逆鱗
「な、何が起こった!?」
「「???」」
その場にいた誰もが、今起こったことを理解できないでいた。
そして、朦々とした土煙が風で押し流されると、そこには一人の少女が立っていた。
言わずもがな、ハーティである。
ハーティはずびしっ!と盗賊のリーダーらしき男を指さした。
「何の罪もない親子に対しての狼藉、この私が目にした以上は許せません!!」
「はぁ!?おまえ誰だよ!?」
突如現れた少女の口上に、全員が戸惑っていた。
「あ、申し遅れました。私は『ハーティ』と申します。ここへは・・まあ、旅の通りがかりというやつです」
(王国での『ハーティ』はいなくなったし、これからはただの冒険者『ハーティ』と名乗ろう)
ハーティはいつもの癖で、上品にカーテシーをしながら自己紹介をした。
「ぶわっは!こいつ馬鹿か!?これだけ大勢相手に女子ひとりでどうするってんだ!」
「しかも丸腰じゃねえか!見たところ魔導師らしいが、魔導だけでこれだけの人数相手できるかよ!」
「「「わっはっは!」」」
そのリーダーらしき男の声を聞いて、他の盗賊達も笑い声を上げた。
「しかも、見たらテメェもとんでもねぇ別嬪じゃねえか!体つきもたまんねぇ!なんだ、お前も俺たちに可愛がって欲しいってわけか!」
「「へっへっへっ」」
「・・・今し方何人かは倒しましたが?」
そう言いながら、ハーティは先ほど『ブースト飛び蹴り』で蹴散らした盗賊達を見る。
「ぐっ・・・・・」
それを見たリーダーらしき男は顔をしかめた。
「はなして!」
「な、なにをする!!」
すると、獣人の親子が声を上げた。
ハーティが見ると、獣人の親子が後ろから盗賊に剣の刃を当てられていた。
「あなたたち!!二人を離しなさい!」
「おっと動くなよ嬢ちゃん・・動いたら・・二人の命はないぜぇ」
そういいながら、二人に剣の刃を当てている男が下衆な笑みを浮かべていた。
「・・くっ!」
ハーティは、二人が人質となっている為に動くことが出来なかった。
「おまえ、あれを持ってこい」
「へい!」
すると、手下とみられる男が金属製の枷らしきものを持って来た。
「動くんじゃねえぞ!」
ガチャリ・・。
そして男はハーティを後ろ手にして、その枷をハーティの首と手に装着した。
手枷と首枷はチェーンで繋がっており、ハーティは後ろ手で身動きが出来なくなった。
「こいつは前に金持ちの商人を襲った時に奪ったやつでなあ」
「こいつは魔導銀製の枷に『魔封じの魔導式』を刻んだ特別製のやつだ」
「こいつをつけられたら、『どんな魔導士』でもマナを放出できなくなって魔導が使えなくなるって代物だ」
「これでテメェもこいつらの仲間入りってやつだ」
「・・・・・」
(よかった・・髪色を擬態している魔導は解除されてない・・女神化がバレることはなさそうね)
ハーティは『魔封じの魔導式』があらゆる魔導を打ち消すものではないと予想していた。
数多ある魔導を直接封じることなど現実的に不可能だからだ。
つまりは、『魔封じの枷』とは『最もマナ蓄積に長けた明るい髪色の人間が、全力で放出するマナの量を阻害できる』という意味であるとハーティは考えた。
それはそれで確かに凄い物であるが、『無尽蔵』にあるマナ出力と蓄積量を誇るハーティにとっては『ただの枷』であった。
事実、ハーティが今も発動している『擬態』の魔導は解除されていなかった。
ハーティはどちらかというと、この場にいる人達の前で『女神化』してしまうことを心配していたのだった。
「ふん・・悔しくて声を出ないか。安心しな、お前もおれたちが味見してから奴隷として売り捌いてやるからよぉ」
そういいながら、男は淫逸な笑みを浮かべた。
「ただし・・さっきは俺たちの仲間を『痛めつけてくれた』みたいだから・・ペナルティだ」
「ほれ、やっちまえ」
男が部下数人に指示をすると、部下の男達が『鉄の棒』のようなものを持ってきた。
その鉄の棒の先には平たい板が付いていて、それが高熱で真っ赤に染まっていた。
「こいつは『奴隷紋』を焼き入れる焼鏝でなあ、こいつも奴隷商人を襲って奪ったものだ」
「正真正銘の本物だから、この焼鏝で体に『奴隷紋』を焼き入れられたやつは、その瞬間から『正規の奴隷』と見分けがつかなくなるってわけだ」
「本当は背中にやるもんだが・・罰として目立つ場所にやってやる」
そう言いながら部下から焼鏝を受け取った男は、獣人の娘の露わになった白くて綺麗な太ももに、その焼鏝を向けた。
「や・・やめて!」
獣人の娘は顔を青ざめさせて身をよじるが、それも虚しく焼鏝が当てられた。
ジュュュウ!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
肉の焼ける匂いと少女の絶叫が響き渡り、その太腿には痛々しい奴隷紋が刻まれた。
「そしてお前は・・ここだ!」
そう言いながら、次に男は獣人の男の『額』に焼鏝を押し付けた。
ジュゥゥゥゥ!
「ぐあぁぁぁぁあ!」
同じように、獣人の男も激しい熱に苦痛の顔を浮かべた。
「こうすれば後で首を跳ねたら『奴隷紋付きの生首』ができあがるぜ!さぞ無様な格好だろうなあ!」
「貴様ァァァ!貴様に人の心はないのか!」
獣人の男が激痛に耐えながら叫んだ。
「はん、しらねぇな。さて、最後に嬢ちゃんにはその『豊満な胸』にでも焼き入れてやらあ、ひっひっひ!」
ハーティはそう言われても無言で俯いたままであった。
「はん、絶望でもしたか!心配しなくても火傷はあとで俺が『舐めて消毒』してやるぜ!」
そして、男はとうとう焼鏝をハーティの胸に押し付けた。
「・・・・・」
「ん?」
しかし、確かに真っ赤な焼鏝を押し付けているのに、ハーティにはまったく影響がない様子であった。
ペタペタ・・・。
男は首を傾げながら何度も焼鏝を押し付けるが、相変わらずなにも起こらなかった。
それもそのはずである。
ハーティは『擬態』の魔導と共に、上級防御魔導を常時発動しているのだ。
上級炎属性魔導をも防ぐ防御力を誇るハーティにとって、たかが熱した焼鏝を押し付けられる程度、痛くも痒くもなかったのであった。
「・・・・」
ただ、ハーティは小刻みに震えていた。
それは恐怖や絶望ではなかった。
「あなたたち・・・許せない!!」
ハーティは完全にキレていた。




