女神の怒り
「ニアール博士!貴様!何をしているかわかっているのか!?」
「これは国家に対する重大な反逆行為だぞ!!」
ニアールの言葉に対して息を荒げたクウォリアスは怒鳴りつける。
「ふはははは!」
「だ・・誰だ!!」
しかし、クウォリアスの言葉はニアールには届かず、それをあざ笑いながらナラトスが『メルティーナ』の前へと降り立った。
「ナラトス!貴様!!」
「ふん、愚かな人間共よ。折角『女神ハーティルティア』によってこの世界へと産み落とされたにも関わらず、互いを殺し合うことしか出来ない下等生物よ」
「そなた達が目指した力というものは、あまりにも過ぎた力なのだよ。本来はそなた達が持つようなものではない」
「で、あるからこれは神の力が正しき持ち主の元へと渡ったというだけだ」
「国家への反逆だと?笑わせるでない。正統なる力の所有者である我々が、貴様ら愚かな人間共を粛清するのだからな!」
「・・貴様、一体何者だ!?」
ナラトスの言葉を聞いた皇帝は剣呑な様子で問いかける。
「ふん・・・良かろう。死にゆく人間などどうでも良いが、これから先は仮初の姿でいる必要もあるまい」
そう言うと、ナラトスはゆっくりと浮かび上がって行きながら両腕を広げた。
そして、ナラトスの体が黒い霧のようなものに包まれていくと、美しい金髪であった髪は根元から漆黒へと染まって行く。
やがて、瞳も髪も全て漆黒に染まったナラトスは、その端正な顔で邪悪に嗤った。
「私の名は『邪神ナラトス』!!かつて『邪神デスティウルス』様に仕えた一柱よ!!」
「『邪神』・・・・だと!?」
ナラトスの言葉に皇帝とクウォリアスは驚愕の表情を浮かべる。
そして、ナラトスはゆっくりと両手を天に向かって高く上げる。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・。
その掌からは凄まじい『闇の力』の奔流が集まってきていた。
「もはや貴様らに用はない。お別れだ。愚かな人間よ」
そして、ナラトスがその闇の力を集めた魔弾を皇帝とクウォリアスに放つ。
漆黒の魔弾が無慈悲にも全てを消し飛ばそうとしたその時・・・。
「そうはさせないわ!!!」
ビシュゥゥゥゥゥゥン!
巨大な漆黒な魔弾は皇帝たちの目前で何かの壁に阻まれるかのように拡散した。
バァァァァァン!!!
ガラガラガラガラ!!!
「っく!!」
「ぐあぁぁ!!」
拡散した魔弾が謁見の間を消し飛ばす衝撃により、皇帝とクウォリアスは転倒しながら目を塞ぐ。
拡散された魔弾によって宮殿の最上階にあった謁見の間の屋根や壁はすべて消滅し、吹き込んだ風によって視界を阻んでいた土埃が押し流されると、床だけが残された光景が明るみとなった。
そして、床だけとなった謁見の前の中央で、皇帝達を背に庇うように立つ一人の桃色髪の少女が露わとなった。
「・・・貴様、私の魔弾を受け止めるということは・・ただの人間ではないな」
「・・そんなことは関係ないわ!やっぱり『黒の魔導機甲』とあなたには関わりがあったみたいね!」
「あなたがどんなことを企んでいるかは知らないけど、これ以上あなたの好きにはさせないわよ!」
『ふん、ナラトス様に楯突くなんて愚かな女ね!!あなたなんてナラトス様が相手するまでもないわ!』
『あなたが先に死になさい!!』
ゴウゥゥゥン!
壁と屋根がなくなって謁見の間が開けた状態となった為、ハーティ達は『メルティーナ』にとって絶好の的になっていた。
『メルティーナ』は生身の人間に対してはあまりにも巨大な拳を振りかぶると、ハーティを思いっきり殴りつけた。
しかし、ハーティは猛スピードで迫りくる拳に対して、自分自身の拳で迎え撃った。
ドガァァァァァァァン!!!
