続!アイツのせいで悪役令嬢って言われてる
沢山のブックマーク、感想を頂いておりました。
読者様には感謝、感謝でございます。ありがとうございました。
ご好評頂きました『アイツのせいで悪役令嬢って言われてる』の
エレン王子サイドからお届けします。
怒られた。
12年前の事まで遡って怒られた。
「殿下。エレンツィード殿下。聞いていらっしゃるのですか?」
目の前にいるのは、あの時より更に髪が白くなった侍従のバレンだ。額に手を当て眉間に皺を寄せている。久し振りに見た表情だ。
「聞いているよ? 少し落ち着いてくれ?」
一応、労うように声を掛けてみた。
「落ち着いている場合ですか。何て事をしていらっしゃるのですか? 仮にも公爵令嬢と伯爵子息に婚約破棄を唆すなど」
さすが。
誰よりも僕を見ているだけの事はある。それはそうだ。何と言っても付き合いは、記憶も無い赤子の時からだし。それにしても情報の伝播が早い。一体誰がバレンに知らせたんだ。様子からは相当頭に来ているように見える。
「唆すか。さすがバレン、的確でぴったりな言葉だな」
「殿下、私は褒めていません。それに、もう少し遣り様があったのではないですか?」
「自分の側近の一人が、婚約者がいるのに不貞を働くのを見て見ぬふりをしろと言うのか? 清廉高潔であれと常々言われているのに? 黙っていられる訳がないだろう」
バレンが淹れてくれたお茶を飲みながら、テーブルの向こうにいる彼を上目遣いに見た。王族たるもの清廉高潔な精神であれ、とは彼の口癖だった。
「確かにそうです。ならばまずは、ジョイル殿ご本人にご注意されるのが最初の手段だったのではございませんか? 殿下はそれをすっ飛ばして婚約破棄に持って行きましたね?」
バレンには僕が婚約破棄を先導した様に思われているようだ。
結果だけ見ればそうかもしれないけど、内容的には、ほぼヴィヴィの誘導通りに進んだのだけど?
「ジョイルには注意したぞ。不誠実な事をしていれば、必ずしっぺ返しが来るとも言ったし、婚約者殿が例え今回は許したとしても、婚約期間中は勿論、結婚したらずっと言われるだろうな。そんな事が死ぬまで続くなんて大変だ。愛の無い結婚生活なら尚更辛いだろうな? とも忠告した」
「……それ、忠告ですか?」
「それ以外に何がある? だって、真実の愛を見つけたと盛り上がっている二人に、部外者が何を言っても無駄だろう? 婚約という契約で繋がった相手からなら、聞かない訳にはいかないけど。その婚約者殿が二人の事を知らなかったら言いようがないだろう?」
ジョイルとアリアーヌ嬢の事を知らないと思っていたら、ヴィヴィは僕と同等量の情報を収集していた。知っていたのに、今日の今日まで一言も言わなかったのだ。一体どういうつもりだったのか。
あの場では知らない振りをしていたけど、僕はアリアーヌ嬢の実家の事情も、レベネン商会のダンデル氏の事も全部知っていた。情報は細かく広範囲に集める。時間は掛かっても広げる網が広い程、餌に出来る小魚も多いし種類も豊富だから。
当然12月にヴィヴィの実家の公爵家が、特産品の品評会の申し込みをした事も知っている。公爵家とは余り取引の無いレベネン商会に、日にち限定で依頼が行った事に珍しい事もあるなとは思ったが、まさかソレもヴィヴィの手によるものだったのか? だとしたら、ヴィヴィは淡々と彼等に対するネタ集めをしていたという事か。
うん。さすが僕のヴィヴィだ。僕と遣り方が似ているかもしれない。
しかし……ジョイルは馬鹿だ。
本当に馬鹿だ。
信じやすくて、熱しやすく、単純な奴だ。人によってはそれが純真で、情熱的、正直者など思うかもしれないが、僕から見たら本当に馬鹿なヤツ。それしかない。
なぜかって? そんなの決まっている。ヴィヴィを婚約者に持っていながら、あんな男爵令嬢にコロッと騙されて、言い訳出来ない関係を持ってしまうなんて。馬鹿だろう?
