ミウの祖父
「・・・ここがわらわの生家である『シノサキ本家』の屋敷ぞえ」
ミウに促されるまま、冒険者ギルドから馬車に乗ってやってきたハーティ達は、『カームクラン』郊外にある巨大な敷地を持つ屋敷の冠木門を潜り、それからしばらくして辿り着いた本宅の建屋前に降り立った。
「大統領邸もすごかったけど、なんというか・・・ここはそれを更に大きく超えた感じね」
「大統領邸はあくまでアーティナイ連邦政府が建てた、大統領が任期中に執務を行う為の家じゃからな」
「ふええ、ほむらの生まれた里の里長が住んでいる屋敷とは比べ物にならない大きさです・・」
「『カームクラン様式』ですので趣は違いますが、確かに王国の上級貴族の屋敷と遜色ない素晴らしいお屋敷ですね」
ハーティ達がシノサキ邸の佇まいを眺めていると、豪華な玄関の引き戸が開け放たれて一人の老人が数人の家政婦を連れ立って現れた。
その老人は百八十センチを超える高身長で、年齢を感じさせないがっちりとした体形をしており、色黒の肌と刈りそろえられた白髪が特徴的で、強面の顔と着こなした紋付き袴が相まって非常に威厳がある容貌であった。
その老人が腕を組んで口をまっすぐ引き結びながら歩いてくると、ハーティの顔を見た瞬間に目を見開いて素早く『最敬礼』の姿勢となった。
それと同時に後ろで控える家政婦たちは、そこが地面であることを気にせず平伏する。
ミウと『白銀の剣』以外の三人は、老人が行った突然の奇行に戸惑いを隠せない様子であった。
「めめめ・・・女神ハーティルティア様の御尊顔を拝見することが出来ましてき・・きき恐悦至極に存じます。いつも愚孫が大変お世話になっております。私、シノサキ家当主の『ゴンザブロウ・シノサキ』と申します」
「ちょっ!?祖父上!?」
その様子を見ていたミウが急に慌て始めた。
「ばぁかもんがぁ!!!何をしておる!この愚孫がぁ!?女神ハーティルティア様の御前で頭が高いぞ!はよう平伏せぬか!!」
「いや、祖父上!そんなに『女神ハーティルティア』と連呼してはいけないのじゃ!!」
「ああん!?」
ミウがハーティの前で普通の態度をしている事にゴンザブロウが青筋を浮かべながら激怒している最中、『旋風』の三人はまるで魂が抜けたように固まっていた。
特に『僧侶』であるクウゼンは目を開ききったまま、一筋の涙を流していた。
「おお・・・女神よ・・やはり、あなた様は『女神ハーティルティア』様であらせられましたか・・先ほどの魔導も『神の御業』と思えば至極納得がいくことです」
クウゼンは一人納得すると、ゴンザブロウと同じように『最敬礼』を始めた。
「あ・・・あの・・もしよければ居たたまれないので普通にしてもらえませんか?」
「ななな・・なにをおっしゃいまする!!!『女神ハーティルティア』様の御前で平伏するのは人間として当然!魂に刻まれた行動理念です!!そんな畏れ多いことができるはずがございますまい!!」
「はあ・・・またこのパターンですか・・ならば・・仕方ありませんね」
ハーティはため息をつくと、徐にその場で平伏し始めた。
「ノォォォォォォ!!!」
「なっ!一体何を!!」
「ハーティさん!!!」
その様子を見たゴンザブロウは言葉にならない絶叫をして、クウゼンは平伏したまま慌て出し、ユナは素早く平伏したハーティを抱き起そうとする。
「ぐぬぬぬぬぬ!!動きません!!」
しかし、全力で『身体強化魔導』をかけて行うハーティの平伏は、どれだけユナが力を込めてもびくともしなかった。
「私は『女神ハーティルティア』としてではなく、普通の『冒険者ハーティ』として生きているんです。ですから、皆さんには冒険者として普通に接していただくのが私の希望です」
「『女神ハーティルティア』である私の希望を叶えてもらえないのでしたら、私はこのように皆さんに対してお願いする以外にありません」
「「「「ぐぅ!」」」
『女神教』信者にとって『女神ハーティルティア』からのお願いなど『神託』以外の何物でもなかった。
そして、『女神教』信者が女神の『神託』を蔑にするなど、到底できないことであった。
その為、ハーティルティアの平伏を目の当たりにしたゴンザブロウ達は素早く立ち上がった。
ちなみに、平伏し始めたハーティを見た瞬間、ミウは顔を青ざめさせて口をパクパクさせながら棒立ちになっていた。
ミウはこれまでの事があるので流石に平伏はしなかったが、ハーティが自ら行った平伏にミウの本能が拒絶反応を起こしているようであった。
「あなたやめなさいよ!『女神教』信者にとってはハーティの平伏姿を目の当たりにするなんて、絶望以外の何物でもないでしょうが!?」
「わわわわかりました!!もう平伏などしませぬ故、どうかお願いですから立ち上がってください!どうか!!!」
ゴンザブロウがハーティへ必死に訴える中、立ち上がったクウゼンは顔を青ざめさせて瞳を固く瞑ったまま合掌していた。
「女神様を平伏させるなど・・・ああ、恐ろしい・・某の人生でこれほど戦慄したことはない・・」
「とにかく、ご理解いただけたようでなによりです」
ハーティはそう言いながら立ち上がった。
「祖父上、わらわも最初は同じような反応だったのじゃが、ハーティさんは本当に特別な扱いをされるのが嫌みたいなのじゃ。故にわらわも対等な立場として接しておるのじゃ」
「なにより『女神様』からの希望なのじゃ。それがどのようなものであれ、叶えて差し上げるのがわらわ達の使命なのじゃ」
「うぐ・・確かに・・のう」
「というわけで、『旋風』の皆さんも私の平伏を見たくなかったら普通に接してくださいね!」
「わ・・わかりました!ハーティさんがそう言うのであれば・・ほむらは今までと変わらないように接しますね!」
「わ・・・わかったでござるよ!もしハーティ殿に平伏をさせている姿を見られでもすれば、拙者たちはそれこそ『紫焔』に消されるでござるよ!!」
「はあ、ハーティさん・・本当に心臓が持たなくて死んでしまう信者が居かねないので安易にそんなことしないでくださいね・・・」
ハーティの平伏を見て顔色を悪くしているユナを見ると、それもあり得ると一同は納得した。
「と、とにかくじゃ!今回は『緊急クエスト』達成の御礼としてシノサキ家でおもてなしする為にやってきたのじゃよ?祖父上、ハーティさん達を案内してはくれぬかえ?」
「お・・おお!そうじゃな!ではハーティル・・ハーティさま・・殿、どうぞこちらへ」
そして、ゴンザブロウは何とか落ち着きを取り戻してハーティ達を屋敷の中へと案内するのであった。




