9.好きでデカくなってんじゃねぇんだよ!
この世界に転生して15歳の誕生日を迎えた。
15歳と言えばこの世界じゃ男子はボチボチ成人とみなされて、大人と変わらない扱いを受け始める頃だ。
一方の女子では早い子は嫁いでいたり、さらに早い子はもう子供までいたりするそうだ。
実際に14歳になった妹のミウにはひっきりなしに縁談が持ちかけられているし、美人で頭もいいミウは貴族界隈では社交界にお茶会にと、縁談関係でドえらい人気があるらしい。
しかしそんな話をミウは、『お兄様に勝てたら考えてみますね』と断り続けているらしい。
一応これでも将来的には人間最強レベルの戦闘力になるらしいんだが? ……ミウは魔王にでも嫁ぐつもりなのだろうか。
まあ脱線しちまったが、15歳というのは勇者である俺の場合、少し特殊な意味を持つ様だ。
そう、なんと勇者は15歳になると女神様から神託を受けて、魔王と戦う力を得る為、修行の旅に出発する……らしいぞ。
まぁその辺の話は転生する前から神の奴にちょろっと聞いてはいたし、【教会】の方からもそんな話はされている。
流石に15歳の朝に突然母親から『あんたホンマはな、勇者やったんやで。ひのきの棒あげるから、魔王倒してきてな』なんて言われた日には『ババアてめぇ、ワシに遠回しに死ね言うてんのか!? こんなもんで戦えるかボケぇ!』と最初の戦闘の相手がオカンになっていた事だろうが、そんなことはないのである。
そもそも、今世での俺の母さんは美人で柔和で母性的だし、小さくて可愛い。そして“大きい”。前世の『お袋』とは違うのである。お袋とは。
おっと、また脱線しちまったが、そんなわけで俺はこの時の為に今まで汗水たらして鍛錬を積んで、体を鍛えに鍛えてきたのである。
だが最近、俺にはどうしようもない悩みがあった。それは――
「おいおいどうした? こんな剣じゃスライム一匹倒せねぇぞ?」
俺の勇者パワーの籠った剣撃を軽くいなしながら、無精髭の冴えないおっさんがムカつくセリフを吐いてきた。
「うっせぇ、ジジイ! 今から本気を出すんだよ!」
「あぁん? いつからテメェは師匠相手に手加減できるほど強くなったん、だっ!」
「どわっ!?」
俺の一瞬の隙をついたおっさんの鋭い剣撃が俺の手にしていた木剣を高々と弾き飛ばした。
「だぁ! ちくしょう! もう少しだったのによう!」
「何がもう少しだぁ? 後10年は早ぇよバカ」
ちっくしょう!
まったくムカつくおっさんだぜ。
でも、こんなおっさんでも元は帝国の軍人で『大帝の剣』と謳われた剣士だ。
歳はもう60近いらしいが、見た感じ40代後半ぐらいには見える。
口と女癖は悪いが、腕は立つ……が、剣が無ければただのダメなおっさんだ。
「……おいジジイ、教えろ。何で俺の全力があんな簡単に弾かれんだ? 俺のパワーは魔人並だって言われてんだぞ?」
「ハァ? いつも言ってんだろ、てめぇの剣は不器用だって。馬鹿力と乳だけはある様だが、攻め方が馬鹿正直で読みやすい上に、そもそもテメェは力に頼り過ぎて体の軸がブレてんだよ。元々の体重が軽いお前ぇの剣なんざ、隙を叩けば俺みてぇなジジイでも余裕だ。アホ」
ぐぬ……。
言ってる事は的確なんだが、一言カチンとくるんだよな……。
「『気』の使い方が甘ぇからそんな事になんだよ。体のバランスが悪ぃなら足場を魔力で固めて体重を掛けれる様にしろ。その無駄にでけぇ乳の重さが掛けられりゃあ、ちったぁマシな剣が振れるだろうぜ」
「好きでデカくなってんじゃねぇんだよ!」
うぎぎぎぎぎぎ!
ジジイの言う通り、俺の胸は母さんが小艦巨砲だから仕方ないとはいえ、ここ2,3年で邪魔になる程デカくなっていた。
でも身長もちゃんと伸びたぞ!
