11.オーパーツじゃねぇか
ぼくのかんがえたさいきょうのぶらじゃあ。
さて、母さんの実家の『秘伝』とやらは母さんの部屋にあるという事で、俺とミウは朝食の後母さんの部屋に移動していた。
何度か入った事はあるが、棚の上には人形やぬいぐるみが大量に置かれ、天蓋付きのベッドやカーテンはフリルのついた白やピンクの可愛らしいもので揃えられ、とても30歳の2児の母の部屋とは思えないな。
「あったあったぁ~。若い頃に着けてたやつだけどぉ~、タイラーちゃんにはピッタリよねぇ~。」
母さんがそう言って洋服箪笥から取り出してきたのは帽子が2つ繋がった様な袋……、もとい、巨大なブラジャーだった。
「デカ……」
「ん~? 見たところ普通の下着の様ですが?」
俺が絶句している隣で、ミウは顎に手を当てて首をかしげていた。
「んふふ~。それがねぇ~。じゃ~ん。ここよぉ~」
母さんがそう言って指さしたのはブラの袋の部分だった。
「魔術回路……、それもこれは空属性魔法のものですか?」
一見して普通に下着の模様かと思っていたが、ミウが言う通りよく見るとそれはこの世界の魔法陣の一種であるらしかった。
もっとも、魔法に詳しくない俺にはそれが何の魔方陣か、なんてことまでは分からんが。
「空属性?」
「はい。ちょうどお兄様が剣術をする際に足場を地面に繋ぎ止める為に使っている『固定』の魔法などがそれに当たります」
ほうほう。そういえばあの魔法を初めて教わった時にそんな話を聞いた気もする。
「もっとも、『固定』はその中でも初歩の初歩で、上級である空間転移や飛行、加速といった魔法は人間種では一部の専門家を除いてほとんど使える人はおらず、その他の人種でも余程適正が高い方しか扱える人はいないと言いますが」
空間転移!? 飛行!? 加速!? 何それカッコイイ!
「おいミウ! じゃあこのブラ使えば空が飛べるとか!?」
「いいえお兄様。残念ですが、飛行魔法は重力や推進力を繊細に調整し続ける非常に高度な術式が必要です。物をどこか一方向に飛ばすだけならまだしも、自由に空を飛ぶような複雑な術式を魔術回路、いわゆる魔方陣で描こうと思えば、我が家の庭の全てを埋め尽くしても足りません」
なんだよ。タケ〇プター的なやつかと思ったのに。
いや、待てよ? 空飛ぶブラジャーって、よく考えたらおかしいな。
じゃあ一体何だ?
俺がそんな事を考えているとミウが母さんに質問を投げていた。
「お母様。その下着の魔術回路はいったい?」
「んふふ~。これはなぁんと、おっぱいを軽くしちゃう魔法の下着なのよぉ~」
な、なんだってぇ!?
「まぁ! それはすごいです、お母様!」
この胸に乗しかかっている重圧が軽く、だと!?
それは世紀の大発明なんじゃねぇのか!?
「しかしお母様? どこでそんな素晴らしいものを?」
「んふふ~。これはねぇ~、大昔の牛獣人の英雄さんの~、ナントカって人が発明したっていうすごぉ~い鎧の技術で作られてるのよぉ~?」
ふむ。母さんの間延びした声とかなりフワッとした説明の所為でよく分からねぇな。
よし、こういう時はミウさん、お願いします。
「はい、お兄様」
おお、本当にアイコンタクトだけで通じるとは、流石はエスパータイプの妹。
「お母様の仰っておられるのは、おそらく600年ほど前の女勇者ハピス様の事ですね」
む!? 勇者が発明だと!?
そういえば勇者特典の『メニュー画面』も過去の勇者が発明したんだっけ?
「人族の牛獣人のご両親からお生まれになったハピス様は、獣人でありながら手先が器用で、勇者でありながら学者肌の方だったといいます。その為、様々な魔道具をお作りになられて、『牛獣人=脳筋』というイメージを払拭されたとして、『勇者』というお役目以上の賞賛を牛獣人の方々からはお受けになっています」
ほほぉ~……。そんなすごい勇者がいたのか。……転生前は学者だったりしたのかな?
