決戦前の夕食会
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・。
『イルティア・レ・イーレ』がエルフの国リーフィアを出発してから数時間が経った頃。
夕刻になった艦内では、相変わらず乗組員たちが忙しなく動き回っていた。
そして、艦橋にいるマクスウェルは艦長席に腰かけて給仕された紅茶を飲みつつ、ぼんやりと窓に見える景色を眺めていた。
「・・・ふう」
マクスウェルは徐に懐中時計を取り出して今の時間を確認すると、近くで羅針盤を見ながら机上の海図に航路を描き込んでいたクルーへ声をかけた。
「そこの航海士、『サウスポイント』にはどのくらいで着きそうだ?」
マクスウェルに声をかけられた航海士は姿勢を正しながら答えた。
「はっ!現在本艦は羅針盤を頼りにひたすら南下を続けております。実のところ『サウスポイント』がどのくらい南下すれば到達できる場所なのかは、確たる情報がありません」
「ただ、『女神神話』では『サウスポイント』のことが『星の渦が最も天高い所に在る場所』、そして『南の最果て』と記されています。そのことから空を見ながらおおよその場所は特定できると思います」
「現在までの空の動きを確認した限り、あくまで予想ではありますが、現在の航行速度を維持できれば明日の未明には到着するのではないかと思います!」
「なるほどな。引き続き進路には注意しておいてくれ」
「はっ!」
ガコン!ギィィィ!!!!
ちょうどその時、艦橋のハッチが開かれてクラリス、ニアール、ナラトスの三人がやってきた。
「ふう・・・外はかなり寒そうだったわね。あたし、あんまり寒いの得意じゃないのよね」
「私達はナラトス様のように自分の身体に防御魔導が貼れないからね・・・もし、この艦自体に防御魔導が展開されていなかったら船外なんて出れたもんじゃないわ」
そう言いながら、二人は自分の身体を腕で抱いた。
『イルティア・レ・イーレ』は『邪神』の攻撃に備える意味で、航行中は常時船体を防御魔導で包み込んでいる。
それは同時に、高い高度を飛行する艦の周囲における気圧や気温もある程度調整するという役割もあった。
実際、高度による気温の低下はもちろんだが、『サウスポイント』に近づくにつれて気候も厳しくなってきている為、防御魔導のない状態で『イルティア・レ・イーレ』が航行することは難しい状況となっていた。
「クラリス!それにニアール達も!『プラタナ』と『メルティーナ』は大丈夫だったの?」
ハーティは艦橋にやってきたクラリス達に声をかけた。
「ああ、どうやらこの艦の船尾部分に二機分しかないみたいだけど、魔導機甲を吊り下げる為のクレーンハンガーがあったみたいなのよ。おかげで夕食にありつけそうだわ。最悪、食事はおろか睡眠もできないまま『ノースポイント』まで向かうことも覚悟したからね」
「本当よ。これから『イルティア・レ・イーレ』みたいな『飛行戦艦』が発達してくるようになったら、魔導機甲も艦載できるように小型化を検討しないといけないわね」
クラリスの言葉にニアールも同意した。
「まあ、いずれにしてもあたし達が世界を救ってからの話になるけどね」
「殿下、お食事の用意が整いました」
ハーティとクラリスが会話をしていると、艦橋にマクスウェルの侍従がやってきて夕食の知らせを伝えに来た。
それを聞いたマクスウェルは艦長席から立ち上がった。
「よし、久しぶりにハーティ達とも再会したんだ。『リーフィア』では出来なかった食事会を皆でしようじゃないか!」
「そうですわね。さぁハーティ様、皆さんも行きましょう!」
マクスウェルとフィオナに促され、ハーティ達は艦内のダイニングルームへと向かった。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
「・・凄い!夜会でも開催できそうな部屋だわ!」
ダイニングルームに入ったハーティは感嘆の声を漏らした。
そこは、自分達が戦艦に搭乗しているという事を忘れさせる程、豪華な内装の部屋であった。
部屋は一面を美しい絨毯で敷き詰められており、柱や屋根には見事な飾り彫刻がなされていた。
そして、天井には高名な画家によって描かれた『女神神話』の様々なシーンが描かれており、長い部屋の一番奥には『女神像』が祀られていた。
それらをハーティが見渡していると、ダイニングルームにいたメイドや侍従の全員がハーティに向かって『最敬礼』を行った。
「あら、まるでハーティ様の方がマクスウェル様より敬われているみたいですわね」
「『みたい』じゃなくて本当に敬われているんだよ、フィオナ嬢」
「あはは・・もう慣れましたので」
ハーティはフィオナの指摘を聞いて気まずそうに頬を掻いた。
「と言うか・・私から言ったことだけど、本当にこんな格好で良かったのかな・・」
ハーティは自分が身につけている『イルティアの鎧』を見ながらマクスウェルに問いかけた。
ハーティ達は侍従にドレスに着替えるように勧められたのだが、念のために戦闘できる服装で備えると固辞したのであった。
対してマクスウェルやフィオナは軽装ではあるが、ドレスのような服を見に纏っていた。
「今は有事の時だから仕方ないよ。それに『今の姿』だって王国にとっては間違いなく最高の『正装』だよ。とてもよく似合っている。まさに『私の女神』だな」
「も、もう!マクスウェルはいつもそんな事ばっかり言って!」
マクスウェルの言葉を聞いて、ハーティは頬を赤く染めた。
「・・ハーティルティア様は誰のものでもなく、『至高の存在』です。『神聖イルティア王国』を担う次期国王であらせられる方が真実を履き違えてはなりませんよ」
「・・わざわざご忠告ありがとう、『聖騎士』ユナ殿」
ユナの牽制に対して、マクスウェルは眉をひくつかせながら答えた。
「ハーティの事はどうでもいいですけど、せっかくの食事ですし、早く席に着きません?」
「・・・それもそうだな。・・頂くとしようか」
クラリスに嗜められたマクスウェル達は、それぞれを担当するメイドに案内されながら、巨大な長テーブにある自分の席へと着席する。
「あの、私はどこに座れば・・」
ハーティは自分の側に立つメイドに座席の場所を尋ねた。
「はっはひ!ハハハ、ハーティルティア様のお座席はあああちらでございます!」
目の前に自分が崇拝する『女神様』がいるからなのか、そのメイドは緊張で今にも倒れてしまいそうな様子であった。
そして、ハーティはメイドの示した方へ目を向けた。
そこは長テーブルの座席配置の中でも通常であれば国王が座る、言わば『お誕生日席』であった。
その席に近い側面には、王族であるマクスウェルとフィオナが向かい合うように着席していた。
そして、マクスウェルはハーティへにこやかな目を向けていたが、フィオナはなにやら物言いたげな目を向けていた。
「・・・・・はぁ」
ハーティはそれを見て溜息を吐きながら、誰よりも豪華な装飾が施された自分の座席へすとんと腰掛けた。