今や140センチはあると言っても過言にはならないだろう。
「――ぃ。おいチビ、聞いてやがんのか?」
「んぎゃあ!?」
俺がそんな事を考えてぼぉっとしてると、突然胸を鷲掴みにされた痛みで我に返った。
「てめっ! 人の胸をドアノブ捻る様な気安さで揉んでんじゃねぇよ!」
「あぁん? 乳揉んだぐれぇでいちいち喚いてんじゃねぇよ」
「おいジジイ! 女の胸タダで揉んどいて『ぐれぇ』とはなんだよ!? 普通に痛ぇんだぞ!?」
「なんだぁ? 女扱いしてほしいのか? 玉はついてんだろ?」
「女じゃねぇし! あと、棒はあるけど玉はねぇよ!」
まぁ、神の話じゃ玉は中に入ってるらしいけどな。
「知るかよ。そんな事より稽古は終わりだ。俺はこの後ちっと用があるからな」
「用って、今日はどこの女だ?」
「今日は『本部』からの呼び出しだ」
『本部』ってのはジジイの所属している【聖騎士団】の事だろう。
今じゃ軍人は引退しているらしいが、あの神を崇めている【聖教府】とやらの騎士団に顧問として雇われているらしい。
あんなのを顧問にしてるとか、大丈夫か? 聖教府。
いや、そもそもあんな女神を崇めてる時点で相当アレか……。
「とりあえず今日は自習だ。テメェはゴミみてぇな足回りの魔力操作を何とかしやがれ。いいな?」
「へいへい」
それだけ言うとジジイは屋敷の鍛錬場から去っていった。
「んっと、魔力を足の裏に固めて、地面と足の裏をくっつけるようなイメージ……だったよな?」
俺はとりあえずジジイのアドバイス通りに自主トレを始めた。
この世界の剣術は魔法なんて物があるおかげで、前世のマンガの様な事が出来ちまう。
さっき言ってた魔力操作だって極めれば、空中に立って戦う事だってできるそうだ。
それに、俺は火と土の属性しか使えねぇが、魔法剣、なんてもんまである。
まさにファンタジーだよな。
しかし、上手くいかねぇな。
俺は意識が目覚めた5歳の頃から父さんに言って剣の稽古を始め、12歳頃からはあのジジイに本格的な稽古をつけて貰ってるが、まだ勝てない。
もちろん自主トレは毎日欠かさずにやってるし、筋トレもキレッキレに仕上げてるが、能力値は上昇しても、実戦となるとあのジジイにも勝てない有り様だ。
もちろん原因は分かりきっている。
俺の視界の下半分を遮っているこの肉の塊だ。
子供ぐらいの身長しかない俺の身体に明らかに不釣り合いな“こいつ”は恐らく俺の体重のそう少なくない部分を占めているんだろう。
おかげで剣を振り下ろせば前に、横に振れば左右にと、俺の軽い体は胸に引っ張られてしまうのだ。
何で邪魔にしかならないってのにこんなもんがわざわざくっついてんだよ!
捥ぎ取ってしまいたいが、こいつにはしっかりと神経が通っているらしく、振り回せば痛いし、剣の柄とかにぶつければ悶絶ものだ。
正直生理の時の体調不良と並んで、俺のこの身体に対する不満点の1,2位と言って間違いねぇだろう。
『贅沢な悩みだねぇ。どれどれ? ……現在のキミの体形は138センチ、49キロ、92、53、78か。うん。キミには『名誉ド〇フ』の称号をプレゼントしよう』
のわっ!? 神!?
っていうか、勝手に人を空の民にしてんじゃねぇよ、名誉なのか不名誉なのか判断に迷うわ! 乳は有ってもハンドルはねぇからな!
それから俺の身長は140センチだ!
『はいはい。ツッコミご苦労様。キミさぁ、せっかくミウちゃんが教えてくれたのに、あれからも筋トレを続けてたね? ボディマス係数と骨格筋率が少女に有るまじき数値になっちゃってるよ?』
いや、ち、違うんだ!
俺だって筋トレを止めようとはしたんだ!
