13.聖剣!?
静まり返る巨大な空間。
しかしそこは無音ではなく、背後に居るであろう大勢の人々の息遣いや、何十と重なったかすかな物音がノイズの様に混じり合っていた。
天井は高く、何十メートルもありそうだ。
そんな高い天井に空けられた窓には巨大なステンドグラスが填まり、この巨大な空間を天が漏らした僅かな光で薄暗く照らしていた。
「汝、大いなる女神様の使命を担いし者。悪辣なる魔の王を討つ定めを受けし者よ。その命を賭して戦い抜くと誓いますか?」
壇上から重々しい言い回しでそんな事を訊ねてくるのは、こんな場面でもなければお近づきになりたい、なんて考えてしまいそうな程の超絶美少女だった。
彼女はこの世界で【姫巫女】と呼ばれる聖女様だ。
何故だか俺も『聖女』なんて呼ばれてはいるが、そんなもんは家の中とご近所さんレベルのもんで、いわば『ご当地聖女』のレベルだが、彼女は違う。
女神を崇拝する【聖教府】の頂点であり、前世で言うカトリックの教皇と同じ様な立場にある、正真正銘の『聖女様』である。
前世の教皇はお爺さんばかりだったが、こっちの世界の【姫巫女】は若い女性であるらしい。
というのも、この世界では死者の魂は女神が回収して、【業】と呼ばれる前世の記憶とかその他諸々を綺麗さっぱり【浄化】された上で、新たな生命として【転生】を繰り返す事になっているらしく、キリスト教というよりも仏教に近い宗教観があるらしい。
だが、そんな【転生】の輪廻から外れた存在がこの世界には2つ存在する。
1つが俺、つまりは『外の世界』から連れて来られた魂を持って生まれる【勇者】だ。
そしてもう1つが、初代からずっと同じ魂、そして同じ【業】を引き継ぎ続けているという【姫巫女】だ。
まぁ、早い話がダライ・ラマに近い感じの存在って事の様だ。
なお、神曰く――
『『彼女』は遠い大昔からのボクの『お気に入り』さ。悪いけどキミよりもフレンド暦はずっと長くてね。おっと妬いちゃった? めんごめんご』
――だそうだ。
あいつの面の皮は何メートル有るんだろうか?
妬いて貰えるほどいい性格だったら、俺は今頃生えてるチビ女をしていない筈だが?
まぁ、あいつの話は置いておこう。
とりあえず、【姫巫女】とはそんな神聖な存在で、転生を繰り返している為今現在は若い姿だが、その精神年齢は何千年という人生経験を積んだ仙人の様な存在であるらしい。
「ち、誓います!」
これでもだいぶ頑張ってはいるが、前世じゃ経験した事も無い大きな重圧のせいで、流石に声が震える。
それほどまでに、姫巫女様のオーラというか、存在感がハンパない。
「宜しい。汝の覚悟を女神様は見届けられました。これより女神様によるご神託を賜ります。謹んでお受けなさい」
姫巫女様がそう言って踵を返すと、壇上の奥、見上げる程に巨大な扉が重々しい音を立てて独りでに開いていく。
リハーサルの通りの展開だが、実際に扉が開く所は見ていないので、圧倒される。
姫巫女様が慣れた様子でその奥へと進んでいく。
俺はリハーサル通りに扉の前でお祈りのポーズをして、その後に続く。
さて、ここから先はアドリブとなるわけだ。
リハーサルとはいえ神を崇めてる人たちが、神の代わりなんて出来ないと言うものだから仕方がない。
つっても、相手は前世から気心の知れた相手。扉の奥に入っちまえば、衆目は無くなるし、姫巫女様は居るが、基本的には俺と神が1対1で話すだけなんだし、それほど緊張する様な事も無いだろう。
少しだけ軽くなった体を前へ進め、俺が扉の中へと入ると、巨大な扉は再び重々しい音を立てながら、俺と大観衆の居る大聖堂を切り離した。
「ふぅ……」
解放された心持ちからか、俺は無意識に大きな息を吐いてしまった。
「勇者様。お疲れさまでした。ずいぶんと緊張されていたご様子でしたが、大丈夫ですか?」
「フヒェッ!?」
扉の先にあったやたらと広い廊下を歩いていると、突然先ほどとは違った様子で話しかけてきた、姫巫女様の言葉に不意を突かれた俺は変な声が漏れてしまった。
「クスクス。そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私は『姫巫女』なんて呼ばれてはいますが、実際は大昔から女神様にお仕えしているメイドの様な者です。勇者様もそう思って気軽に接してくださればいいですよ」
どんな無茶ぶりだよ?
