帝都散策
「ん・・・ふわぁ」
ハーティはムクリとベッドから起き上がると、軽く伸びをした。
「ふふ・・・昨日の朝はオルデハイトの家で目覚めてユナにお召し替えしてもらったから不思議な気分ね」
「・・・ユナは元気にしているかしら・・・あのあとドタバタの中で碌に別れもできないままだったから、気を落としていなければいいのだけれど・・」
ハーティはそう一人言ちると、チェストの上に置いてあった水差しから木桶に水を注いだ。
そして顔を洗おうと木桶の水面を覗き込むと、そこにはハーティ自身の顔が写りこんでいた。
「あ、いけない・・わすれていたわ」
写り込んだハーティーの髪と瞳は見事な白銀色であった。
「さすがに寝ながら魔導は発動出来ないものね・・」
そしてハーティーが擬態の魔導を発動すると、再び髪と瞳は桃色になった。
「何か寝ている間も魔導が発動できる魔導具を作らないとね・・あと冒険者として装備を整えないと・・」
ちゃちゃっと身嗜みを整えたハーティーは、朝食を摂るために食堂へと降りた。
ハーティーが食堂へ降りると、シエラが元気よく駆け寄ってきた。
「おはようございます!ハーティーさん!」
「おはようシエラ」
「おはようございます。朝食を用意しますね」
「ありがとうございます。ジェームズさん」
ハーティーがカウンターの一番端にある席に座ると、早速朝食が並べられた。
因みに、朝食は蜂蜜トーストにゆで卵、レタスサラダとミルクであった。
侯爵令嬢時代は朝から食べきれないほどのフルーツやヨーグルト、高級食材で作られた豪華な朝食を数人のメイド達が配膳していたことを思えば、今朝の素朴な朝食はハーティーにとって新鮮な感覚であり魅力的であった。
「んー、おいしい!」
ハーティーはそれらの朝食に舌鼓を打っていた。
「ハーティーさんは今日から冒険者活動をするんですか?」
「うーん、今日はひとまず装備を整える為に帝都を散策するわ」
「そういえば何も持っていませんでしたものね。ハーティーさんはそのままでも十分お強いですが・・・」
「着の身着のまま王国から流れ着いたからね・・・」
「というよりも千キロ以上の道のりをどうやってきたのかが疑問ですか・・」
そう言いながらジェームズは目を細めた。
「まあ、それはそれですよ!」
「はぁ・・まあハーティーさんはいろいろ規格外ですからね」
「まあ、そんなことより!楽しみなのは屋台料理よ!」
ハーティーは気まずさから話題を変えることにした。
「屋台料理ですか?」
ハーティーの言葉にシエラは首を傾げた。
「そうよ!私は屋台料理を食べるのが夢だったのよ!楽しみだわ!」
「「え!?食べたことないんですか!?」」
ハーティーの言葉を聞いた二人は驚きの表情をしていた。
ハーティーは神界にいた時はそもそも『食事』という概念を持っていなかった。
人の身として生まれ変わってからは侯爵令嬢であった為に好きなものを食べることは叶わなかった。
だからこそ、この旅で存分に『食道楽』を満喫しようとハーティーは考えたのであった。
「一体いままでどんな生活をしていたんですか・・」
シエラはハーティーの非常識具合に戦慄していた。
「ふう・・腹ごしらえも済んだし、早速帝都へ繰り出しますか!」
「ありがとう、美味しかったわ!」
「どういたしまして、気をつけて行ってきてくださいね!」
カランカラン・・・。
「夕食までには戻るわ!」
そう言うとハーティーは早速帝都へと繰り出した。
・・・。
・・・・・。
ウーン、ガタン・・ガタン。
ザワザワ・・・。
「いらっしゃーい、今日はいい果物が沢山入ってるよー!」
「牛肉鶏肉、そして今日は新鮮なオーク肉があるよー!」
帝都は朝から魔導路面列車の走る音や行き交う人々、バザールや屋台店主の掛け声で賑わっていた。
「うーん!これよ!これを待っていたのよ!」
ハーティーは女神時代を含めて初めて体感する庶民の暮らしぶりにうきうきとしていた。
「さあ、まずは魔導銀の髪飾りを探さないと!」
ハーティーは常に擬態の魔導を安定して発動させる為に、魔導式を刻んだ神白銀製の髪飾りを誂えようと考えた。
神白銀の錬金には魔導銀が必要なので、まずはそれを探すことにしたのだ。
因みに、盗賊達につけられてハーティーが破壊した魔導銀製の枷は、神白銀の材料として使う為に収納魔導に保管していた。