でも筋肉たちの悲しむ声が……(ピクピク)。
『分かったからそのオバケみたいな胸で胸筋をピクピクさせるのはやめてくれないかな?』
ああ、すまねぇ。つい大胸筋の奴がはしゃいじまった。
『そ、そうかい。キミが幸せそうで何よりだよ……』
俺の体はチ〇コはついていても基本が女である上に、俺の遺伝子の半分を占める小人種ってのはそもそも筋肉が付きにくい人種であるらしく、前世ほど筋肉は付かねぇし、付いた筋肉もプニプニで頼りねぇ。
それでもこの10年の努力の成果として、腹筋は縦に割れる程度には締まってるし、腕や脚も柔らかい肉の下にはちゃんと筋肉が息づいている。
強さがパラメータで表される世界ではあっても、やはり筋肉の存在こそが俺の努力を一番表している様に感じるぜ。
しかし、そんな俺の身体に於いて異常とも呼べるのがこの胸だ。
普通の脂肪だったらこれだけ胸筋を鍛えればもっと減ってしかるべきだと思うんだが、まったく減る気配がねぇどころか、胸筋が育った分だけ大きくなっている気さえする。
『……本当に贅沢な悩みだねぇ』
ん? 何がだ?
『この世界にはどれだけ願っても“大きな胸”を手に入れられない人だって多いっていうのに』
そんな事言っても、邪魔なもんは邪魔だしな。
『前世のキミはむしろ胸の大きい子が好きだったんじゃないのかな?』
うぐ……。まぁ否定はしねぇが。
でも自分に付いてるのは話が別だろ!
何の役にも立たねぇどころか、むしろこいつの所為で体幹はブレるわ、肩は凝るわ、裏側が蒸れて痒くなるわで、得する事が何もねぇぞ。
まぁ、つるぺったんなお前には分かんねぇだろうけどな。
その時、俺は理解していなかった。
その一言が後にどんな悲劇を招く事になるのかを。
『カッチーン』
……え? 何の音(?)
『ふむふむ。なるほど。キミはボクと戦争がしたいという事だね』
え、何急に?
……もしかしてお前、なんか怒ってる?
『タイラー君。アホなキミにも分かり易く説明してあげよう。いいかい? 男性はよく銭湯とかで誰のモノが大きい、小さいと比べたりするよね?』
ま、まぁそうだな。
何で女神のお前が知ってるのかは気になるが。
『でも男性の場合、大きさを比較するには精々下着姿にでもならない限り比べる事は出来ないじゃないか』
そりゃ当たり前だろ。常にフルちんの奴がいたら速攻しょっ引かれるわ。
『でもね、女性の胸の場合は服を着ていても一瞬でその優劣が判定されてしまうのさ』
……っ!?
確かにそう言われればそうだな。
『つまり胸の小さい女性は、ただそれだけで常に胸の大きな女性に対して負い目を感じて生きていかなければいけないんだ。もっとも、粗〇ンのキミには分からないだろうけどね』
なっ!?
おいこら神! 身長は小さくても息子はビッグだ!
ふざけんなよこの貧乳神!
『……へぇ。言ってくれるじゃないかタイラー』
その瞬間、周囲の空気が凍り付いた気がした。
え? もしかしてこれ、けっこうマズい?
『いやぁ、流石は勇者様だね。こうも勇ましくボクに挑んだ人間をここ1000年は見ていなかったよ。よしよし。そんなキミの勇気を称えてキミの望みは女神であるボクが叶えてあげよう。そのデカいだけで何も役にたっていないお胸が不満なんだったよね? じゃあその立派なお胸がちゃんと“役に立つ”様にしてあげようじゃないか』
え、ちょ、おま!?
いったい何を言って!?
『大丈夫。ちゃんと毎日搾れば生活に支障は出ない筈さ。栄養満点、いつでもフレッシュな搾りたてをみんなに振舞ってあげるといい。良かったね。これでそのお胸は立派に役目を果たせるよ』
待て、落ち着けよ神。俺は別にそんなつもりで……ん?
お、おい、気のせいか胸が張って――!?
『じゃ、またね~』
お、おい! 神!? かみぃぃぃ!!?
その後、1週間謝り倒して許しては貰ったが、後遺症で胸がさらに大きくなってしまった。
俺は次からは他人のも自分のも、女性の胸に関してはもっと優しくしようと心に決めたのだった。