実質人族の人間の中で一番偉い人相手にメイド扱いなんてできる訳ねぇじゃん。
それともあれか? 『緊張しなくな~れ、萌え萌えキュン』とかやってくれるのか?
「あら、ボルデンハイン家ではそんな風習がおありなのですか!? でも、それは面白そうですね。えっと、『緊張しなくな~れ、もえもえキュン』。うふ。どうでしょう。上手く出来ていましたか?」
うわ、かわい。
じゃねぇよ!? 何!? 俺今の口に出しちゃってた!?
ウソでしょ!? ヤバい! ヤバすぎる! いくら緊張してても、そこまでやらかしちまうのかよ、俺!?
「あらあら。大丈夫ですよ? 勇者様は何も仰っていません。えっと、なんて言いますか、私は女神様に長くお仕えさせていただいているおかげで、人の心の声を聞く事が出来たり、人の考えていらっしゃる事が見えたりするんです」
こいつもエスパータイプだったぁ!?
マジかよ。この世界エスパー多すぎねぇ!?
「あらあらあら。勇者様の周りには他にもそんな方がいらっしゃるのですか? あら、勇者様の妹君が? それは是非お会いしたいものですね」
勝手に人の頭の中を覗いた上に、変な所で変な化学反応を起こさんでください。
「あ、あの、姫巫女様? ご神託? はいいんですか?」
「あら、そうでしたね。今代の勇者様はあまりにも可愛らしい方だったので、ついついお話をしてみたくなってしまいました」
超絶美少女に『可愛らしい』とか言われてもただ複雑だな……。
まぁ、もう慣れてるけど。
「クスクス。本当に可愛らしいお方ですね。では、奥へお進みください。女神様がお待ちです」
そう言って案内された先には、廊下と薄絹一枚で隔てられた一面真白な部屋があった。
何か見覚えのある光景だな……。ああ、そうか。転生する直前に神の奴に拉致された亜空間がこんな感じだったな。
俺がそんな事を思いながら部屋を見渡していると、その部屋の中央辺り、いつの間にそこに立っていたのだろうか、1人の女性がこちらを見ていた。
「ぅぉ……」
見れば、それは最高級の絹の様な真っ白な長い髪を床に引きずる程に伸ばし、白い肌が透けて見える様な薄い布一枚を身に付けた、目を向ける事も憚られるほどの美人だった。
普通にエロい恰好なのに、そんな事よりも『美しい』と思ってしまう神秘的な空気をまとったその美女は俺の方を見つめながら、その空色の瞳を柔和に細めて笑みを浮かべた。
ん? 気のせいかどこからか変なのが聞こえて気がするが……、まぁ気にしない様にしよう。
しかし、この美人はいったい誰だ? 神と話をする筈だったんじゃ?