ハーティーがうきうきしながら帝都を彷徨いていると、いかにも貴族御用達といった感じのブティックを発見した。
普通であれば入店するのに躊躇するはずであるが、イルティア王国で侯爵令嬢であり、王太子妃候補であったハーティーは、臆することなくずかずかと店内に入って行った。
「いらっしゃ・・・」
お客様が来店したと思ったのか、割腹の良いカイゼル髭の店主が手を揉みながらやってきたが、ハーティーを見た瞬間にすっと無表情になった。
「ここはお前みたいな小娘が一人でやってくるお店じゃないぞ」
ハーティーの身なりを見て、お金を持っていなさそうと判断すると店主はハーティーに対して邪険な対応をとった。
この店主がもしハーティーの正体を知っていたなら、「わざわざご来店いただかなくても、こちらから伺いましたのに」などと言いながら、店員総出で応接室にて対応していたはずである。
寧ろ、このやりとりを仮にイルティア王国の王都民が目撃していれば、この店主は『志尊なる女神様をも畏れぬ悪の所業』として王都中の顰蹙を買うような事態に陥るはずである。
店主の反応にむっとしたハーティーは目の前で収納魔導から金貨袋を取り出して、店主の前にあるカウンターの上にドン!と置いた。
「中身は全部金貨よ。これでお客さんと思ってくれるかしら?」
「し・・収納魔導・・」
収納魔導から金貨を出したハーティーを一瞬で只者ではないと判断した店主は、一転清々しいほど態度を変えて満面の笑みを浮かべた。
「や、やぁ何をおっしゃいますやら・・こちらに来られる皆様は初めから大切なお客様と思っていますよ・・ええ」
「白々しい・・・・・まあいいわ」
ジト目で睨んでも埒が明かないと思ったハーティーは本題に移る事にした。
「このお店に魔導結晶が付いた魔導銀製の髪飾りはあるかしら?できればシンプルなデザインで髪を纏めるのに使いやすいのがいいわ」
それを聞いた店主は揉み手をしながら微笑んだ。
「もちろんですありますとも!・・お待ち下さい」
そう言いながら、店主はショーケースから一つの髪飾りを探し出してハーティーの前に持ってきた。
「これなんかいかがでしょう?」
そう言って店主が見せた髪飾りは、大粒の魔導結晶が留め金具に嵌っており、本体は平たい魔導銀を円環状にした物であった。
(これならいくつかの魔導式を裏側に刻めるし、魔導結晶も一晩分くらいはマナを貯めれそうね・・・)
(髪を纏めるのにも使いやすそうだわ)
ハーティーは本気を出せば、素材さえあればいかような形にもアクセサリーを生み出せるが、何より形を考えるセンスが無かった。
なのでユナの剣と同じく、ベースとなる魔導銀製の装備に他の魔導銀を掛け合わせて装備を作ろうと考えたのだ。
そういう意味では店主の持ってきた物はまさにハーティーにはうってつけのものであった。
「なかなかいいわね・・ちなみにこれは幾ら?」
「金貨百枚にございます」
「ひゃく・・・・!」
ハーティーは予想以上の値段に驚いた。
ハーティーがイルティア王国で付けていたアクセサリーはこれよりも遥かに高価であったが、イルティア王国に於いて限りなく上級の身分であったハーティーが身につけるアクセサリーは、基本的に商人が屋敷まで持ってきて代金を侯爵家の使用人が支払うか、マクスウェルが用意してプレゼントをしてもらうかのどちらかであった。
そして、ハーティーが初めて自分で買うアクセサリーとしては、金貨百枚はあまりに高い買い物であった。
(く・・背に腹は変えられないわ!これは『必要経費』よ!)
「か・・買うわ!」
「さようでございますか!ありがとうございます」
「早速着けられますか?」
「いえ、そのまま持って帰るわ」
「え?・・はぁ」
ハーティーはそう言いながら代金を支払いしてアクセサリーを受け取ると、それを収納魔導へ無造作に放り込んだ。
(どうせこれは『素材』だしね)
宝石や装飾品にあまり興味がないハーティーは、購入したアクセサリーはあくまで『高い装備品』という感覚しか持っていなかった。
「ありがとうごさいました!またお越し下さい!」
店主に手厚く見送られながら、ハーティーはブティックを後にした。
「さあ、次は私の剣の材料ね!」
そう言いながらハーティーは続いて素材となる武器を探しに歩き出した。




