大統領邸
ヴヴヴヴ・・・・。
ハーティ達が帝都を発ってから数時間が経つ頃。
『プラタナ』のコクピットにある光魔導スクリーンにぼんやりと霞む陸地が見えてきた。
「ハーティ、陸が見えてきたわよ」
『本当?私はまだ肉眼では見えないなあ』
「で、どうするつもり?『商業国家アーティナイ連邦』は島全体が国土よ。普通は船で入国するから港湾局で入国手続きをするけど、あたし達が本土に着陸したらいきなり不法入国よ」
『うーん、皇帝陛下の親書もあるし、一応私たちは『一級冒険者』だから身分もしっかりしているわ。驚かれはするでしょうけど何とかなるんじゃない?』
「それもそうね。ならひとまずは宮殿・・じゃないわね、大統領邸上空まで行くわよ」
『了解』
キィィィン・・。
超音速で飛行するハーティ達は、それから程なくして大統領邸上空に辿り着いた。
「あれが、大統領邸ね・・」
ハーティが見下ろしている大統領邸は『カームクラン様式』で建てられた塀に四方を囲われた広大な敷地にあった。
邸宅は複数の一階建木造建築物で構成され、それらは全て渡り廊下で繋がっていた。
中央には一番大きい建物があり、それに隣接するように庭や池などがあった。
『なんだか不思議な形の建物ね』
『何でもアーティナイ連邦を長年統治しているカームクラン民族の伝統様式らしいですよ』
「とにかく、大統領邸の前に車寄せがあるから、そこに着陸しようか」
ハーティ達が呑気に空中で会話していると、建物からワラワラと人が出てきた。
その人たちは一様に空にいるハーティ達を仰ぎ見ては指を指していた。
『やっぱり大事になるわよね。早く着陸ましょう!』
クラリスはなるべくゆっくりと『プラタナ』を着陸させる。
ハーティもそれに続いて地上へと降り立った。
カンカンカン!
「出合え!出合えぇぇ!!」
ハーティ達が大統領邸前に降り立った瞬間に邸宅から緊急事態を伝える鐘の音が響き渡り、すぐさま彼女たちは武装した兵士に囲まれた。
兵士たちは皆、道着に袴姿の上から小手や胴を装備し、槍や薙刀を構えて鋒をハーティ達へ向けていた。
バシュウウ・・・。
着陸した『プラタナ』の背部ハッチが開くと、クラリスとユナは機体から降りてハーティの横へ並び立った。
「まあ、ハーティはともかく、あたしの『プラタナ』が空から降ってきたらこうなるわね」
クラリスはそう言いながら、やれやれといったポーズを取った。
「なっ空飛ぶゴーレムの背中から人が出てきただと!?貴様ら何者だ!」
「空飛ぶゴーレムじゃないわよ!人工女神だってば!」
「クラリス、そんな事言ってもわからないってば」
ハーティ達を囲う兵士達は得体の知れない『プラタナ』を見て警戒心を剥き出しにしていた。
ハーティは徐にポーチから親書と純粋魔導銀のギルドカードを取り出した。
「私達は『魔導帝国オルテアガ』から来た『一級冒険者』パーティの『白銀の剣』です。この大きな『人工女神』という魔導具に乗って空路でやってきました」
「帝国の・・魔導具」
「こんな恐ろしい物を帝国は作っているのか・・」
「言っとくけど『プラタナ』は帝国の魔導兵器じゃないんだからね!」
「クラリス、今話の論点はそこじゃありませんよ」
「ぐぬぬ・・そうだけど『帝国の』と言われるのは嫌なのよ」
兵士達はあまりに大きい『プラタナ』を見て恐れ慄いていた。
「今回は『魔導帝国オルテアガ』皇帝であるオルクス陛下より貴国への親書を賜って来ました。このような形での来訪になって、皆様を驚かせてしまった事を心よりお詫びします」
そう言いながら、ハーティは略式の礼をとった。
ハーティ達の肩書とハーティが侯爵令嬢時代に培った洗練された所作によって、兵士達は幾分か緊張を和らげたようであった。
「ついては、私達『白銀の剣』は正式にオルクス皇帝陛下の使者としてお伺いした次第ですので、ご足労かけますが、ミウ・シノサキ大統領閣下にお取り次ぎ願えますか?」
ハーティの言葉を聞いた兵士の一人が、掲示されたギルドカードと親書である書簡を検分する。
「・・・確かに本物でありますな。こちらも『一級冒険者』が正式に使者として参られた以上、無碍にはできませぬ。取り次ぎますゆえ暫し待たれよ」
その男は別の兵士に何かを耳打ちすると、耳打ちされた兵士は急ぎ邸内へと走り去っていく。
「では閣下の執務室に案内します。ただ、申し訳ありませんが閣下へ取り次ぎますのであの大きい魔導具と武器の類は兵士にて預かります」
「わかりました」
ハーティは兵士の指示に従って腰に装着した『ガンブレード』を手渡した。
ちなみにユナは『女神の絆』を他人に託すのを嫌がるので、謁見に備えてあらかじめハーティの収納魔導へ自分の剣を収納しておいた。
同じように、クラリスの短剣は既にコクピット内で自身の髪飾りに格納してある。
「協力感謝します。ではこちらへ」
武器を預け終わったハーティ達は兵士に連れられて邸宅へ入っていく。
「わあ、綺麗な庭園ですね」
邸宅の敷地に入ると、そこには綺麗に整備された和風庭園が広がっていた。
池や築山、自然の草木で整備されたそれは、オルデハイド侯爵邸やイルティアの王宮にある庭園を見慣れたハーティにとっても新鮮な物であった。
「ええ、この建物は築三百年を超える歴史建造物でしてね、随所に『カームクラン様式』が盛り込まれているんですよ」
そして、そのまま兵士はハーティ達を敷地中央に位置する一番大きな建物へと案内した。
「この建物にシノサキ大統領の執務室があります。この建物は土足厳禁ですのでこちらでお履物をお脱ぎ下さい」
「土足厳禁なんて面倒ね」
クラリスは愚痴を零しながらもいそいそと靴を脱いでいた。
靴を脱いだ三人はそのまま廊下を進んで行く。
すると、やがて執務室を隔てる襖の前に辿り着いた。
「綺麗な絵柄ね」
その襖に描かれた絵柄も大変見事な物で、それだけで美術品として通用しそうなものであった。
「なるほど、襖ひとつでも『アーティナイ連邦』の技術力の高さが伺えますね」
「あたしはあんまり美術品とかわからないけど、確かに金箔とか使っていて高そうね」
「シノサキ大統領、先に伝えました帝国からの使者をお連れしました!」
三人がまじまじと襖を眺めている間に兵士は襖の側へと寄って、襖の向こうにいる人物に向かって声をかけた。
「うむ。入るが良い」
兵士はシノサキ大統領に促されて襖を静かに開いた。
「どうぞ。お入りください」
開かれた襖の向こうは四十畳はあろうかという広さの部屋になっており、その床全てが畳張となっていた。
そして、その中央には黒光りする漆塗りの立派な執務机があった。
ハーティ達はその机の方へ目を向ける。
そこには、机と同じく豪華な漆塗りで仕上げられた座椅子に腰掛けて、机に向かいながら筆で書を認める一人の美少女がいた。