まぁ、その人には悪いが未だに『牛獣人=脳筋』のイメージは定着してるけどな。
俺の聞く限りの牛獣人の特徴と言えば、人間の顔と体に牛の耳と角、尻尾を生やした筋骨隆々とした大柄な体格の人種で、獣人の中でも飛びぬけたパワーを持っている反面、魔法とかは苦手で、素早い動きも苦手、そして何より女性はもれなく乳が超デカいという感じだ。
一回この国の騎士団の訓練を見に行った時に牛獣人の女戦士がいたけど、180センチぐらいの背丈に、男顔負けの筋肉、そして母さんと同じぐらいの胸が印象的だった。
……きっとそのハピスって人も胸で苦労したんだろうな。
「そぉ~そぉ~。それでねぇ~。お母さんの大お祖母様がぁ~、その技術を解析してこの魔法陣を完成させたのよぉ~」
「まぁ! それは素晴らしいですね!」
ほ、ほぉ……。
えっと、つまり、600年前の勇者が発明した鎧の技術を俺たちの大々お祖母さんがパクってブラジャーにしたと?
……いいのか?
「問題ありません。ハピス様の発明品の一部は今現在でも使われていたりしますから。もっとも、半分ぐらいは複雑すぎて600年経った今でもその原理と製法が解明できていないのも事実ですが」
オーパーツじゃねぇか。
「ミウの推測ですが、おそらくハピス様は発明に因む何かしらの固有才気をお持ちだったのではないでしょうか。アビリティは女神様がお創りになられた力なので、人間にはその原理はまるでわかりません。おそらくそのアビリティを使って発明された物の一部も現代の技術では解明できないのではないでしょうか」
あ~、確かにありそうだな。
「ん? だとしたら、そんな未知の技術を使ったブラジャーって、もしかして滅茶苦茶すごいのでは!?」
「はい、その通りですよ、お兄様」
おお~。神の作ったアビリティで作った発明品を解明して作った……えっと、なんかすごいブラだな。
「じゃ~あ~、さっそく着けてみてねぇ~」
俺が自分で言いながら混乱していると、母さんがそんな事を言ってきた。
ふむ。気にはなる。
しかし、こうして家族の前でブラジャーを着けるのはさすがに恥ずいな。
俺がそんな事を考えていると、スゥっと素肌に直に風が当たるのを感じた。
「ん? ……のわっ!?」
気づいた時には俺の部屋着は脱がされ、パンツ一丁にされた俺は背後から何者かの手によってブラジャーを着けられていた。
「え!? 何!? 何が起こったの!?」
「お嬢様、まだじっとしていらしてください」
驚愕する俺が振り返ると、そこにはいつの間にか俺の専属メイドのリゼが居て、ブラジャーのホックをかけているところだった。
それはまさに匠の手による人間離れした早業だった。
っていうか、リゼって時々気配もなく俺の背後に立ってるんだが、偶然だよな?
「はい、出来ましたよ」
最後に何故か胸を捏ねまわされ、ブラの袋に詰められたところでそんな事を言われた。
ぉぉ……。これが『寄せる』技術か……。
いつもはお互いの弾力に反発して外を向いていた胸が規則正しく並び、間に深い谷間を形成していた。
っていうか、あれだけデカく見えたブラがピッタリと填まってるんだが、俺の胸っていったい……。
「まぁ! 素敵です、お兄様」
ミウはそう言って目をキラキラとさせるが、そんな下着一枚で何が変わるって言うんだ?
