本洗礼へ
それからしばらくして、聖女の都合がついたようで、正式に王妃陛下からハーティへ本洗礼の日取りが伝えられた。
そして、その本洗礼当日・・・。
ハーティは女神教本部である白銀の神殿へ、ユナと一緒に馬車で揺られながら向かっていた。
「いよいよですね。お嬢様」
「ええ、とっても乗り気で無いのだけれど・・・。聖女様ってどんな方かしらね」
「噂によればお嬢様と同じ歳らしいですが・・・」
「お嬢様が本当は女神様であらせられることを伝えられないなんて、何と嘆かわしいことか・・・。」
「きっと聖女様もその事実を知れば、お嬢様の尊さに打ち震えて咽び泣いて喜ばれることでしょうに」
「絶対余計なことは言わないで頂戴ね」
「もちろん心得ております」
(本当にお願いね・・・)
ハーティは過去の自分が崇められている女神教会になるべく関わりたく無いと思っていた。
ひとまず、聖女のお顔を拝見して有難い洗礼を受けたらさっさと帰りたいと思っていたのだった。
そして、馬車がいよいよ女神教会本拠地である、白銀の神殿へと到着した。
「遠くから見ても巨大だけど・・近くで見ると尚のこと大きく見えるわね」
「それはもちろん、至高なる女神様を崇める女神教会の総本部にして世界最大最古の教会ですから!」
女神教会総本部である白銀の神殿は、かつて女神ハーティルティアを筆頭とした神々が住まわれた神殿を神話を基に再現した世界最古の建造物である。
王都のかなりの面積を占有するその敷地内には様々な宗教的な建造物が立ち並び、その立ち並んだ白亜調の建物がとても美しい芸術作品のようである。
そこは世界中から女神教の信者や参拝者が訪れ、特に王都に住む人間であれば、王族から平民まで人生で一度は必ず訪れるような場所である。
白銀の神殿はあまりにも敷地が広大である為、敷地外周にある貴族専用門を潜ってからもしばらく馬車で移動をした。
そして、馬車が本殿の正面玄関前に停車し、ハーティ達は騎士のエスコートで馬車から降り立った。
そのまま、常時開放されている高さ5メートルは下らない豪華で巨大な本殿の玄関扉を潜ると、見事な絵画や彫刻が屋根や柱に散りばめられた、先が見えないほどの長い廊下が見えた。
今日は未来の王太子妃であるハーティの本洗礼のため、通常は参拝者で行き交うこの廊下も彼女達以外の人影は見られなかった。
そして、しばらくその長い廊下を歩いていくと、広い本礼拝堂に到着した。
「・・す、すごい」
「私も本礼拝堂には初めて入りましたが、まさかこれ程とは・・・」
流石は世界最大の宗教団体である『女神教』の聖地であると言ったところか、本礼拝堂は数千人の信者がお祈りを捧げることができるほど広大で、巨大なステンドグラスは高価であるはずのガラスを一体いくら使ったのか見当もつかないものあった。
屋根や柱には嫌らしく無い程度に魔導銀を用いた、ライン状の意匠が盛り込まれていた。
更には、床は濡れたような光沢を放つ美しい大理石が一面に敷き詰められ、間違いなくその部屋は世界で一番贅を尽くした物に見えた。
そして、何より一番存在感を放つのは全体を魔導銀コーティングされて銀色に光り輝く、高さ15メートルにもなる、超巨大な女神ハーティルティア像であった。
「お・・大きすぎる」
ハーティは過去の自分であり、今の自分にも見た目が似ている超巨大なハーティルティア像を前にして軽く引いていた。
「何と素晴らしい女神像なのでしょう!」
約一名は女神像を見て、感極まって目を潤ませていたが・・・。
二人が壮大な本礼拝堂に惚けていると、祭壇の横にある控え室へ続く扉から、一人の初老の高位神官が出てきた。
彼は豪華な魔導銀糸で刺繍をあしらった神官服を身に纏っており、不潔さは微塵も感じさせない整えられた顎髭を蓄えている。
そんな彼がハーティの前まで歩み寄ると、恭しく礼をした。
「ようこそおいでいただきました、ハーティ様。わたくしは女神教会本部枢機卿のヴァン・ゴドレス・ルシードと言います。貴方様に女神様の祝福を」
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はハーティ・フォン・オルデハイトと申します」
ヴァン枢機卿の挨拶にハーティもカーテシーをしながらお返しした。
女神教会は組織のトップとして総司祭が存在し、形式上の次席として聖女が存在する。
そして聖女の補佐と女神教会の実質運営の要人として存在するのが枢機卿であり、全員で十人存在する。
聖女はその時代ごとに貴賎に関係なく、浄化魔導や光属性魔導の素質が最も優れた未婚女性が選ばれるが、枢機卿は上位神官達の選挙で選ばれる。
そして、女神教会のトップとなる総司祭は枢機卿の中から彼らの協議により選ばれた者が就任する。
一度選ばれた枢機卿や総司祭は、誰かが亡くなって欠員が出るまでは変わることはない。
つまり、ハーティの目の前にいるヴァン枢機卿は女神教会の中でも上位に君臨する人間であった。
「本日のハーティ様の本洗礼、誠におめでたいことであります。これで我らが神聖イルティア王国と女神教会も益々盤石になるというものです」
「これを機に、女神教会との関わりも密になっていただければ嬉しく存じます」
神聖イルティア王国政府と女神教会は完全に切り離された組織だが、王国が『女神教』を国教にしている以上、実際は王国側から教会へ様々な便宜を図ったり、優遇を行なっている。
そんなことから、教会としても王妃候補を早い段階で取り込んでおきたいという、政治的な判断も考えられた。
ハーティにおいては、自身が女神であったことから女神教会に必要以上に関わってこなかったので、教会側は尚のこと今回の本洗礼をきっかけにして熱心な信者になってもらいたいと思っていた。
「それでは、早速本日の本洗礼を執り行われる聖女様をご紹介します」
「聖女様、こちらへおいで下さい」
「はい」
ヴァン枢機卿の声を聞いて返された返事は、鈴を転がすように美しいものであった。
シャン、シャン・・。
そして、身に纏った装具が揺れて打ちあう音を響かせながら、しずしずとプラチナブロンドの少女が歩いてきた。
その聖女がハーティの前で対面したので、彼女は聖女様にカーテシーをしながら自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかります。私はハーティ・フォン・オルデハイトと申します」
そして、ハーティが伏せていた顔を上げて聖女と目が合った瞬間・・・。
突如、ハーティの脳裏にかつて女神であったときの記憶が呼び起こされた!
・・・・・。
『ハーティルティア様が新たに創造される世界の為であれば、喜んでその存在を差し出しましょう』
『ハーティルティア様・・・・』
『ああ、ハーティルティア様・・敬愛しております』
・・・・・。
(そうか、聖女様の雰囲気がなんとなく女神リリスに似ているんだわ・・)
そして、ハーティが聖女の方へ改めて意識を向けると・・・。
「・・・・・!!」
聖女は驚愕の表情をして目を潤ませながら、まるで嗚咽を堪えるように両手で口元を押さえていた。




