UFOを探しにコンビニへ行く
大人ってどうやったらなれるんだろう。
人は誰しも子供の頃、一度はこんなふうに考えたことがあるじゃないだろうか。
そしてそのほとんどが、これといった答えを得ることのないまま、二十歳あるいは社会人を迎える。
その俗に言う”大人”になった時、振り返ってふと思う。
じゃあ大人って何なんだろう。
お酒が飲めるようになったら大人なのか? 子供になりたいと思ったらか?
きっと違う。
川の水が流れるように必然と年を積み重ね二十歳になった俺は、そんな取り留めのないことを考えながら夜のコンビニに向かった。
夏の夜。
店内に入ると外の蒸し暑さとは打って変わり、少し肌寒くなるような冷気が俺を迎え入れる。
コンビニ来たのに特に目的はない。
強いて言えば、夜食を買おうと思ったぐらいだ。
適当なものを手に取りレジへ向かった俺の視界に、ふと興味の引くものが映り込んだ。特に買いたい物がなかったから……いや、感傷的になっていたからこそ意識したのだろう。
昔の記憶に霞む手持ち花火。
懐かしいとは思えど、手に取ったりはしない。
大人になったいまやってみたい気持ちはある。しかし、ひとり大人が線香花火を持っている姿を思い浮かべると、どうしてもそんな気にはなれなかった。
外に出ると再びモワッとした空気がまとわり付いてくる。
さっそく買ったペットボトルに口をつける。
キャップを締めていた俺は、建物の横に腰かけ物憂げに夜空を見つめる少年を見つけた。
小学生と中学生の間あたりだろうか。
先程から付いて回る感傷のせいか、俺はとても少年を無視できずその隣に腰を落とした。
真隣に来たというのに少年は全く反応を示さない。
不審がられるのも覚悟していたのだが。それほどまでに呆けていたのか。
俺は少年をあまり刺激しないよう優しい声色を心がけて話しかけた。
「ねえそこの僕? 君はこんな夜遅くに一人で何してるんだ?」
少年は恍惚とした表情を崩さないまま、ゆっくりとこちらを向く。
そして、まるで独り言のように呟く。
「悩んでいるんです」
「どんな悩みだ? 一人の大人として答えられることは答えるよ」
その言葉が届いたのか分からないが、少年は再び夜空を眺める。
つられるように視線を動かすと、遠くで星が瞬いた。
「最近、僕は何にでもなれる万能者じゃないって気づいたんです」
俺は何も返してやることができなかった。
少年は独白を続ける。
「小さい頃は、よくあんな馬鹿気た夢を吐けたよなあ。でも、ずっと、心の底では分かってたんだと思います。ただそれがだんだん現実が見えてくるにしたがって本当の意味で分かっただけ……」
そこで初めて、少年に憂い以外の感情が浮かんでいることに気づいた。
「よく分かるよ」
俺も思春期には同じような悩みをしたっけな。
そこで俺は当時どんなことをしたかを思い出す。
「俺は……」
何もしなかった。
人は成長するにつれ、どうしようもないことに折り合いをつけ、考えなくなる。
そう意識したわけじゃない。
そうするしかなくなる。
だから、気づかないうちにいつの間にかそうしている。
いま気づけたのも、色んな意味で大人になり切れていないからだろう。
俺は先の感傷の元を思い出す。
――大人って何なんだろう
そしてそれに通ずる答えの見つからない問い。
答えなど決して見つかっちゃいない。ただ一つ分かったことがある。
「俺は、そうやっていっぱい悩んでるうちに大人になるんだとおもう。そして……」
俺はその先を口に出すことはなかった。
その先は俺が見つけた一つの考えだ。問いに対する答えにすらなっていない。
答えなんかださなくていいんじゃないか。
俺はそれでいいんじゃないかと思う。
どうしようもないことに悩み続け、折り合いをつけ、どちらも互いに認め合い。
日々格闘しながらも時は流れて。
ふと歩んできた道を振り返った時に。
全てに妥協してさえしていなければそれでいいんだと思う。
今思えば、手持ち花火を買わなかったのだって、子供らしい自分に折り目をつけた結果だ。
「いいや、何でもない。結局、相談相手にすらなれなくてごめんな」
「いいえそんなことないです。大人でも答えが出せないことがあるって分かっただけで、十分です」
少年は何かを掴んだ様子で帰っていった。
俺はもう少しそのままでいた。
街灯でお世辞にも綺麗とはいえない星空を見上げる。
少年と話してもう一つ分かったことがあった。
少年の心を忘れちゃいけないということだ。
俺は今日、どうしようもない悩みと闘う少年に憧れを抱いた。
子供特有の悩みと闘う子を『若いねぇ』と囃すのは、解答を出すのを諦めた大人がすることだ。
だから俺は少年でありたいと強く思う。
結局それが俺の答えなのかもしれない。
見上げた星空の遠くで、ひと際強い光が点滅している。
目をこすり上げて凝らすと、それは消えていた。
「あっUFOだ。……なんてな」
帰路につく俺の心は、来た時よりもいくぶんか軽くなったような気がした。