バス酔いしたよ
バスの座席って、つくづくスクールカーストの縮図だと思う。
前列の生徒は3軍、中列は2軍、後列は1軍。とくに、一番後ろの座席なんてヒエラルキーの頂点に君臨する生徒がいつも座ってるイメージがある。
そんなことを俺、火野純平は前列の2人座席を1人で贅沢に使い、ぼーっと外を眺めながら、後ろの座席から聞こえてくる男女のリア充の楽しそうな声を聞いて気分が沈む。
「あぁ、やっぱ酔ってるわ……」
俺が通う高校では、これから親睦を深めるために2泊3日の宿泊研修がある。現在、都内から富士山がみえる研修施設までバスで移動中だ。
「あぁ、気持ちわるい……」
高校生にもなってバス酔いとか、モテたい年頃なのにマジで勘弁してほしい。乗り物酔いは、もう克服したと思っていたし、実際に家の車なら酔うことはここ数年はなかった。
ただ、やっぱりバスはどうにもだめらしい。なんだろう?独特な臭いもダメなのかもしれない。
油断して寝不足だったのも相まってか、バスの運転開始から10分ほどで酔ってしまった。
「マジで最悪だ……」
このまま我慢しようか迷ったが、この車内でやらかすことがあれば、たぶん俺の高校生活は灰色確定だ。変なあだ名を付けられるだろう。それだけは避けなければならない。
仕方なく担任に正直に伝えると、元々座っていた中列から、前列の空いた2人座席に移動ということになった。
実際はバスの中列の方が、振動が伝わりやすいタイヤの近くから遠いため、酔わないらしいのだが、俺としては、中列でも酔ってしまったのだから、もうそんなことはどうでもいいと感じていた。
そのため、生徒の密集するなかで粗相してしまったことを考えると、臭いなどの被弾する恐れの少ない前列がこの旅路の特等席となったわけだ。
それにしても前列の同級生の、無言の鋭い視線が痛い。やはり警戒しているよな。
誰も酔いたくて酔ってないんだけどと思っても、そんなことは他人には関係のない話だ。粗相すんなよってオーラを感じる。
座ってみると、たぶん俺みたいなバス酔いした生徒のための座席なんだろう。足下にはバケツにビニール袋をかぶせた物が置いてある。
そんな物あったら余計に連想してやらかすだろうと思ったが、そんなこと担任に言ったところで、バス酔いしたという事実は変わらない。
だから視界に入らないように、常に外の風景を眺めているのだが、まだまだ首都圏内とのこともあって、高速道路の無機質な防音壁が続いている。
遠い風景をみようにも、こんなにも近くの防音壁を見ていると、いつの間にか窓に反射した自分の青ざめた顔が見えてきて、視点をどこに移せばいいのかわからなくなる。
この研修旅行はリア充を目指す俺にとって、重要なイベントだと思っていた。別にぼっちになりたいわけではないし、できれば1軍になってモテたいし、華のある高校生活を送りたい。
といってもオシャレに多感な年代である。俺の容姿は客観的にみて、かもなく不可もなくといったところで、中の中。いや、中の上ではありたい。まあ、イケメンではないわけだ。
隠キャではないと思うけど、バリバリ陽キャでもない。たぶん2軍的な立ち位置だ。日によっては1.5軍くらいの位置には頑張っていけるんじゃないだろうか?
それくらいには頑張ってコミュニケーションは取っているものの、面と向かって1軍リア充と話をすると、何か見えない力に気圧されて、ビビってしまう自分が情けなかった。
俺は、過去にトラウマがあって孤独になったとか、メガネを外して長めの前髪をかき上げたらイケメンとか、実はケンカがめちゃくちゃ強いとか、そんな主人公補正なんて1ミリもない。
だからこそ、この研修旅行は少しでも女子とお近づきになれるイベントだからと息巻いていた。
それが乗っけからバス酔いになってしまい、俺の中のなんとなくな計画は早くも頓挫した。
後ろのリア充座席では、学年一のイケメンが流行りの曲を歌っている。
あぁ、イケメンは声までイケメンなんだなと思う反面、バスレクでカラオケなんて、今のコンデションでは騒音にしか聞こえない。
そんなバス酔いでグルグルとした思考を打ち消すために、俺はスマホにイヤホンをつける。
この研修期間、スマホの利用は禁止されている。だからって皆持ってきていないハズがない。正直スマホの持ち込みがバレないかめちゃめちゃビビっているけど、それよりもスマホがないことによる弊害の方が大きいと思った。
つまりは下心である。この研修期間で女子とお近づきになりたい欲求のほうが勝ってしまい、ギリギリまで悩んだ挙句、持ってきてしまったわけだ。
今座っている窓側の座席は、担任からは死角になっているけど、バレたら没収されることを懸念して、隠しながらイヤホンをつける。
そのときだった。
「……火野君、ここ、座ってもいい?」
俺より顔を青ざめているだろう、学校一の美人と評判の水口ひなただった。
「あっ、ああ、どうぞどうぞ……」
名前を呼ばれたことに焦った俺は、吃りながらもイヤホンを外し、隣の通路側の座席に手を向けて水口さんを案内する。
水口さんは、髪色は校則に反しない程度に栗色に染めており、女子にしては身長が高く、スタイルがいい。最近では、ティーン系のファッション雑誌にも出ているそうで、いわゆる読者モデルもやっているらしい。
一見するとクールに見えるが、愛想もよく、教室内のヒエラルキーを関係なく接してくる、まさにカーストトップの女子といえる。
本人はそのことに全く気付かないのか、クラスのピラミッド的なカーストを縦横無尽に動きまわり、2軍や3軍の生徒とも親しげに会話をするため、水口さんを嫌いな生徒はないに等しい。
といっても今はその愛想も消えており、ひと目見ただけで体調が悪いんだなと感じる。通路側の座席に座った水口さんは、俺の向けた視線を無視するように無言で外の風景に目を向けた。
「ひなっ!大丈夫か?」
そのとき、後ろのリア充座席から、イケメンが声をかける。その声に水口さんは苦しそうに少し手を挙げて反応する。
「大丈夫だよ。ありがとう」
青ざめた表情で答える水口さんに、イケメンがホッとしたような表情をみせた。
彼氏が彼女を呼ぶときみたいな呼び方してスゲー羨ましい。あの馴れなれしさは、俺には一生無理だなと、レベルの違いに素直に尊敬してしまった自分がなんか悔しい。
っていうか、水口さんの体調に考慮してなのか、いつの間にか盛り上がってたカラオケも歌わなくなっているし、自分のときとは大違いだ。これが、カーストトップの能力なんだなと身に染みた。
そう思っていると、
「チッ、うるせー……」
「えっ?」
座席が隣の俺にしか聞こえない声量で、水口さんから発せられた舌打ちと言葉に唖然とする。
俺の驚きに気づいたのか、水口さんはバレてしまったことに苦笑いを浮かべたが、なかったことにしたいのか、そのまま外の風景にもう一度視線を向けた。
俺も何も聞いてなかったかのように、まだまだ続く高速道路の防音壁をぼーっと眺める時間とした。