一緒にラジオを聴いてみた
それからたぶん20分は経ったろうか。俺と水口さんは無言で外の風景を眺めていた。
なんというか、自分の単純さに呆れてしまうのだが、担任から貰った酔い止め薬を飲んだことと、隣の座席に超絶美人が座っていることに気が紛れたのか、少しずつ体調が回復してきていた。
それに伴い、気になっているのが水口さんの体調である。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
かなり酔いがキツそうだ。なんというか、もうやらかしそうな雰囲気があり、自分のバス酔いよりも心配になってきている。
ここは少しでも良くなってもらいたいと、座席を窓側にした方がいいかもしれない。
「あのぉ、よかったら座席を交換するけど…」
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
見るからに辛そうだけど、もう一度声をかけるか。
「あのぉ?」
「はあ、はあ、はあ、はあ、…」
そこから、数秒が経った。
「…ごめん、ごめん。ちょっと、ぼーっとしてて。なに?」
シカトじゃなくてよかったわ…
「あぁ、席交換するけど。窓側のほうがいいんじゃない?俺、たぶん水口さんほどじゃないと思うし」
「いやっ、んー…」っと相変わらず青ざめた顔で考え込む水口さん。美人は体調悪くても美人なんだなと思う。
「ごめん、じゃあ申し訳ないんだけど、いいかな?」
「おっけです」
水口さんと座席を交換する。体を入れ替えていると、今まで気づかなかったいい匂いをふと感じる。
バス酔いしてる今はちょっとその匂いは嗅ぎたくないかも。なんて先程よりも良くなった体調でぼーっと考えていた。
◇◇◇
水口さんは席を変えてからは、ずっと外の風景を無言で眺めている。更に若干窓を開けて外の空気を吸っているようだ。
まだまだ呼吸が荒く、体調がマジで悪そうである。正直、このままやらかすのではないかと冷や冷やしている。
「あのさぁ、なんか喋ってくれない?」
そんなことを思っていると、井口さんが外の景色を眺めながら、横に座る俺に話しかけてきた。体調が悪いせいか、いつものクラスでみるよりも明るさが抜けていてぶっきら棒な感じだ。
「あー、えーっと体調は大丈夫?」
「ヤバい。やらかすかも…」
マジか。
「なんか話しかけてくれない?適当に」
「適当って…」
「なんでもいいからさ、気を紛らわせたくて。」
「えー、じゃあ好きな食べ物は?」
言ってから気づく。乗り物酔いしてる最中に食べ物のことは考えたくない。
そう思ったが、
「…ラーメン」
水口さんは答えてくれた。
「ああ!俺もラーメン好き。どんなラーメンが好きなの?」
「んー、全体的に好きだけど家系かな?あとモヤシがたくさん乗ったやつ食べてみたい」
「おお、家系美味いよね。モヤシが乗ったラーメンは二郎系かな」
「へぇ…っていうか今はラーメンの話はやめてくれない?嫌いになりそうだから」
「あぁ、ごめんごめん」
乗り物酔いしてるときに食べ物の話題はNGだわな。ってか、ラーメン好きなのか。
「んー、じゃあ、好きな音楽は?」
「んー、なんだろ?適当にサブスクで聴いてるからなぁ。ひのくんは好きな音楽ないの?」
「ごめん、俺まったく音楽聴かないかも」
井口さんとは音楽の話題がなさそうだ。ここで良い曲でも知ってたら会話が繋がるのに。
「マジ?でもさっきイヤホンしてなかった?」
「あー、あれはラジオ聴こうとしてたんだよ」
「…ラジオかぁ。ラジオって面白いの?」
「ラジオっていっても、俺が聴いてるのは主に深夜ラジオだけどね」
「ふーん、深夜ラジオねぇ。普通のラジオとどう違うの?」
「えっと、なんだろ?芸人がやってるラジオのことかな」
「えっ、芸人?ちょっと聴いてみたいかも。なんか聴かせてよ?」
おお、なんか井口さん食いつかれた。相変わらず顔色は悪いのだが、それでもいくらか気が紛れているようだ。
なんだろう。こんな美人と会話が続いていることに、内心、感動を覚えている。
「じゃあひとつ聴いてみよっか。俺もまだ聴いてないんだけどさ」
そう言いながら、スマホのラジオアプリを起動し、先程に聴こうとしていた芸人のタイトル画面をみせる。
「この芸人ってラジオやってるの?ってかラジオって生じゃなくても聴けるんだね」
井口さんは興味津々といったように答えた。ぶっちゃけ、深夜ラジオって下ネタとかもあるし、井口さんに合うかわからないんだけど、ここまで言われたら仕方がないか。
そう言いながらイヤホンを手に取り思った。井口さんにどうやって聴かせるのかと。
「あのさぁ、井口さん自分のイヤホン持ってないの?俺の使うのは気が引けるでしょ」
「なんで?」
「いや、まあ、自分で言うのもあれだけど、生理的にきつくないの?」
井口さんは一瞬キョトンとした顔をした後、何か思ったのかこう言った。
「ああね。たしかに火野くんの使ったのはキツいかも」
「うぐっ…」
ストレートに言われるとキツい。ちょっと会話のキャッチボールができてただけに、ショックが大きい。
そんなうなだれた俺を井口さんはニヤニヤしながら見てくる。
「なんてね!冗談だよ!全然平気だからさ。それにイヤホン後ろの座席に置いてきちゃったし、火野くんのやつ貸してよ」
肩をパシパシ叩きながら、笑ってくる。なんだこの人こんな性格だったのか。ってかバス酔いはどうなったの?
