女神と婚約者
『久しぶりだね、ハーティ』
『う・・うん、久しぶり』
ハーティはマクスウェルと別れた時のやり取りを思い出して気まずそうにしていた。
『水くさいじゃないか、ハーティ。君が世界を救う為に旅をするってちゃんと言ってくれれば、私達だって色々手助け出来ることがあったのに・・』
「うぐ・・それは、王国に『女神の力』がバレてしまったし・・当時はまだ『普通の女の子』として生きる願望があったのよ・・」
『それでも、私には正しい情報を教えて欲しかったな。だって私は君の婚約者じゃないか』
「でも、私は王国を去る時にマクスウェルの婚約者じゃ無くなったんじゃないの?」
『何を言っているんだい?ハーティとは八歳の時に婚約してから現在までずっと婚約者だよ?一秒たりとも婚約が無くなった時間なんてないね。これは私だけじゃなくて、王国の総意だよ?』
『ついでに君は貴族籍からも抹消されていないよ。だからハーティは今も『オルデハイト侯爵令嬢』だよ』
「え!?あんた侯爵令嬢だったの!?私より格上の貴族じゃない!?ていうか、イルティア王国王太子の婚約者!?え?えぇ!?」
「情報量が多すぎて頭が追いつかないのじゃ・・」
ハーティが貴族であり、王族の婚約者であることを知らなかった二アールとミウは酷く驚いているようであった。
『ですが、ハーティ様の中では『婚約破棄』なさったつもりなのでしょう?でしたら、『女神様』から一方的に『婚約破棄』されたということではないのです?ハーティ様は『侯爵令嬢』と言う意味ではマクスウェル様より格下ですが、『女神様』としてなら王族より上なんですわね?なら問題ありませんものね?』
ハーティはピアス越しに聞こえた聞き慣れない女性の声に首を傾げた。
『聞こえまして?わたくし、王国と帝国間の『東西同盟』に伴って、王国の文化を学び『邪神』討伐の一助となる為に王国に滞在している、『魔導帝国オルテアガ』の第一皇女である『フィオナ・エンパイアス・オルテアガ』と申します。魔導通信越しで失礼とは存じますが、以後お見知り置きを『女神様』?』
相手の顔は見えないが、わざとらしく『女神様』をやけに強調するフィオナに対して、『いい性格しているな』とハーティは思った。
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。ご存知とは思いますが、私は『ハーティ』と申します。帝都リスラム冒険者ギルド所属の『一級冒険者』で、今は訳あって『女神』をやってます・・」
ハーティは王国を去る時に『冒険者』として生きることを決意した建前、あくまで自分の事を『冒険者』の立場として名乗った。
『ほら?マクスウェル様?ハーティ様も家名を名乗りませんでしたし、つまりはそう言うことですよね!?』
『違う!彼女は昔から、こう言うことにはちょっとポンコツで・・』
「ポンコツ・・」
『ちょ!?フィオナ嬢!あまりくっつかないでくれ!?む、胸が!?』
ハーティはピアス越しの会話で、豊満な胸を当てられながらたじろいでいるマクスウェルを想像した。
そして、光を無くした瞳をスッと細めた。
それは、まるでゴミでも見るような眼差しであった。
「ふんっ!色ボケ王子が・・」
ピアスの会話を聞いていたユナも思わず悪態を吐いた。
「ちょっとユナ?思っていてもそんなこと言ったらいけないわ」
『ちょっ!?『色ボケ』ってなんだい!?というかハーティも私のことをそんな風に思っているのか!?違う!違うからな!!』
『ハーティルティア様!!余の愚息が申し訳ない!!どうか我が国を見捨てないでください!!どうかっ!』
『ちょっ!?父上!?』
「その声は、国王陛下!?」
国王陛下の声を聞いたハーティは目の前にいないにもかかわらず無意識に跪いた。
「「「!!!!」」」
ズザザアァァ!!
それを目の前で目撃した『カームクラン』の民衆達は一糸乱れぬ動きで平伏した。
「ノオオオオオ!!」
特に敬虔な『女神教』信者であるシゲノブは、跪いたハーティを見て『ワイバーン』が襲ってきた時よりも絶望的な声を上げた。
「ハーティルティア様!おやめください!」
ユナが跪いたハーティを抱き起すと、民衆達もほっとしながら『最敬礼』へと戻った。
「ハーティ!あなたは何人の前でも跪くのは禁止よ!もう道端の小銭も拾ったらだめだからね!そう言った紛らわしい行為も禁止!!」
「ごめん・・つい心根に宿った小市民の感覚が・・」
「いや、あなた侯爵令嬢でしょうが。元より小市民じゃないわよ」
『とにかく、私たちは君の元に向かうから!もうフラフラと寄り道しないでちゃんと『リーフィア』で待っているんだよ!わかったかい!?』
「もう、マクスウェルったら!人を根無草の流浪人みたいに言わないでよね!」
「いや、あなた冒険者だから。流浪人みたいなもんだから」
『とにかく、待っているんだよ!』
『ハーティ様!直接お会いする時をお待ちしておりますわ!おーほっほっほ!』
「『おーほっほっほ!』とか言って笑う人、本当にいたのね。あたしも元帝国貴族だけど、そんな人今まで見たことないわよ」
クラリスの突っ込みについてのキレの良さは相変わらずであった。
そして、嵐だけを巻き起こして一方的にピアスの通信は閉じられた。
「・・・とにかくっ!拠点に戻って『リーフィア』へ向かう準備をしましょう!?」
「・・そうね・・なんだか疲れたわ・・帰りましょ」
「私は碌に拠点で滞在していないのに・・マルコの料理を食べたかったわ」
「とりあえず、出発は明日になるだろう?今日の夕食と明日の朝食を貰ったら良いのではないのか?」
「それもそうですね!ナラトス様ぁ!」
「こらっ!そこの二人!大衆の面前でいちゃついてんじゃないわよ!」
「やれやれ・・みんな行くわよ・・」
ハーティは、呆れ果てながらスタスタと歩き出した。
それを見た『神社庁』の上級神官が慌てた様子になる。
「お待ちください!女神ハーティルティア様!どちらへ行かれるのですか!」
「え?拠点に帰るんですけど・・」
「でしたら!『神社庁』の馬車がお送りいたします!」
そう言いながら、その上級神官は仰々しい馬車の隊列を指さした。
「え・・いや、あんな王族みたいな仰々しい車列は嫌ですよ・・、すぐそこですから歩いて帰りますよ?」
「そんな!ならせめて護衛を!!」
「上級神官さん、諦めなさい。ハーティはこんな奴だから。まあ、単騎で『邪神』を滅ぼせる『女神様』をどうこうできる人間なんていないから大丈夫よ。あたしたちもいるしね!」
「はあ・・。っ!?というか貴様ア!至高なる『女神様』を『こんな奴』呼ばわりとはなんたることかああ!!」
「落ち着いてください、上級神官様!クラリスは私に親しくして接してくれてるのですから・・いつものことですし、気にしていませんから!!」
「はいっ!!女神さまぁぁぁ!サーセンっしたぁぁぁぁ!!」
シャカシャカ・・・。
クラリスに注意をした上級神官はジャンピング平伏をすると、そのまま高速バックしながら去っていった。
「あの動きは『女神教会』の修行内容にでも組み込まれているわけ?」
「はぁ・・先が思いやられるわ」
ハーティはそう言いながら手で顔を覆った。




