闘技場での死闘1
「くそ!これだけの数のアンデッドを相手しないといけないのか!」
「兎に角、すぐにこいつらを倒して国王陛下や母上達を安全な場所へ誘導しないと・・」
「デビッドと邪神はひとまずそれからの対応か・・・」
「ユナ、君はこちらに来てハーティと聖女様を護りながら逃げてくれ!」
「私はひとまずこいつらを引き付けて足止めする!」
マクスウェルは一思案すると、矢継ぎ早に指示をした。
マクスウェルは、今この闘技場でまともな戦闘ができるのが自分とユナだけだと思っているようであった。
「マクスウェルを一人置いていけるわけないじゃない!」
ハーティがそう言うと、マクスウェルはハーティの手を優しく包み込んだ。
「このままではみんな犠牲になってしまう。私は愛しい君を失いたくないんだ。わかってほしい。必ず私は君のもとに戻ると約束しよう」
「これでも戦いには自信があるからね。大丈夫さ、私を信じてほしい!」
そう言いながらマクスウェルは、はにかんだ。
「そういう意味じゃないわ!みんなで戦うのよ!はい、ユナ。あなたの剣よ」
せっかくの台詞をハーティにあしらわれて唖然としていたマクスウェルを無視して、ユナはハーティから恭しく剣を受け取った。
「茶番は結構です。殿下一人置いていかなくても、アンデッドくらいどうとでもなります。いきますよ。聖女様」
「な、茶番!?」
「わかりました!いきますよ、ユナさん!」
「はい」
すっかりショックを受けたマクスウェルを放置して、ユナとリリスは戦闘準備を始めていた。
「私も戦うわよ!」
「え!?ハーティ!」
「・・!それはなりません!」
そして、ハーティまで戦おうと意気込んでいたので、さすがのユナもそれは看過できないとハーティを制止した。
「どっちにしても私だけちまちまドレスで走るわけにもいかないわ!」
「だ、だめだ!ハーティ!君の正義感は素晴らしいが、君だと無駄死にするだけだ!」
マクスウェルの必死の制止を無視して、ハーティはユナに語りかけた。
「大丈夫よ、・・どうせユナの『ブースト』についても説明しないといけないし、ユナと同じくらいまでの魔導なら説明もつくわ!」
「え、ユナの『ブースト』!?どういうことだ!?」
「・・・やむを得ませんね・・くれぐれも自重してください。あと、危ないことは避けてください。・・主に周りが」
ユナはハーティがどうにかなるというよりも、無尽蔵、無制限で使える魔導をぶっ放してやらかさないかのほうが心配であった。
「うぐ・・わかってるわよ!」
「お嬢様、あちらの物陰に着替えの服を用意しました。そちらで着替えてください」
「わかったわ」
侯爵令嬢であるハーティは、基本的に豪華なドレスを着て行動している。
しかし、これからの戦闘でドレスを身にまとっているのは不便で仕方がない。
ちなみに、ユナが服を用意しているというのは全くの出鱈目で、実際は物陰でハーティが収納魔導から、いつも二人で『ブースト』の特訓をしていた時に着ていた服に着替えるだけである。
自分が関与しないまま、ハーティまで戦うことで話が進んでいくことにマクスウェルは焦りを募らせた。
「ユナ!?気でも狂ったのか!ハーティに何かあったらどうする!?聖女様の治癒魔法は万能じゃないんだぞ・・彼女に消えない傷でも・・・」
「つべこべ話をする暇はありませんよ!」
そういうとユナは『女神の絆』の柄を握る。
ガシャコ!シュイイイイン!
すると、『女神の絆』の折り畳まれた刃の部分が一人でに展開し、本体に巡り始めたマナで刃先が白銀に発光し始めた。
ドオォォォン!
