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如月いい国コンニチワ 番外編  作者: 路傍工芸
6/10

ある精神異常者

 喜捨院では児童受入れのための準備が着々と進められていた。

 院長から職員からみなが総出で忙しい日々を送っている。

 

 激務を送る咲反院長には、とある趣味があった。あまりいい趣味ではないかもしれない。

 しかし咲反の想像力はそれによりかきたてられ、一服の清涼となり活力が湧くのだ。


「ほう!すると日本の地形は如月とほぼ同じなのだね。」

「はい。正確には日本のある世界の地球は、ですが。」


 咲反の眼が輝く。

 答えているのは中村昭二という男性である。50歳ぐらいの年齢。近眼で分厚い眼鏡をかけ、院の作業服をキッチリ着こなしている。几帳面な性格なのだろう。


 コンコン

 ノックの音がなる。

「背蛾、入室します。」

 最近ようやく階級を言う癖がとれた背蛾が二人にお茶を持ってきた。


「院長、また中村さんですか。」

咲反「背蛾君、君も聞き給え。面白いぞ。」

 背蛾はやれやれといった表情を隠しもせず中村を見た。


 中村は7年前この地域で行き倒れていたところを警察に保護された男だ。

 浮津地方のものとおぼしきひどい訛りで、警察も聞き取りに苦労した。とうとうわからないので市内に在住する浮津人に来てもらったのだが、その浮津人もお手上げ。

 じゃあ筆談ならということで紙とペンで会話を試みる。

 しかし中村の書く字は確かに月字なのだが、変体字ばかりで200年前の平仮名などが混じる。

 

 これはきっと精神異常者であろうと精神病の鑑定を受けるが、可能なテストの結果を見る限り精神には異常が認められなかった。近隣大学の学者が噂を聞いて駆けつけ、中村を調べ始める。

 学者曰く「300年前の如月人がやってきたようだ。」とのことだった。


 2カ月もすると中村は「如月語」をぼちぼち習得し会話の苦労はだいぶ減ってくる。

 中村は自分のことを如月人にようやく語り始めた。

 しかし誰もそれを信じなかった。

 ただひとり、信じたかどうかは別として喜捨院の院長はそれを一興と、彼を雇い入れたのだ。



咲反「地形はほぼ同じ。全く一緒ではないんだね。」

中村「日本、というか私のいた世界には月が一つしかありません。大月のみなのです。」

咲反「ほう」

中村「小月は今から10万年前に太陽系外から飛来して地球の重力に寄せられ、第二の衛星になったと天文学の本にはあります。」

咲反「確かにそうだ。」

中村「おそらく潮汐の具合がそれ以降、私のいた世界と違いを見せ始め、地形の変化にも影響したのだろうと・・・私は思います。」


 咲反は満足げに頷いている。

 背蛾はアホらしいと上の空だ。

 「中村」このオッサンはただの妄想癖のある精神異常者だ。

 だいたい「中村昭二」なる名前がふざけている。

 こんなありえない名前をよくも考え付いたものだ。

 「中村」

 ありふれた漢字の組合せだが、中村などという言葉には違和感しか感じられない。

 昭二の昭の漢字に至っては大陸の古典にかろうじてみられるものらしい。なぜそんな漢字を名前に入れたのか。


 標準語に近い言葉をしゃべるが、抜けきらない浮津弁のイントネーション。

 きっと浮津から出稼ぎに来て何かの拍子に頭でも打って狂ったのだろう。

 咲反院長もよくよくこんな男の妄想に付き合うものだ。


背蛾「中村さん、ひとつお尋ねしてよろしいでしょうか。」

中村「はい。」

背蛾「如月とその日本という国、どちらが住みやすいですか?」


 中村は腕組みをして首をかしげる。

 咲反は「いい質問をした!」とばかり、さらに目を輝かせた。


中村「そうですね。まあ「住めば都」です。」

背蛾「なにか日本にあって如月にないもの、なんてものはないでしょうか。」


「シャーペン」

 中村はそう言った。


咲反「シャーペン?」


 中村はとうとうと語り始めた。


 如月は日本とほぼ同じ国です。

 しかし仮に私がいた日本と如月が同じ時代・・・という表現も難しいですが、とにかく同じ時代であったとするならば、如月の科学技術は日本より少し進んでいます。


 ただし民生品の質は圧倒的に日本の方が上です。

 例えば、さきほど申しました「シャーペン」これは正式名称をシャープペンシルと言うのですが、これが如月にない。


 そうです院長、細いペンです。しかしシャーペンは鉛筆の亜種で、欧語で言うならばメカニカルペンシルとでも表現するべきものです。

 0.5mm程度の鉛筆の芯がノック式のペンから次々に出てくる便利なものです。

 背蛾さん、そうです。そんなものは如月の技術力からすればなんてことなく作れるものですが、現実にない。


 他にもトイレットペーパーが柔らかいとか、登下校する小学生に反射シールの貼られたランドセルを背負わせる、などなど、数え上げればきりがないですが、そういった細かな細かな民生品に関する違いがあります。


 如月の軍事力は日本を数段上回っていますが、おそらくその分、民生にまわる国力が日本よりすくないのでしょう。


咲反「中村さん、その「シャーペン」を作ってみてはどうでしょうか。」

中村「私は技術屋ではないのでなんとも。」

 咲反の鼻の穴はふくらんでいる。


背蛾「日本には軍隊はあるんですか。如月ほどの規模はないようですが。」

中村「自衛隊という名前で存在します。陸海空の三種類があります。如月の22、23、24にあたります。」

咲反「自衛隊?民間警備隊みたいな名前ですな。ちなみにどういった兵科がありますか。」

中村「私はあまり詳しくはないのですが、普通科とか特科とか・・・」


 これには背蛾も食いついた。どうせ妄想なのだろうとは思うが、確かに想像を掻き立てられる。


咲反「歩兵ねがいにあたるのは?」

中村「おそらく普通科であろうと思います。」

背蛾「一番普通の兵隊だから普通科、かな。」

中村「由来はわかりませんが、これらも言いかえです。本来は歩兵や工兵という名前であったはずのものが、戦争忌避の思想から言い換えがなされたのです。」


 咲反と背蛾が顔を見合わせた。「同じだ。」

 咲反は続けた「しかし日本の方がいくらかマシに見える。」

 背蛾「そうですね。」


中村「平行世界、というものをご存知ですか。」

咲反「量子力学の・・・かね?」

中村「そうです。日本はきっと如月の平行世界なのでしょう。私はそう解釈しています。」


コンコン

ノックがあった。

「イル福祉長、入室します。」


咲反「イル君も来たのかね。」


イル「院長殿、来客です。応接間にお通ししています。」

咲反「ああ、すぐ行こう。中村君、最後に・・・そうだな。」


 背蛾はちょっと嫌な予感がした。


咲反「このイルさんは北麗出身なのだが、君の世界で北麗はどんな国なのかな。」


中村「とても良い国ですよ。小国ですが、日本とは友好国です。」

 中村は即答した。


 咲反はおおきく首を縦に振った。イルの方を向き

「素晴らしいことだ。我々もそうありたいものだな。」と目をキラキラさせながら言う。

 イルは何がなにやらわからない。


 背蛾は中村が咲反から目をそらしたのを見逃さなかった。


 そんなわけがあるか。

 似通った国、似通った地勢

 仲良しなわけがあるか。

 

「まあ、妄想だろうけどな。」

 背蛾は中村に退室を促し、院長とイルが去った後の片づけをした。

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