帝都への旅路
ガラガラガラガラ・・・。
ハーティ達一行は盗賊達三十人近くを一列に結び、馬車で牽引しながら帝都を目指していた。
それからしばらく馬車で行程を進めて、ようやく皆が落ち着いたのでお互いに自己紹介をすることにしたのであった。
「さっき名乗りを上げたんだけど、私は『ハーティ』って言うの。まあ、ちょっと『探し物』があって、冒険者デビューをしようと考えて帝都に向かっていたのよ」
「なるほど、『訳あり』なのですね。私は『シエラ』と申します。先程はお助けいただきましてありがとうございます。ハーティ様」
「手綱を握ってますゆえ振り返りで失礼します。私はシエラの父親で『ジェームズ』といいます。私からも心より感謝申し上げます。ハーティ様」
「はい、よろしくお願いします。ところであの・・・その『ハーティ様』っていうの、辞めません?」
「いえ!偉大なる『女神様』にそんなこと!ただでさえこんな馬車に乗せてしまって申し訳ありませんのに・・・」
「あの・・・私は『女神様』なんかじゃ・・ないわ」
「・・・・」
ハーティは先細った声で自信なさげに答えた。
「差し出がましいようですが、一撃であれだけ大きな谷の岩を消し飛ばして、『奴隷紋』消し去ってしまうほどの魔導を使うお方が『普通』というのはいささか無理があるかと・・・」
そう言いながら申し訳なさそうにシエラは目を伏せた。
同時に頭の獣耳もパタリと伏せられて、ハーティはちょっと可愛いと思ってしまった。
「・・ぐっ」
「と、とりあえず!なにがあっても私は『冒険者見習いハーティ』よ!」
「・・・わかりました。なにか事情がおありのようですし・・・では『ハーティさん』で如何でしょうか?」
「・・まあ様付けよりマシよね・・」
ハーティはとりあえず『さん』付けで折り合いをつけることにした。
「それにしても・・帝都まではまだまだかかりそうねえ」
「盗賊達は徒歩で引かれてますからね・・」
「ハーティさん、乗り心地は大丈夫ですか?本当にすいません。こんな粗末な幌馬車で・・しかも荷物と一緒ですので・・」
「いえ、大丈夫よ。むしろ快適なくらいだわ」
「そういってもらえると助かります」
ハーティが侯爵令嬢であったときは、それこそ贅を尽くした豪華絢爛な馬車であった。
確かに、それに比べたらサスペンションもクッションも無く、さらには屋根も幌しかないが、これから冒険者として生きていくハーティにとっては寧ろ上等なくらいであった。
「そういえばハーティさん。王都の滞在先は決まっているのですか?」
そう言いながらジェームズは振り返った。
「前を向いたままで結構ですよ。・・・実は帝都に行くのは初めてで・・全く目処が立ってないんです」
ハーティは今現在全くお金を持ってないので、盗賊達の意を汲んで彼らを引き渡した謝礼金を当座の軍資金にしようと考えていた。
そして、お金が手に入ったら、冒険者向けの安宿を探そうと思っていたのだ。
「でしたら!うちに来ませんか?しがないボロ宿ですが、私たちは親子で宿屋を営んでいるんです」
「今回は西の村で日持ちする食材とかの買い出しをしていたんですよ」
「正直経営はギリギリで、王都は物価が高いのでそういったものはまとめて近くの村から直接仕入れているんです」
「それで今回はこんなことに・・・」
そう言いながらシエラはしゅんとなった。
「あなたたちは宿屋を経営していたのね、てっきり商人かと思っていたわ」
「・・まあ、商売をしているという意味では商人みたいなものですね!」
それから無言で御者をしていたジェームズは何かを思いついた表情をした。
「ハーティさんは命の恩人です。お代はいらないので、うちの宿を是非ご滞在にお使いください」
そう言いながらジェームズは微笑んだ。
「ありがとうございます、ジェームズさん。ですがお代はきっちり払います」
ハーティは喜ばしい提案を受けたが、反対に獣人の親子に迷惑を掛けたくなかったので、ジェームズの提案をやんわりと断ったのであった。
「そっそれは!いけません!恩人からお金をいただくなど!!」
しかしジェームズはハーティがお代を払うと言ってひどく慌てた様子であった。
「いいえ。多分これからはしばらく厄介になるのできっちりしたいのです。私もお金を払わないと遠慮してしまって居辛くなりますよ」
「・・・ですが・・」
ハーティの話を聞いても、親子は納得していない様子であった。
「払うったら払います!・・それが無理でしたら違うところを探します!」
このまま言っても聞き入れてもらえなさそうだったので、ハーティは心を鬼にしてジェームズ達に訴えた。
「そんな!」
するとシエラは絶望的な表情になった。
「・・・でしたら、こんな感じではいかがでしょう」
シエラの表情を見たジェームズは、一思案してハーティへ顔を向けた。
「ハーティさんが宿で宿泊された翌朝の朝食をサービスするっていうのはいかがでしょうか。私どもも何か恩を返したいのです。恩返しというには些細なものですが、いかがでしょうか?」
「それでしたら喜んで頂戴します!!」
ハーティとしてはきっちり正規に宿泊した上で朝食をごちそうになれるのであれば、願ったり叶ったりであった。