俺は部屋の中をもう一度見まわしてみるが、あの白髪幼女の姿を見つける事は出来ない。
「……クス」
「ん?」
俺がキョロキョロとしていると、目の前に居た美人が何故か口元を隠しながら笑いを漏らした。
なんか今日は美人に笑われる事の多い日だな。
「ブフッ! ダメだ。もう限界だよ」
美女がそんな外見に似つかわしくないようなセリフを吐いた次の瞬間だった。
ポフン。そんな音がして、気がつけば目の前の美女が見慣れた白髪幼女になっていた。
「のわっ!? 神!? てめぇが化けてやがったのか!」
「ブフッ! アッヒャヒャヒャヒャ!」
「おい! 笑い事じゃねぇぞ! こちとら知り合いと飯に行く約束した筈なのに見知らぬ他人が待ってた、みたいなレベルでマジで焦ってたんだぞ!?」
気が付けば先ほどまではただの真っ白な空間だった筈の部屋が、フローリングの床にソファ、壁の隅には6面モニター付きのゲーミングPCとデスク、小さめのキッチンに床に散らばったマンガ雑誌と、妙に落ち着く生活感あふれる現代風の部屋になっていた。
もしかしてこれが本当の『神の部屋』なのだろうか。あり得る……。
「いやぁ~、めんごめんご。女の子の姿の君が、あまりにも分かり易い童貞ムーブをするものだから、つい……」
「童貞ちゃうわ!」
「おっと? まだ15歳のキミがもう童貞を卒業していたのかい? お相手は誰かな? ボクの記録にはそれらしい物はない様だけど?」
……ハッ!?
そう言えば転生した今の俺はまだ童貞だった!
「ブフッ! ヒーヒー。全くキミは、相変わらず楽しい玩具だね」
「人の事を玩具にしてんじゃねぇ! そんな事よ……り……」
俺が神の奴に文句を言っていたその時、俺の視界の隅で何やら動く物があった。
気になった俺は視界をそちらに向けると、そこに居たのは大きな目がポロリと零れそうな程に目をギンギンに見開き、神を見つめている姫巫女様だった。
「え……? 姫巫女様?」
「ドゥフフフ……。女神様がこの様な愛らしいお姿に……。それにこんな意地の悪そうなお顔をされるなんて……。これは、堪りませんね……」
「姫巫女様!?」
鼻息荒くそんな事を呟いていたのは、確かに先程までいっしょに居た美少女の筈だったが、その口調や顔つきが前世のキモオタのそれだった。
「…………おい、神?」
「……ところでタイラー。神託についてなんだけど」
「いや、そんな場合じゃねぇだろ。なんだよ、これ?」
「……それに関しては今は置いておこうか」
「置いとけるか! 気になって神託どころじゃねぇよ!」
何処か明後日の方に目を向けながら、はぐらかそうとする神に俺がツッコミを入れている最中も、ローアングルから神に熱視線を向けている姫巫女の様な何かが居た。
「勇者様、私の事はレイヤーの周囲に居るカメコか何かだと思ってお気になさらず、どうぞ女神様からご神託を!」
そしてそんな謎の生物は何故か床に這いつくばったまま、親指を立ててウィンクをしてきた。
っていうか、レイヤーとか、カメコとか、この人もしかして神と一緒に『あっちの世界』に行ってたりするんだろうか?
「コホン。えっと、キミをここに勇者と認め、女神の加護と聖剣を――」
「この状況で普通に続けるのかよ。すげぇな、お前」
「……信じて貰えないとは思うけど、これでも普段はとても優秀で気の利くいい子なんだよ。でも……、いわゆる重度の偶像崇拝者でね」
「メガミオタク……? 聞いた事ねぇオタクだぞ」
「ボクの姿は見る人によって変わるから、キミからすればボクはこの姿な訳だけれど、他の人達からはそれぞれにとっての『理想の女神』の姿に見えるのさ。そんな訳でこの通り、ボクが姿を変える度にその姿を目に焼き付けようとこういった奇行に……」
「……お前も苦労してんのな」
……ん? 見る人によって姿が変わるのなら、なんで前に『貧乳』って言った時にあれ程怒ったんだ?