『メルティーナ』のパンチとハーティのパンチが真正面からぶつかり合い、防御魔導同士が激しくぶつかり合う音が帝都に響き渡ると、その衝撃によってハーティの足元の床が沈みこんだ。
そして、飛行していて踏ん張りが効かない状態でパンチの反動を受けた『メルティーナ』は若干後方へと飛ばされてしまった。
「・・・あの女性冒険者らしき者・・『メルティーナ』の打撃と素手で渡り合っていたぞ」
「・・一体何者なんでしょうか・・」
皇帝とクウォリアスは目の前で繰り広げられる光景に、自分たちの身の危険も忘れて釘付けとなっていた。
(今、あの『黒い魔導機甲』の胸元に人影があった・・!あのゴーレムと同じだわ!)
殴り合った瞬間にハーティと『メルティーナ』が接近したことにより、ハーティは『メルティーナ』の胸元にある結晶の中に獣人が収まっているのが見えたのであった。
「あなた達!何の罪もない獣人たちを攫った上にゴーレムや魔導機甲に埋め込むなんて正気じゃないわ!」
ハーティが頭を振りながら叫ぶと、ナラトスはまるでハーティを馬鹿にするような表情で彼女を見下ろした。
「ふん・・なにを言っている。我らにとって人間などただの下等生物。それをどう使おうと知ったことではない」
「・・・なんですって?」
「獣人は本当に素晴らしいマナの滾りを持っている。まあ、神界があったときの『神族』や『邪神族』には遠く及ばないが、それでも・・数をかき集めれば良いマナの供給源になる」
「手始めにこの帝国を滅ぼし、世界中を私の手中に収めたら、人間共からマナを搾取してやるのだ!」
「そして、世界中に飛び散ってしまった『黒の魔導結晶』を集めて、そのマナを使って『邪神デスティウルス』様を復活させる!」
「『邪神デスティウルス』様にこの世界を!この私の手で!献上したときこそ、私の悲願は達成されるのだ!あーはっはっはっ!!」
ナラトスは自らの野望を、邪悪な笑みを浮かべながら声高らかに語った。
「それにしても、この『メルティーナ』に用いた『黒髪の女獣人』は素晴らしい」
「!!」
ナラトスの言葉に、ハーティは目を見開いた。
「私がマナの滾りを察知して攫ってきたが、これほどのマナの滾りを持つ素材はなかなかいない!」
「世界中からこのような素材を手に入れることができれば、私の計画も捗るというものだ」
ナラトスの言葉を聞いたハーティは、再び『メルティーナ』の胸部に埋まる結晶へと目を凝らした。
そして、目を凝らすことによってハーティの瞳に映った結晶の中に納まった人影は、予想通り彼女のよく知った人物であった。
「シエラちゃん・・・・」
「ふん・・だが貴様のマナの滾りはそんなものとは比べ物にならぬ程であるな。正直私が見ても底が見えない・・」
「よもや、貴様もこちら側の者なのか?」
「・・・・・・」
しかし、ナラトスの声に対してハーティ―は答えなかった。
その俯いた顔には影が落ちており、その場にいる者からは彼女の表情は窺えなかった。
「・・・さない」
「ん?」
「私の大切な友人のシエラちゃんをこんな風にするなんてっ!!」
「絶対に許さない!!!」
ハーティはそう言いながら顔を上げると、徐に自分の髪飾りへと手をかける。
そして、それを一気に取り払うと、今まで発動していた『擬態』の魔導が解除されて、桃色の髪が根元から美しい白銀色に染まって行く。
ブワァァァァァァァ!!!
直後、猛烈なマナの奔流によってハーティの体からは凄まじい白銀色の光が溢れ、その影響により、美しい白銀の髪は天に向かって激しく靡いていた。
それは、まさに『怒髪天を突く』という言葉を表しているようであった。
そして、その激しい光が収まりハーティの体を淡く発光させる程に収まった。
直後、ハーティはゆっくりとその双眸を開く。
精巧なガラス細工のような美しい白銀の瞳には、真っ直ぐに捉えたナラトスの姿が写り込んでいた。
「きさ・・ま」
ナラトスは突如変貌した目の前の少女に目を見開いた。
そして、ハーティはゆっくりと腕を上げてナラトスを指差した。
「・・・『邪神ナラトス』よ」
「あなたはこの『女神ハーティルティア』が滅ぼすわ!!!」
声高らかに宣言する一柱の女神は、この世の全てを魅了するほど美しい姿であった。