そしてユナは、演習ではない本当の戦いの為に遠慮なく発動させた『ブースト』による踏み込みで、地面に深いクレーターを生みながらアンデッドに飛びかかっていった。
「え!?ユナ!?なんだその剣は!?というより『ブースト』!?いつの間に?」
「・・・・『ホーリーライト』!」
そして、リリスは中級浄化魔導を発動して、数体のアンデッドをまとめて消し飛ばした。
「さあ、ハーティ様!今の内にお着替えを!マクスウェル殿下・・もし覗いたら・・女神様の神罰が下ると思ってくださいね」
「な・・・!の・・覗くわけないだろう!!」
「さあ、行きましょう!」
「わ・・わかった!!」
そういうと、マクスウェルは侍従から剣を受け取ってアンデッドに向かっていった。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
「よし・・と!」
ハーティは物陰に隠れると、いそいそとドレスからいつもユナとの特訓のときに着ていた服に着替えた。
この服の上半身は、胸元に魔導結晶が嵌め込まれた大きなリボンがついたオフショルダーになっていて、下半身は動きやすいショート丈のプリーツスカートになっていた。
そして、二の腕部分のベルトを絞って着けるタイプの指先が露出した、白い長手袋とニーハイソックス、皮のショートブーツを履いて、ハーティは女の子らしくも可愛らしい冒険者風の装いとなった。
この服自体には防御力はさほどないが、ハーティは自身の擬態魔導が解除されない程度の防御魔導を常時発動しているので、よほどの攻撃を受けないかぎり怪我をするような事態にはならない。
また、ユナの『女神の絆』にも上級防御魔導の術式が刻まれているので、ユナが剣を振るっている限りは、彼女もハーティと同等の相当な防御力を持っていると言えた。
「・・・・こんなことなら私もユナみたいな武器を作っておけばよかったわ・・」
ハーティは自分が戦うことなど想定していなかったので、自分の武器を作ることは後回しにしていた。
「これをきっかけに、魔導銀の武器がいくつか手に入ったら自分の武器も作らないとね・・」
どのみち通常の武器であれば、力加減を誤ると破損するので使い物にならない為、ハーティは素手で戦うことにした。
むしろ、神白銀製の武器でなければ素手の方が強いくらいであった。
・・・・・・・。
「く、なんて数だ・・・!!・・・・『ファイヤーボール』!!」
ゴゥゥゥ!!
「グァァァァァァオウ!!」
マクスウェルの魔導で数体のアンデッドが火だるまになっていく。
マクスウェルは敵の数の多さに魔導の詠唱が追い付かないので、ひたすら剣術と初級炎魔導のスクロールを使い捨てて魔導を連射しながら戦っていた。
炎属性魔導を発動するマナを温存しないといけない為、マクスウェルは『ブースト』を使うことができず、アンデッドの多さに苦戦を強いられていた。
そして、マクスウェルが眼前の敵に気を向けている間に、背後から別のアンデッドが忍び寄ってマクスウェルに襲い掛かろうとしていた。
「殿下!うしろ!!」
それに気づいたリリスが、マクスウェルに背後への注意を促す。
すぐさまマクスウェルが振り返るが、アンデッドの振るう攻撃はマクスウェルに迫ろうとしていた。
その時・・・。
「たぁぁぁぁぁ!!」
パァァァァァン!
弾丸のように飛んできた黒い塊がそのアンデッドに衝突し、その瞬間にアンデッドは木端微塵になった。
「・・・・え?」
なにが起こったのかわからずにマクスウェルが目を凝らしてその黒い塊を見ると、それは女性の髪であった。
言わずもがな、アンデッドを木端微塵にした黒い塊は、ハーティが放ったとび蹴りであった。
「ハーティ!?」
マクスウェルは目の前の出来事が信じられない様子で、開いた口が塞がらなかった。
「さあ、戦うわよ!マクスウェル!」
マクスウェルに向けたハーティの微笑みは、まるで『慈愛溢れる女神ハーティルティア』のようであった。