でも、そのお陰で二人の婚約が破棄に出来そうだ。どう考えてもジョイルのやった事はヴィヴィに対する不貞だし、言い逃れも何も出来ないまでに尻尾を掴まれている。全くアイツは誤魔化せると思っていたのか。
学院の女神、天使で妖精とも称えられている自分の婚約者と、あからさまな安っぽい色香を纏った男爵令嬢を秤にかけたのだ。確かに、ヴィヴィは触れ難い高貴な雰囲気を持った美少女だけど、お手軽男爵令嬢が目の前に現れたからと言って、ほいほいと直ぐに喰いつくか? まあ、喰っちゃった訳だけど(コホン! 失礼)
ヴィヴィとあの女を比べるなんて、考えただけで大笑いしてしまう。
5歳の誕生日のお茶会で、僕は致命的なミスをした。
『ばれん。こんやくしゃって、なぁに?』
『エレンツィード殿下のお嫁様になるお嬢様のことですよ。今日はお嬢様達が沢山いらっしゃいますから、皆様にお会いしてまずは、仲良くなれそうな方を探しましょう。可愛いお嬢様がいらっしゃるとよろしいですね?』
確かそんな事を話していたような気がする。お嫁様ってなんだ? 当時の僕には可愛いお嬢様が来ているって事しか判らなかった。だって、たかが5歳のガキに婚約者を選べるか?
そこで初めてヴィヴィに会った。
お茶会の広間には、幾つかのテーブルがあって女の子達がお行儀良く席に着いていた。近衛騎士のオーフェンとバレンに連れられて、僕は女の子達の傍に行く。
『ヴィヴィエット・レベンデール嬢』
バレンに紹介されてヴィヴィと初めて顔を合わせた。
『!?』
ヴィヴィは可愛かった。凄く可愛かった。
サラサラの金髪はツインテールに結われてピンクの花とリボンで飾られていたし、共布のピンクのドレスはポピーの花の様にふわりとしていて、まるで花の妖精の様に愛らしかった。自分には無い淡くて明るい色彩と、アメジストの瞳が綺麗で顔を見た瞬間、言葉を失ってしまった。
『おーじさま?』
可愛いヴィヴィが可愛いカーテシーもどきをして、小首を傾げて僕を見ている。言葉を失ってじっと見つめている僕に、にっこりと天使の微笑み。妖精の微笑。ああ、なんて言ったら言い尽くせるのか。
それなのに、まさか、その30分後にあんな事になるとは思わなかった。
床に広がったゲーム盤の上で取っ組み合いの喧嘩になってしまった。僕の伸ばした手でヴィヴィがよろけ、二人して床に転がった。転ばされたと思ったヴィヴィが僕の手を叩き落とし、僕は僕で丁度掴みやすい位置にあったツインテールを引っ張った……と、思う。
……まあ、そこからは抓る、叩く、引っ張る、突き飛ばす。そして噛みつく寸前で僕達は引き離された。
『わああああぁああんっ!』
大泣きしながら僕達は、お互いから離された。
原因は僕だ。僕の一言から始まったのだ。
可愛い女の子に一目惚れだった。彼女しか目に入らなかった。可愛い彼女に触りたかったし、キスしたかっただけなんだけど。
結局その会では、僕の婚約者は決まらずに側近候補だけが決まった。ジョイルを含む全部で5人の少年達だ。彼等とはこれから長く付き合うし、それぞれに性格も考え方も嗜好も違って面白かった。ガキだった僕としては、婚約者より友人の方が重要で興味深かったのは仕方が無い。
王子としてのプライドからか、可愛い女の子と取っ組み合いの大喧嘩したことは、記憶の片隅に追いやられていて思い出すことも少なくなっていた。
でも、ずっと気になっていた。可愛い可愛いヴィヴィ。
どこが良いって、やられて泣くだけの女の子じゃないトコロ。あの時だって、驚いて真ん丸に見開かれた瞳は、言葉より先に感情を表していた。
やられたら、やり返す。可愛らしい外見に似合わない瞳の奥に燃え立つ炎。
この子、面白いかも。そう感じた気持ちが心の中にずっとあった。
なのに、あのお茶会の後、ヴィヴィとは全く会えなくなった。
