでいると、リゼはにっこりと俺に微笑んだあと、いつも通り洗練された足運びでミウと父さんの前に歩いて行った。


「旦那様。ご確認ください」


 父さんの前に立ったリゼはスッと1枚の封筒を懐から取り出した。


「んなっ!?」


 そしてその封筒の封を切り、中の書類を見た父さんが、珍しく大きな声を上げると、何故かその顔色が青くなっていく。

 ……なんだか会話の雲行きが怪しくなってきたぞ。


「申し訳ありません、お父様。そんなつもりは無かったのですが、冒険者の方のリストを確認しようと、商会の資料を確認している最中に偶然そんな物を見つけてしまいまして……。でも、ご安心ください。ミウ以外には誰も見ていませんし、ミウはお父様の娘ですからどんな事があっても()()を公言するつもりなどありません。ですが……」


 どこかわざとらしく困ったような表情を浮かべたミウはそこで言葉を区切ると、母さんが時々する様に頬に手を当てて『あらあら』と首を傾けながら続けた。


「お父様。ミウも人間ですので、『ついうっかり』仲の良い使用人、例えばリゼなどには話してしまうかもしれません。でもリゼは優秀なメイドですし、それを公言したりはしませんよね?」

「申し訳ありません、ミウ様。私の実家、バルテレミー家は代々聖教府に忠誠を尽くす事を誓っております。ですので、聖教府から尋ねられれば私は……」


 ミウに訊ねられ、これまたわざとらしく困り顔を浮かべたリゼがそんな事を言いだした。

 ……おい、まさかお前ら。


「まあっ!? これは大変ですお父様。そんな事があってはボルデンハイン家は大変な事になってしまいますね。そうならない様に秘密を知っているミウをどこかに遠ざけてしまうのが良いのではないですか?」


 ……もしかしたら俺は異世界一恐ろしい三文芝居を見せられているのかもしれない。

 なんとなくそんな気がした。

 その後、頭を抱えたまま『もう好きにしろ』と絞り出すように言った父さんの背中は、その長身が嘘のように小さく見えた。

 一方のミウはいつも通りのニコニコ笑顔で俺を人形か何かの様に抱え上げると、意気揚々と父さんの書斎を後にした。

 部屋に帰る途中、偶然通りかかった母さんが俺たちを見てこんな事を言ってきた。


「あら、ミウ。なんだか嬉しそうねぇ。アレは役に立ったのかしらぁ?」


 ……母さん?


「はい。ありがとうございました、お母様」


 ミウがそうにこやかに答えると母さんは満足そうに頷いて言った。


「そぉ~。じゃあお母さんは父さん(ジャン)を慰めに行ってあげないといけないわねぇ~」


 母さんはミウとリゼの3人でクスクスと笑い合っていた。

 15年この家で生きてきたが、俺はこの日生まれて初めて我が家の闇に触れたのかもしれない。


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