ユナの旅立ち1 ~ユナ視点~
ユナがハーティと別れてから数日後の王都イルティアは、邪神イラの襲撃により被害を受けた家屋などの修繕作業が急ピッチで進められていた。
特に女神ハーティルティアを目の当たりにした王都民は『女神教』の聖地である白銀の神殿の修繕作業を最優先で行っており、そこには王都に滞在するほぼすべての冒険者が破格の報酬を受けて作業に従事していた。
白銀の神殿の修繕作業の陣頭指揮は聖女であるリリスが、女神ハーティルティアの神託に則って携わっていた。
そんなリリスに呼び出されたユナは白銀の神殿へと足を向けた。
「聖女様・・・いったいどういったご用件で私を呼んだのでしょうか」
ユナは本礼拝堂の修繕現場にいたリリスを見つけると、か細い声をかけた。
「ユナさん・・・・ひどい表情ですね」
リリスが思わずそう言ってしまうくらい、ユナの表情には覇気がなかった。
ユナはハーティを失ってしまった現実を受け止められず、この数日間はまるで亡霊のように王都を彷徨っていたのであった。
尤も、その間でさえハーティの部屋を掃除することだけは欠かさなかったのだが。
「お嬢様は私の全てでした。そんなお嬢様がお隠れになって、もはや私に生きる目的はありません。ですから、私はこの数日間自分の身の振り方について考えていたんです」
そう言いながら俯くユナの瞳には涙の膜が張っていた。
「気持ちはわかります。ですが、今のユナさんの姿を見れば、きっとハーティルティア様も悲しまれますよ?」
「・・・っ!だけど!もう二度とお嬢様のお世話をすることも叶わないのです!私の生きがいなどもうこの世界にはないのです!」
ダン!
そう言いながらユナは本礼拝堂の壁を叩いた。
その勢いは、『ブースト』が発動していれば、礼拝堂の壁を大破させるほどの勢いであった。
「・・・何故ユナさんは『二度と会えない』と決めつけるのです?」
「・・・なんですって?」
リリスの言葉を聞いたユナはすっと目を細めた。
「そんなことを言って私に意味もない慰めをするっていうのですか!!」
「違います!そんなことは考えていません」
「ならどうして!どうしてそんなことを言うんですか!!」
ユナの悲痛な叫びを聞いたリリスは静かに瞳を閉じた。
そして、一度深呼吸をすると静かに口を開いた。
「ハーティルティア様は、まだこの世界にいらっしゃいます」
ガッ!!!
その言葉を聞いた瞬間にユナはリリスの両肩をきつく掴んだ。
「なにを戯けたことを!!そこまでして私の気持ちを弄ぶつもりですか!!」
ギリギリ・・・!
無意識にユナはリリスの両肩を締め上げた。
「い、痛いです!痛いですって!!!ちゃんと聞いてください!」
「!申し訳ありません・・つい気持ちが高まってしまって・・・・」
「・・あなたらしくないですよ・・・私が言ったことは本当です。ハーティルティア様はこの世界に確かにいらっしゃいます。元神族の記憶を持つ『リリス』が言うのですから間違いありません」
「・・ハーティルティア様はかつてこの世界を創造したほどの神格を持つ女神ですよ?最上級の浄化魔導を全力で放ったところで力を失うような御方ではありません」
「・・それは本当なのですか!!」
「ええ・・・直接私に具体的な言葉をかけることはありませんでしたが、確かにハーティルティア様は私にいろいろなことを任せるという意図を伝えてきました」
「その中にあなたのことも含まれているのだと私は思っています」
「それにお忘れのようですが、私はマナの動きを感じることができるのですよ?」
「ハーティルティア様は皆様に存在が消滅するような演技をしていらっしゃいましたが、あれほど大きなマナの滾りを持つハーティルティア様であれば、私にとってはある程度遠くからでも位置がわかります。それほどハーティルティア様の存在は大きいのです」
「そして、ハーティルティア様が上空に浮上した後、東の方角にすさまじい速度で飛んで行ったのも感じることができました。私の推測が正しければ、おそらく『魔導帝国オルテアガ』へ向かったと思われます」
「!!だったら!!しかし・・なぜそんなことを・・」
そんな疑問を持つユナに、リリスは『邪神』の存在について、そして『黒の魔導結晶』の詳細について説明をした。
「そんな!ということはお嬢様はたった一人で世界を救おうとして孤独な旅に出たというのですか!!」
ユナはいよいよその大きな瞳から涙を零していた。
「ハーティルティア様は『神界大戦』の二の舞になって自分以外の人々が犠牲になることを避けたかったのだと思います」
「ですから、イルティア王国のみなさんに別れを告げて一人で戦うことを決意したのだと思います」
その言葉を聞いたユナは無言で踵を返した。
「・・・どこに行こうというのです?」
「・・・もちろん『魔導帝国オルテアガ』です。無茶をしようとする愚かな主人を叱りにいくのです!」
そう言いながらリリスを見るユナの瞳は、確かな決意を表していた。
「待ってください!」
「止めないでください!お嬢様がこの世界にいると知った以上、それが例えどれだけ遠い場所でも私は追いかけます!それが私の使命ですから!」
「あなたがそう言うであろうとは私も予想していました。はっきり言いますけど、私だって本当はハーティルティア様の傍にいたいのです!!」
悲痛な叫び声をあげるリリスの瞳からは涙が零れていた。
「ですが!私はハーティルティア様よりこの白銀の神殿を護ることを任されました。それに、私自身も『女神教』の聖地であり、かつて同志たちが散っていったこの場所を護りたいのです!」
「ですから!私は神剣を授かったあなたに、ハーティルティア様のことを託そうとしたのです!」
そう言いながら、リリスは一通の手紙をユナへ差し出した。
「・・・・これは?」
ユナが受け取った手紙をまじまじと見ると、女神ハーティルティアのシルエットを模した国章の蝋封が施されていた。
この世界でこの蝋封を施す人物はたった一人である。
「・・・国王陛下から?」
「ええ・・・私から国王陛下へある程度の経緯と事情を説明しました。もちろんユナさんのこともです」
「いくら貴方がハーティルティア様から授かった戦闘能力を持っていたとしても、平民で纏まった路銀もない貴方がたった一人で手掛かりの少ない中、隣国まで人探しに向かうことは困難でしょう」
「それは・・・確かにそうですが・・」
ユナはリリスの言葉を聞いて静かに目を伏せた。
「ですから、イルティア王国の王室にあなたのことを口利きして協力を要請しました。ですから一度王宮に立ち寄って国王陛下とお話ししてください。私も同行しますので」
「イルティア王国の王室は女神ハーティルティア様の為にどんな協力も惜しまないはずです」
「・・・ありがとうございます」
「王室はこの件に関しては謁見を最優先で行う為、日時や時間を気にしなくてもいいとおっしゃられました」
「どうしますか?」
「・・・私はお嬢様に一刻も早く会いたいです。ですから直ぐにでも陛下に謁見を賜りたいです・・一緒に来ていただけますか?」
「・・・もちろんですとも!そうと決まれば直ぐにでも王宮へ向かいましょう!」
そして、二人は王宮へと向かうことにしたのであった。




