とある背蛾の入院風景
「共助組合の保険に頼るなら公務扱いが一番だ。」
ぐるぐると包帯で全身が巻かれた背蛾の隣で奈婿が熱弁をふるっている。
「社製保険はおまえ、ほとんど入ってないだろ。公務にしとけよ。」
背蛾は先日の「巻狩り」でひとり大けがを負い、ここ中央平和病院に運ばれてきたのだが、保険好きな奈婿が聞きつけておせっかいをやいているのだ。
「公務傷病扱いにするとアレコレと調べられて面倒くさいからいいや。」
奈婿は背蛾の回答を聞くと、三白眼の黒目で背蛾を見下し
「わかってねえなあ・・・お前は・・・本当に・・・」とでもいいたげな深いため息をつく。
奈婿「わかってねえなあ・・・お前は・・・本当に・・・」
「実際言ってんじゃん。」
「なにを。」
「いや、顔に出したから十分かと思ったけど、声に出すとは思わなかった。」
奈婿「公務中も公務中だっただろ、お前のケガ。あれが公務中傷病じゃなきゃなにが公務中傷病なんだ。金も余計に入る。万々歳だ。」
背蛾は奈婿から顔を背けて窓の外を見た。
比較的大丈夫だった右手で腹の創傷を包帯の上からなでる。さすがに中央平和病院のプロが巻いただけあって、しっかりと如月式に巻かれていた。
そう、あれこれと部隊の人事に聞かれたくない事情が背蛾にはあった。
奈婿「痛むのか?」
背蛾はふりむいて「いいや。」と返した。
「あの用水路、ネズミがいたみたいだ。多分ちょっとかじられてる。」
奈婿「ネズミ!おまえ医者にそれ言ったか!?」
「言ってないけど感染症の注射はいやというほどうたれたから大丈夫だろう。」
奈婿は背蛾と同い年で、かつ関東たいらか学園(たいらか官になるための21の教育機関)の同期だったから非常に気安くあれこれ話しかけてくる。
偏屈なのであまり友達がいない背蛾の同僚にして唯一の友人らしき人物だ。
友達というのも有難迷惑なもんだなあ。
「公務傷病にしたら公報に出るんだろ。全国に名前が出るなんて嫌だ。」
奈婿「あんなもん読んでるやついないだろ。お前だって一行も読んだことないくせに。」
「それに人事ってのが俺は心底嫌だ。人事と厚生係に用水路のことをあれこれ詮索されるんだろ。死んでも嫌だね。」
奈婿も人事と厚生係は嫌いなので腕組みしてしばし沈黙
仮に用水路で起きたことをすべて話したらどうなるだろう。
と、思ったが「ネズミ」の唇をかじった記憶が思い起こされて一気に赤面してしまったので奈婿から再度顔を背けて窓の外を眺める。
多分耳まで真っ赤になっているのだが、包帯で隠れているのでバレないだろう。
「とにかく俺は公務扱いじゃなくて普通の傷病で行く。」
奈婿「余計に金が入ったらお前の金で一緒に飲みに行こうと思ったんだがなあ。」
背蛾「それが目当てなのは承知済みだ。どうせお前、大月(背蛾の中隊長)から「背蛾の公務傷病の意志確認やっとけ」とかも言われてたんだろ。」
奈婿「バレてたか。大月のやつ、珍しく忙しそうにあっちこっち飛び回ってるんだよな。」
そういうと奈婿が壁時計に目をやる。
「俺も大月にこのあと集合かけられているから帰るぞ。」
「入りますよー背蛾さーん」
と、21の医師が言いながら入ってきた。
「気分はどうですかー背蛾さーん。」
「・・・上々です。」
医師が奈婿に笑顔を向ける。
「同僚の方ですね。上司の方には全治3か月とお伝えください。」
奈婿「3カ月ですか。」
医師「もちろん安静にしておればの話ですよ。」
奈婿「入院してるならさすがに暴れようもない。」
奈婿は背蛾をみやる。背蛾はぶすっとした。
医師「いやいや、21の若い隊員の方は目を離すとすぐに筋肉トレーニングなんかをやりだすんですよ。」
背蛾は見透かされたのが嫌だったかまた窓の外を向いた。
奈婿「背蛾、聞いたか。右手があいてるが、あれこれ擦ったりしたら治りが遅いぞ。」
医師「まあ、私どもがちゃんと見てますから大丈夫です。」
奈婿「銃持って戦闘でもしない限りは大丈夫だぞ背蛾。」
医師「むなぐら掴まれてビンタされたり、なんてこともないでしょうし。」
医師も奈婿にあわせてあり得ないシチュエーションを例示した。
奈婿「可愛い女の子がやってきてお前の骨を折る勢いでハグしてキスして、なんてこともないだろ。」
医師と奈婿は顔を見合わせて大笑した。
背蛾はぶすーっと窓の外を眺めていたが、また、なんだか赤面して布団に顔を潜らせてごまかした。