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不思議列車と愛の少女  作者: 杉岡泰西
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僕と母、父の本

 父が事故に巻き込まれた、そう僕たちに連絡が来たのは父が単身赴任して2年ほど経ったころだった。

 朝早い時間帯に電話がかかってきたようで、遅れて起きた僕は母から事故のことを聞いた。


「父さん大丈夫だって?」


 僕に伝えるときすでに心の整理がついていたのだろう、落ち着きを見せる母に尋ねた。母はたいしたことでは無いように微笑みながら真斗を見る。


「ええ、数週間経てば今までどおりの生活に戻れるって」


 その母の言葉に、真斗は一息つく。よかった。じゃあ大丈夫だね。そんな言葉を呟く前に母が口を開く。


「それでね、真斗。今日私の代わりに父さんのとこ行って必要なものを届けてくれないかしら。今日は大事な用があって」


 苦手な顔だ。不安そうな顔。この顔はここ数ヶ月で見るようななった母の顔だ。

 母の用がどんなものかは分からない。しかし大抵の用事であれば母は間違いなく父を優先するはずだった。母が何を考えているのか、おおよそわかった僕は、母の顔をまっすぐ見られないことも相まって頼みを聞くことにした。


「いいよ」


 こうして僕はその日父のもとへ行くことになった。



 この家から父の元に持っていくものはほとんどない。単身赴任している父が暮らしている家には洋服だって必要な書類だって揃っている。だからこの家から持っていくものは父が大事にしている一冊の本ぐらいだ。


 子供の頃からよく聞かされた。この本は父が辛い時、苦しい時、もしかすると母以上にこの本と長く過ごしているらしい。


 父が家を出るとき忘れ物がないか家中を見回した僕は当然この本に気づいた。急いで父に知らせると、


「この本はこの家に置いていくよ。父さんの相棒としてな。きっとこの家を守ってくれると思うんだ」


この本は真斗の本棚に入れておいてくれ、そう付け加えて父は家を出ていった。


読んだことはない。ひどく分厚く、古くさい表紙のその本は僕に読む気を失せさせるに十分だった。少しだけでも読んでおこう。父の愛読書だ。面白いかも知れないのだから。

 僕は本一冊と父の家から荷物を運ぶためのカバン、少しのお金だけを持って家を出た。

 

 列車の発車時刻より早めに駅に到着した僕は無事列車に乗ることができた。列車の中には空席が転々とあった。その中の一つに座る。予定通り父が大事にしている本を開く。警笛を鳴らしながら、列車が動き始めた。


 面白い。すらすらと頭に入ってくる文章に予想もつかない展開。個性的でありながらもどこか身近に感じられるキャラクター。

 物語の主人公は「知識の少女」という不思議な力をもった少女。そして彼女が本から本に渡り歩く冒険小説だった。平凡だった少女が初めて本を読み、自分の能力を自覚したときから物語は始まる。少女の不思議な力は少女が物語の中に入ることを可能にした。初めて本を読んだ少女にとって物語のなかの登場人物たちと励まし合い、大自然を冒険することは楽しいものだった。けれどあまりに―――


「そう。あまりに楽しすぎたんだ。」


 突然の言葉に声を上げそうになる。しかし釘を刺されるがごとく唇を押さえられ、僕の口は開かない。

 目の前に不敵な顔で笑い、人差し指を僕の唇に添えた少女がいた。小学生以下でも通じるような幼い姿で身長は100センチあるかどうか。子供特有の大きな目にみずみずしい白い肌、そしてすらりとした足が伸びている。少女は僕の唇から手を離し、サラリと肩まで伸びる髪を揺らす。


「言っておくが、私はこれでも500年は生きてるんだぜ」


 そして腕を組み、顎をクッと突き出し


「私はワイス・ベル。人呼んで『知恵の少女』さ」


そう名乗った。

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