理由は簡単。子供同士のやった事、それも僕から手を出した事だったからお咎めも何も無かったはずだったが、公爵はヴィヴィを自主的に謹慎? 自粛? まあ、『王子と取っ組み合いの喧嘩をして泣かせたご令嬢』という不名誉な噂が薄れるまで行動を控えていたからだ。
6歳の誕生日会も、7歳の誕生日会にもヴィヴィとは会えなかった。8歳の誕生日会には決まらなかった婚約者選びが再開されたけど、この時にもヴィヴィは来ていなかった。
『エレンツィード。其方の気になる令嬢はいたのか?』
父上からも聞かれたけれど、僕は首を横に振った。
『いません。今日も来ていないみたいです』
『今日も? 其方はそれが誰か判っているのか?』
僕がヴィヴィの事を探しているのを父上は知らない。だって、父上に知られたら、何の苦労も障害も無く、そして何より彼女の意思に関係無く、彼女を僕のものにできてしまう。
だから父上にも言わないと決めた。父上には必ず彼女を婚約者として紹介するから、それまで婚約者は決めないで待って欲しいと懇願した。
『18歳の成人の儀までに婚約者がいなければ、其方は隣国の第8王女と結婚する。そのつもりで考えよ』
父上からの最大の猶予。第8王女って、先月生まれたばかりの赤ん坊だ。8つ違いだ。まあ、在り得ない事では無いとは思うけど、姫の上には7人も姉姫がいるって事か……疲れそうだ。
とにかく、あと10年の時間を貰った僕は、まずは自分磨きに精を出すことにした。元々、勉強は好きだったし、記憶力にも自信があるから宮廷教師達からもお墨付きを貰っていた。それに剣術や馬術も、身体を動かすことも嫌いじゃないから結構イイ線まで行っていたと思う。
女の子が夢見る『王子様』、これを目指した結果、僕は誰もが認める『王子様』として存在するようになった。静かに、努力したって訳だ。
僕が僕である事を、彼女はきっと見ていると思ったから。だから、僕は次に出会える機会をずっと待っていた。
次に彼女に会ったのは10歳の時の誕生会だった。
そう、ジョイルの婚約者として……
「……」
「殿下? 聞いていらっしゃいますか?」
ああいけない。昔の事を思い出してボウっとしていた。
「それから、公衆の面前で公爵令嬢に不埒な事をしたと言うではありませんか?」
うっ。不埒?……誰からどんな風に聞いたのか。て言うか、本当に誰がバレンに告げ口したのだ?
「それは誤解だ。不埒な事なんてしていない。了解を貰ったからそれに応えただけだ」
「どんな、了解のお返事を頂いたのですか?」
「12年前の、お茶会の時の返事。ヴィヴィから」
「……5歳の時の? 時間が掛かり過ぎじゃございませんか?」
「そう。5歳の時の。僕は気が長いんだよ」
「よくもまあ、しゃあしゃあと、そんな言い訳を。あの時も、貴方様が原因で会がめちゃくちゃになったのをお忘れですか? 愛らしいご令嬢と取っ組み合いの喧嘩など。前代未聞でしょう! まあ、殿下の言い分は置いておきましょう。陛下がお呼びです。ご覚悟なさいませ」
「……」
父上からの呼び出しか。まあ、そうだろうな。バレンがこれだけ言うという事は、父上も怒っているな。いや、それとも良くやったと褒めてくれるのか?……
まあ、後者であることを願いたい。
でも、僕は後悔していない。これ以上無いギリギリのタイミングで手に入れた。これより遅かったら僕のものにならなかったかもしれない。
12年かかって、やっとヴィヴィが僕の所に舞い降りて来た。うん、そう。彼女は僕の……何だ? 天使? じゃないな。女神? とも違う。
「悪役令嬢……?」
口に出したら、しっくりきた。
沢山の読者様からブックマークを頂き、誤字脱字報告も頂き、感想も頂き……
頂きっぱなしも申し訳なく思いまして、ほんの少しですがお返しに……
楽しんで頂けたら嬉しいです。