「そしたら、帝都に着いたら、しばらくよろしくお願いしますね!」
「「はい、よろこんで!!」」
ゆっくりと進む馬車の中は、和やかな雰囲気に包まれていた。
そして、三人はそれからも会話をしながら小一時間ほど馬車を進めていた。
「・・・・ん?あれは・・」
すると、ジェームズが行先で何かを見つけたような声を上げた。
「どうしたんですか、ジェームズさん?」
「いえ・・なにやら騎馬の隊列とみられる一団が近づいてきています」
「え!!?」
それを聞いたハーティ達に緊張が走った。
つい数時間前に盗賊に襲われていた身としては、騎馬の一団を見て緊張するのは致し方ないことであった。
そして、あっという間に騎馬の一団と向かい合う形になる。
「・・・・・!」
三人の間に一層の緊張が走る。
「ん?どうやら帝国の騎馬隊のようだ・・」
しかし、御者をしているジェームズが真っ先に騎馬の一団の正体を確認した。
「そこの馬車!!!止まりなさい!」
そして騎馬隊のリーダーに馬車を止められてしまった。
「君たちはどこのものだ!?何故これほどの人間を引き連れている!」
ハーティ達は一台の馬車に何十人もの人間を引き連れて進んでいるのを不審に思われたので騎馬隊に止められたようであった。
「私は帝都で宿屋を営んでいる『ジェームズ』というものです。今は宿屋で使う食材の買い出しに西の村に行っていた帰りなのです」
「んーーー?だがその後ろにつれている人はなんだ!!」
「・・・実は、先程我々はこの引き連れている盗賊の一団に襲撃されまして、そこを護衛をお願いしていたこのハーティさんが撃退したのです」
「そして、帝都に着いたらこの人たちをギルドに引き渡そうと思っていたところなのです」
それを聞いて、騎馬隊のリーダーは首を傾げた。
「んー?この女の子が一人で??どう見てもこの盗賊を捕まえれるような雰囲気ではないが・・・」
「・・それは私と娘も協力して・・・」
「そうなんでさぁ、この『ハーティの姉御』があまりに強いもんで、ばったばったと倒されてこの様でさぁ!!」
ジェームズがその場を凌ぐために言い訳をしていた言葉をぶった切って、盗賊のリーダーが喋り出した。
「ん?姉御??」
バシッ!
(バカッ!そんなこと言ったらまるで私が盗賊一味のリーダーみたいじゃない!!)
ハーティは誰にも聞こえない小声で盗賊のリーダーを窘めながら頭を叩いた。
「??」
「あははははーなんでもないんです!私は修行の旅に出ている冒険者で、行先で出会ったこの二人の護衛をしていたんです!!」
「それで盗賊に襲われたんですが、三人で協力してなんとか捕まえたんですよ!!!」
「・・・うーん?まあ確かにあなたは魔導師に見える。しかもそれなりの使い手と見受けられるな」
「そ、そうなんですよ!たまたま広域魔導を放ったら一網打尽にできまして!あとは三人でちゃちゃっと盗賊たちを捕まえたんです!!」
「うーん、なるほど・・まあ帝都までまだしばらくかかるであろうし、逃げられたり不意打ちを受けないように気を付けられよ」
「本来ならここで我々が引き受けてもいいのだが、ちょっと『緊急の事件』があって調査に向かっているんだ」
「・・・『緊急の事件』ですか?」
すると、騎馬隊のリーダーが何かを思いついたような表情をした。
「そうだ、あなたたちは西から来たんだね?『西の谷』でなにか大きな爆発に出くわさなかったか?」
「爆発??」
「ああ、帝都の見張り台からも確認できるほどの大きな爆発が『西の谷』から確認されたんだ。その規模を考えると、最悪の場合『古代竜』のブレスによるものではないかと帝国は判断している」
「そこで、我々が取り急ぎ先遣隊として調査に向かっているところだったのだ」
「もし『古代竜』であって帝都に向かっているということであれば、軍が総出で戦っても勝てないかもしれん・・・」
「もし古代竜でないとしても、もしかすれば『王国』がひそかに開発した新兵器や戦略級魔導の実験による爆発かもしれないしな・・」
そういいながら騎馬隊たちは目を伏せた。
(どうしよう・・・・心当たりしかない!)
ハーティは頭を抱えた。
「それでしたら!ちょうど私たちが盗賊に襲われているときに大きな爆発が起こったのを見ました!」
「運よくその爆発で盗賊たちが怯んだので、この『ハーティさん』と一緒に盗賊たちを退治したのですよ!」
(嘘は言ってませんからね・・・!)
機転を利かせたジェームズが爆発についてでっち上げを伝えて、シエラはそれを聞いてウインクしながらハーティへ耳打ちした。
「・・そうでしたか!爆発に巻き込まれずによかったな」
どう考えても苦しい言い分であったが、どうやら騎馬隊は納得したようであった。
「それでは、我々は急ぎます故・・帝都までお気をつけられよ!」
「ええ、そちらも何事もないことを祈っていますよ」
「協力感謝する!!」
その言葉を残して、騎馬隊は颯爽と去って行った。
(あとであれをみて大きな問題にならなければいいけど・・・)
ハーティは心にもやもやしたものを残しながら帝都へと向かったのであった。




