女神の絆
ユナはハーティが指さした巨石を睨みながら呼吸を整えた。
(次こそは・・・・この剣で巨石を切断してみせる!!)
ユナは気合を入れると、踏み込まんとすべく脚に力を込めた。
『ブースト』で強化されたユナの強力な踏み込みにより、脚を置いていた場所の地面には小さなクレーターが生まれた。
そしてそれに反発するように勢いよくユナは巨石目がけて飛び出した。
「はぁぁぁぁ!せぃ!どわっと!?」
『ブースト』により加速したユナは、目にも止まらない程のスピードで巨石に迫って斬り込んだが、何故か空振りのようになってしまい、抵抗に備えて力んでいたユナはよろけてしまった。
「すみません、空振りしたみたいで・・やりなお・・」
「大丈夫よ。斬れているわ」
ユナの言葉を食い気味に否定したハーティは、先程ユナが斬りかかった巨石を指差した。
「?」
それを聞いて、ユナが巨石の方に向いた瞬間・・・。
ズズズズズ・・・。
まるで袈裟斬りの様な線が巨石から浮かび上がり、その上半分がずり落ちてきて・・・。
ドォォォォン!
凄まじい土煙を上げながら地面に堕ちた。
「・・・・・・」
ユナが無言で握っている剣に目をやると、その剣は刃こぼれ一つしていなかった。
「こ・・・これは!?」
ユナが信じられないものを見るようにその剣を眺めていると、ハーティが得意げな顔で口を開いた。
「神白銀の剣よ」
「神白銀!?」
ハーティの言葉にユナは目を見開いた。
「そう、多分この世界では見たことがないから多分かなり貴重な金属なはずだけど、まあわたしは・・こんな感じだから錬金できるのよ」
「まあ女神時代の記憶を頼りだったから、成功するかは賭けだったけどね」
そう言いながらハーティは苦笑いした。
「神白銀は昔神界にあった本物の白銀の神殿に使われていた建築材料よ」
「もともと神々は寿命の概念がないじゃない?だから悠久の時でも変わらず使える強度を持つ建築材料として使われたのよ」
「神界ではわりとそこらに魔導銀ならあったし、まあ神族なら誰でも錬金できたからわりとポピュラーな物質だったのよ」
「それこそ、今で言う石膏くらいのイメージね」
「ちなみに神白銀のマナ抵抗はゼロよ。だからユナが柄を握っただけで剣が体の一部のようになって勝手にマナが巡って、本体に刻まれた魔導式が反応したわけよ」
その言葉にユナは更に驚いた。
マナ抵抗がゼロということは、その素材は実質無限に使えるスクロールになりうるというわけである。
「ちなみに刃先には『還元』の魔導っていうか神技の術式が刻んであるわ」
「『還元』の神技は昔不要になった物をエーテルに還元して消滅させることで処分するのに使った、まあ要は程のいい『リサイクル』の生活技なの」
「そしてかつての白銀の神殿の躯体として使われた強度と、勝手に剣本体に巡ったマナで刃先部分に発動した『還元』の魔導によって、刃の部分に接触したあらゆる物体は『エーテル』に『還元』されて全く抵抗なく切断されるわけよ」
「いつもユナにはお世話になっているから、その剣は『プレゼント』するわ」
その言葉を聞いて、ユナは無言のまま体を震わせていた。
それを見て、ハーティは不安になった。
「・・・迷惑だった??」
すると、ユナは静かに口を開いた。
「名前を・・・」
「え?」
「この剣に、名前を付けていただけませんか?」
その言葉を聞いて、ハーティは納得した。
「ああ、『プレゼント』ですものね・・・そうねえ・・・」
ハーティはしばらく思い悩んでから「あっ!」と思いついたように手を叩いた。
「せっかく神白銀を使っているのだし、かつて神族が使っていた言葉だから『今の世界の人』には通じないけど・・・」
「神族の言葉で『女神の絆』という意味で『イルティア・レ・ファティマ』なんてどうかしら?」
「イルティア・レ・ファティマ・・・」
ユナはその言葉を噛みしめるように聞いていた。
その様子にハーティは再び不安になっていった。
「ご、ごめんなさい!長かったわね。もっと簡単な名前を・・・」
そう言いかけたハーティの言葉を制するように、ユナが持っていた剣を恭しく両手で掲げながらハーティの前に跪いた。
「私、ユナは『神剣イルティア・レ・ファティマ』の持ち主として恥じないような騎士になることを命を賭して誓います!」
その言葉にハーティは驚愕した。
「し、神剣だなんて大げさな!」
しかし、それを聞いてユナはすかさず口を開いた。
「お嬢様・・・」
「お嬢様は知らなかったかもしれませんが、『神白銀』とは神話上で語られる伝説の素材で、世界中の錬金魔導師がその生成方法を長年に渡って研究し続けていますが、いまだ実現に至っていないものです」
「私も今この手にするまで『神白銀』は空想の素材だと思っていたくらいです!」
「そしてこの刃先に刻まれた『還元』の魔導は今の魔導学ではおそらく存在しないと思います」
「もしかしたら世界のどこかにある古文書などに魔導式が載っているかもしれませんが、少なくとも私は知りません」
「そんな『神白銀』と『失われた魔導』を用いて女神様が手ずから生み出した剣を『神剣』と言わずなんと言うのですか!?」
「う・・・」
ハーティもよもやこの剣に使った素材や魔導がそれほど貴重なものだとは知らなかった。
『神白銀』も量は少なくても世界のどこかに存在すると思ったし、『還元』の魔導もあまり使いどころがないから使い手が少ないだけで普通に存在する魔導だと思っていた。
だから、ハーティは日ごろお世話になっているユナに『ちょっと贅沢な材料を使った高価なプレゼント』といった感覚で剣を渡したのであった。
「もし、この剣の本質を知られれば、この剣を巡って戦争が起こっても不思議ではないほどの神器ですよ・・この神剣は・・」
「幸い、元のデザインは市販の折り畳み剣なので、ちょっと色味は白っぽいですが『とても高価な』魔導銀の折り畳み剣として誤魔化して使います」
「わ・・わかったわ」
そして、再びユナは剣を両手に掲げて跪いた。
「このたびは『至高の神剣』を授けてくださり有難うございます。私ユナは生涯貴方様を御守り致します」
「・・・ど、どういたしまして・・・・」
そうこうしているうちに日が暮れてきたので、二人は再び『飛翔』の魔導でオルデハイト侯爵家へ帰っていった。
ちなみに・・・。
後日ユナの剣を一目見て『神白銀の剣』と気づいたリリスが、ユナに嫉妬したのはまた別の話である・・・。