「わ、わかったらさ、ちょっとイヤホン拭くから待っててよ」
せめてイヤホンをポケットティッシュで拭こうとすると、それよりも前に井口さんは奪い取ってしまう。
「いーから、いーから。早く聴かせてよ」
耳に俺のイヤホンをつけた井口さん。なんかわからないけど、認められた感じがして嬉しい。でもそれを悟られるのはなんか釈に触る。
ようやく再生を押そうとしたのだけど、井口さんは片耳しかイヤホンを付けていない。どうしたのか聞こうとすると、もう片方のイヤホンを俺に渡してくる。
「なにやってるの?一緒に聴こうよ」
はあ、この人天然でやってたらタチ悪いな。反則だろ、それは。
「いや、いいよ俺は。あとで聴くから。」
「なにそれつまらない。ほら、いいから早く」
井口さんは俺の片耳にイヤホンをさしてきた。ゾクゾクっとしたけど、それを隠して仕方なく再生をタップする。
この状況、カップルがよくやるイヤホンの半分こじゃん。いいのかこれ?俺が女子に免疫がないからか、これって普通なのだろうか?
なんか無線のイヤホン買おうとしてたけど、まだまだ有線の物でもいいかなと思った。
そういえば、今から聴くラジオ、今週は神回だったらしい。
らしいと言うのも、聴く前に気になって事前にSNSで検索をかけると、神回との文字が多数見受けられたからだ。
楽しみな反面、学校で一番の美人の井口さんと一緒に聴くのは緊張する。
ラジオが再生される。お馴染みのオープニングが始まった。
「あっ、この音楽聴いたことあるかも」
「でしょ!有名だよね。」
芸人の軽快なトークが始まった。今日もやっぱり面白い。ニヤニヤしてしまう。
「へー、なんかテレビでしかみたことないからすごい新鮮!」
井口さんも顔色が少し良くなったのか、楽しんでくれてるらしい。良かった。
それから数十分間、水口さんは頬杖をつきながら、顔を窓の外に向けて風景を見ている。俺は視線をどこに留めておけばいいのかわからずにいた。
そんなとき、たぶんSNS上で神回と言われたような時間帯に差し掛かったんだろう。
けっこうドギツイ下ネタも飛び交っているからか、井口さんの反応が気になるのだけど、最高に面白い。たぶんこれ以上聴いたら思いっきり吹き出して笑ってしまうところまで俺はきていた。
ふと、こんなに面白いと思っているのは俺だけなのじゃないかと不安になった。それまでは気恥ずかしさで井口さんを見られなかったのだけど、意を決して反応をみてみる。
そこには、顔をこれでもかと真っ赤にして笑いを耐える井口さんがいた。
「ぷっ、ぶっ、くく、ぷっ」
そんな必死な井口さんと目が合う。今まで耐えてきたダムが決壊したかのように、俺と井口さんは吹き出してしまった。
「ブハッッ!!ワッハッハ!ちょ、ちょ、待って、アヒャヒャ、苦しい、一回止めて!ププ、ククク、ブフォッ!!ほんと、お願いだから、ねっ?ぷぷっ」
涙を流しながら顔を真っ赤にして笑う井口さんをみていたら、俺まで嬉しくなって笑ってしまう。
「ぷぷっ!面白いでしょ!?ラジオ!ククク」
「ブハッ!わかった!わかったらさ!ププ、とりあえず止めよう。ちょ、マジで!ねっ!?お腹よじれるっ、はぁ、はぁ、はぁ」
なんかちょっと過呼吸っぽくなってる。これはまずい、一回止めるしかないな。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ププッ、はぁ、ププッ」
「あの、大丈夫!?」
「…はぁ、はぁ、はぁ、これが大丈夫に見える??ププッ」
ツボに入ってしまったらしい井口さんは、冷静になるまで10分はかかった。そうとうゲラらしいな。
そんかバカ笑いを続けている二人にクラスメイトも気付かないはずがない。
その後スマホは案の定、担任に没収された。