「と、ところでタイラー。これをあげるよ」
「ん? 何だいきなり?」
神は何故か早口気味に言いながら、手に握った何かを渡すかのように俺に手を伸ばしてきた。
よく分からんが、手を伸ばしてそれを受け取る。
「ん? どわっ!?」
次の瞬間、神から手渡された『何か』は突然眩しく光り輝くと、俺の掌の上でその姿を棒の様に伸ばし、俺の手のひらに収まっていた。
「ななななんだこれ!?」
その謎の物体を覆っていた光が収まると、それはまるでゲームの中から出てきた様な剣になっていた。
それも刀身の厚みも幅も、そしてその刃渡りも、現実の剣だとしたら重すぎてまともに振れないレベルの大きさがある巨大な大剣だ。
っていうか、どう見てもバスターソ……ゴホン。身の丈ほどもある大剣だ。
「なんじゃこりゃ!? めちゃくちゃデケェのに、棒きれみたいに軽いぞ!?」
「へぇ、キミの聖剣はそんな形なんだね」
「聖剣!?」
「ああ、勇者だけに扱えるボクの力の宿った剣さ。持ち主の成長に合わせてその剣も強く硬く、切れ味も鋭く成長する《神様の刃》的な奴だよ」
「なんかカッケェ!」
「ちなみに聖剣の形は持ち主の心に合わせて変化するんだ」
おお! つまり聖剣がこれほどの大剣になったって事は、俺の心はこれ程までに強大で強いって事か!
「つまり、聖剣がそんな風に無駄に大きくてゴツい形になるって事は、キミの『大きくなりたい』って気持ちがいかに強いかを現していると言えるわけだね。プフッ! それが叶わぬ夢ってのが何とも切ないねぇ」
なっ!?
「ちちち違うわい! 俺の心の広さと強さの表れとかだよ!」
「まぁ、そういう事にしておいてあげるよ。でもまぁ、気を付けてね」
「ん? 何がだ?」
俺が手に入れたばかりの聖剣を柄から切っ先まで見回していると、不意に神の奴がそんな事を言ってきたので、俺が振り向いた、その時だった。
「んひゃぎっ!?」
あまりにも聖剣が大きいせいで、振り向いた拍子に聖剣の峰が床にしゃがみ込んで神を覗き込んでいた姫巫女の後頭部に打つかってしまった。
「ぅわっ!? わりぃ! 大丈夫か!?」
俺は慌てて聖剣を放り出し、姫巫女に駆け寄った。
でもまぁ、見た目はデカいが、あんなに軽いんだし大した事にはならないよな?
と、そんな軽い気持ちが湧いたその時だった。
背後でまるで鉄骨を落したかのような巨大な音がして、部屋の床がその衝撃で揺れるのを感じた。
「……え?」
見れば、先ほど俺が放り投げた聖剣が床に突き刺さり、それを中心にフローリングの床がぶち抜かれていた。
「なんじゃこりゃ……」
「あちゃ~。だから気を付けてって言ったのに。聖剣は勇者にとっては軽いけど、実際には見た目通りの硬さと重量があるんだよ。つまり、そんな巨大な剣を放り出せば当然それなりの衝撃が発生するし、それにそんな重い物が後頭部にぶつかれば……」
「あれ!? 姫巫女様!? ウソ、ウソだろ!? お、おい、神? この人、息してないんだが?……」
「……まぁ、良い奴だったよ」
結局、あの後瀕死だった姫巫女を神が『奇跡』とやらで復活させ事なきを得たが、『出征式の当日に姫巫女を殺害しかけた勇者は長い歴史でも君が初めてだよ』なんて厭味を言われる羽目になった。
一方被害者の姫巫女様は『女神様の奇跡をこの身に受ける事が出来たのです。1度や2度死んだくらい、お気になさらないでください』なんて言っていた。
色んな意味で逞しい人だな……。
ちなみに、姫巫女様から『女神様からタイラー様は“素”を出しても大丈夫な方だと伺ったもので、ついつい羽目を外しちゃいました、テヘ』とか言われた。
変態聖女の癖に顔が良いせいでどこか憎めないのも腹立つが、何故俺なら大丈夫だと判断したのか、神の奴を1時間ほど問い詰める必要もありそうだ。




