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如月いい国コンニチワ 番外編  作者: 路傍工芸
4/10

パパと娘の写真

 父は私の7歳の誕生日をことのほか盛大に祝った。

 記憶にある限り毎年誕生日は祝ってくれたが、7歳の時は別格だった。


 麗文化では普通、4歳と8歳、それと12歳の4の倍数歳を祝うのだけど、父はなぜか7歳にこだわっていた。子供の時はそれほど疑問に思わなかったけれど、大学に入って初めての夏夕祭で帰省した時に、ふと気になって母に尋ねた。

 しかし母も首を横に振るばかり。

 当の父はどう聞いてものらりくらりと答えない。

 



 イル・ジョンゴは共栄歴55年に津山シンサンで生まれた。

 軍優政策の世の中で、民力はさておかれた麗共和国において、運のよいことに比較的裕福な農家の長男として生まれた彼は姉、弟二人の4人と育った。

 といっても4人がそろったのは1年ばかり。

 姉のミンサンがジョンゴが5歳の時に病気で死んでしまったからだ。

 

 ジョンゴは農作業で家を留守がちだった両親の代わりにミンサンによく面倒を見てもらっていたので、ジョンゴはミンサンを失ってから三日三晩泣きとおした。

 津山シンサンは土葬の風習があり、ミンサンは先祖代々の墓地に甕に入れられて埋葬された。

 その後、裕福な農家であったため抽出を受けるまでもなく、ジョンゴは初等教育を受け、中等教育に進む。

 裕福だったとはいえ、弟二人が高等教育に進むには家庭の経済はちと心もとない。

 ジョンゴは中等教育を修了するや軍に志願し幼年科に合格して軍人となる。

 それからは初級将校として歩兵部隊を渡り歩き、様々な経験をし、途中、波琉山の中央軍司令部時代に結婚をして家庭をもうける。


 妻は上官のいきつけの料理屋の娘だった。

 独立戦争時代に将校になったという老上官はひどくおせっかいで、ジョンゴに自分の馴染みの料理屋の店主の娘を強く勧めてきたのだ。

「いいか、イル大尉。自分の脈と拍を受け継ぐ子供を作れ。そしてどうせ作るなら器量よしの気立てよしがいい。ちょうどいい娘さんを知っている。俺に任せておけ。」

 という決まり文句を10度は聞いただろうか。


 そのおかげでジョンゴは自分の脈と拍を受け継ぐ子供に3人恵まれた。

 そして子供が産まれるたびにジョンゴは誓った。

 絶対に死なせない。少なくとも幼くして死ぬようなことのないように。

 

 現代の麗共和国では人の命の価値がいくらか高まっているが、ジョンゴが産まれた時代の命の価値はおしなべて安かった。ミィヒン達が産まれた共栄80年代はそれよりはマシになっていたが、なお今の感覚に比べたら命は軽んじられていた。


 子供は死んであたりまえ。どんな親でも大概の場合子供の命は大切だが「死んでもそれはそれで仕方ない。」という感覚は強かった。

 そんな時代にあってジョンゴはそれを絶対に良しとはしないと誓ったのだ。


 そしてジョンゴの長女ミィヒンはミンサンが越えられなかった6歳を越え、7歳になった。

 ミィヒンは女の子らしいことはあまり好まず野山を駆けまわる野生児であり、ジョンゴの心臓は妻からの便りを読むたびに縮こまった。

 転んでけがをするのではないか。崖からおちるのではないか。毒草を食べて死んでしまうのではないか。

 そんなミィヒンがついに7歳になった。

 ジョンゴにとって女の子の6歳と言うのは一種の鬼門で、幼少時ミンサンを失って三日三晩泣きとおした記憶と常に背中合わせだった。


 ジョンゴはミィヒン7歳の誕生日は長期休暇をとり帰省した。

 むずかる野生児をだっこし、嫌がる野生児の頬に欧人でもあるまいに何度もキスをし、着たくないと暴れる野生児にとっておきの麗欧折衷ドレスを着せ、写真館で一族揃って写真を撮った。

 

 休暇の最終日、ジョンゴは姉の墓参りに行く。

 身分証明書の裏に貼り付けてあったミンサンの白黒写真を墓塔の中に納めることでジョンゴは姉への思いに一つの区切りをつけることができた。

 

 



「お父さんね、幼い頃にお姉さんを亡くしてたのよ。」

 と、母が教えてくれたのは如月の騒動が終わって帰国した夏夕祭でだった。

 父は運が良いのか悪いのか大昇進してしまい、軍事論文を5本仕上げねばならないとかで帰省などおぼつかない。

 ちなみに軍職を解かれていなければイルも大校として軍事論文を2本は書かねばならなかったので命拾いしたと思っている。


「ふぅん。時々名前を聞くミンサン叔母さんのことね。」

 イルからすると叔母だが、その年齢は7歳で止まっている。

「お父さん、あんまり人に言いたがらなかったからちょっと悪いと思ってアンタらにも言ってなかったのよ。」

 

 居間に父と二人で撮った写真が飾られている。

 7歳の時のものだ。今では古臭い麗欧ドレス姿のミィヒンが軍服姿のジョンゴと映っている。

 着たくなくてぎゃあぎゃあと大暴れした記憶がよみがえる。

 よく見たら写真の父の頬にはあざがある。

「あ、コレ多分私の頭突きだ。」イルは思い出した。


 しかし父の顔は、これぞ破顔一笑と言わんばかりの笑顔だった。

 よほど嬉しかったんだろうなあ。私は嫌で嫌で仕方なかったけど。

「そうそう、アンタはね、ミンサン叔母さんとそっくりなんだってよ。お父さんが言うには。」

「ふうん。」

 お行儀も悪く寝っ転がって頬杖をつきながら母の話を聞くミィヒンだったが、ふと気が付いた。


 もしや

 イルは立ち上がり、写真を飾りからはずして裏返してみた。


 果たしてミンサン叔母さんの写真がはらりと落ちてきた。

 そっくりだった。

 

「どんな人だったんだろうね、ミンサン叔母さん。」

「さあね。お父さんには内緒にしときなさいよ。」


 夏夕祭は先祖が帰って来るとされる伝統行事だ。

 もちろんそんなことを信じてはいないが、イルはちょっとあたりを見回してみた。

 そして写真を丁寧に飾り直し、ミンサン叔母さんの写真を元の位置にしまった。

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