闘技場での死闘2
「ハーティ、その格好は!?」
そう言いながらマクスウェルは顔を赤くした。
本来、貴族令嬢であり淑女であるハーティのような女性は、常に足元まで丈があるドレスを着ている。
それは、貴族女性にとって脚を晒すということは世間的にはしたないとされるからだ。
しかし、今のハーティはその魅力的な脚を惜しげもなく晒していた。
「え?可愛いでしょ?」
「あ、アンデッド・・てえええい!」
ハーティはマクスウェルにくるりと回って今の姿を披露したあと、ついでと言わんばかりで常人が肉眼では視認出来ない程の速度で回し蹴りを放った。
パパパァァァン!
その蹴りは周りのアンデッド数体を消し飛ばしていた。
「え、ハーティ・・ちょ・・・」
ハーティは魔導を使うには、威力の加減に相当集中しないと闘技場を消しとばしかねなかったので、ひたすら徒手空拳で戦っていた。
しかし、ハーティは加減しているつもりでも発動している『ブースト』はかなりの効力であったので、その蹴りの威力は異常であった。
しかも彼女は完全な黒髪で、本来ならば魔導の行使はからきしのはずである。
マクスウェルが抱いていた、『ちょっと恋愛に鈍感で、普段見せる明るさの中で偶に見せる儚さがあるハーティ像』が打ち壊されようとしていた。
「あ、あとでユナの件も纏めて説明してもらうからな!」
そう言いながらマクスウェルは眼前のアンデッドを斬り伏せていた。
イイイィン。
「せいっ!」
ユナは神剣を構えてアンデッド数体に横薙ぎで斬りかかる。
シュパァン!
「グギェアアア!」
そして、後ろの闘技場の壁ごと真っ二つになったそれらは派手に崩れ落ちていった。
「はぁはぁ、さすがはハーティ様の誂えた神剣・・凄まじい斬れ味です・・もうすぐここは片付きそうですね」
そう言いながら、リリスはもう何個目になるかわからない魔導結晶をポーチから取り出した。
ちなみに属性のある魔導によるマナの消費量は、その術の規模と術者の属性ごとの素質に左右される。
リリスは光魔導の素質が高いので、普通の人間より少ないマナで光魔導が発動できる。
それでも浄化魔導を連射するとマナが枯渇してしまうので、ひとまずは魔導結晶からマナを取り出して浄化魔導を発動していた。
魔導はその詠唱術式を唱えるかスクロールがあれば誰でも発動できるが、光魔導の素質がなければ、市販の魔導結晶が有するマナでは初級治癒魔導を一回発動するのがせいぜいである。
その点、リリスであれば同じ量のマナでもかなりの回数で魔導を発動できるが、それでもあまりに多い敵の数に手持ちの魔導結晶も少なくなってきていた。
「はぁはぁ、これで最後です!『ホーリーライト』!」
「グガァァァォア!」
リリスの何度目になるかわからない『ホーリーライト』により、どうにか闘技場のアンデッドを全滅させることが出来た。
「ようやくここも片付いたわね」
ハーティの言葉に皆が息をついたとき・・・。
バァン!
「で、殿下!大変です!」
闘技場入り口の扉を勢いよく開いて衛兵が駆け込んできた。
「何事だ!?」
その衛兵のただならない様子にマクスウェルが問い詰める。
「お、王都の至る所でアンデッドが現れて、王都民達を襲っています!」
「襲われた人もアンデッドになってしまい、王都はパニックです!」
「なんだって!?」
そこでマクスウェルはふと気になったことを衛兵に尋ねた。
「国王陛下や王族達はどうなっている!?無事なのか!?」
「陛下や王妃、主要な大臣の皆様は、本日白銀の神殿で行われる予定の大規模ミサに出席する予定でしたのでそちらに集まっていらっしゃいまして、今はそこで多数の上級神官達が護りを固めています」
「そういえばそうであったな・・私と聖女様は騒ぎを察知してここにやってきたが・・であれば、きっとハーティの父君も無事だろうな」
「ええ・・幸いですね」
ハーティとマクスウェルは、ひとまず肉親や身内の無事を知って安堵した。
「ですが・・」
そういうと衛兵は顔を曇らせた。
「どうした?」
「何故かはわかりませんが、『デビッド殿下』と見られる人物が『飛翔』らしき魔道で白銀の神殿へ向かって飛んでいるのを、何人かの衛兵が目撃したようです」
「しかもその人物は地上にいる王都民を次々と攻撃してアンデッドに変えていっていますっ!」
「どんどん増えるアンデッドにもう対処もしきれない状態なのに、我が国の心の拠り所である白銀の神殿までアンデッドが攻め込んできたら・・我が国はもう・・」
そう言いながら衛兵は泣き崩れた。
「そんな!?きっと白銀の神殿には、今ミサの為に数万人の信者が集まっているはずです!」
「王族も揃っているのでしたら、事は一刻を争います!」
そう言いながら、リリスは顔を青ざめさせた。
そして、その言葉を聞いてハーティは何かを決意するように、力強く拳を握りしめた。
「・・・行きましょう、白銀の神殿へ。『イラ』を止めるのよ!」
「ハーティ、何を言っている!確かに一大事だが、私たちがいって邪神をどうにかできるものじゃないぞ!」
ハーティの言葉をあまりに無謀と感じたのか、マクスウェルが強い口調でハーティに言い寄った。
「・・大丈夫よ。わたしに考えがあるから。お願いマクスウェル。私を信じて?」
「殿下、聖女である私も向かいます。私の光の魔導であれば、邪神への有効打になりえるやもしれません」
「殿下、私も戦います。みんなで邪神の企みを阻止しましょう!デビッド殿下も救わないといけません」
「・・・ハーティ、みんな・・・」
「そうだな、ハーティ。君は私の妃になるんだ、私はハーティのことを信じよう!」
「もうすぐ、君との結婚式も行う予定だったんだ。その為にも、必ず王都を取り戻そう!」
そう言いながら、マクスウェルはハーティの手を取った。
「え・・ええ」
しかし、それを聞いたハーティは表情を曇らせた。
「・・さあみんな、行きましょう。白銀の神殿へ!」
そのハーティの声を聞いて、皆が頷いた。
(・・ごめんなさい、マクスウェル・・)
そして、今から自分がやろうとしていることを憂いて、ハーティは心の中でマクスウェルに謝罪した。