半信半疑な俺はリゼがいつの間にか部屋の隅から持ってきていた姿鏡の方に身体を向け――。
「んっ!?」
それは不思議な感覚だった。
俺が体をひねったその時、いつもならその後に少し遅れてやってきていた胸の“反動”がやって来ないのだ。
「え……嘘、だろ?」
驚いた俺は自分の胸を下から持ち上げてみたり、身体を左右にひねったり、飛び跳ねてみたりもしたが。
「なんじゃこりゃ!? 胸が無い!? いや、有るけど、重さが消えた!?」
「んふふ~。すごぉいでしょ~?」
「素晴らしいですお母様! 重さが無くなればどれだけ揺れても胸にかかる負担も無くなりますから、垂れたり、形が崩れる心配も無いですね!」
ミウがそう説明した通り、俺の胸はこれだけ揺れているのに、いつもは感じる皮膚や胸そのものが引っ張られる痛みが全く起こらない。
「それに魔術回路の構造を見る限り、着用者の魔素を自動的に吸収して術式を持続するタイプの様なので、これならお手入れは普通の下着と同じ様に出来る筈です」
『魔素』ってのはいわゆるMPの事だな。
回復量は個人差があるらしいが、付けている感じだと吸い取られている量はそれほど大した事もなさそうだし、ずっと着けてたって問題ないだろう。
ちょうど感覚的には胸の重さを支えるのに使っていた体力の消費量がそのまま魔素の消費に置き換わった感じだな。
こんな少ない消費で、あれ程俺を苦しめていた重圧から解放されるなんて、まさに夢の発明だ!
「すっげぇ! こりゃすっげぇぞ!」
そのブラジャーのあまりの効力にテンションの上がっていた俺は、ふとした拍子に、自分の眼前に置かれた姿鏡に目が行った。
そして、そこに映っていたのは、未だに子供の様な顔と背格好のくせにやたらと巨大な胸のピンク髪の少女が、大きなブラからはみ出んばかりの胸をぶるんぶるんと揺らしながらはしゃぐ姿だった。
「…………。うぉ……、すげぇな」
「素晴らしいですお兄様!」
「素晴らしいですお嬢様!」
冷静になり恥ずかしくなった俺が自制する中、何故かミウとリゼがピッタリと息を合わせてそんな事を言ってきた。
気のせいか口の端に涎の様な物が垂れている様だが。
「……なぁ、お前らさ」
「お兄様。これでお胸の問題は解決ですね!」
「ん? まぁそうだが……」
何かはぐらかされた?
まぁ気にしない様にしよう。
「母さん、これ気に入ったぜ! 貰ってもいいのか?」
「えぇ~、もちろんよぉ~。でもぉ~、せっかくだしちゃんとタイラーちゃんに合わせた下着も作ってもらいましょぉねぇ~」
母さんはそんな事を言いながらにっこりと微笑んだ。
「お母さんの下着をタイラーちゃんが着けてくれてるのってぇ~、なんだかうれしぃわねぇ~」
う……。なんかそう言われると少し気恥しいな。
「んふふぅ~。えぇ~い!」
「なっ!? ちょ、母さん!?」
俺が母さんのセリフに照れていると、母さんはそんな事を言いながら、おもむろに着ていた服を脱いで下着姿になってしまった。
どっぷるん!
そんな効果音が出た気がする。
「んふふぅ~。これでタイラーちゃんも大人の女の子の仲間入りねぇ~」
そう言って俺の隣に並び、姿見を覗き込んだ母さんだったが、そこには俺の胸が小さく見える程の圧倒的な存在が映り込んでいた。
「パーフェクトです、お母様……」
「これが聖女様と聖母様……」
「……何で涙流してんの? お前ら」
妹とメイドに一応はツッコミを入れつつも、俺はあまり踏み込まないようにしようと思った。
その後、我が家にオーダーメイドされた俺の下着がいくつも届いたが、母さんとミウの趣味が暴走したそのデザインに、俺のモチベーションがゴリゴリと削られる事になるのはしばらく後の話であった。
大きなお胸の魅力を損なわずに型崩れや傷みから守る。
そんな技術を真剣に考えたらこうなりました。
特殊な糸は必要ですが、その糸で刺繍するだけなのでその気になればマイクロビキニにも使える筈です。




